世界は広くても世間は狭い
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「ふいー、何とかやり過ごしたなぁ。しかしびっくりしたなー、白銀さんとリオ君が兄弟だったなんて。言われてみたら似てる? 髪の毛の色と目の色が? つまりセレちゃんとも兄妹ってことだよな。しかもハンブルクギルド長とリリーさん……じゃなかったアイリス嬢が親戚!? いやー、世の中狭いっ!!」
「く……、よりによってこのタイミングで……っ! さすが空気との相性が最悪ともいわれるほど、空気を読まないことに定評のあるカシュー隊長……っ!! そして叔父様まで!」
「ふむ、まぁ間が悪かったとしか言いようがないが、情報の共有をしなかった方にも落ち度がある。で、グランまで巻き込んで、何をそんなにコソコソとやっているのだ?」
「えぇとそれは……リオ様がうちに滞在を始められてからスライムを増やしまくられまして、どうにか自重していただこうとしたのですが、だったら指導役を付けて欲しいとアドベンチャラー・レッド先生をご指名されて、アドベンチャラー・レッド先生以外は認めないと頑なになられまして。リオ様的には見つかるわけがないと思っての振りだったようですが、たまたま偶然アドベンチャラー・レッド先生ことグランさんには日頃からご縁がありましてお願いしたわけです。リオ様がうちにご滞在されているのは内密のことですし、その点グランさんなら貴族ではないので問題ないかと思いまして。しかしそれとは別の問題も色々ございましてグランさんにこの依頼をしたことは内密に……ええ、内密にお願いいたします……とくにアベルさんには。って、なんで叔父様がここにいらっしゃるのですか!? カシュー様の護衛はよろしいのですか!?」
「む? 屋敷の者が警護に当たるだろう。頼まれたから引き受けはしたが俺の得物は長さがあるもの故、狭い屋内での護衛には向かないのだよ」
嘘だ。このギルド長、剣を使わなくても殴る蹴るだけで俺やアベルよりも強い。しかもギルド長の剣には魔道具が仕込んであって、剣の鍔あたりから小さな魔力弾が発射されるようになっており遠近どちらも隙がない。
というか、ハンブルクギルド長はどうしてここにいるんだ!?
あと、アドベンチャラー・レッド先生を連呼するのやめて!!
ここはリリーさん所有の宿屋の一室。
リオ君の授業が終わってピエモンまで送って貰う前に、リリーさんと今日の出来事についての話し合い。
まさかの意外な繋がりで突然の白銀さんとハンブルクギルド長の襲来でギルド長に俺の正体がバレてしまったようなので、この先どう立ち回るかを摺り合わせておかないとボロが出て、そこから芋づるで白銀さんにもバレてしまいそうなので、しっかり口裏を合わせておかなければならない。
と思っていたら、馬車でリリーさんのご実家を出て宿屋に到着したところで、ハンブルクギルド長が馬車に追いついてきた。
そう、ハンブルクギルド長が追いついて来たのである。走って。
追いついたというか追いかけてきたというか、きっとすぐ後ろをずっと走ってついてきていたのだろう。
町の中を走る馬車はそんなに速度は出ていないし、冒険者たる者馬車を走って追いかけるくらいできてもおかしくない。
できてもおかしくないことなのだが、普通に考えて人通りの多い町で馬車を追いかけるとかしないんだよなぁ。
安全的な意味でも常識的な意味でも。
まぁ、ハンブルクギルド長にはバレてしまったようなので、素直に事情を話しておいた方がいいだろうと思っていたのでちょうどよかったのだが、走って追いかけてきてよかったのか!?
白銀さんはお屋敷に置いてきたの!? それでいいの!? ギルドの仕事っぽい感じに見えたけれどよかったの!?
馬車で移動中、リリーさんとハンブルクギルド長の関係について少しだけ聞いた。
ハンブルクギルド長はリリーさんのお父様の弟に当たる人らしい。
リリーさんは金髪でハンブルクギルド長は黒髪なので全く似ていないように見えるのだが、言われてみると何となく似てる?
ダメだどっちも美形ということしか共通点が見出せない。
そうだなぁ、どちらも変わった人ですごい能力というとこも共通点だな。
王都のギルド長というユーラティアの冒険者ギルドの頂点になる人なので、戦闘能力的な実力以外にも知識や交渉術、そして貴族からの圧力も跳ね返せるだけの家柄、それら全て揃っている人だというのは下っ端冒険者の俺でも何となく察していたが、なるほどプルミリエ侯爵家ならユーラティア南東部の最大の港を所有し、物流の要を握っている貴族なので他の貴族の圧も跳ね返せるだけの力を持っている。
相変わらずの脳筋っぷりだけれど、今日見た感じだと実家との関係も良好だしなぁ。
今日は、王都から転移魔法陣で白銀さんとフォールカルテまで来たのかな。
リリーさん曰く、白銀さんことカシューさんの護衛兼、プルミリエ侯爵家への繋ぎ役だろうとのこと。
ものすごく強い人みたいだけれど、白銀さんも高位の貴族っぽいもんな。騎士隊長をやっているけれど、本来は護衛される側の人なのかもしれない。
やべ、身分の高そうな人だと思いながら、バタバタとした現場だったこともあって雑な態度で接していたな……大丈夫かな、不敬罪とかならないかな。
赤毛になんかヘイトがあるみたいだし今度会った時はゴマ擦っとこ。ついでにナナシの値段交渉もお願いしよ。
「ふむ、事情はだいたいわかった。まぁ、ギルドに内密に依頼をしているとなると、ギルド関係者である俺も守秘義務がある故俺から事情を漏らすことはない。内容もスライムを安全に飼育するための依頼、対象者の希望とそして都合で貴族の教師は付けられぬことからグランか……まぁ妥当なところだな。グランは突発的なトラブルの対応能力も高く機転も利き人柄も悪くない。緊急時の安全面でも悪くない人選なのだが、一つ欠点をあげるとなればその突発的なトラブルを起こす才能にも非常に恵まれている。先ほどのようなことがないように、手綱はしっかりと握って油断はしないように。そして隠すなら最後まで隠し通さないと面倒なことになるぞ。いいかグラン、うっかりは許されないから引き締めてかかるように」
話が長すぎてつい聞き流したけれど、なんだかすごく褒められているような気がするぞ~。
俺って、王都のギルド長からの評価は意外によかったんだな。
おう、うっかりしないように気を引き締めてがんばるよ~。ていうか、スライムを弄りながらリオ君に自分の知識を伝えるのはすごく楽しいから、毎回張り切ってやるよ~。
ところで、先ほどのようなことってなんだっけ?
「先ほど!! そう先ほどの!! 何ですか、あのスライム!! 見た目は非常に美しい濃紺なのですが、小さいわりにやべー水の魔力をお出しになっているとんでもおスライムに見えますけど、なんなんですかそれは!?」
あ、スライム? 俺の自信作メイルシュライム君のことかな?
メイルシュライム君がすごすぎることに気付いてリリーさんのお言葉が乱れているぞ?
「これはメイルシュライムといって、メイルシュトロックの粉を少しずつ与えたスライムなんだ。小さいから今のところ危険な挙動はないけど、すでに強烈な水属性のゼリーを身に纏ってるんだ。このまま大きくしないで凝縮する感じで更に濃いスライムゼリーにして、それをインクや染料代わりにして紙に魔法陣や文字を書いて使いきりの効果を付与してみたり、糸を染めてそれで刺繍をして布に付与をしてみたりって? まだそのゼリーすら完成していないからどうなるかわからないけど。でもメイルシュトロックなんてそう簡単に手には入らないから量産は無理だなぁ。海に近いフォールカルテなら売ってたりしない? 怪しいお店とかで? ああ~、メイルシュトロック~なんて浪漫溢れる素材なんだ~。なんなら報酬はメイルシュトロック払いでもいいよ!!」
お金も欲しいけれど、メイルシュトロックも欲しい。
この濃い紺色、が俺の心を魅了する~~~~!!
「ヒッ!? ものすごく早口!! そしてものすごく何を言っているのかわからない!! そしてどこからつっこむべきかわからない!! ああ、これが普段のアベル様の心境。なるほど推しの心境がわかるなんて貴重な経験……いやいやいやいや違うそうじゃない!! しっかりするのよ、わたくし!! ここで止めなければ浪漫ではなく海水が溢れてしまいますわ!! ちょっと、その開発中の謎技術はアベル様によおおおおおおおおく相談してくださいまし!! そしてまだスライム初心者のリオ様には、扱いの難しいスライムをお見せにならない方がよろしいかと。興味本位で試されたらまずいですから、というかそういうことが起こらないようにグランさんを呼んだのに、グランさんから与えてどうするんですか!! ヤベースライムを増やしてどうするんですか!! いいですか、普通! 普通のスライム!! 面白すぎるスライムは一度ご相談くださいませ、いいですね!? それといかにフォールカルテの怪しい店といえどメイルシュトロックは売ってないと思いますわ!! 報酬をメイルシュトロック払いも世界の平和を考えてなしなしのなしですわ!! というかそんなのアベル様にバレたら間違いなくわたくしがやべーことになりますから。叔父様からもグランさんに何か言って――ああ~~~~~、座ったまま寝てる~~~~~!! グランさんの早口スライム語りで寝てしまっていますわ~~~~!!」
俺も早口だったかもしれないけれど、リリーさんも怒濤の早口だ。
半分くらい聞き流してしまったが、そっかメイルシュトロックはフォールカルテの怪しい店でも売っていないし、報酬メイルシュトロック払いもダメか。ショボーン。
ギルド長が居眠りを始めたのは俺のスライム語りのせいだけじゃないと思う。
この後、起きたギルド長も加わって普通のスライムだけで授業をするようにめちゃくちゃ釘を刺された。
普通ってなんだ普通って!?
抽象的すぎて、普通って案外難しいぞ!?
来週までに普通のスライムを考えておこう。
お読みいただき、ありがとうございました。




