閑話:今日の俺はただのサラマンダー
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あの亀が箱庭から出てきて、俺の縄張りで冒険者として活動し始めて、満ち欠けが一周と少し過ぎたか。
俺の時間にしては瞬き以下の一瞬の中の一瞬、人の時間ならば新しい生活に慣れ始めるくらいの時間だろうか。
あの亀、昔は古代竜不信を拗らせすぎてジメジメした奴だったのに、何をどうしてしまったのか、あの箱庭から出てきたらすっかり憑きものが落ちたようでおもしろおかしな性格に変わっていた。
いや、これが本来の性格なのだろうか。
それともこいつをあそこから出した奴らの影響なのだろうか。
偉大な存在の一角のはずが、すっかり飼い慣らされた亀になってしまっている。
その問題亀が俺の縄張りで冒険者になるというので、同じく問題珍獣と引き合わせてみたら思ったより気が合ったようで即日で打ち解けそれからずっと仲良くやっている。
どちらも世間知らずの非常識故に気が合うのであろう。
問題珍獣と仲の良いリザードマンの子供の面倒も、纏めて見させるかと思っていたのだが、子供達が常識的で優秀すぎて、亀と珍獣の方が面倒を見られているといっても過言ではない状況だ。
まぁ上手くやっているようなので結果良しであろう。
それにしても、あの箱庭に閉じ込めた時は全く竜の話を聞かぬ暴れ者だったが、何が奴をあそこまで変えたのだろうか。
確かにあの箱庭は外とは時間の流れが違う故、奴の時間は万を超える間あの中にいたことになるだろう。
時は生き物を変える。
奴もまた長い時の中で自ら変わったのだろうか?
いいや、それだけではないだろう。
やはり奴をあそこから出した赤毛達との出会いに何か奴が大きく変わるきっかけがあったのだろう。
その証拠にあそこから出た後も、奴は赤毛達と共に行動をしている。
あの手の付けられないほどの暴れ者がどうしてあそこまで変わったのか。
そのことが少し――ほんのほんのほんの少しだけ気になった俺は、冒険者ギルド長の仕事が休みの日に朝から赤毛の住む家へこっそりと向かうことにした。
冒険者ギルドの情報によれば赤毛の家はユーラティア内陸部のピエモンという町。
ピエモンといえば、あそこの冒険者ギルド長とは奴が冒険者ギルドの職員になって間もない頃からの付き合いだ。
薬草や爆薬、魔道具の知識が豊富で、それらを利用し相手の裏を掻く戦法を好み、人間にしては良い体格のくせにコソコソと隠れるのが得意だという、少し変わった奴だ。
ユーラティア東部情報ギルドの頭というだけあって、ユーラティア全土だけではなく近隣諸国や更に海の向こう国の情報まで持っている。
そのくせ忙しい都会は嫌だと、片田舎で冒険者ギルドと情報ギルドの長を兼任している。
それは十分忙しいのではなかろうかと思うのだが、人間は働きすぎの傾向があるので人間にしては普通なのかもしれない。
そのピエモンの辺りはなかなか複雑な事情のある場所で、そのことを考えると情報に長けた優秀な者があの町のギルド長なのは納得できる。
あそこなー、あの森を縄張りにしている鹿野郎が結構面倒くさい奴なんだよなぁ。
生まれは俺よりは後だが、この世に在る神格持ちの中でも古参の部類で、しかも古の神の力を得たため、ただの神獣を遥かに凌ぐ力を持つ存在となっている。
なのだが非常に酒癖が悪いというか、酒にだらしがない。
大昔に奴に勧められるがままに酒を飲み、うっかり醜態を晒すことになってしまいその時から奴の縄張りに入ることを拒まれている。
奴に付き合って飲み過ぎてしまっただけなのだが、つい気分が良くなって森で火吹き芸を披露したのは申し訳なかったと思っている。
うむ、そろそろ時間も十分に過ぎたし、赤毛宅の偵察にいくついでに何か手土産でも持っていくか。
ルチャルトラ名物レッドリザードマン秘伝の火酒なら奴も気に入るだろう。
というか、あそこら一帯で面倒くさいのは奴だけではないのだよなぁ。
鹿野郎が守護しておる女神の血を引く三姉妹は非常に姦しくて苦手である。
基本的に温厚なのだが、三柱そろって非常に口が立つのでどうにも苦手である。
火と木、やはり相性が悪いのかもしれぬ。
それからもう一隻、俺の苦手な奴――暴風竜テムペスト。
ガチで戦ったら俺の方が絶対強いのだがなぁ。
あいつ巨大樹木系生物の血を引いているから火は苦手なはずなのに、そこはやはり古代竜故に簡単には燃えないし、雷と風を操るせいで空中から近付くと雷を落とされるか嵐を起こされるかで面倒くさい。
なぁにが『僕は穏やかな風が好きなんだ』だよ。近付いたらいつも暴風で迎えるじゃないか。
俺がいったい何をやったというのだ。近くを通った時に火の粉が森に落ちたくらいではないか。
先日もちょーっと相談があって近付いたら、大量の木の実弾幕で撃ち落とされそうになるし、降りて来るなら大きさを考えろとうるさいし、山のようにでかいお前よりスレンダーでかっこいいのだからこのままでもよいではないか。
思わずケンカになりそうになったが、あいつがうるさいから小型化してから力比べに付き合ってやったわ。
まぁ周囲の環境に配慮するのも偉大で巨大な古代竜に必要なことではある。
そんなわけであの辺は森の鹿と女神、そしてテムペストに見つかると面倒くさいので、今回はこっそりと様子を見にいこう。
先日テムペストに会いにいったおりに、本体の姿でピエモンの上を通り過ぎたらバルダーナに長々と説教をされることになったから、アレに見つかるのも面倒くさい。
うむ、これが一番面倒くさいかもしらん。
王都に行く時は度々ピューッと大空経由で送迎してやっているから、空を飛ぶのは気持ちが良いものだと知っておると思うのに小うるさい奴め。
面倒くさい奴らが面倒くさいので、今回は空からいかず転移魔法だ。
偉大な俺は転移魔法くらい当たり前のように使える。
ただ転移するよりは空を飛ぶ方が気持ちが良いので、そちらを選んでいるだけだ。
空は良いぞ。
偉大な古代竜ですら小さく見えるほど壮大で、その広さ故行動を制限されることなく果てのない自由を感じることができる。
まさに羽が伸ばせるというやつだ。
では行くぞ。
あの亀がこれほどまでに変わることとなった原因をこの目で確かめに。
長く変わらぬ我らの時間、赤毛達はそれに新鮮な想いを吹き込んでくれるかもしれぬ。
短くも熾烈に生きる種族、人間。
彼はいつも我らの心を動かして消えていき、抜けない棘となる。
また新たな棘が増えたとしても、俺は小さき者と関わることをやめることはないだろう。
俺にはできない生き方をする者達と関わることを。
そう、俺もこの世で生きている者の一つであることを実感するために。
「ふむ、ここがあの赤毛の家か」
サラマンダーの幼体に化けた俺は、低い目線から目的地を見上げた。
エンシェントトレントで出来た柵に囲まれた敷地は広く、その奥に赤毛が独りで住むには大きすぎる屋敷と、これもまた人間一人分の食料を保存して置くには大きすぎる塔型の倉庫。
その隣には比較的新しいと思える小さな建物が見えるのだが、これがどうやって作ったのかわからない造形をしている。
地面に近い辺りは四角く切り出した石を使っているようだが、屋根に近付くにつれ石から木が生えるように木の根が石壁に編み込まれ、屋根の辺りはもはや木である。
屋根だけ見れば森に棲む妖精の住み処のような形である。
そして敷地の大半を占める農地。
多くの種類の野菜や薬草が植えられており、冒険者ギルドの資料で見た赤毛の薬草及び雑草マニアという情報を思い出し納得した。
敷地の端にはリュネの木が見え、少し懐かしい気持ちになった。
ユーラティアの人の暮らす地域でその姿が見られなくなってどのくらい経つか。
俺も若い頃、リュネの木の下で――はて、何かあっただろうか? 遥か昔のことすぎて覚えていないな。
ふむ、外からの偵察は終わったので、赤毛の縄張りに入るとするか――おっと、侵入者避けの結界が張られているな。
む? 異常なまでに強力な結界だな、この俺ですら無効化できぬとは。
今は小さなサラマンダーの姿だから力を出し切れぬだけだ。本気が出せる状態ならこんな結界くらいパァンと無効化してくれるわ。
それに俺は攻撃は得意だが回復や補助系は苦手故、結界の解除や無効化は苦手だから仕方ないな。
うむ、古代竜だって得手不得手はあるものだ。
無理矢理通ると結界を破壊してしまいそうだし、他人の家のものを勝手に壊すのはまずいから力を隠してスススッとすり抜けてやるか。
幸い今の俺は無害な子サラマンダーで、力のほとんどを隠している。もう少し力を制御すれば、ただのトカゲとして結界をすり抜けることも可能だ。
俺の力は強大すぎる故、それを押さえ込むのは苦手なのだが偉大な俺にできぬわけがない。
そぉれ、こんな結界なんて簡単にすり抜けてやるぞぉ、ぐふっ!
力はかなり抑えたのだがこの程度ではだめだったか。見えない壁に弾かれて、植物の蔓が攻撃をしてきたら反射的に燃やしてしまった。
おのれ、たかが結界のくせにちょこざいな。
もう一度更に力を抑えて……ん?
ピョーン。
再び結界すり抜けチャレンジをしようとした俺の横を、緑の葉っぱの塊がピョンピョンと跳ねながら柵を跳び越えて敷地の中へと入っていた。
あっ、あれは……っ! テムペストの野郎ではないか!! 何故こいつがこんなところにいるのだ!?
亀以外にもあいつも赤毛の家に出入りしているのか!?
ぐぬぬぬぬぬぬ……古代竜が二隻も出入りするほどの秘密が赤毛の屋敷にはあるのか?
あの知識オタクのことだから、赤毛が何かやらかすのを見て楽しんでいるのかもしれない。
冒険者ギルドの情報によると、赤毛は重度のスライムオタクで王都にいた頃、斬新なスライム製品を作って度々爆発させていたとかなんとか。
テムペストも古代竜のくせにスライム弄りやら薬草集めやら好きな奴だからなぁ、その辺の趣味が合うのだろうか。
「キ?」
ぬ? あの野郎、俺に気がつきおったな。
何だその面はぁ? 俺が中に入れないのを馬鹿にしているのかぁ?
あぁん? お前は植物のふりができるから結界をすり抜けるのも簡単だってか?
ずんぐりデブネズミに葉っぱが生えたような、弛んだ姿のくせに生意気な野郎だ。
「キキッ!」
ぐお!?
貴様、結界の中に俺が入れないからといって木の実を投げおったな!
デブネズミのくせに生意気な。
今すぐこの結界をすり抜けてぶん殴りにいくから、そこで待っていろ!!
火を噴くと赤毛に迷惑がかかるからぶん殴るだけで許してやるからな!!
ゴンッ!
ぐぬぬぬぬぬ……また失敗したぞ。
始祖の古代竜たる故、強力すぎる力にも困ったものだなぁ。
はー、辛いわー、隠そうとしても隠し切れないこの強力な力、マジで辛いわー。
「カッ!? カカカカカッ! カーーーーッ!!」
二回目の結界チャレンジに失敗した直後、最近すっかり聞き慣れたうるさい声が聞こえてきた。
なんだ亀か。今日は冒険者稼業を休んで赤毛の家にいたのか。
あ? 何だ? 貴様も俺を馬鹿にしているのか?
ん? 結界のすり抜け方を教えてくれるのか? ふむ……こうか?
今の俺はただの無害な赤いトカゲだぞぉ。ほぉれ、無害な赤いトカゲさんがちょっとお邪魔するぞぉ。
まこと、これですり抜けられたぞ! こんなので大丈夫か、このガバガバ結界!?
しかし中に入ったからには、そこのデブネズミ! 先ほどの借りは返すぞ!
「キッ!」
結界をすり抜け柵をくぐって赤毛の縄張りに入ることができたので、デブネズミの野郎をぶん殴ってやろうかと思ったら、奴が二足で立ち上がって前足を上に上げたぞ。
「カッ!」
亀まで同じポーズをしおって、なるほど穏便に魔力比べか。
そうだな、赤毛の縄張りの中でことを荒立てるのはよくないな。
いいだろう、付き合ってやろう。
「ゲッ!」
おっと、小さなサラマンダーだと上手く喋れないが、まぁいいか。
俺は古代竜の中では小型の方だが、力では最高峰だ。
若いお前らに大きさは負けても、力では負けぬぞ。
三隻で向かい合い魔力を放出してお互いの力を競う。
強力な火と水と風の魔力が混じり合い、水分を含んだ生温い風が周囲に吹き始め、夏の暑い空気の温度を更に押し上げるが、火山を住み処とする俺にはまだまだ涼しいくらいの気温だ。
「むぁ~、午前中なのに何なんだこの暑さは~。しかも湿度が高すぎて溺れそうな気分になる~、ってモコモコちゃんが来てたのか、いらっしゃい。ん? ふぉっ!? サラマンダーの子供!? また、変なものが敷地に入って来てる! 大丈夫かこの結界! ていうか万歳ポーズは可愛いから、周囲に影響がない程度にそのままやってていいよ! はー、カメラがあったらシャシンを撮りまくるのにー」
ぬあ、こっそり様子を見て帰るつもりが赤毛に見つかってしまった。テムペストと亀に遭遇してすでに面倒くさそうなのに、これは更に面倒くさいことになったかもしれぬ。
しかしこの結界はあまり大丈夫じゃないと思うから、一度点検をした方がよいと思うぞ。
それから、長く生きてきたが可愛いと言われるのは初めてかもしらん。まぁ、悪い気はしないな。
というか、赤毛よ。結界の張ってある縄張りの中にサラマンダーが入ってきていることをもう少し疑え。
結界もガバガバだが、お前自身の危機感もガバガバだぞ!?
お読みいただき、ありがとうございました。




