騒々しい来客
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「何か部屋の外が騒がしくないか? しかもこっちに近付いて来ているような……」
急に部屋の外が騒がしくなり、リオ君の作業から目を離さないようにしつつ扉の向こうの気配を探った。
ものすごく騒がしい気配が、どんどんこちらに近付いて来ているな。
その気配があまりに騒がしすぎて他の気配がわかりにくいけれど、使用人らしき人の気配がその騒がしい気配を追いかけているのもなんとなくわかる。
殺気のようなものは感じないのだが、ただただ騒がしい。カリュオンとは違うこの騒がしさ、どこかで……。
その騒がしい気配が確実にこちらに近付いて来ており、部屋の中にいる使用人さんや護衛の騎士さん達の表情が硬くなった。
「来客の予定はなかったはずですが……いえ、むしろこちらはリオで――さんが勉強中なので静かにするように強く言ってあるはずなのですが。ちょっと様子を見て参りますわ」
俺とリオ君の授業を椅子に腰掛け見守っていたリリーさんが立ち上がり、お付きのメイドさんと女騎士さんが一緒に扉の方に向かった。
大丈夫かな、あんま危険な感じはしない気配なのだがすごくドタドタと騒がしい感じなので、女性だけで行って大丈夫かな? 俺も一緒に行った方がいいかな?
リリーさんを追いかけようとしたらリリーさんと一緒にいる女騎士さんが俺を手で制し、リオ君の傍にいるようにという風に頷いた。
はー、仕事中の女騎士さんはかっこいいなー。
いざとなったらリオ君の護衛なら任せろー!! 俺は護衛もできるスーパー家庭教師だぞー!!
といっても、部屋の中にはリオ君の護衛と思われる男性の騎士さんもいるので、何かあったとしても俺の出番はなさそうだ。
あ……でも……。
「リ……じゃなかった、アイリス嬢、扉から離れるんだ!」
俺が言うのとほぼ同時に、リリーさんの傍にいたメイドさんと女騎士さんがリリーさんを庇うように扉とリリーさんの間に体を入れて共に扉から離れた。
その直後、コンコンコンとものすごくせっかちなノックの後、返事を待たずにバーンと音をさせて扉が開いた。
あぶねーよ!! 廊下側に開く扉だけど、いきなりノックの返事を待たずに開けたら、あぶねーよ!!
「リオーーーー!! お兄ちゃんが会いに来たよーーーー!!」
「うええええ……ノワ兄――じゃなくてカシュー兄、何しにきたの!?」
気配も騒がしければ、扉の開け方もその後も騒がしい。
そしてその騒がしさの主は――えええええええええ!? 白銀の騎士さん!?
って、兄!? 兄様!? 勝手に人格者だと思っていたリオ君のお兄様が、王都で会ったあの白銀の騎士さん!?
ナンダッテーーーー!!
ちょっと脳筋ぽくて、町の酒場で楽しそうに暴れてみたり、リュウノナリソコナイを大増殖させたり、いたいけな平民にぼったくりで魔剣を売りつけたりする白銀の騎士さんが、素直で良い子で優等生のリオ君のお兄さん!?
王都の地下水路で会った時に見たクローズドヘルムの中身が、騒々しく開かれた扉の向こうに立っていた。
勤務中でないためか、今日はあのピカピカの白銀アーマーではなくお上品で高そうで貴族らしい服。
リオ君と同じ真夏の太陽のように眩しい金色のくせ毛を後ろで一つに束ね、髪の毛と同じくらい眩しい金色の瞳を持つ優男風のイケメン。
その顔、よぉく覚えているぞおおおおお!!
地下水路の時はバタバタしていて、結局値段の再交渉ができなかったから今日こそ……あ、俺いまレッド先生じゃん。
って、やべえええええ!! この程度のガバガバ変装だとバレない!?
騎士さんなら相手の気配や魔力の特徴を感じ取るのも得意だよね?
やば、白銀さんはたしかアベルとも知り合いっぽかったから芋づる式にバレない!?
チラリとリリーさんの方を見ると、リオ君のお兄様らしき白銀さんの騒々しい登場にリリーさんも困惑顔である。
だがそこはさすが貴族のお嬢様。ハッとした表情になった後、すぐにやや厳しい表情になりカツカツとヒールの音をさせて白銀さんの方に歩いていった。
そして深々と頭を下げる。
そこで俺もハッとなって周囲を見ると護衛の人以外は頭を垂れた状態になっている。
そうだ、リオ君のお家は高貴な貴族のようだから、そのリオ君のお兄さんも当然身分の高い貴族。しかも成人。
成人貴族相手と対面した時は、身分の低い者は許しがあるまで頭を下げなければならない。そして身分の高い方が口を開くまで、身分の低い方から話しかけてはならない。
俺は平民だけれど、貴族に対する最低限のマナーは冒険者ギルドで習ったから知っているぞ!!
男性と女性、成人しているか否か、爵位を持っているか等で同じ階級くらいの家門同士でも、細かい身分の上下があるのだがその辺はさすがによくわからない。
おそらくリオ君のお兄さんは成人済みですでに爵位を持っていそうだ、一方リリーさんは女性なので侯爵家のご令嬢だとしても自身の爵位がなければ、侯爵家以上の家門の者に対しては低い扱いになるはずだ。
俺は平民だからこの場で間違いなく一番身分が低いので、とりあえず頭を下げておくぞ。
そうすれば、ガバガバ変装の顔を見られてバレずに済むかもしれない。
一方リリーさんは身分の上の者に対する礼は示しているが、その仕草の端々にマナーが良いとはいえない行動で部屋に入って来た白銀さんへの無言の抗議が垣間見えた。
これはきっと、目上の相手であろうとリリーさんのご実家で礼に欠いた行為は許しがたいという意味でわざとやっているのだろう。
頭を下げたせいでリリーさんの表情は見えなくなったが、その分気配には敏感になっているので、リリーさんから穏やかではない空気が伝わってくるぞ。
「ああ、ごめんごめん、ついリオに会いたくで気が急いちゃったんだ、非礼を許してくれ。それから今日の俺はただの休日の騎士だ、みな頭を上げてくれ」
白銀さんの無駄に爽やかな声が聞こえて、その場の空気が少し緩み部屋にいる人達が頭を上げる音が耳に入ったので、俺もできるだけ白銀さんの目に留まらないように気配を消しながら顔を上げた。
顔を上げてまず目に入ったのは、白銀さんの前に立つリリーさん。
その顔はこれでもかっていうくらいの超笑顔。だがその笑顔が何故か怖い。
「ご機嫌麗しゅう、カシュー様。当屋敷においでになるのは随分とお久しぶりだと記憶しておりますが、わざわざ遠方まで足をお運びいただきありがとうございます。何分王都から離れた遠方の地で在ります故、伝令がどこかで滞っておりましたようですわ。お迎えの準備が間に合わず、ご案内する部屋をお間違いしたようで失礼いたしました。こちらはただいまリオ様の勉学の最中ですので、申し訳ありませんがサロンの方で少々お待ちいただいてよろしいですか? すぐにご準備してリオ様とご一緒にお伺いいたします故」
ヒッ! すごく丁寧に聞こえるけれど、強烈な嫌味だな!! これは平民の俺にもわかるぞ!!
要約すると、滅多に来ない奴が連絡もしねーでいきなり来た上に、子供が勉強中の部屋に突撃するんじゃねぇ、来客用の部屋で待っていろ、バーカ! という意味である。
「ヒッ!? アイリス嬢、随分久しぶりだね。いやぁ、相変わらず百合の妖精のようにお美しい。ははは、突然来たのは悪かったよ。それと連絡するのは忘れてというか、君の叔父上の案内だったから、すでに連絡してくれているもんだと思ってたのだよ」
「え? 叔父様?」
叔父上という単語に反応して、強気だったリリーさんがあからさまに戸惑ったのがわかった。
「ん? そういえば連絡はしてないな。いつもこちらに戻る時は連絡などしないから、つい癖でな」
何だか聞き覚えのある声が白銀さんの後ろから聞こえてきて、黒い影がスススッと気配なく白銀さんの隣にならんだ。
白銀さんの眩しい金髪とは対照的な全ての光を飲み込むような黒。そのせいでその顔にすぐに気付くことができなかった。
「ちょっとおおおおおおお!! 叔父様!! いつもいつもいつもおおお申し上げているでしょう!! 帰ってくる時は連絡くらいしろっていうか、せめてご友人がご一緒の時は絶対に連絡しろって、わたくしだけではなくお母様にも毎度言われているでしょう!! そろそろお母様にぶちぶちぶちころがされてくださいませ!!!」
リリーお嬢様、お言葉が乱れていますよ!!!
だがそんなこともすぐに頭の中から消し飛んでいく。
「義姉上の説教は少々面倒だな……ん?」
その黒い影――真っ黒な印象の長身の男と目があった。
やべぇ、これは絶対気付かれたわ。俺、終わったわ。
無理、この人には絶対勝てないわ。誤魔化せないわ。
真っ黒い長身の男、ハンブルク王都ギルド長がなんでこんなとこにいるんですかあああああああああ!!
っていうか、叔父様ってどういうことおおおおお!?
お読みいただき、ありがとうございました。




