つい早口になる
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「あっちのはレッド先生のハンドブックにあった食品系のを真似て育てたやつだけど、こっちは絵の具の原料になる鉱石や植物を与えてるスライムなんだ。いろんな色がいるでしょ? これはスライムゼリーペン用のスライムなんだ。絵の具の原料を混ぜ合わせて与えて好きな色を作るのが楽しくて気付いたら増えちゃった。でもカラフルなインクは妹もお母様も喜んでくれるんだ。アイリス嬢も欲しい色があったら言ってくれたら作るよ。それから、こっちの白いスライムは白い顔料を与えたスライムなんだけど、白い紙に書き損じをした時に筆で上から塗れば乾いた後にその上から文字が書けるやつで、こっちの透明なのは僕が作ったインクなら溶かして消すやつにしたいんだけど上手くいかなくて、ちゃんとインクが消えなかったり紙が溶けたりするからまだまだ研究中。白を塗って消すやつはほぼ完成なんだけど、やっぱ消したのが見えちゃうからいまいち。できればインクを消せるやつを実用レベルにしたいんだ。そうしたら書き損じる度に紙を捨てなくていいでしょ? 僕はあまり手紙なんて書かないけど、妹とお母様はよく手紙を書くから上手くできたら妹とお母様にあげたいんだ。ついでにいつも書類仕事をしている一番上の兄様にもかな。一番上の兄様は僕のスライム研究にいい顔をしてないからついででいいけど。二番目の兄様はペンを握っているのをもう何年も見てないからあげなくていいな。三番目の兄様は外国の本や古い本を翻訳する仕事をしている時もあるから、三番目の兄様にはペンとセットであげたいなぁ」
「確かに女性はカラフルなペンは好きそうだな。それに黒や紺のインクだけじゃなくて赤や明るい青のインクがあれば、勉強をする時に要点をわかりやすく色の付いた文字でメモしておけるしな。カラフルなスライムペンはそのまま商品としてもいけそうだし、好みの色を受注するのも楽しそうだな。貴族の子ってそういう小金稼ぎはしないんだっけ? カラフルなスライムインクは凄くいい案だと思うんだけどなぁ。それにそれが消せるとなると便利だし――白い方は修正液として使ってもいいし、絵を描く時にちょっと白い色を使いたい時とかに便利そうだな。それからインクを消すインクかぁ……難しそうだが上手く作れたらインク産業だけではなく紙産業にも大きな影響を与えることになりそうだな。今はどういう理屈でインクを消そうと――いや、これは聞かない方がいいな、リオ君の研究はリオ君のものだから無闇に俺がその工程を聞くもんじゃないな。そうだなぁ……聞いた話から予測すると、インクを消そうとしたら紙が溶ける、つまりインクを分解するインクで消そうとしたら紙まで分解してるってことかな。ということはインクを消すインクを、紙を溶かさないものにしないといけないね。紙には動物の皮から作ったものと植物から作ったものがあるよな、最近安価で普及し始めたのは植物を原料とした紙、そして使用済みになったその紙を回収して、再び紙にしたもの。こちらは質は落ちるが安価で庶民にも使われることが多い。ならばインクの原料を――」
「そっか、今までインクスライムに与えてた餌は動物と植物と鉱物ごちゃ混ぜだったから、とにかく何でも分解できるものでインクを消すインクを作ろうとしていたよ。そっかインクを植物以外にして……統一するなら動物より鉱物の方が色の数は多いんだよな……植物性より色数が少ないのは色が付いたゼリーを混ぜ合わせて補うとして、だけど鉱物だと毒性のあるスライムも生まれやすい方が問題だなぁ。あー、鉱物の勉強もちゃんとしないとだめじゃん! あ、商売? 十五になったら少しずつ色々な業務を任されるようになるんだ。その中に商会の経営もあるから、それまでにこのカラフルなスライムインクを実用レベルにしたいな」
「お、このインクを世に出せるルートはあるのか、それならスライムの研究が楽しくなりそうだな。そうだなぁ……このやり方だとリオ君の作ったインク消しのインクは、特定の素材で育てたスライムのインクしか消せないから、インクとセットにした方がよさそうだな。書いて消してのワンセットは商売的にありな気がするけど、商売に詳しいアイリス嬢はどう思う? おっと、このカラフルスライム達は今まで与えてる餌をメモしたラベルを瓶に貼り付けて並べておこうな。で、鉱物を与えてるのは毒を出しやすいから要注意だから要注意の印を付けておこう」
リオ君と簡単な挨拶を済ませた後は、リオ君がポーション瓶を使って育てているスライムの話を聞きながら、そのポーション瓶の仕分け作業を開始した。
何を与えたスライムなのか、何の目的で育てているのか、危険はないのか、それらをメモした紙を瓶に貼って、似たような目的と性質のもので纏めて並べておく。
危険なものはわかりやすい印を付けて、スライムが脱走したり瓶が倒れたりしても周囲に被害が及ばないように専用の棚に隔離しておく。
うむうむ、こうやって仕分けするとわかりやすいし、危険なスライムもちゃんと管理されているのがわかるので安心感がある。
その仕分け作業のためにスライム達の説明を求めると、リオ君は興奮気味に早口でそれを語ってくれた。
そしてそれに応える俺もつい熱が籠もって早口になってしまい、お互い早口でのやりとりが続いていた。
どうやらここまでスライムが増えてしまったのは、スライムゼリーペンのインクを色々作ろうとした結果らしい。
確かにリオ君の飼育しているスライムは色とりどりで、ポーション瓶に入っていることもあってまるでカラフルな水飴のようだ。
瓶の並べ方を、近い色で固めて全て並べグラデーションに見えるようにすれば、見た目も綺麗でインテリアのようにも見え、軟体生物独特の気持ち悪さはあまり感じられなくなる。
これなら女性の使用人さんにも嫌がられることはないんじゃないかなぁ。それからヘッポコ冒険者のお兄様にもウワァなんて言われなくなるんじゃないかな。
リオ君の言っているスライムゼリーペンというのは、見た目は万年筆に近いがインクがスライムゼリーから作られたゲル状のもので、インク漏れし難く付けペンのように毎回インクを付ける手間もなく、値段も高級素材に拘った高いものから、コストを押さえ庶民でも手の届く値段のものまである。
安い付けペンよりは高いがその使いやすさから、役人や商人に愛用者は多く、冒険者もマッピング用にスライムゼリーペンを使うのが主流だ。
ペン本体があれば、インクを買って補充すれば本体が壊れるまでずっと使うことができてコスパも悪くない。
その気になればスライムゼリーインクを自作することもできるが、やはり研究しつくされた市販のものが値段も手頃で書き心地も良い。
そんな理由でインクを自作しようとはあまり思わないのだが、確かに市販のインクは暗い色が多く、華やかな色はあまり見ないのでカラフルなインクはよいところに目を付けたと思うし、それが消すことができるようになれば更に使い勝手が良くなる。
マッピング作業もよく間違えて何度も訂正するので、書き込んでいるうちにグチャグチャになって後で清書する時に混乱するなんてこともよくあるんだよな。
「スライムも綺麗に整理されたうえに公式おにショタ……はぁ、よいことばかりですわ……って、ふぇえ!? え? カラフルスライムインクとホワイトとインクを消すインク? え? お待ちになって? このスライムってそういうスライム!? ちょっと、そういうことは先におっしゃってくれないとおおおおおおお!! インクを消せるインク……そのようなものが作れたならば紙産業もまた変わってきますね。かと言って全てのインクを消せるほどというものではないのが、それはそれでよいですわね。インクとセットで販売……カラフルなインクは手紙を多く書く女性とも需要がマッチしますわね。それにスライムゼリー式のペンなら付けペンより気軽に使えますし、グラ……レッド先生のおっしゃるように勉学の役にも立ちますね。ええ、ええ、これは商売になりますし、その時はご協力いたしますわ!! とととととりあえず、このスライムの情報が外部に漏れないにようにしないといけませんわね」
あ、リリーさんがものすごく反応した。そして超早口。
「アイリス嬢に前にスライムの話をした時はよくわからない顔をしてたでしょー」
「え……ええ……あの時は説明が早口すぎて、まるで高度な呪文のようでよく理解できませんでしたの」
その時の様子がなんとなく目に浮かぶな。
リオ君の早口スライム語りも大概だが、リリーさんの早口商売語りやコーヒー語り、歴史語りも大概なんだよなぁ。
俺も人のこと言えないと思うし、好きなことを話す時はみんなそうなるもんだよな。
「商売の話はリオ君とアイリス嬢で頑張ることとして、今はこのスライム達の整理を優先しようか。そうだな、すでに実用レベルに近付いているもので使いやすそうな色は大きな瓶に移して、ゼリーの量を増やしてもいいかもな。インク消しとセットにすることを考えるなら、植物系のスライムはレシピだけ記録に残して無垢なスライムに戻してしまえば、増えすぎたスライムも減らせるな。よし、この調子でスライムを整理して、それぞれの特徴とレシピを纏めて記録に残しておこう」
おっとまた早口になってしまった。
「うん、わかった。複雑なものは作ってないからレシピさえ残しておけばまた作れるからね。無垢に戻したのは鉱石系を新しく試してみよう。先生が次回来る時までに鉱石の本も読んでおくよ」
リオ君が勤勉すぎて油断していると俺の知識をすぐに超えていってしまいそうだ。
俺も負けないように勉強しておかないとな。
お読みいただき、ありがとうございました。




