普通って案外難しい
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「普通……普通ってなんだろうなぁ……」
リリーさんの実家で秘密の依頼を終えて帰ってきたその日の夜、夕飯の席でポツリと呟いた。
普通って何だ?
「え? 何をいきなり? 普通って普通のことでしょ?」
その普通が抽象的すぎてわからないんだよ。
そういうアベルだって普通じゃない。
普通じゃない魔力に普通じゃない魔法、普通じゃない知識量、そして普通じゃない顔面偏差値。
スペックも行動も日常的に非常識の塊。お前は普通を語るな。
「普通……普通なぁ……案外難しいんだよなぁ。普通の生活、普通の幸せ、普通の家族――普通ってすぐそこにある時はわかりにくくて、なくなってからそれが案外難しいこと、簡単には手に入らないものって気付くんだよな」
普段はチャラチャラしているくせに、いきなり重いことを言うなよ!
チクショウ、さすが年の功。俺よりずっと長生きハーフエルフ!!!
「普通か……思えば、ふわっとして掴みどころのない表現だな。時により、種族により、場所により、普通とは変わるもの。言うには簡単だが、実行するには難しい」
なんか真面目な話になってきたぞ。
いや、真面目な話なのだが哲学的な話じゃなくて、なんというかこう普通に普通が知りたいんだ。
そう、普通に普通のこと。
「普通ですか……昔は普通だった。よくご長寿の方が若い方におっしゃいますね。普通というのは昔と今で変わるものですわ、そして変わり続けるということは普通のことですわ」
三姉妹は見た目は幼女だけれど、そのご長寿の方々よりこの幼女達の方がご長寿なのでは?
なんというか合法ロリとかロリババ……ヒッ、何でもございません。
「そうねぇ、自分以外の普通じゃない人と比べたら自分はわりと普通だと思えるんじゃないの? でも普通じゃないって、個性でしょ? いいじゃない、普通じゃなくても、個性的な方が私は好きよ」
ヴェルのそれは何も解決していない気がするのだが、なんだか励まされた気分になるな。
確かにヴェルの言う通り、アベルやカリュオンに比べれば俺は普通の普通、すごく一般人。
全く解決はしていないけれど自分が普通オブ普通に思えてきたぞ!!
さすが三姉妹の脳筋担当……ヒッ、何でもないです。
「そうですねぇ、今は普通じゃなくても将来は普通になるかもしれませんしねぇ。もういっそのこと将来の普通を作ってしまうのはどうでしょう?」
そうか、俺がこれからの普通だ! そう言えばいいのか!!
いやいやいやいや、将来の普通じゃなくて今の普通だよ、今の!!
まったくぅ、クルも意外と脳筋……何でもないっす。
「カメ~?」
「普通というのは俺様みたいな常識亀のことカメ~。非常識なお前らには縁のない言葉カメ~? キッ! グランの目の前でメイルシュトロックを降らせるような亀のどの辺が常識的なのさ! 半分くらいは俺が回収したけど、残りの半分はグランが収納にしまってそのまま隠し持ってるから、何か非常識なことに使われたらどうするの!? 普通で常識的な亀はグランにメイルシュトロックなんていう危険物を与えたりしないよ!!」
アベルは相変わらずカメ君の通訳係。
カメ君が常識亀かどうかは置いておいて、アベルがまた俺に失礼なことを言っている気がする。
心配しなくても、カメ君に貰ったメイルシュトロックは非常識なことに使っていませんよ。絶妙な匙加減で小っこくて可愛いメイルシュライムちゃんのご飯になっているだけですよ。
えへへ、この実験が上手くいったらアベルかリリーさんに頼んでメイルシュトロックが手に入るルートを紹介してもらおう。
もしくは、カメ君を買収できたらいいけれどダメかなぁ?
メイルシュトロックの対価になりそうなものを用意して相談してみようかな。
それにしても普通って難しいな。
考えれば考えるほど難しくなってくる。
でも冷静に考えると、計り知れない強さを持っている森の番人のラト、女神の末裔である三姉妹達、そして正体は内緒だけれどホントはすごい亀のカメ君――皆普通じゃない。
そんな彼らと囲んでいる食卓は決して普通の食卓ではないのだけれど、俺にとってはそれが日常で普通。そして穏やかで普通の楽しい毎日。
全く普通じゃない日常だけれど、すっかり普通になってしまった日常。
俺はこの俺にとっては普通の日常がたまらなく好きで、普通じゃない彼らがもし普通だったとしても、彼らと過ごす時間は間違いなく好きに違いない。
そう思うと普通も普通じゃないも関係ないなって結論に落ち着いてしまう。
んが、今はそんな哲学をしている場合ではない。
そう普通! 普通ってなんなんだーーーー!!
普通じゃなくてもいいじゃないかというのはとりあえず置いておいて、誰かに何かを教える時はやはり基本からだ。
変わったものではなく普通のもの。そうよくあるもの。基本的なもの。
そうだ、明日は普通を探しに行こう! すごく普通を!!
初心にそして基本に戻って、まだ駆け出し冒険者だった頃に宿でポーション瓶を使ってスライムを育てていた頃のことを思い出して普通を探そう。
ヘイ、アベル! そしてカリュオン! 普通っぽいダンジョンに行ってみない!?
というわけで普通を哲学した翌日、アベル達と普通っぽいダンジョンへやって来た。
「ねぇ、普通っていうか、俺達が普段行くようなところよりランクが低いだけのダンジョンだよね?」
「まぁ、グランが鉱石が欲しいっていうなら、このダンジョンはちょうどいいけどなぁ。普通のダンジョンかどうかはわからないが、そもそもダンジョン自体が普通のものじゃないんだよなぁ」
「カー……」
「ここならCランクのダンジョンだし、鉱石採掘できてなおかつ鉱石系の魔物も多いだろー。カメ君もついて来ちゃったけど、水が少ない場所だから辛いのかな? だがここは水弱点の敵が多いからカメ君は大活躍だー!!」
俺達が来ているのは鉱石の産出が多く、出現する敵も鉱石系生物やゴーレムが中心のCランクダンジョン。
場所が少し悪いため、この時期は人が多くなく快適に範囲狩りのできるダンジョンだ。
この時期に徒歩で行くには面倒くさい場所なのだが、王都で冒険者をやっていた頃にアベル達と一緒に何度か来たことがあるのでアベルの魔法でピューン。
折角の休みなのに付き合ってもらって悪いな。
普通探しに普通のダンジョンには行きたかったのだが、アベル達が疲れているなら近所の洞窟を一人で散歩しながら、普通そうな鉱石を集めるだけでもよかったんだけどな。
え? どっちにしろ一緒に行く?
ありがとう。だったらうちの下はいつでも行けるし、あんま普通じゃない洞窟っぽいから普通そうなダンジョンに行きたいな。
そう、あそこ! ランクがあまり高くなくて人気のないあそこ!!
すっごく普通のダンジョンのあそこに日帰りで行こう!!
ユーラティア王国のほぼ中央にドーンと居座る巨大荒野ペトレ・レオン・ハマダ、その西の端っこ辺りにあるCランクの鉱石ダンジョン。
俺達はそこにやって来ていた。
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