閑話:誰もが秘密を持っている
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「ねぇ、俺の兄弟のことどう思った? リリーさんに聞いたけど先週はカシュー兄さんも来たんでしょ? グランだって気付いてなかったけど」
「ん? どうって? 双子ちゃんは可愛いよなぁ、擦れてないアベルみたい? お兄さんって王都の騎士の白銀さんであってるよな? うーん……ちょっと暑苦しい感じがあるけど、兄弟のことをちゃんと考えてる人だなーって印象。アベルと並べると金さんと銀さんって呼びたくなる。みんなどこかアベルと似ていてすごく兄弟だなぁって感じ?」
「擦れてない俺って何!? 俺のどこが擦れてるっていうんだよ!! というか双子は家族以外の人の前だから、ケット・シーを被ってるだけで普段はもっとクソガキだよ!! それとカシュー兄さんとは全然似てないよ! あんなに暑苦しくないし、汗臭くないし、弟と妹に鬱陶しく付き纏わないし、あんなに頭ゴリラじゃないよ!! それと変な呼び方しないで!! ていうか、それだけ?」
「それだけ? うーん、あとはみんな顔面偏差値が高くて眩しい? 何食ったらそんなに顔がよくなるんだ?」
「まぁ、顔はいい家系だからね。他には?」
「顔がいいのは否定しないんだ。他には……そうだなぁ、やっぱそりゃ貴族相手だから最初は緊張してたけどさ、話しているうちに慣れてくるよな。よくわかんないけど、アベルの実家ってそれなりに階級の高い家なんだろ? ま、勘のいい俺は前から気付いてたから、今さらピカピカの兄弟が出てきてもやっぱりなーって感じだった? むしろ仲が良さそうで安心したよ」
「えー、気付いてたの? いつから? 俺、ずっと末端貴族の出身っていってたよね? ていうか嘘をついてたことは怒らないの?」
「嘘? うーん、俺にとっては階級が高くても低くても貴族は貴族で、みんな俺より身分は上だからあんま気にしてなかった。それに知り合った時のアベルは家出中で自称平民だったしな。でも会った頃からいいとこの坊ちゃんだとは思ってたよ、護衛だか監視だかが周りをうろちょろしてる平民がいるかっつーの。それに言動の端々に身分が高そうな雰囲気がにじみ出してたし、アベルって意外と嘘が下手くそだよな」
「何でもかんでも顔と仕草に出るグランよりはマシだよ!!」
「ええー、そんなに出てるかー? でも、今回のは上手く隠せてただろ? 仕事だから話せなかったのもあるけど、俺だってやればできるだろー?」
「今回のは仕事の守秘義務だったから仕方ないけど、グランが俺の家族と一緒にいてびっくりだよ」
「俺もリオ君達がアベルの兄弟って聞いてびっくりだよ。でもさ、誰だって隠し事や嘘はあるし、とくに重要なことじゃないと思って話さないこともあるし、アベルだって事情があって明かせないことだってあると思うしさ、お互い様だよお互い様」
「そんなこと言ってぇ、グランも俺に何か隠し事してるの? 隠し事っていうよりうっかり忘れてることとかたくさんありそう。収納の中に変なもの入れたまま忘れてない?」
「失礼な、収納の中身はだいたいいつか使うかもしれないものばっかりだよ。隠し事? 隠し事な~、そうだなぁ~……うーん、ぼちぼちかなぁ~。でも悪い隠し事と嘘はないと思うぞ」
「あ、何か誤魔化してるでしょ!? もう! 何でそんな気になる言い方をするの! 隠すならちゃんと隠してよ!」
「おう、そうだな。隠し事も隠し通せば、嘘もつき通せば、隠し事でも嘘でもないんだよおおお! だから、俺は何も隠してない! 嘘もついてない!」
「もー、わざとらしすぎて疑う気も失せちゃうよ。じゃ、俺もバレなければ隠し事じゃないの! ふふ、これでお互い様だね」
少し赤みを帯びてきた日差しの下、あまり馴染みのないカラフルな町並みの中をグランと他愛のない話をしながら町を歩く。
フォールカルテの町にあるプルミリエ侯爵邸を出て、リリーさんがオーナーだと思われる宿へと馬車で移動して、そこの一室を借りてグランがいつもの服装に戻った。
ふぅん、ピエモンのギルドで着替えて、いつもの服は収納の中に入れてたんだ。
まぁ、いつもの恰好よりは教師っぽいから、次回からもそのスーツ姿でいいんじゃないの?
俺と会わなければ、グランはリリーさんにピエモンまで送ってもらう予定だったらしいが、俺と合流してしまったので帰りは俺の転移魔法でピエモンまで戻ることになった。
グランが帰る前にフォールカルテで買い物をして帰りたいと言ったから。
リリーさんが転移系のスキルを持っていることは、もう随分前から気付いていた。
上手く偽装はしていたけれど、俺の究理眼は誤魔化せないよ。
究理眼で覗けばすぐに素性はわかったし、変なスキルやギフトがたくさんあるのが見えた。
その数は、グランほどではないものの明らかに普通の貴族令嬢とは思えなかった。
アイリス・リリー・プルミリエ――プルミリエ侯爵家の長女。
上に兄、下に傍系の家門から引き取られた義弟がいる。
プルミリエ侯爵の祖母に当たる方が当時の王妹になり、リリーさんは王家の血を引いていることになる。
王都の貴族学園に在籍時代に婚約破棄の経歴があり、学園を卒業後は社交界には一切姿を見せず、一部では幻の妖精姫などとも呼ばれているとかなんとか。
彼女の兄はプルミリエ侯爵家の長男で跡取りであるにも関わらず、俺の兄上に気に入られてしまったが故に兄上の側近として王都でこき使われている。
いつも疲れた表情で眼鏡をチャキチャキと触っていて、パッと見は気の弱そうな男だが、あの面倒くさいが人間として具現化したような兄上に対してずけずけと意見をするほどに肝が据わっているうえに、頭の回転も速く全く侮れないキレ者である。
そんなんだから兄上に気に入られて、領地に帰らせてもらえないんだよ。
ちなみにドリーとは、兄上の被害者仲間として結構仲がいいらしい。
それからプルミリエ侯爵の弟である、ハンブルク・セロ・アートルム・プルミリエは王都冒険者ギルドの長である。
その強さは歴代ギルド長の中でも最高峰であるといわれている。
俺もドリーもAランクのランクアップ試験でボコボコにされた。あれは試験というより、ハンブルクギルド長がただ単に模擬戦がしたかっただけじゃないかと思っている。
プルミリエ侯爵家出身であることは確かなので間違いなく人間なのだが、あの強さは人間離れしている。
まぁ、あの人も王家の血を引いているのでその影響かもしれない。
ユーラティアの王家は遙か昔に偉大な竜の力を受け継いで、この国の王に就いた血筋だからね。
この辺りまでは、社交界に詳しくない俺でも知っているリリーさん関連の情報だ。
彼女と直接会ったのは、おそらくグランに連れられてあの店に行った時だ。
そこですぐに彼女の正体に気付き、その後彼女の周辺を調べた。
プルミリエ侯爵家の思惑、もしくは彼女の兄繋がりで俺の兄上からの差し金という可能性もあったからね。
しかしグランの話を聞いても彼女の周りを調べてみても、グランがあの店に行ったのはただの偶然だった。
侯爵家やうちの兄上に目を付けられたわけではないとホッとしたのだが、リリーさんの周辺を調べるうちに世間一般には知られていない彼女を知ることになった。
プルミリエ侯爵家の幻の妖精姫。
学生時代に婚約破棄の経歴のある彼女は学園卒業後社交界に一切姿を現さなくなったが、彼女の家門と容姿から求婚者は絶えなかったと聞いている。
だがそれらは全て断られ、姿も見せず、王都から遠く離れた領地に引き籠もって姿を見せず、黙っていれば儚く見えそうな容姿故に付けられた二つ名。
だが実際は、物流のプルミリエ家の恩恵をうけながら多くの事業を展開し、次々と斬新な物品や制度を世に送り出す才女。
もし彼女が男性だったなら、プルミリエ侯爵家の跡取りは彼女になっていたかもしれない。
そしてもっとも驚くべきことは彼女の人脈と情報力。
それはユーラティア東部情報ギルドの長バルダーナですら一目置くほどである。
社交界には全く姿を見せない彼女だが、彼女の手がける事業の繋がりにより貴族平民問わず彼女の人脈と情報網は恐ろしく広い。
これは噂好きの女性ならではのことなのかもしれない。
その繋がりの中には兄上の伴侶や、双子の母上、ドリーの家門の女性達も入っている。
彼女はこれを表向きはリリーという一般女性として行っている。
これが、リリーさんと出会ってから調べて掴んだ情報。
この情報は表立って知られていないことではあるが、少しでも調べる力があれば辿り付くことのできる情報だ。
そしてこの先はおそらく一部以外は知らない情報。
その詳細に至っては彼女に近しい者しか知らないであろうこと。
プルミリエ侯爵家令嬢アイリス・リリー・プルミリエは魔女である。
そして俺やグランと同じ複数のギフト持ちである。
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