戦略的突撃
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ん? レッサーアースドラゴン君?
最期に何か見せてくれるのか?
頭の中に鳴り響く竜の咆吼。
守るべき縄張りを捨てて逃げてきた後悔と、ダンジョンの主としてのプライド。それがチクチクとした傷みになって伝わってくる。
いつもは何も考えずに倒しているダンジョンのボス、たとえ仮初めの存在であったとしてもそこには確かに存在していたものなのだ。
仮初めの時間の最期に何か残していくのかい? ここにいた証し? ここで見た記憶?
魔力が具現化して作られた仮初めの命だから感情は薄いんだね。
その薄い感情に後悔の念を残した原因を俺に教えてくれるのか?
ドッ!!
突然頭の中に生まれたのは、レッサーアースドラゴン君の記憶らしきもの。
それは真っ黒な闇と畏怖のようなもの。
その闇の底で何かの目が突然開き、それと目が合い背筋が凍るような気分になった。
だがそれは、何事にも興味なさそうに目を閉じ、再び真っ黒な闇に戻った。
目が閉じて再び闇だけになった後、そこに見えたのはそろりそろりと歩く小さな影。
小さすぎてレッサーアースドラゴン君も、それが自分の縄張りの隅っこを通過したことにすぐに気付かなかったんだね。
気付いた時にはダンジョンの小さな小さな割れ目から、その奥――闇の底へ小さな影が入り込んだ後だったんだね。
その後その小さな影が、真っ黒な闇の中から何かを持って出てきた。
それは最近も見たもの。そして黒い影もつい最近見た彼ら。
どちらもつい最近、うちの近所で見たもの。
そろりそろりと闇の中から細い割れ目を通ってダンジョンに戻って来たのは、指を担いだトカゲ達。
レッサーアースドラゴン君がそれを排除しようとすると、突然飛んで来た鷹が眩しい光を放ち周囲が金色の光に満ちた。
それは、細い割れ目の最奥に届くほどの眩しい光。
一度は閉じた目が面倒くさそうに薄らと開いてすぐに閉じ、大きな闇が寝返りをうつように揺れた。
そして言葉にならない恐怖。
これはきっとレッサーアースドラゴン君の感情。
それが、レッサーアースドラゴン君が咆吼の中、俺に残した記憶。
こ……これはまさか……土竜の寝返りというやつでは!?
レッサーアースドラゴン君、教えてくれてありがとう!
そしてチビッコトカゲくーーーーん!! 何やってんのーーーーーー!!
実行犯は鷹君かーーーーーーーー!!
君達、何やってくれちゃってんのーーーーー!!
「グラン、大丈夫か?」
仮初めの存在だったレッサーアースドラゴンのほんの少しの悔しさや後悔と同時に、その後悔の元となった記憶が少しだけ頭の中に記憶として浮かび上がり、そちらに気を取られてボーッとしていたようでカリュオンの声で我に返り、ナナシはシュルリとベルトに戻っていった。
「大丈夫だ。それよりナナシの効果で少しだけ、この状況の原因がわかった。これは土竜の寝返りが起こるかもしれない。そしてその原因が、このずっと下にいるかもしれない」
レッサーアースドラゴンを斬って見えたものを信じるなら、あの小さな小さなひび割れの奥には何かが眠っていることになる。
おそらくそれが土竜の寝返りの原因、土竜と呼ばれる存在。
本来は約百年の周期で起こるはずの寝返りが、ミニトカゲ君と鷹君が原因で土竜さんが少しお目覚めになって寝返りをしたのかもしれない。
最後に見えたのは寝返りのように蠢いた闇。
土竜の寝返りが始まっているとすれば、このダンジョンの異常と合致する。
その原因をどう説明するかはおいておいて、可能性の高い状況への対応を優先するべきだろう。
「やっぱそうか。状況は土竜の寝返りと近いからなぁ。前回は二十年くらい前だったか……どうだったかなぁ。あんま憶えていないってことは、防衛が上手くいって大事にはならなかったってことだな。つまり、ここのスタンピードは準備が間に合えばその程度だってことだ。苔玉もペトレ・レオン・ハマダは荒らさなければ大丈夫って言ってたしなぁ」
え? 憶えていなかったから大事になっていなかっただろう!? ご長寿感種族感覚ううううう!!
それとまた謎の苔玉!?
「カァ?」
カメ君は亀島にいたみたいだから知らないよねぇ。
「どうしようか、土竜の寝返りの前兆なのはほぼ確定。ここから徒歩で帰るか、転移魔法陣で帰るか」
安全に帰るなら引き返す方がいいのだが、十階層から出口まで徒歩となると身体強化で駆け抜けても時間がかかる。
入り口からの大トレインで結構奥まで来てしまったので、現在俺達のいる場所は出口への転移魔法陣のすぐ近く。
だが奥へ進めばスタンピードの前兆はここまでより大きいだろう。もしかすると普段はいないような強力な魔物がいる可能性もあり、Cランクのダンジョンではありえない危険も予想される。
もしかするとレッサーアースドラゴンが残していった、恐怖の感情の原因がいるかもしれない。
この異変を一刻も早く伝えることを考えれば、転移魔法陣経由で帰るのがいいのだが、自分達の安全を優先するなら引き返す方が確実である。
アベル達と別れてここまで来るのにそれなりに時間がかかったため、すでに時間は夕方を過ぎている。
これは帰りが遅くなりそうどころか帰れないかもしれないなぁ。
遅くなるとラト達にも心配されそうだけれど、今日はダンジョンに行くと言ってあるから三姉妹が覗き見をしているかなぁ。
おーい、見ているかー? 今日はもしかしたら帰れないかもしれないー! 夕飯は先に食べていてくれー!!
「そうだなぁ……うーん……」
さすがのカリュオンもこれは悩んでいるようだ。
いいよ、少しの間くらい悩んでいても。俺は大トレインの残骸を回収するのが忙しいから。
「俺だけなら自己責任で転移魔法陣直行なんだが……やっぱなぁ、一人じゃないって一緒に行動する者の命を背負うことになるからな。安全ルートで引き返すのが正解なのだろうが、この異変は早くギルドに伝えるべきだろうし、奥で何が起こっているかも気になる……はー、ドリーっていつもこんな感じなのか。どうするかなぁ……やっぱ、これが一番かなぁ」
カリュオンがメチャクチャ悩んでいるなぁ。
どうやらどうするか決まったみたいだけれど、先に俺が決めてやろう。
「俺とカメ君だけ引き返させて、カリュオン一人で奥に行くのはなしだぜ。ドリー達みたいに強くはないし、まだまだ未熟で中途半端だけどもっと頼ってくれよ。足は引っ張らないようにするからさ、それから何があっても自己責任、俺もカリュオンもな」
「カカカッ!!」
カメ君が自分だけ仲間はずれにするなとばかりに、俺の肩の上で前足を上げた。
俺の答えに珍しくカリュオンの表情が崩れた。
最近アベルにも同じことをやられたからな。
いつもはなんだかんだで頼りがいがあるくせに、ここぞって時に非効率なことを考えやがって。周りのことを考えすぎて。
頼りないかもしれないけれど、俺だって仲間だ。
危ないかもしれない場所に仲間を一人では行かせないし、自己責任なんて言ったけれど帰る時も一緒のつもりだ。
そして誰かと一緒なら、カリュオンが言ったように他人の命も背負うことになる。
だからこそ、慎重になる。そして諦めも悪くなる。
「と言ってもグランに何かあったらアベルも、一緒に住んでる奴らだって悲しむだろ」
「そりゃ、カリュオンだって同じだ。故郷に親父さんがいるんだろ? 子供に何かあると悲しいのはエルフも同じじゃねーの? だからさ、一緒に進んで一緒に帰るぞ」
この間、酔っ払って親父さんの愚痴をボロボロと零していたカリュオン。
何か事情はありそうだが、それでもきっとお袋さんの弓をあんなに大切にしている親父さんが、その子供のカリュオンのことを大切に思っていないわけがない。
エルフには長い時間がある。だから長い時間をかけてでも親父さんとちゃんと話せる日が来て欲しい。
俺だって待っている人がいるから必ず帰るつもりだ。
絶対に全員で帰るぞ!!
カリュオンがキョトンとした表情になり、その後苦笑いになった。
その表情が何故が妙に幼く見えた。
「わりぃ、頭が固くなってた。そうだな、グランになら背中は任せられるからな。お袋も言ってたなぁ……背中をあずけられる人がいるということはお互いの力を十分以上に出し切れるって。よっしゃ、グランにあずけるぜ、俺の背中!」
「おうよ、俺もカリュオンに背中をあずけるぞ! あれ? タンクだから前?」
あーあ、かっこ良く締まらなかったー。
「カッ!」
そうだね、カメ君もいる。
「いくぜ! 奥まで駆け抜けて、原因が見れたら見て、やばかったら転移魔法陣に駆け込んで逃げる作戦!!」
そうそう、カリュオンはそうでなくっちゃ。
「土竜の寝返りがなんぼのもんだー!! 素材を集めてお家に帰るぞーーーー!!」
奥へ向かって駆け出したカリュオンを追って、俺も駆け出した。
お読みいただき、ありがとうございました。




