近くにいるかもしれないヤベー奴
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「キキ?」
蘇った記憶に躊躇して足を止めると、モコモコちゃんが不思議そうに首を傾げて下り坂の先を指差した。
「ああ……随分深い場所まで来たからこのまま進んでも大丈夫かなって。ここまであまり魔物にも遭遇しなかったから、この辺りに棲息している魔物の正確な強さがわかんないから少し怖いなって思ってさ」
気配を探れば近くにいる生物は知能の低そうな虫や小さな爬虫類系が多い。
少し遠くまで探ってみればそこそこ強そうな生き物の気配はするが、何かを警戒しているような怯えているような感じで息を潜めじっとしている。
これは明らかにこいつらが警戒する何かがこの辺りにいるという証拠だ。
感じられる気配はDランクの上くらいだろうか、そいつらがここまで息を潜めているということはCランク以上の生き物が近くにいると思っておくのがいいだろう。
Cランクくらいなら、奇襲をされなければ何とでもなるだろう。
だがそれ以上の強さの生物が完全に気配を消して潜んでいる可能性も考えておこう。
初めての場所、謎に包まれた深い洞窟、俺の知らないことばかりの場所だから警戒は最大にしておくに限る。
どんなに周囲の気配を探ってみても、やはりDランク程度の魔物が怯えるような強さの生き物の気配は感じない。
いったいこいつらは何にそんなに怯えているんだ?
「カァ?」
カメ君が早く進めとばかりに俺の髪をチョイチョイと引っ張った。
「ゲコ?」
カメ君の横でサラマ君も急かすように俺の肩をポンポンと叩いた。
「周囲の生き物が何か息を潜めているような感じなんだ。もしかして何かやばい強い奴がいる? このまま進んでも大丈夫かな?」
「キキッ」
戸惑う俺の右肩でモコモコちゃんがうんうんと頷いて、急かすように俺の髪の毛を引っ張った。
この洞窟に詳しそうなモコモコちゃんが行けと言うなら大丈夫か?
カメ君も進めと言っているし?
サラマ君は……とりあえず進めと言っている感じがするな。
「じゃあ用心しながら進むよ、もしヤベー奴がいるようならすぐに撤退しよう。周囲の生き物が息を潜めて様子を窺っている感じがするのが気になるんだよな、なんかヤベー生き物が近くにいる時みたいな感じなんだよなー、でもヤベー生き物の気配は感じないんだよなぁー、俺が気配を感じ取れないくらいのヤベー生き物がすぐ近くにいるかもしれないんだよなー。ヤベーー、めちゃくちゃ緊張するー、気配に気づいてないだけでヤベー奴がすぐ傍にいたらどうしよう……いないよな!?」
「カァ?」
「キィ?」
「ゲェ?」
キョロキョロと周囲を警戒しながら慎重に進み始めた俺の肩の上でチビッ子達が声をハモらせながら首を傾げた。
思わずその行動に和みそうになるが、ヤベー生き物がすぐ近くにいるかもしれないから油断はしないぞ!!
そうやばい奴ほど、己の強さを悟られぬようにしてすぐ近くに潜んでいるものなのだ。
と、めちゃくちゃ警戒して進んだのだが、何も起こらぬまま水の音とひんやりとした空気の源へと辿り着いた。
「うっわ……すげぇ……ここって地底だよな?」
モコモコちゃんの示す方向へと進むと壁がプツリと途切れ、突如目の前に全く予想をしなかった光景が広がり思わず声が出た。
光るキノコや苔だけが光源の薄暗い洞窟内とは思えない明るさ。いや、この明るさは光るキノコや植物の明かりだ。
その明るさに思わず目を細めた。
そこにあったのは洞窟の中とは思えない広い空間、そして水の音とひんやりとした空気の源――地底湖。
そして対岸に見える森。
思わず洞窟の中から外の森に出たのではないかと錯覚をするのだが、上を見上げれば岩盤の天井があり、振り返れば岩壁と俺達がここまで来た道が壁にぽっかりと口をあけており、ここが間違いなく洞窟の中だということを示している。
その洞窟の壁に張り付く光るキノコや苔の密度が俺達が通ってきた通路に生えていたそれらより高く、それらがこの空間を明るく照らしている。
光源はそれだけではない。地底湖の周りに広がる薄緑の植物の絨毯、その中にチラホラと咲いている小さな鈴が連なるような形をした白い花。
この白い花がほんのりと柔らかい光を発している。
確かこれは地底マーヤリスという植物で、水のある地下に生え淡い光で暗い地底を照らす幻想的で美しい花だが、根から花まで強い毒性を持っているヤベー毒草である。
同じく地下に生えているビショップニンニクという薬草と根の形がそっくりで、花が咲いていないと見分けにくいため採取慣れしていない者による事故がよくある植物だ。
危険な植物ではあるが、暗い洞窟内では心安まる優しい明かりでもある。
そして地底マーヤリスは毒だけれど、調合方法次第では麻痺解除のポーションにもなる。失敗すると毒になるからすごく難しいけれど。
少しだけ採取しておこうかな。
地底マーヤリス以外にもにもタイヨウダケが生えているのも見える。
こいつもほんのりと乳白色の暖かい光を発しており、暗い洞窟内の光源となるキノコである。
そしてこいつ、食べると少しの間声が高くなるというキノコで、ポーションにすると野太い男性の声も鈴の鳴るような女性のような声になるほどで効果時間もそこそこ長くなる。
あれば何かに使いそうだから、これも少し採って帰ろうかなぁ。
それ以外にも地底湖の対岸に見える森の木々に光る木がいくつも紛れており、いくつも生えている光る植物達が暗いはずの地底をまるで昼間のように明るく照らし、その光を地底湖の水面がキラキラと反射して光が満ちた空間となっていた。
その光景があまりに予想外で、地底湖が見える場所に出た時点で呆気に取られて立ち尽くしてしまった。
地底湖というより、洞窟が途切れ森の中の湖に出たという気分。
一つ一つは小さい光源植物とキノコ達の仄かな光が集まり、眩しいほどの明るさで照らされる空間。
湖の向こうに見える森は地上の森ほど鮮やかな緑ではないものの、優しい薄緑が終わりが見えないほどに広がっている。
そしてこの地底湖から小空洞の縦穴がある方向へと水が流れ出しているのが見える。
耳を澄ませばドドドドという滝のような音が聞こえた。
おそらくこの地底湖から流れ出した水が小空洞へと流れ込んでいるのだろう。
そういえばタルバが、洞窟の奥には地底エルフが森を作り住んでいると言っていたな。
あの森は地底エルフの住む森だろうか? この辺りは彼らのテリトリーになるのだろうか?
この辺りをウロウロしていて大丈夫かな? うっかり彼らの縄張りに入って怒られたりしないかな?
先ほどまで気にしていた、いるかいないかわからない強力な生物の存在に加え、地底エルフの存在も気にかかり始めた。
「うーん……すごく強い生き物がいても困るし、地底エルフの縄張りに入っていきなり攻撃されても嫌だし、ここら辺で引き返すことにするか? ヤベー生き物がいるならアベル達と一緒の方がいいし、地底エルフがいるならカリュオンがいた方が交流を図りやすい気がする」
知らない場所は慎重になりすぎるくらいがいいだろう。
「キ?」
俺が引き返すことを決意したのだが、肩に乗っているモコモコちゃんが不思議そうに首を傾げた後ピョーンと俺の肩から飛び降りて湖の方へとピョンピョンとボールが跳ねるように走っていった。
「モコモコちゃん!?」
「カーッ!!」
「ゲーッ!!」
モコモコちゃんに気を取られた間にカメ君とサラマ君もピョーンとしてモコモコちゃんに続いた。
ちょっとおおおおおお!! もしかしたらすっごい強い生物がいるかもしれないんだぞおおおお!!
ほら、今も周囲の細かい生き物達が落ち着きなくザワザワしてる!!
ああーーー、カメ君がいれば大丈夫!? カメ君と万歳仲間のモコモコちゃんとサラマ君もいるから大丈夫?
本当に大丈夫なのーーーー!?
ドボーーーーーンッ!!
あーーーーーーーーーー!!
水飛沫を上げてモコモコちゃんが地底湖に飛び込んだーーーー!!
ドボーーーーーン!!
ドボーーーーーン!!
ああーーー、カメ君とサラマ君までーーーー!!
こらーーーー!! 何か危険な生き物がいたらどうするんだーーーー!!
洞窟の中の水はもしかすると鉱物が溶け込んでいて危ないかもしれないんだぞおおーーーー!!
近くに生き物の気配がするから大丈夫?
そうだね、小さな虫が水辺を飛んでいるね。
って、こらーーーー!!
いい子にしていないとお昼ご飯は適当なものにするぞーーーーー!!
誤字報告ありがとうございます、修正しました。




