泉から湧くもの
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カラスの妖精に送り出されて到着した場所は、木のような物でできた壁に囲まれただだっ広いドーム状の空間で、足元には芝生のような短い草が生えていた。その空間の中央には泉がみえた。
上を見ると天井から木の根のような物が垂れているので、この空間の周りを囲っているのはおそらく木の根なのだろう。
「蛇はどこかなぁ」
「草むらは見当たらないから、いるとしたら泉の辺りかな。というかあの泉すごくあからさまだよな」
「うん、いかにも何かいますって感じ」
察知のスキルで辺りの様子を窺うが、特に生物の気配が感じられない。
ここがダンジョンと同じような場所なら、蛇は潜んでいるのではなく、産み出されるのかもしれない。
ダンジョンは魔力が具現化した物だと言われている。そしてダンジョン内の魔物はダンジョンの魔力によって作り出されているという説が一般的だ。
ダンジョン内で生まれた魔物は、ダンジョン内で生態系を形成し、繁殖もするし食物連鎖も構築する。
アルテューマの森は、自然とダンジョンの融合した場所だと幼女達が言っていた。
この場所がその一部なら、ダンジョンと同じように、魔力によって魔物が生み出されるのかもしれない。
ダンジョンには、他の生物が近づくと、魔物が生み出される場所もある。現時点で回りに魔物の気配がないという事は、ここはそのタイプのエリアなのかもしれない。
「やっぱ泉かな?」
「だよねー」
アベルと顔を見合わせて頷いた後、泉の方へと歩き始めた。
歩きながら、クロスボウ付きのガントレットを取り出して、腕に装着した。
蛇を倒せとかしか聞いてないので、どんな蛇が出て来るかわからないから、小型の蛇でも大型の蛇でも対応できるように、アダマンタイト素材のロングソードを取り出して、鞘は腰にさげておく。
泉に近づくにつれ魔力が濃くなってきて、そろそろ何か出て来そうな感じがする。
「来るよ!」
アベルがそう言った瞬間、泉の中から黒い小さい蛇がバラバラと何匹も飛び出して来た。
飛び出して来た蛇を剣で薙ぎ払おうとするより早く、地面から無数の氷の槍が飛び出して、飛んできた蛇が全て串刺しになった。
あれ? 俺いらない子じゃない?
アベルの放った氷魔法で串刺しにされた蛇は、直後に煙のように消えて、コロコロと小さな魔石だけが地面に散らばった。
「ダンジョンにいる生まれたての魔物のようだね。魔力が具現化したけど、定着はしていないと言った感じかな」
そう言ってる間にも次々と蛇が飛び出して来るが、全てアベルが始末しているので、俺はアベルの邪魔にならないように、地面に散らばっている蛇産の魔石を回収する事にした。
アベルやドリー達とダンジョン行ってた頃によくあった光景だ。懐かしい。
時々こっちにも蛇が飛んでくるのだけ、剣で叩き落としている。
「あーもう! 弱いのばっかりいっぱいめんどくさい蛇だね!」
次々と出て来る蛇に、アベルがだんだんと苛立ち始めている。
手ごたえのない敵が、ひっきりなしに出て来るのは、とてもめんどくさい。そしてアベルはそういう状況がとても嫌いだ。
「あの泉から蛇生まれてるみたいだし、火魔法ぶちこんで蒸発させちゃおうか?」
「泉の深さがわからないからそれはやめるんだ」
酒が入っているせいか、アベルが恐ろしい事を言い始めた。閉鎖された空間にある水を、アベルの火魔法の熱量で蒸発させるとか恐ろしすぎる。
「えー、でもめんどくさくなってきたよ」
アベルは不機嫌そうに、飛び出して来る蛇を、氷魔法でプチプチと殺している。
この飛び出してくる蛇達、よく見るとグループに分かれている様で、一つのグループが飛び出して来てから、次のグループが飛び出してくるまで少し時間がある。
つまり、次のグループが出て来る前に、先のグループを全て倒せば少し時間があるという事だ。
アベルは飛び出して来た一つのグループを纏めて倒してるので、次が出て来るまで僅かに時間がある。
ここがダンジョンだとして、この泉の水は魔力が具現化した物だったとしても、既に実体として存在しているものなら、収納に収める事ができる。
蒸発させるより収納した方が安全じゃない?
「次の蛇が飛び出して来たら、泉の水を収納してみる。泉の魔力から蛇が生まれてるなら、泉の水を収納したら蛇生まれなくなるかも?」
「了解、そういう事ならグランに任せる」
「アベルの空間魔法でも収納してもいいけど」
「やだよ、水なんか入れたら収納空間が狭くなるし」
収納に水いれておくと便利なのに。
「次の群れが飛び出したら行く」
「了解」
蛇の群れが飛び出すのを確認して、剣を鞘に収めて泉に駆け寄り収納を試みた。
「あれ? 収納できない!?」
水なのに収納できない。
今まで行ったダンジョンでは、水を収納する事が出来た。
ここの水が収納できないだけなのか、それとも俺が収納出来ない類の物なのか。
収納できない類の物なら……。
次のグループの蛇が飛び出して来る前に、収納スキルの中に貯まりまくってて始末に困っているあのキノコを全て取り出して、泉に放り込んでアベルの所に戻った。
「グランどうしたの? 水は収納しないの? ていうか泉に何か放り込んだの?」
「水が収納できなかったから、ホホエミノダケを放り込んで来た」
「ええ?」
「俺が収納出来ないなら、生きてるものってことだろ? 生き物ならホホエミノダケの効果で正体現さないかなって?」
「何個放り込んだか知らないけどエグイ。最近ラトがやたら持って来てたやつだよね」
もうとっくに次の蛇が飛び出して来るはずの時間は過ぎているのに、泉にホホエミノダケを投げ込んでからピタリと蛇が出て来なくなった。
その代わりに、泉の水面が風もないのにザワザワと揺れている。
そろそろ出て来るかな?
以前、ランドタートルと戦った時に作ったくっそ重い弓と、攻撃に特化した付与がしてある矢を取り出して、泉の方に向かって構えた。
「矢に氷属性の追加攻撃を付与してくれ。蛇なら冷気に弱い」
「了解」
アベルが弓矢に氷属性の付与をした為、矢が冷気を放ち始め、手袋越しでも指先がひんやりする。
「出て来る!」
アベルの声の直後に、泉から急激に魔力が吹き出して、水が巻き上がった。
巻き上がった水は咆哮を上げながら、だんだんと形になっていく。その形がはっきりとするのを弓を構えたまま待った。
透明だったはずの水はどんどん黒く染まり、だんだんと形がはっきりとしてきた。その間も咆哮が続いていてかなりうるさい。
咆哮を上げ続けながら、水がはっきりとした形となった。
全身真っ黒で、翼の生えた巨大な蛇。顔の周りには大きな牙だか角だかが生えており、体を覆う鱗も刃物のように尖っている。胴体のところどころにはトゲがあり、その姿は蛇の形をしたドラゴンのようである。
「行け!」
大きな口を開けて咆哮を上げ続ける蛇の口に向けて矢を放った。
矢は蛇の口の中に刺さり、刺さった部分を凍らせながら、そのまま後頭部へと貫通した。
「やったか!?」
「まだだよ!」
アベルが追撃とばかりに、太い氷の矢を何本も蛇へと放った。蛇に刺さった氷の矢は、刺さった場所から蛇を凍らせていく。
それでも蛇は倒れる事はなく、咆哮を上げ続けている。
矢が頭を貫通しても生きてるとかしぶとすぎるだろ。
もう一発矢を叩き込もうかと思ったら、蛇がこちらを向いたので弓を収納に戻した。
「ニーズヘッグの幼体ってみえるんだけど!?」
「まじかよ!?」
幼体って事は子供って事だよな!? この大きさで!? 成体になったらどんだけデカイんだよ!!
ニーズヘッグはSランクでも上位の魔物で、過去にもほとんど出現報告がない、非常に珍しい魔物だ。俺が冒険者になってからも、出現報告は聞いた事はない。
出現報告がほとんどない為、その正確な強さは不明だが、ひとたび出現すれば天災級だとも言われている。
そんな奴の子供が目の前にいる。幼体なら成体よりは弱いと信じよう。
ニーズヘッグは血走った眼で咆哮を上げながら、長い体をうねらせてこっちに突進してきた。
フードの中に入っている毛玉ちゃんを落とさないように、フードを押さえながらそれを躱した。
「それにしてもずっと咆哮をあげてて煩い蛇だね! 煩すぎて、すっかり酔いが醒めたよ」
「ホホエミノダケのせいか? まぁ、咆哮上げてる間はブレスこないんじゃないかな?」
「そりゃそうだけど、どうすんのこれ?」
「アベルが無理なら無理じゃないかな?」
いやマジ頭貫いて生きてる蛇とかどうすんだよこれ。アベルの氷の矢も全く効いてないみたいだし。
話している間にもアベルが何発か氷の矢を撃ち込んでいるが、これもほとんど効いていないようだ。
「一発でっかいの入れてダメなら逃げようか」
アベルが逃げるという選択をするのはかなり珍しい。
それほど強い相手だという事だ。アベルで無理なら、俺がどうこうなるものではない。
「了解、俺がひきつけとくから、攻撃は任せる。毛玉ちゃんは落ちないように、しっかりにフードの中に隠れててくれ」
「ビャッ!」
「さぁ、ニーズヘッグちゃん。俺と鬼ごっこしようか」
収納から取り出したニトロラゴラの爆弾ポーションを、ニーズヘッグの顔面に向けて思いっきり投げつけた。
お読みいただきありがとうございました。
グランが剣を握ってるのいつぶりだろうか。




