秘密の夜食
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「夕飯を食べてないから腹も減ったし、何だか目も冴えちゃったし、ついでに喉もガビガビだから、寝直す前に何かあっさりしたものでも食べるかな。カメ君はどうする?」
「カメッ!」
急にやってきた空腹感にこのままだと眠れる気がしない。腹が満たされると眠気もやってくるだろうから、少しだけ何かを食べよう。
俺と同時に腹がなってしまったカメ君を肩に乗せたまま、足音をさせないように台所へ向かう。
きっと台所の明かりを点ければ、外にいるカリュオンも気付いて夜食を食べにきそうだからカリュオンの分も用意しておくか。
さぁて、酒を飲んだ後の気怠い時は何がいいかなぁ。
飲みの締めはラーメン? それともお茶漬け?
一度寝て起きた後なので締めというわけでもないが、しこたま飲んだ後はなぜがラーメンやお茶漬けが食べたくなる。
収納の中には以前作ったラーメンっぽい麺のアシュ麺もあるし、炊いた米もあるからどちらもできる。
でも夜でも気温が高いこの季節に、熱々のラーメンやお茶漬けはなぁ。
カリュオンが気付いてやってきたら、弓の練習をしていたから汗だくだろうし暑くないものの方がいいか。
よし、決めた! 冷やし茶漬けにしよう!!
熱々のお茶漬けも美味しいが、暑い季節は冷たいお茶漬けも美味いんだぞぉ!!
くくく、どうせなら少し手間をかけて豪華にしてやろう。
というわけで、深夜に食べる秘密の冷やし茶漬けだ!!
携帯コンロの上に網を載せて、そこで腹を開いて干物にしたシーサーペントを焼く。
懐かしいな、カメ君も覚えているかな?
カメ君と出会った亀島にいた時にたくさん作ったシーサーペントの干物だよ。
あの時はいきなりパーティーから逸れてしまったせいで、孤島のサバイバル生活を楽しむ余裕がなかったけれど、またああいう孤島で世間から離れてのんびりしてみたいな。
アベル達には心配をかけたけれど、カメ君に会えたからあの島にいけたのはよかったな。
何? 何でそっぽを向いたの!?
いたたたたたたっ! 貝をたくさん降らしてくれるのは嬉しいけれど、頭の上に降らせたら痛いよ!
あ、新鮮な貝をありがとう!
魚を焼いている間に出汁を作ろうね。
こちらは小さな魚をからっからの干物にしたやつを、頭とはらわたを綺麗に取り除いて鍋に入れた水に暫く浸けておいた後、弱めの火加減でじっくりと煮る。
そうだな、小魚以外に海藻の乾物も入れて深みのある出汁にする。
灰汁は綺麗に取ってできるだけ透明で綺麗な出汁に。
上手く出汁が出て来たら中の魚と海藻を引き上げて、カメ君にこの出汁を冷やして貰おうかな。
そうそう、こっちの桶に氷水を入れて出汁の入った鍋をその中に浸けて冷やすんだ。
その間に別のものを用意しているから、出汁を冷やす係は器用なカメ君に任せるよ。
たまには一緒に料理をするのも楽しいね。
カメ君に出汁を任せている間にキュウリを薄くスライスして塩水に浸けておく。
それから冷やし茶漬け用の米の準備。
収納に残っていた炊いてある米。日頃の食事の時に少しだけ残っていた分を溜めていたものだ。
ちょいちょい一人分にも満たない残り方をしたのを、もったいないと収納に入れていたやつが結構な量になっている。
俺の収納の効果でホカホカなのだが、これを目の細かいザルに入れて冷水で洗い、水をしっかり切る。
冷やし茶漬けを作る時は、炊いた米を洗った方がベタベタしなくてお茶漬けによく合う食感になるのだ。
こうしている間にも網焼きにしているシーサーペントの干物から、香ばしい匂いが漂い始めた。
飲み過ぎて胸焼けはしているのだが、空腹感の方が強い。そこにこの香りである。
やばい、ガチで腹が減ってきた。米の量が少し多いかなって思ったけれど、これならペロッといけそうだ。
よし、シーサーペントの干物が焼けたから、ついでにクラーケンの干物も焼いておこう。
クラーケンの干物なら夜中に食べてもぽっちゃりの原因にはなりにくいだろうし、冷やし茶漬けに添えるのにもちょうどいい。
焼き上がったシーサーペントの干物は、骨を取り除いて身をほぐす。
ほぐし終わった身は先ほど洗った米を器に盛ってその上に載せ、塩水に浸けていたキュウリを引き上げて冷水で洗い流してしっかりと絞ってから、これも米の上にちょこん。
後は焼き上がったクラーケンの干物を食べやすいサイズに手で裂いてこれも米の上に、それからワサビに似た薬草のアオドキの根を摺り下ろしたものを器の縁にピトッと付ける。
最後にカメ君が冷やしてくれている出汁をかければ――。
「うおおおおおおおおお! 目が覚めたから外で体を動かしてたら、台所に明かりが点いて何かすげーいい匂いがしてきたぞおおおお!!」
騒がしい気配が外から近付いてきたと思ったら、バーンと音を立てて勝手口からカリュオンが台所に入ってきた。
玄関から戻ってくると寝ている者達が起きると、カリュオンなりに気を使って勝手口から来たのだろうがこれだけうるさければあまり意味がない。
外で何をしていたのかは空気の読める俺は深く追求しないよ。
「うぉい、大きな声を出すな。アベル達が起きて――」
「ふあああ……何かいい匂いがしてきて目が覚めたぁ~。昼にお酒を飲んでいて途中から全く記憶がないけど、それよりお腹すいたぁ~。って、カリュオンとチビカメもいる! もしかして俺に内緒で何か食べようとしてたわけ!? ずるい!! ていうかいい匂いに釣られてきたら、台所に入ったら酒臭さと汗臭さが混ざってるよ!! それと飲み過ぎて喉がイガイガだからトレント茶がほしい!!」
あぁー、アベルが起きてきたー。
そしていつもの浄化魔法による消臭シュッシュッ。
トレント茶は冷蔵箱の中にあるので勝手に飲め。
というかあまり騒ぐとラトも起きて――。
「良い匂いに誘われて来てみれば夜食か」
キターーーーーーーー!!
あーあ、結局三姉妹以外起きてきちゃったよ。
この時間だと三姉妹は起きてこないだろうが、この人数でわけると冷やし茶漬けだけではもの足りなくなりそうなので追加で何か作らないと駄目そうだな。
「じゃあ簡単なものを追加で作るから、リビングで待っててくれ」
「わかった。でもグランも疲れてそうだから簡単なものでいいよ。簡単で胸焼けがしててもするっと食べられてお腹に溜まりそうなもの。それでいてこの後すぐ寝ても朝胸焼けがしないもの」
簡単なものでいいっていいながら注文が多いな。
まぁ、俺が食べたいものも、だいたい似たようなものだけど。
「む? 飲み過ぎて胸焼けがする時は迎え酒が効くぞ。これは私の経験上の話なので間違いはない。今夜はお前達が寝ていたせいで一人酒だったしちょうどよい」
やめないか、ラト。
今日はもう酒は勘弁してくれ。
それとも俺達だけで昼間から飲んでたから、寂しかったのか?
「さすがに今日はお酒はいいかな」
「ああ、今日はもう飯がたくさん食べたい気分だな」
「カァ……」
さすがにアベルとカリュオンも、そしてカメ君すら今日はもう酒は勘弁してほしいようだ。
ラト、しょんぼりとしながらこちらを見ても俺も今日はもう飲まないぞ!
「ほらほら、そんな飲みたいならラトだけでも飲めばいいじゃないか。酒に疲れた体でも、酒を飲みながらでも大丈夫なものにするからリビングで大人しく待ってろ」
パンパンと手を叩き、アベル達を台所から追い出して追加の夜食を作る作業にとりかかる。
台所の外に吊してあるタマネギを取りに勝手口から外に出ると、半分以上欠けた月が東の空から昇っているのが見えた。
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