地底湖の主
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はー、平和だなぁー。
未知の洞窟の奥深く、こんなに平和でいいのだろうか?
いや、平和に越したことはないな。そうだ、平和でいいじゃないか!!
平和、最高!!
透明度の高い地底湖の浅瀬で飛沫を上げながらじゃれ合っている青と緑と赤。
湖からうっかりヤベー生き物が出てきても、それ以外のヤベー生き物が出てきてもすぐに対応できるように周囲を警戒しながら、湖の畔で周囲に生えている地底植物をせっせと集めている。
いやー、まさかうちの近所にこんな地底植物が群生しているような地底湖があるなんて予想外だったなー。
やべっ、つい地底マーヤリスの採取に夢中になっていた。周囲の警戒も忘れずちゃんとしているぞぉ~。
それにしてもこの地底湖、澄み切った水と心地の良い冷たさの空気、周囲に自生する植物の香りでとても穏やかな気持ちになる空間である。
それもそのはずこの地底湖周辺、何故か強い聖属性の魔力で満たされており、それがあまりの濃さで地底湖の上で靄のようになっている。
相変わらず周囲の生物の気配はそわそわと落ち着きのない感じだが、その対象となるようなやばそうな生き物の気配は拾えない。
地底湖の中に何か潜んでいるのではと思ったが、カメ君達が楽しく水浴びをしているところを見ると大丈夫なのかな? まぁ、水場ならカメ君がいるから大丈夫か?
その湖の水も手を触れて鑑定してみたが、鉱物から溶け出した毒などは混ざっておらず飲用可能な綺麗な水だった。
しかも聖属性なので飲めば、体の中に蓄積されている老廃物も綺麗にしてくれそうだから、少しだけ汲んで帰ろう。
近くには生物も棲息しているし、もしかすると地底エルフの縄張りかもしれないので、収納にごっそり吸い込むのは自重して樽一つ分くらいにしておこう。
地底湖の綺麗な水にご機嫌なのかカメ君がモコモコちゃんとサラマ君めがけて水鉄砲を乱射している。
こらこら、モコモコちゃんはともかくサラマ君は水属性は弱点っぽいからほどほどにしとくんだよ。
ていうかこんなとこでケンカになるようなことはだめだぞお。
ああー、カメ君の回転水鉄砲がモコモコちゃんとサラマ君にクリーンヒットだーーーー!!
モコモコちゃん、水の中で雷バリバリはやめるんだ! サラマ君も地底湖を沸騰させるのはだめだ!!
ほらほら、地底湖にも虫や魚が棲んでいるから生態系が壊れるような遊びはだめだ、やり返すなら穏便に物理攻撃にしておくんだ。
ああー、モコモコちゃんの木の実弾幕とサラマ君の跳び蹴りがカメ君にヒットしたーーーー!!
そして水飛沫を上げながら殴り合いの乱闘に……。
綺麗な湖で遊ぶのは楽しいかもしれないけれどほどほどにしておかないと、地底湖に主がいたら怒られるかもしれないぞ。
ザバアアアアアアアアアアッ!!
ほらーーーー! やっぱ何かいたーーーー!!
水柱と共に水面に飛びだしてきたのは黒光りする大きな地底ナマズだーーーー!!
この大きさ、まさに地底湖の主の風格だーーーー!!
地底ナマズは洞窟内の湖に棲み、地震攻撃を得意とするナマズの魔物で、大型の個体はBランクにもなる強さだ。しかも水の中で地震を起こすものだから津波も誘発される。
しかもそれだけではなく雷攻撃もしてくるので、うっかりこいつのいる地底湖に入ると雷撃でこんがりしてしまう危険がある。
また地底ナマズは非常に知能の高い生物で、長寿の個体は特殊能力を持ったユニーク個体化しやすい傾向がある。
この大きさ、この強力な気配……地底湖の主らしくユニーク個体の地底ナマズか!?
「カメ君、モコモコちゃん、サラマ君、危ない! すぐに水から出るんだ!!」
とくにカメ君は水属性なので雷には弱いはずだ。多分。
「カメェ?」
「キキ?」
「ゲッ!」
カメ君とモコモコちゃんは可愛く首を傾げている場合じゃないぞおおお!!
ていうか、サラマ君はなんでナマズ君にガンを飛ばしてるの!?
…………。
あれ? ナマズ君、攻撃してくるかと思ったら水から顔を出したままカメ君達の前で固まったぞ?
ザバアアアアアアアッ!!
そして、大きな水柱を立てて水中に潜っていって、そのまま姿が見えなくなってしまった。
あれ? もしかして帰っていった?
……ナマズ君、やっぱりこの地底湖の主で賢い個体だったのかもしれないな。
そうだな……水でカメ君に勝てるわけがないし、そのカメ君と仲良しのモコモコちゃんとサラマ君もその辺の魔物より格上そうだ。
モコモコちゃんはこの洞窟に詳しいみたいだし、もしかして洞窟の中では有名モコモコなのかな?
そう思うと、ここまであまり魔物に遭遇しなかったのは、魔物達がモコモコちゃんを避けていたのかもしれないな。
いつも森の方からやってくるモコモコちゃん。
森に棲む妖精の類いかと思っていたが、もしかしてこの洞窟住みなのだろうか?
もしかしてこの洞窟の主だったりする?
「キ?」
そんな疑問を抱えながらモコモコちゃんの方を見ると、俺の疑問を察したのかあざとく首を傾げた。
ですよねー、やっぱそんなことはないよねー。
「まぁいいや、地下水は冷たいからずっと浸かってると体が冷たくなるからそろそろ水から上がっておいで。それに、そろそろお腹がすいてきたからお昼ご飯にしようか」
出発前におやつを食べてからきたが、すでに昼を回った時間で腹が減ってきた。
ちょうど景色のいい場所だし、地底湖でピクニック気分になろうじゃないか。
「何だか思いつきで洞窟に来ちゃったから、弁当は用意してないんだよなぁ。そうだ、今日はスライムを弄るつもりだったのに……まぁ、今日は暑いから仕方ないな。そうだなぁ、ここは少し肌寒いくらいだし、カメ君達は水の中に入ってて体も冷えてそうだから少し温かいものでも作ろうか。といっても、ここが本当に安全な場所かわからないから簡単なものだな」
モコモコちゃんのおかげで魔物は寄ってこないような気はするが、中には知能が低い生き物は本能を優先する傾向があるため、ダンジョンのセーフティーエリアのように絶対に安全とはいえない。
ここは初心に返って、手早く簡単に作れる冒険者の定番飯にするかなぁ。
「じゃあこの湖の対岸に見える森の向こうは地底エルフの縄張りってこと? で、湖から水が流れっていった先は小空洞の縦穴で、そこから更に下があるんだ。でもその先はやばそうだな……ちょっと覗いてみたい気がするけど、なんか近付くのも怖い気がする。そっか、じゃあここがセーブポイント――いや違うな、回復の泉みたいなところか。聖属性の水が流れているせいか、ここら辺は聖の魔力で満たされていて心身共に癒やされるしな。もしかしてカメ君達が湖に入ったのはここまでの疲れを取るため? 俺も入れば良かったかなー、でも冷たそうだしなぁ。この素朴な豆スープが美味く感じるくらいこの辺りは肌寒いし湖に飛び込むと風邪をひきそうだな」
昼ご飯は初心に戻って冒険者の屋外の定番メニュー、塩だけで味を付けた干し肉とヒヨコ豆のスープとただのパンだ。
干し肉とヒヨコ豆だけでは少し物足りないのでタマネギと人参と芋を加えてみたり、干し肉は干し肉でもレッドドレイクの干し肉だったりで微妙に贅沢で食べごたえがある。
塩もシランドルに行った時にたくさん採ってきたサルサル岩塩。岩塩の深い味わいと具材の味が溶け出し、シンプル故に素材の持ち味を味わえるスープになっている。
あーこれこれ、初心者の頃よく食べたよなぁ。あの頃は冒険者ギルドで売っているやっすい干し肉と、安い野菜でやっていたからもっと素朴な味だったけど。
今回は少し豪華にレッドドレイクの干し肉。そのおかげですごく濃厚ドレイクスープになっていてうめぇ。
ピリッと辛いハーブも少しだけ混ぜたので、少し肌寒い場所で飲むにはちょうどいい仕上がりになっているぞぉ!!
そしてそれに添えるのは、どこにでも売っている素朴な全粒粉パン。
この「小麦粉ー!!」って味がシンプルな塩味のスープに合うんだよなぁ。
カメ君達はすごく微妙な表情をしているけれど、いいんじゃん冒険者定番飯。
そんな素朴な昼飯を食いながら、モコモコちゃんが地面に簡単な地図を描いて現在地と目印になる場所にどんぐりを置きながら、この周辺にあるものを身振り手振りで説明してくれている。
今いる場所はどうやら地底エルフの縄張りの境界、そしてピクニック気分で来ることのできる場所の限界のようで、地底湖が洞窟内の一つの区切りになっているのだろう。
そのイメージからふと前世のゲームの記憶がまた蘇ってきた。
ここまでは楽に進める場所。
強さが足りないと思えば引き返せ。進むのならここでしっかり回復をして体勢を整えて進め。
何となくそういう雰囲気の場所である。
これがゲームだったら、あの主っぽいナマズを倒さないと使えない場所だっただろうな。
そんな想像をしたらこの洞窟が妙に懐かしく思えて無意識にクスリと笑ってしまった。
少し懐かしい気持ちになって湖の方に目をやると、鮮やかな緑の葉っぱが流れて来ているのが見えた。
その緑はこの周辺の植物のような薄い緑ではなく、地上の木々のような鮮やかな葉っぱ。
何となく不自然な葉っぱに目がいき、その上に小さい何かが複数乗っていることに気付いた。
あれは――ちっこいトカゲのご一行!?
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