とても優秀な生徒
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うちのすぐ下にやばそうなダンジョンがあると聞いてわくわくヒュンッとした気持ちになってから数日後、今日は週に一回の極秘任務の日。
先日、地下洞窟で採取してきた鉱石で育てているスライムは随分色鮮やかになってきたが、完成まではもう少しかかりそうだったのでサンプル用のゼリーを少しだけ採取して持って来た。
それとあの洞窟で採取してきた鉱石の数々。とくに固有の鉱石というわけでもないので、リオ君の研究の参考になればと思いこちらも持参。
リオ君の研究のためだけではない、実物を前に共に考察すれば思わぬ気付きがあるかもしれない。
今日もこっそりとピエモンの冒険者ギルド入り!
ストーカーバッグはバルダーナに預けた!
こないだの洞窟のようなヘマはしない!
準備はばっちり!
いざ、リリーさんのお迎えでスライム少年リオ君の下へ!!
「はーい、レッド先生だよー、宿題はちゃんとやったかなー!? ってめちゃくちゃ整理されてる! カラースライムが増えてるけどグラデーションに並べてあってめちゃくちゃ綺麗! すごいなこれ、あれから更に増やしたのか……食わせた素材もちゃんと書いてあって、なるほどこれが危険度のマークか。記録もちゃんと付けてるんだね、すごい! 偉い! 満点!!」
一週間ぶりに来る豪華な部屋は先週片付けた時よりも更に整理され、カラフルなスライムの種類が少し増えているにも関わらずわかりやすく、そして綺麗なグラデーションになるように並べられている。
スライムの入った瓶一つ一つにラベルが張られ、その危険度に応じて印も付けられている。
更に宿題にしていた飼育記録も毎日ちゃんと丁寧に付けていたようだ。
すごい! どっからどう見ても百点満点!! 夏休みの宿題を最終日に纏めてやっていた前世の俺とは違って偉い!!
一週間ぶりに会ったリオ君はとても優秀な生徒なので、授業を始める前にめちゃくちゃ気合いを入れて褒めた。
「え? 言われた通りのことをやっただけだし、難しくも何ともなくてできて当たり前のことだし、そんな大袈裟に褒められるようなことじゃないよ」
少し冷めた表情、そして苦笑い。
優秀貴族子息のリオ君にとっては、たいしたことでない宿題だっただろう。
そう、言われたことをやっただけ、できて当たり前のこと。
「できて当たり前か……確かにやろうと思えばできることだな。だけどそのやろうと思う気持ちを持つこと、それを実際に行動に移すことは案外難しいんだ。めんどくさい、後回し、別にやらなくても困らないってなって結局やらない。一週間前までのリオ君の部屋がそうだっただろ? できて当たり前のことを当たり前のようにできるのは、実はすごいことなんだ。だからできたことは偉い、そして誇っていい」
当たり前のハードルは簡単に上がる。
それはハードルを越える者が優秀であれば優秀であるほど。そしてそのハードルはどんどん高くなる。
その繰り返しでいつしかとてつもなく高いハードルを越えた時も、それが当たり前だと自分も周りも錯覚してしまう。
だから将来そうならないように、できて当たり前はすごいことなのだと俺はリオ君を褒める。
その当たり前はリオ君が優秀だから当たり前なのだと。
「でも城……僕の家の使用人や子供の頃からの教師は、僕ならできて当たり前って言うよ? もっとできる、もっと上を目指せる、どんなにやってももっともっとって言うんだよね。兄様達はもっとすごいから僕ももっとがんばらないといけないって、もちろん僕もたくさんがんばって兄様達みたいになるんだ。でももっともっと言われると、もっとってどこまでかなって思っちゃう」
「そうだなぁ、それはリオ君がこれから成長して、すごいお兄様達みたいにすごい大人になれる可能性が見えているから、周りの人も応援したい気持ちでいっぱいなんじゃないかな。でもちょっと期待が大きいとプレッシャーも大きいよな。わかるぞー、俺も期待されると緊張してうっかりミスを連発していいとこなしで終わることもよくあるしなぁ。それにリオ君はお兄様達とは違うから、お兄様のすごいじゃなくてリオ君のすごいを目指せばいいんじゃないかな?」
周りにすごい人がいるとその人のようになりたい、その人に追いつきたいで必死になりすぎて自分を見失う。
俺だってそうだ。今でもすぐにアベル達のすごさに圧倒され、それに憧れ、そうなりたいとないものねだりをして迷走をする。
人に言えるほど自分ができているわけではないが、できればリオ君が俺みたいに迷走しまくらないように。必要のない劣等感に苛まれないように。
できて当たり前ではなく、できたのは努力の結果、そして前に進んだ証拠なのだと言葉にして伝えたい。
「そう、それそれ。期待してくれてるのはわかるんだ、でも期待に応えようとしてがんばっても失敗するとがっかりされるんじゃないかって思ってつい緊張しちゃう。そうだよなぁ、兄様達はみんな違う分野ですごいもんなぁ。一番上の兄様は政治、二番目の兄様は剣、三番目の兄様は魔法……僕は――スライム!! ここにいるうちに兄様達を納得させられるくらいスライムの研究をするんだ」
政治に剣に魔法、すごく貴族らしいご兄弟だな。
そしてスライム。
いいぞ、そんなスライム好きのリオ君が大好きだ。
「そうだな、好きこそものの上手なれ。好きだからこそ熱心に努力ができるから伸びる。好きはすごいの始まりだ。よし、じゃあ今日の授業を始めようか」
「はい! 今日もよろしく!」
ああ、リオ君はいい生徒だなぁ。
こんな素直でまっすぐな子のお兄様達はきっと人格者揃いなんだろうなぁ。
「く……尊……っ!」
授業を後ろから見守っている、リリーさんが何かを呟いた。
前回は授業というよりスライムの整理だったので、今日からが本格的な授業だ。
といっても俺もスライム弄りは独学、そしてリオ君も独学でスライム飼育の基本はすでに身についている。
とりあえずリオ君がどの辺までスライムの飼育に慣れているのかを知るために、リオ君が今まで育てたスライムとその飼育方法の話を聞きながらリオ君の研究を見守ることにした。
リオ君の研究を見守りつつ俺の知識を伝え、必要があればアドバイスをする。授業というか夏休みの自由研究の手伝いみたいなものだ。
俺のハンドブックを読んでいるなら、その中で基礎の部分は初心者向けのスライム基礎知識本を薦めているので、それを読んでくれていたらと思ったらしっかり読んでくれていた。
リオ君、偉い!!
ところで、すごく高貴な貴族のご子息っぽいリオ君がどういう経緯で俺の本を手にすることになったのだろう?
俺の出したハンドブックは俺自身の手作りだったり、複製スキル持ちに頼んだ写本だったり、小部数でも刷ってくれる印刷屋に頼んだりしたもので部数は少なく、王都の冒険者ギルドの片隅に置いてあるのと、売店の委託料を安くしてもらうためにギルドの図書室に寄付した分だけだ。
それがどうして貴族であるリオ君の下まで届くことになったのか、すごく気になったので聞いてみた。
「うちの図書館の司書が読んでいるの見て面白そうだから貸してもらったんだ。庶民向けの薄い本だから本来は図書館に入るようなことはない本だけど、冒険者ギルドの図書室で見かけて気になって個人的に買ってきたって言ってた。で、僕が読んで面白かったから図書館の主任にお願いしてスライムシリーズを揃えてもらったら、他にもレッド先生の著書に料理や薬草、武器の本もあるってわかってとりあえず王都の冒険者ギルドで売ってたものは全部図書館に置いてもらったんだ」
ひえええええ、お買い上げありがとうございます!!
ていうか、うちの図書館!?
プライベート図書館みたいに聞こえるけれど、フォールカルテの図書館のように貴族家が運営している図書館のことかな?
そんなところまで俺のハンドブックはいっていたのか……びっくりだな。
と、そんな話をしながらリオ君とスライムを弄っていると、何だか部屋の外が騒がしくなった。
お読みいただき、ありがとうございました。




