深い穴の底に見える闇
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「ふおお……すげー深いな。これで小空洞なのか」
「下から吹き上げてくる風がすごく冷たいし、底が見えなくて不気味な感じだね。奥の方とかやばい奴がいそう」
「ここからだとそんなでかい気配は感じないけど、強い奴は自分の力を隠して潜んでいるものだからなー。苔玉が奥には行くなって言ってたし、何かやべーのが地中の奥深くにいたりしてな」
「カッカッカッカッ」
タルバが小空洞と言っていた縦穴の傍まできて覗き込むと、底は見えず下から冷たい風だけが吹き上げてきて、俺の髪を舞い上げた。
この巨大な縦穴の壁に張り付くように通路があり、その途中にところどころに横穴が空いているのが見える。
俺達がいるのはそのほぼ一番上の辺り。
小空洞と名付けられた巨大すぎる縦穴を目にして、モールの住み処が巨大洞窟の端っこの端っこの端っこの端っこ辺りという言葉を思い出し、広大な森の下に広がる巨大な洞窟の存在を感じ取った。
「縦穴の通路を少し下った先の横穴を入って森の中心方向へ進むと、ドワーフの町や採掘場があるも。オイラはドワーフの町より先には行ったことないもだけど、そこより更に森の中心部方面に行くと"大空洞"という小空洞より大きな穴があると聞いてるも。その辺りはたくさん鉱脈があるみたいだけど、欲深いドワーフですら近寄るのをためらうくらいの強い魔物もいると聞いているも」
たくさんの鉱脈。
もしかしてその大空洞という場所まで行けば、稀少な鉱石がザックザクなのでは?
ミスリルやオリハルコンの鉱脈とかがあるのかな? それとも高価な宝石かな?
やべー、超探検してー!!
しかしドワーフがためらうほどの場所というのなら、恐ろしい生き物が闊歩しているのだろう。
「グラン? 欲望が表情に出てるけど、この洞窟はすごく深くて道も入り組んでるし、ドワーフが恐れるくらいの魔物もいるみたいだし、奥の方は何があるかわからなそうだし、絶対にピクニック気分でふらっと一人で遊びに行かないでよ。行く時は絶対に俺も一緒にいくからね」
「おう、奥の方は結構やばいかもしれないから、行くなら俺達やカメッ子も一緒にだな。そうだ、主様達ならもしかしたら何か知っているかもしれないなぁ」
む、カリュオンがそう言うなら、この洞窟の奥はガチでやべーのかもしれないな。
「カカッ!!」
「仕方ないカメ~、ここも俺様の縄張りにするから探検に付き合ってやってもいいカメ~? 縄張りにするのは構わないけど、グランを煽るようなことはやめてよね! というか、この洞窟に主はいないの?」
アベルはすっかりカメ語が似合うイケメンになっている。そしてさすがカメ君、付き合いがいい。
カメ君の縄張りにするなら、ちゃんと探検しないとな~?
でももし主がいるのなら無理に縄張りを奪うのはよくないな。ていうか、くそでかい洞窟で強い生物が棲息しているなら主的な存在がいてもおかしくない。
主がいるならできれば上手く交渉して、素材の採取を許してもらいたいなぁ。
「もっ? オイラ達は奥には行けないからよく知らないも。洞窟に強い生き物はたくさんいるもだけど、主のような存在はドワーフからも聞いたことはないも。洞窟に繋がっている森の主様達がたまにくるとはドワーフから聞いたことはあるも。アルテューマの森の主様達が来ているのは見たことあるもだから、近くの森の主様達がここの主も兼ねてるのかもしれないも」
アルテューマの森の主ってラト達のことだよな。
そういえばラトは毎日昼間にどこかフラフラと出かけているし、三姉妹も時々どっかに行っているし、その間何をしているのか全く知らないんだよな。
「カーッカッカッカッカッ!」
「白い奴の縄張りなら実質俺様の縄張りカメ~、今日からここは俺様の縄張りカメ~? そんなこと言って、ラトに知られたら怒られちゃうよ。それにこんなにでっかい洞窟に時々来てるってことは何かあるのかもしれないし、勝手につついたらまずいんじゃない?」
「そうだなぁ、苔玉にも奥には行くなって言われているから、探検するにしても少し奥までだな。それにここが周辺の森の主の縄張りなら、あっち側が苔玉の縄張りだろうし下手につつくと苔玉にバレて説教をされそうだな」
だからっ! あの非常識カリュオンがちゃんと言いつけを守る苔玉って何者なんだ!?
「もう少し探検をしてみたい気持ちはあるけど、タルバもあまり奥までは道を知らないんでしょ? この縦穴を見る限り、すごく深い洞窟みたいだし、やばい生き物もいるかもしれないからちゃんと準備をしてからの方がいいよね」
アベルの口調からは、慎重になるべきだという冷静な考えと未知の洞窟に対する強い好奇心のせめぎ合いが感じられた。
実のところ俺もアベルと同じような心境だ。
この多くの鉱物資源の眠っていそうな洞窟を探検してみたいというワクワクとした気持ちと、底の見えない深い穴にから感じる未知の者に対する足がすくむような恐怖。
その二つが心の中で戦っている。
ダンジョンであってもこれほど大規模な縦穴は珍しいというほどのものである故に、これが"小"だという実感がなくただ漠然としか感じないこの洞窟の大きさ。
そのため、本当なら恐怖すべき大きさであろうこの洞窟の底知れなさに、好奇心を強く刺激されている。
この底の見えなさは危険だと頭ではわかっているのに、甘い匂いに吸い寄せられる虫のように深淵のような深い穴へふらりと自ら吸い込まれに行きたい気持ちになっている。
終わりの見えない縦穴の奥に見える闇が、光るキノコの弱い光を吸い込んでユラユラと揺れているように見える。それはまるで俺を手招きしているよう。
「もっ! 知っているのはドワーフの集落までも。そこから先はオイラはわからないから、案内が必要ならドワーフに頼むしかないも。だけどドワーフはがめついから、何かを頼むと金か酒をたくさん要求してくるからドワーフの好きそうなものを用意していくといいも」
縦穴の奥に見える真っ黒な闇をつい見入ってしまっていると、タルバの高い声が聞こえ我に返った。
闇に目を奪われた時間はほんの一瞬のはずなのに、随分長くそれを見つめていたような気がした。
「んあ、ドワーフかぁ……ドワーフにも会ってみたいなぁ。王都にいた頃はよくドワーフ鍛冶屋のウーモの世話になっていたから、ここに住んでるドワーフ達ともいい関係を築きたいなぁ。彼らの鍛冶の技術と知識はすげーし、魔力抵抗の高い金属の加工はドワーフの技術が圧倒的だもんなぁ」
「お、わかるぞ。苔玉が手入れはドワーフに頼んだ方が効果が十分に発揮できるって言うから、俺の鎧も盾もウーモに手入れしてもらってんだよなぁ。おかげで少々やべー攻撃でもほぼ無傷だしなぁ。こんなすげー技術があるのになんでハイエルフはドワーフと仲良くできねーのかな。ハイエルフですら世代が何代も変わるくらいの大昔になんかあったみたいだけど、いつまでもケンカするより仲良くする方が簡単そうなのにな」
そう言って肩をすくめるバケツ姿のカリュオンは、バケツの中身を見なければハイエルフの血を引いているようには見えない。
ていうか、カリュオンの装備は少々やべー攻撃どころか、すげーやべー攻撃でも無傷だろ。
そのとんでも装備を手入れしているのがドワーフのウーモだと言われると納得である。
ドワーフが手入れした装備をハイエルフのカリュオンが使いこなす。この世のエルフドワーフ観を知っていると驚きの関係である。
ウーモもドワーフらしい偏屈職人で基本的にエルフ、とくにハイエルフが大嫌いなのだが、時々悪態をつきながらも超陽キャハーフエルフのカリュオンとは仲良くしているのを知っている。
ハイエルフとドワーフは伝説レベルの過去にいざこざがあってそれからずっと仲が悪いという話は有名である。
そこにはお互い譲れない矜持があることが窺われるので、それがわからない者がどうこういうことではないのだが、それでもカリュオンの言うようにすでに当事者もいない遠い過去のことでいつまでもケンカするより、どこかで和解した方が平和で気が楽なのではないかと思ってしまう。
いつか彼らが和解する日がくればいいなと勝手に願った。
それにしてもエルフの血を引くカリュオンにそんな指示する苔玉って何者なんだ!?
「たしかにドワーフの鍛冶の腕は最高峰もね。硬い鉱石を掘るのも得意もだし、悪い奴らではないもだけど、やっぱりがめついも!」
「がめつくて悪かったな。金はいつの時代も輝き続けその価値は揺るがぬもの、酒は我らにとって命の水じゃ」
うんうん、金は腐食に強い金属故その価値は時を超え安定している。わかるぞ、通貨が通用しないところでの取り引きを考えると、貯蓄をしておくならやっぱり金だよな!!
って、誰!?
「うわ、ドワーフ!!」
俺が声の主の方を振り返るより先にアベルがその正体を口にした。
縦穴に夢中で周囲の気配にさっぱり気を配っていなかったぜ。
声の主の方を振り返るとモールよりは背は高いが俺の腰くらいまでの背丈しかない、筋肉ムキムキでずんぐりとした体型のひげ面のおっちゃんが立っていた。
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