王族兄妹との交流
目の前で、驚いたように目を見張るウルヤナ王子を見て、フラウレティアは焦った。
学んだ通りの挨拶をしたつもりだったが、何か間違えたのだろうか……。
ディードに助けを求めようと、視線を横に向けた途端に、くん、と腕を引かれた。
「同年の令嬢がいるなんて、とても嬉しいわ。向こうでお話しましょう?」
翠緑の瞳を細め、愛らしく微笑んだイルマニ王女だ。
「ね、父上様、良いでしょう? アンバーク公も」
フラウレティアが何か答える前に、王女はトルスティとディードに了承を得て、さあ、と腕を引く。
「兄上様もよ」
そしてウルヤナも引き連れるようにして、軽やかに人垣を抜け出たのだった。
人々の集まっていた所から離れ、一つの優美な四阿に着くと、イルマニはゾロゾロと付いて来た侍女や侍従達を少し離した。
側に残って控えたのは、イルマニの侍女一人と女護衛騎士だ。
この二人は、昨夜ボートの所に付いてきていた二人だと分かった。
フラウレティアの護衛として付いて来たギルティンは、離された侍女達よりは近くにいたが、側まで寄ることを王女の視線で止められてしまい、少し離れている。
彼は、領主館にいる時とは違い、貴族の護衛に相応しい騎士のような装いだった。
黙っていれば、兵士ではなく、十分護衛騎士に見えているだろう。
そして、アッシュは更に離れていた。
隠匿の魔法があっても、多くの人の中にいれば、違和感を感じる者が出ないとも限らないからだ。
ただし、何かあった時に一息で近付ける距離は保っていた。
「それで、どういうつもりであんな挨拶を?」
「どういう……?」
王女から突然向けられた質問に、フラウレティアは目を瞬く。
「あの、私のご挨拶の仕方に失礼があったのならば、謝罪致します。まだ貴族の作法に疎いものですから、間違えてしまったのかもしれません」
フラウレティアが頭を下げれば、今度はイルマニが怪訝そうに眉根を寄せた。
「作法に疎いということではなくて……」
「噂は本当であったのか」
困惑したような少女二人の側で、ウルヤナが納得したように言った。
「兄上様、噂とは何ですか?」
「生き別れになっていたアンバーク公の一人娘は、隣国で育ったのだという噂だ。……どうだ? 事実か?」
そう聞いた彼は、最初に見たような上辺だけのの微笑みに戻っている。
フラウレティアはコクリと頷いた。
「はい。事実です」
「では、そなたが翼竜を従えてアンバーク砦に現れたというのは?」
驚いたように大きく目を見開き、イルマニがフラウレティアをもう一度見返す。
「従えていたのではありません。一緒にいただけです。……例え魔獣であっても、翼竜は家族なので」
背中に感じるアッシュの視線に応えたいのを堪え、フラウレティアは堂々と言った。
本当は魔獣なんかじゃないと言いたいけれど、さすがにそれは言えない。
パチンと手を打つ音が聞こえた。
手を打ったイルマニは、大きく微笑んで再びフラウレティアの腕を引いた。
「隣国と貴女のこと、お話して頂戴」
「え?」
「ほら、こっち!」
小柄なイルマニは、その姿に似つかわしくない力強さでグイグイとフラウレティアの腕を引くと、四阿の椅子にちょんと座って翠緑の瞳を輝かせた。
「さ、聞かせて? 貴女が暮らしていた所はどんな所?」
離れた所から、ディードには王女達が座っている四阿を眺める。
フラウレティアが連れて行かれて随分経ったが、王女と王子はフラウレティアとテーブルを囲んで歓談しているままだ。
頃合いを見計らってフラウレティアを連れに行こうと思っていたが、遠目に見てもあの場はとても楽しそうで、何となく邪魔し辛い雰囲気だった。
「気になるか?」
「殿下」
気が付けば、トルスティが歩いてきて側に立った。
「イルマニはそなたの娘が気に入ったようだな」
ディードが軽く礼をすると、トルスティは四阿の三人を見て、飴色の瞳を優しく細めた。
「……王宮では、同年の娘と気軽に会話すら出来ぬ。気が済むまであのままにさせてもらえるか」
優しさの滲む言葉に、ディードは少なからず驚きを感じながら頷いた。
「はい。しかし、他の家門の令息令嬢も、王女様にご挨拶したいのでは……」
そういった年若い貴族達が、ずっと遠巻きに四阿の動向を気にして、やきもきしているように見えた。
くっとトルスティが笑う。
「実はそういう者達からのガード役に、そなたの娘が連れて行かれたのかもしれんぞ」
ディードは苦笑いした。
「それで、その短弓とやらで獲った獲物はどうするの?」
「まずは血抜きしますね。それから毛皮を剥ぎます」
どんな生活をしていたかを尋ねられ、一応ドワーフの村で育ったことになっているフラウレティアは、狩りで生計を立てていたと話した。
日々狩りを行っていたことは嘘ではないので、狩りに興味を持って聞かれれば、いくらでも話すことが出来た。
「……それは、誰が行うのだ?」
ほとんど口を挟まずに、少女二人が会話をする横で優雅にお茶を飲んでいたウルヤナ王子が、ふと疑問を口にした。
「私です」
「……そなたが、自分で?」
「はい」
当然のように答えたフラウレティアに、イルマニとウルヤナは驚きを露に目を丸くして、言葉を失った。
ウルヤナのその表情を見て、フラウレティアはようやく疑問を口にする。
「あの、それで、私の挨拶は一体何がいけなかったのでしょうか?」
結局それについては、答えをもらっておらず、うやむやになったままだった。
言い淀むイルマニに対して、ウルヤナが微笑んだまま言った。
「我が国では、何を置いても王子より王女が優先されるのだ。挨拶ひとつにしてもな」
王子より王女が優先される。
それはフルデルデ王国では至極当然のことだ。
母系性を重んじるフルデルデ王国においは、大昔からそういった傾向がある。
そして、今代においては、それは顕著に表れていた。
フルデルデ女王アクサナは、側室トルスティとの間に生まれたウルヤナ王子を、いない者のように扱うからだ。
「例え年長であろうが、私を優先する者などこの国にはいないのだよ」
彼の顔には、変わらず作り物の微笑が貼り付いていた。