キラキラと真っ黒
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「……………………」
「……………………」
やっぱ、どう見てもハンブルクギルド長だよなぁ。
どうしよう、目が合っちゃった。そしてめっちゃ見られている。
目を逸らして隠れたいけれど手遅れだよなぁ。
猛獣に遭った時は目を逸らすなって冒険者ギルドでも習ったし、目は逸らしたらだめだよなぁ。
変装はしているけれど、絶対気付かれているよなぁ。
やべぇ、この沈黙がこえぇ……。
パンッ!!
どのくらいギルド長と無言で視線をぶつけ合っていただろう。
手を叩く音で我に返りそちらを見た。
音の源はリリーさん。おそらく状況を察して助け船を出してくれたのだろう。
この状況、どうしたらいいんだ!? 助けて!!!
「おほほほほほほほ、お客様が来られましたので今日の授業はここで切り上げることにいたしましょうか。レッド先生、それでよろしいですか?」
「え? どどどどどどうも、レッド先生です!! もちろん、よろしいですよろしいです。おおおおおお兄様との時間を大事にして下さい!!!」
リリーさんが"レッド先生"を強調しながら俺の方を笑顔で振り返ったので、どうしていいかわからない俺はとりあえず高速で首を縦に振りまくった。
そうです!! 俺はレッド先生です!!
動揺して変装用にかけている眼鏡のブリッジに指を当てて、めちゃくちゃチャキチャキしてしまった。しかもめちゃくちゃ噛んでしまった。
リオ君との授業は楽しいのだが、今は一刻も早く白銀さんとギルド長と離れたい。
「え? やだ。カシュー兄と話すよりレッド先生と話す方が楽しいもん。それに時間は有限だから、今のうちに先生にたくさんスライムのことを教えてもらわないと」
リオくーーーーーーん!!
嬉しいけれど、火の玉ドストレートな言葉にお兄様の表情が引き攣ったぞ!!
お兄様、待って!? 俺を睨まないで!!
「俺と話すより教師と話す方が楽しいだと……? それに赤毛……また赤毛……いや、これは違う赤毛か……それにしても赤毛……」
あああああーーーー!! 白銀のお兄様から不穏な空気が出始めたぞーーーー!!!
どうも、赤毛です。
やべー、超見られてる。観察するように見られているから、これはバレていないのか?
見る人が見ればわかりそうなガバガバ変装だが、白銀さんとは王都で少し会ったくらいだし大丈夫、大丈夫?
「ほほほほほほ、こちらはレッド先生ですわ。アドベンチャラー・レッド先生は多くの著書を出されていて、王都の冒険者を中心に人気のあるスライム研究家の方ですの。先日お伝え致したと思いますが、リオ様が当屋敷でスライムを飼育するに当たりまして、正しい知識と安全のためにその道に詳しい方に来ていただいておりますの」
ちょっとーーーーーー!! リリーさーーーーーーん!!
その名前は出さないでーーーーー!!
恥ずかしいのもあるけれど、冒険者ギルドの売店に置いてもらうことを前提に作った本でギルドの図書室にも置いてもらっているから、その時に本の詳細を書類に書いてギルドに提出しているんだよおおおお!!
もちろんそこにはその恥ずかしいペンネームも書いてあるし、ギルドに関する書類だからギルド長が目を通している可能性だってあるんだよおおおおお!!
「アドベンチャラー・レッド……アドベンチャラー・レッド……ふむ、ギルドの売店でそのような薄い本を見た覚えがあるな」
そう、すごく薄い本ですけれど一応本です。
あぁ~、ギルド長がこっちをめちゃくちゃ見てる~。
目が合ったと思ったら、白銀さんから見えない角度でニヤリと笑った気がする。
これはバレているな……だが、俺の正体については触れる気配がないのでとりあえず空気を読んでくれたか?
冒険者ギルド経由の依頼だしな、巨大都市の冒険者ギルドのギルド長ならきっとそのくらい察してくれるはずだ。
「薄い本……確かに薄い本ではありますが……ええ、薄い本ですわね」
仕方ないだろおおおおお!! 冒険者の片手間に小遣い稼ぎで書いた携帯できる指南書なんだから!!
俺だってまさかあんな薄い本がお貴族様の下までいくとは思っていなかったよ!!
「ああ、そういえばそんな話を兄者と君のとこの兄上がしていたな。スライムも魔物だからな、スライムを飼育するなら正しい知識は必要だしな。うんうん、変にコソコソやるより、正しい知識を持ってる人の目のあるところでやる方がいいね。俺はいいと思うよ、続けるために兄者を説得するにしろやっぱり諦めるにしろ、一度納得するまでやってからリオが決めればいい。学園に入るまでまだ少し時間がある、その間にやりたいことはやっておくんだ」
脳筋で変な人だけれど、白銀さんはいいお兄さんだなぁ。先日のセレちゃんの時にもセレちゃんの希望に歩み寄っていたしなぁ。
リオ君が将来スライム学の道を希望していることに難色を示しているっていうのは別のご兄弟か……。
ん?
セレちゃん? ああ、セレちゃん!!
そうだ、やっぱセレちゃんに似ているんだ。似ているというかそっくり!?
いや、俺は人の顔を覚えるのが苦手だからな。でも髪の毛の色はそっくりだぞ!!
「流石カシュー兄、暑苦しいけどティオ兄様より話が通じる。ん? レッド先生、どうしたの?」
「え? あ? ええと、理解のあるすごくいいお兄様だなぁって?」
やば、セレちゃんのことを思い出してついリオ君の顔をまじまじと見ていたら気付かれてしまったので、適当にごまかしていこう。
実際、白銀さんはすごくご兄弟のことを考えているいいお兄さんのように見える。
貴族というものはふんぞり返って嫌な奴らもいるけれど、民のために貴族であることの義務と責任を果たそうとする人もいる。
いや、そういう貴族の方が多いのだろうが、悪い方の貴族ばかりが目立つのだろう。
貴族としての義務と責任――それを背負うことになれば、やりたくても諦めなければいけないこともたくさんあるのだろう。
リオ君のスライム好きもそうかもしれない。それを思うとご家族が難色を示すのも理解できる。
それでも白銀さんはできるだけリオ君の希望を否定しない。セレちゃんの時もそうだった。
いいお兄様だなぁ。
「え? いいお兄様? うんうん、俺はすごくいいお兄様だよ。赤毛ってとこはちょっと気に入らないけど、君は人を見る目があるね。リオの指導役として問題もなさそうだし、この夏の間リオのことをよろしく頼むよ」
「え!? は、はい! がんばります!!」
白銀さんが突然こちらをクルリと振り返り、バンバンと俺の肩を叩いた。
それがやたらパワフルで地味に痛い。いいお兄さんだけれど、やっぱ脳筋だなぁ。
そして俺の正体には気付いていないようだが、赤毛に何か恨みでもあるのか!?
まぁ王都で騎士をしていれば悪い赤毛にも会うことはあるだろう。
安心して下さい、俺はすごく善良でまじめな赤毛です!!
「そうだね、リオの勉強の邪魔をするのは悪いからここで見学をさせてもらおうかな? いいよね、ハンク」
え? マジですが?
先生初心者だからご家族の参観はとても緊張するのですけどーーーー!!
てか、そこはギルド長じゃなくて、リリーさんに許可を尋ねるところでは?
「ああ、もちろんだ。俺もスライム学とやらには少し興味があるからな」
うそつけーーーー!! 絶対うそだーーーー!!
というか、ハンブルクギルド長は絶対に俺の正体に気付いているよね!?
気付いていて黙っているか様子を見ているよね!?
リリーさーん、何とかしてー!!
「ほほほほほ、そういうことでしたら授業の邪魔にならないように後ろから見守って下さいまし」
このキラキラと真っ黒を部屋から追い出すことは無理と判断したのか、リリーさんが俺に目配せをした。
何か作戦でもあるのだろうか。
そして口が音を出さずに動いた。
な・ん・と・か・ご・ま・か・し・て・く・だ・さ・い・ま・し。
あ、はい。がんばります。
お読みいただき、ありがとうございました。




