見えない努力
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ヒュッ!
カツンッ!
ヒュッ!
カツンッ!
ヒュッ!
カツンッ!
何かが風を切るような音がして、その後にものがぶつかるような乾いた音が遠くから聞こえる。
窓を開けていなければ、そして静かな夜でなければ聞こえなかっただろう。
その音が少し間隔を空けながらしばらく続いて止まる。
音がしなくなったと思ったら、少しして再び同じように風を切る音とものがぶつかる音のセットが始まる。
わりと聞き慣れた音なので、何の音なのかはだいたい予想ができるのだが、誰だこんな夜中に。
空には月はなく星の明かりだけの暗い夜。
夜目は利く方だが、寝起きのこともあって遠くのものはまだはっきりと見えない。
ただ音のする方向からははっきりと人の気配がする。
それは俺のよく知っている気配。
「カリュオンは何でこんな夜中に弓を射っているんだ?」
暗闇に目が慣れずカリュオンの姿を見つけることはできないが、気配だけははっきりと掴んでいる。
何か魔物がいるわけでもなく、ただ木か何かに矢をひたすら撃ち込んでいるようだ。
何回か矢を放った後に間が空くのは放った矢を回収しているのだろう。
ふと、昼間の話を思い出した。
カリュオンはハイエルフと人間のハーフで、親父さんがハイエルフだということはお袋さんが人間ということだ。
カリュオンの正確な年齢は知らないが、もう随分長いこと冒険者をやっているらしく、見た目はアベルと同じくらいの歳に見えるが実際はドリーどころか王都のギルド長よりもはるかに年上だというのは知っている。
そのことに併せ、昼間にクーモが話していたこと。カリュオンの親父さんが五年おきくらいに手入れに持ち込み大切にしている金属弓の話、その金属弓がお袋さんのものだとカリュオンが言っていたことから考えると、カリュオンのお袋さんはもう随分前に亡くなっているのだろう。
昼間のカリュオンの雰囲気を思い出すと、カリュオンと親父さんの間には溝がありそうな感じだった。
その溝がいつからなのかは俺にはわからないが、深夜ひっそりと弓の練習を始めたということは何か思うところがあったのだろう。
カリュオンが遠距離武器はちょっと想像できないな。大型の金属を持ったらそれでぶん殴っていそうなイメージだ。
その姿を想像してしまいついニヤニヤしてしまった。
暇を見て、鈍器代わりにしても大丈夫な弓を作っておくかな。
だんだんと暗闇に目が慣れてきて、遠くまで見えるようになってきた。
一度見えてしまえば、どうして今まで見えなかったのだろうと思うようなプラチナブロンドの長髪が淡い星の光を反射してキラキラと暗い夜の中しつこいくらい目に付く。
それが敷地の外で森に向かい弓を射っている。
いつものように三つ編みに纏められている髪が、弓を引いて矢を射る度にピヨンピヨンと跳ねる。
鎧は身に着けずインナーだけの姿、手にしているのは小型の木製弓。
こうして見るとやっぱりハイエルフっぽいな。
ハイエルフは弓と魔法を得意とする種族。
長い間弓は使っていなかったと言っていたカリュオンだが、ハイエルフの中で暮らしていた頃は弓も習っていたのだろう。
綺麗なフォームから放たれる矢は、カリュオンが向いている先の木に掛けられている的に――当たらないで別の木の幹に刺さった。
アッ、次は当たったけれど刺さりもせず地面に落ちたぞ!!
こ……これは……っ!
クソエイムだあああああああああああ!!
何をやらせてもだいたい器用にこなすカリュオン、それに投げることに関してはわりと命中率が高いのを何度も見ているので弓もそつなく使いこなすかと思いきや、まさかのクソAIM!!
弓はちまちま矢を射るのが苦手だと言っていた気がするが、そういうレベルの問題じゃない気もするなぁ。
まぁ、誰しも得手不得手はあるからな……。
でもカリュオンは人間よりずっと長生きだから、長く生きているうちに苦手なものも根性で得意になりそうだな。
ああ、そうだなぁ……カリュオンはそういう奴だよなぁ。飄々として何でもそつなくこなしているように見えるスーパーハイブリッドエルフ。
元から才能はあるのだろう。それでいて俺達の知らないところで長い時間をかけて積み重ねられた努力の結果が、あの防御力でありパワーなのだろう。
カリュオンはきっと、今日みたいにこっそりと一人で努力を続けているのだろう。人間よりも長いエルフの時間の中ずっと。
ムードメーカーで頼れるタンクのカリュオン。
その表には見せない部分を今日はたくさん見た気がする。
カリュオンのことだ、きっとその部分はこれからも見せてくれないだろう。
見せてくれなくても、俺も俺なりにこっそりとカリュオンの力になれればなと思った。
「クァア……」
黙々と弓の練習をするカリュオンを窓から見ていると、部屋の中からカメ君の声が聞こえてきた。
振り返ると、ベッド横のチェストの上に置いてあるカメ君用の籠ベッドの中でカメ君が起き上がり、プルプルと頭を振っているのが見えた。
カメ君も酒をたくさん飲んでひっくり返っていたからね。
「カ?」
カメ君は窓際にいる俺に気付き、ピョーンとこちらに飛んで来ていつものポジション、俺の肩の上に。
「シッ」
「ヵ……」
口の前で指を立て、視線をカリュオンの方へと向けると、その視線を追ってカメ君もカリュオンに気付いたようだ。
「夜中にこっそりやってるのがカリュオンらしいな。カリュオンの強さは俺達には見せてくれない膨大な努力の上にあるものなのだろうな」
「ヵヵ」
小声で言うとカメ君がウンウンと首を縦に振る気配がした。
「弓は凄く苦手みたいだけど、カリュオンならいつかは克服しそうだな。カリュオンはかっこいいな……俺もがんばらないとな」
「ヵ」
カメ君がポンポンと前足で頬を軽くたたいた。きっと応援してくれるってことだろう。
何をどうがんばるかなんて全く考えていないけれど、俺もカリュオンに負けないようにがんばりたい気持ちになった。
「あんまり見てると気付かれそうだし、中に戻ろうか。カリュオンの弓のことはみんなには内緒にしておこうな」
みんなには内緒にしておくけれど、俺は見てしまったからさりげなく協力したいところだけれど。
そうだなぁ、自分も練習するふりをして練習用の的と矢を用意しておこうかな。
俺にできる応援はこのくらいしかないけれど、いつかカリュオンが弓をお披露目する時はすっごい弓を作れるようになっておきたい。
カリュオンがこっそり練習をしているように、俺もこっそり技術を磨いてすんごい弓を作れるようになっておこう。
「ふあぁ……朝までまだまだあるし寝直すかぁ」
「カァ……」
グウウウウ……。
クウウウウ……。
ベッドに戻ろうとしたら、静かな夜に腹の音が二つ重なって響いた。
そうだよな、俺もカメ君も酔い潰れて夕飯を食べていないもんな。
それに気付いたら、急に強い空腹感がやってきて、眠気がどこかへいってしまった。
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