少し気怠い日
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「知らない料理のにおいがするわ」
「深夜に随分お楽しみだったみたいですね」
「大丈夫ですかぁ? 飲み直して二日酔いなら、ラト以外は今日一日お休みしたほうがいいですよぉ」
朝食の席、タマネギやサラミを載せてトマトソースをかけてピザ風に焼いたパンを、三人並んでサクサクと囓る三姉妹は可愛いなぁ。
しかしその目は微妙に冷ややかである。
昨日クーモのとこで酒を飲みすぎて酔い潰れた俺達を連れて帰って、ベッドまで運んでくれたのはラトと三姉妹らしい。
すみません、昨日は大変ご迷惑をおかけしました。
外で飲む酒は程々にしておきます。そしてこのお詫びにたくさん美味しいものを献上します。
で、その後深夜に目が覚めてちょっとだけ夜食。
ラトが迎え酒とか言い出したが俺は釣られなかった。
よって変な時間に起きて寝直したせいで少し気怠いけれど、だいたい元気だ。
「俺は飲まなかったから大丈夫だよ、ふあぁ」
おっと、無意識に欠伸が溢れてしまった。
「クァ……」
俺のすぐ横でカメ君がリンゴを持ったまま欠伸を漏らした。
カメ君も俺と同じでラトの飲み直しの誘いには乗らなかった組。
「くっ、野菜は嫌いだけど今だけはタマネギのスライスがメチャクチャ美味しいよ。タマネギ、おかわり!!」
そして俺の横には、スライスタマネギのサラダをひたすらシャクシャクしているアベル。
こいつはラトの迎え酒という言葉に釣られ、酒を飲んでしまった奴だ。
このスライスタマネギは昨夜出した時も、アベルはずっとシャクシャクしていた。
薄くスライスしたタマネギを塩でよく揉んで、暫く冷水に晒して辛みを抜いただけのものに、じっくりと煮詰めたバハムートの身を鈍器の如くカチカチになるまで干して削ったもの――バハムート節を載せて、最後に醤油をかけただけのシンプルなタマネギサラダ。
シンプル故に酒で荒れた胃に優しく気持ちいい。
カメ君のおかげでバハムートが手に入ったから、バハムートの贅沢な使い方だ。
「あー、俺もタマネギおかわり。今なら野菜しか食わないハイエルフの気持ちになれるわ。むしろ俺ってハイエルフの血を引いてたんだって気がするわ」
ラトに唆されて迎え酒をした奴がもう一人。
いつもなら朝から肉々しいものばかり食べているカリュオンも、今朝は虚な表情でタマネギのサラダをシャクシャクしている。
「ふむ、タマネギというものは生だと辛いものだと思っていたが、これはさっぱりしていて酒を飲んだ後に良いな」
そして迎え酒を勧めた本人はわりと元気である。
「アベルもカリュオンも今日は王都で仕事だろ? 二日酔いに効くポーションと、小腹が減った時用に薬草クッキーを用意しておいたから持っていくといい。でもあまりしんどいなら、ドリーに言って早く切り上げて帰ってくればいい」
アベル達は王都で先日の地下水路の事後処理の手伝いをしているようだが、二日酔いが酷いようならドリーに言えば早めに帰してくれるだろう。
仕事に響くほど酒を飲むとは弛んでいると説教をされそうだが、実際迎え酒をしてしまったのは弛んでいるとしか言いようがないので仕方ない。
「うん、ありがと。今日は早めに帰ってこれたら帰ってくるよ。今日は神の日で役所も休みだから、書類作業もなさそうだし早く帰ってこれるかも」
神の日とは前世でいう日曜日に当たる曜日で、この日は神殿以外の公的な機関のほとんどが休みである。
なお冒険者ギルドは年中無休で昼夜関係なしに業務が行われている。
「だなー、適当に仮病でも使ってさっさと帰ってくるかー。おっとそろそろ行かないと時間がやべーぞ。今日も朝飯美味かった、ありがとさん!」
仮病はすぐにばれると思うんだ。
「ホントだ。二日酔いなだけでも小言を言われそうなのに、遅刻したら更に小言を言われるよ。朝ご飯ごちそうさま、毎日ありがと!」
アベルが転移魔法を使ってアベルとカリュオンの食器がぱっと机から消えた。
食器だけ台所に転移させたのだろうが、ここから見えない場所に対象だけ転移させるなんて器用なことをする。
「後は俺が洗っておくから、早く王都に行け。ギリギリすぎるとドリーとリヴィダスに説教をされるぞ」
「うん、じゃあ行ってくる!」
「おう、行ってくる!」
バタバタとアベルとカリュオンが装備を身に着け王都へと飛んで行くのを見送って、俺も今日の予定にとりかかることにした。
今日の俺の予定、それは昨日集めてきた孔雀石を弄ってみること。
それから弓用の的や練習用の矢を作ること。
昨日よっぱらった俺達を家まで連れて帰ってくれた三姉妹のためにとっておきのおやつも作らないとな。
ラトには昨夜の夜食で借りは返した。というか、ラトも酔って醜態を晒すことがちょいちょいあるのでお互い様だ。
朝食の後片付けが終わるとラトと三姉妹が森へ行くのを見送って、俺はスライム部屋に移動して孔雀石から手を付けることに。
昨日の酒が抜けなくてだるいのかカメ君はお出かけはしないようで、俺の肩に乗ってスライム部屋までついてきたのだが――。
「カッ!?」
「キッ!?」
スライム部屋で作業を始めようとすると、どこからともなくピョコピョコとモコモコちゃんがやって来て、作業机のすみっこでカメ君と万歳合戦を開始。
ここはスライムがたくさんいるから、魔力を出しすぎるとスライムに変な影響が出たら困るから、今日は万歳で丈比べをするくらいにしておいてくれよぉ。
仲良く良い子にしていたら、作業の合間におやつタイムにするからな。
じゃ、俺は昨日の孔雀石をじっくりと観察するところから始めるから良い子にしとくんだぞ。
孔雀石はマラカイトとも呼ばれる緑の鉱石だ。
前世にも同じ名で同じような見た目の鉱物はあったが、魔法が存在しなかった前世と違い今世の孔雀石は魔力を含み、外傷回復効果や睡眠効果、魔物除けなどの効果がある。
まぁ、前世は石孔雀なんていうふざけた生き物はいなかったので、前世のものとは似て非なるものかもしれない。
もちろん今世でも孔雀石は石孔雀からではなく、採掘でも得ることはできる。
リリーさんに借りた鉱石図鑑によると、こいつは緑の顔料になるようだが、弱い毒性があるため毒耐性が低い者は肌が荒れることもあるらしいので、取り扱いに注意しなければならない。
顔料として使うために粉にする場合は、うっかり吸い込んだり目に入ったりするとやばそうだ。
それにスライムに与えると毒が濃縮される可能性もあるので、リオ君と実験する前にうちのスライムで実験してみよう。
「カーッ!」
「キーッ!」
身分の高い貴族のご令息っぽいリオ君の手がうっかり荒れるようなことがあるとやべーし、インクとしての製品化を考えるなら手が荒れるほどの毒性が残るのはまずい。
とくにリオ君が考えているスライムペンのカラフルインクは女性が好みそうなので、うっかりインクが手に付いたら手が荒れるというのは避けなければならない。
孔雀石をスライムに食わせた場合毒性はどうなるのか、毒性が出てしまう場合、別の素材を一緒に食わすことにより毒を打ち消した上でインクとしても使えるのか、この辺りを調べなければならない。
「カカーッ!」
「キッキキッ!」
次の家庭教師の日までとなると、とりあえず孔雀スライムを作って、その性質を確認して毒がある場合中和する方法を考えるところまでが限界かな。
アベル達はこないだの王都地下水路事件の事後処理で忙しそうだし、もし中和に必要な素材が近くで手に入らないものだったとしても、すぐに探しにいけないかもなぁ。
「カカカッ!!」
「キッキキッ!!」
あー、でも孔雀石の性質が強く出たスライムゼリーなら、回復効果、催眠効果、魔除け効果が僅かでもあるインクが作れるかもしれない。
そうすればそのインクで紙に術式を書けば、弱いながらそれらの効果を発動する使い捨ての札が作れるかもしれない。
まぁ紙とインクの質量と魔力容量を考えると、お守り程度の効果にしかならないだろうけど。
「カッ!?」
「キッ!?」
ん?
でもこのやり方なら顔料になる鉱石で、特殊な効果の付くインクを作れば色々楽しいことができそうだぞ。
投げると燃え上がる札とか、凍る札とか、雷がバチバチする札とか、津波が出る札とか。
ハッ! メイルシュトロックって濃い青だけれど、もしかしてスライムに食わせると――。
「カーーーーーーッ!!」
「キーーーーーーッ!!」
「冷たっ! いたたたたたっ!」
図鑑を見ながら孔雀石を手に考え込んでいたら、机の端っこでじゃれ合っていたカメ君とモコモコちゃんから水鉄砲と木の実弾幕が飛んで来た。
こらーーーーー!! 良い子にしておけって言っただろーーーーーー!!
じゃれ合っているのは可愛いけれど、ここはスライムの水槽がたくさんあるから暴れたらだめ!!
えーっと、何だっけ。ロマン溢れるお札を考えていたけれど、水鉄砲と木の実弾幕の衝撃でアイデアが頭から溢れてしまって、どこまで考えたか忘れてしまった。
はて、何かを収納から取り出そうとしたような……まぁいいか、後で思い出したらその時にやればいいか。
とりあえず孔雀石を粉末にしてスライムに与えて、次の予定に取りかかろう。
お読みいただき、ありがとうございました。




