プルミリエ侯爵邸
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プルミリエ侯爵領の領都フォールカルテはユーラティア王国南東部最大の港町である。
フォールカルテ周辺の沿岸部は平野が広がっているが、そこから北の内陸部へと向かうとなだらかで低い山が点在する山間部となり、そこから更に北上するに連れ標高の高い山が増え、その山を越え更に北に行けばオルタ辺境伯領である。
ユーラティア北東部最大の海の窓口であるフォールカルテには、西方向の海沿いを通る街道、北西方向の内陸部へと向かう街道、北のオルタ辺境伯領方面に向かう街道といった大街道をはじめ、各地方へと続く街道が集まり海運だけではなく陸運の面でも栄えている都市だ。
ちなみに東に行くと隣国シランドルとの国境にあたる大河の河口がある。
ユーラティアの全ての道は王都とフォールカルテに繋がっているといわれるほど、人と物の集まる大都市である。
南側に大海を臨む港町フォールカルテは平野部に広がる大きな町で、町の中には海水を利用した大きな水路がいくつも流れており、そこを船が運航し人々の足にもなっている。
町の中心部は港より少し内陸部に入った場所。なだらかな丘の上に港町と同じ色調――白を基調とした石壁にカラフルな屋根のお洒落な城があり、それを囲むように広がっているのがフォールカルテの町だ。
城の内側には政に関わる施設、城の周囲には領民のための役所や公共施設が並び、そこから外側に広がるように商店街や住宅地という構造になっている。
また港町らしい雰囲気の町の南側とは違い町の北側は耕作地帯が広がっており、フォールカルテの温暖な気候にあった作物が栽培されており、農業面においても栄えている地域だ。
そしてこの町の中で一際目立つ城こそがリリーさんのご実家、プルミリエ侯爵邸……いや、フォールカルテ城である。
王都にある王城に比べれば小さいが、それでも邸ではなくどう見ても城である。
フォールカルテには何度も来たことがあり、城も遠くからだが何度も見たことある。
そうだよなぁ、侯爵家のご令嬢なら城が実家なのは当たり前だよなぁ。城住みのご令嬢ってお姫様じゃん!
そういえば、過去には王家のお姫様がプルミリエ侯爵家に降嫁もしてるんだっけ?
やっぱ、正真正銘のお姫様じゃん!! やべー、めちゃくちゃ緊張してきた!
フォールカルテ城に近付くにつれ更に緊張してきて、門をくぐった辺りから緊張のあまりさっぱり記憶が残っていない。
門番さんは事情を知っている人だったらしく、身分証に冒険者カードを見せたらあっさりと通してもらえたのを覚えているくらいだ。
あとは広い城の廊下を何回も曲がりながら案内された部屋に入って漸く我に返った。
実はまだめちゃくちゃ緊張しているのだが、これから一緒にスライムの研究をするというお坊ちゃんを前にして、いつまでもボーッとしているわけにはいかなかったのだ。
通された部屋には少し小ぶりな机と椅子、そしてそれとは別に小さめの応接セットが置かれていた。
それに加えこの部屋を使っている者の趣味を示すように、多くの本が収められた本棚。その中にはスライム関係のタイトルも多く見える。
本棚だけではない、机の上にも本が何冊も積み上げられ、その間には目印のようにメモが書かれた細い紙がいくつも挟まれているのが見えた。
あー、付箋だ。
前世ではよくお世話になっていたけれど、今世では付箋を使うような職に関わることがなかったこともあって初めて見た。
庶民が気軽に使い捨てられるほど紙の値段は安くないので、こういう紙の使い方ができるのは金持ちに限られるからだろう。
この部屋を使っている者の勤勉さが見て取れる光景だが、それより何より最も目を引いたのは棚の中にびっしりと置かれているだけではなく、部屋のあちこちにも置かれている大きめのポーション瓶。
その中にはスライム! スライム!! スライム!!!
リリーさんが言っていたのはこれか。確かにこれは多いな!!
ポーション瓶に入るサイズのスライムなので大きさは小さいのだが、数がやばい。
うちもスライムがたくさんいるので時々アベルに嫌な顔をされるが、これは数だけならうちより多い。
そして、スライムをここまで増やしたと思われる少年が俺の前に立っている。
「こんにちは、君がスライム学の家庭教師? 僕はリオだよ、よろしく」
俺の前に立っているのは、真夏の太陽のように眩しい金髪の少年。肩より少し長く伸ばされたやや癖のある金髪を後ろで緩く一つに束ねている。
髪の毛だけではなく、髪と同じ金色の瞳もまた印象的だった。
何だか既視感のある顔立ちだが、人の顔を覚えるのが苦手な俺は似たような配色の人がだいたい同じ顔に見えてしまうので、俺のどこかで見た顔という感覚はあてにならない。
年の頃はジュストと同じくらいだろうか、しかし体格は日本人よりユーラティア人の方がよいため、細くはあるが背丈はジュストよりも高い。
意識して作っている表情なのだろうか、少し落ち着いた大人びた表情をしているが顔の作りはまだまだ幼さが残っている。
その表情は、なんとなく出会った頃のアベルを思い出させた。
あいつと会った時はこのくらいの歳の頃だったよな。ガキのくせに大人びているというか、大人ぶっているところが小生意気だったんだよな。
この雰囲気は頭の良さそうな貴族の子供の特徴なのだろうか?
そういえば王都で会った貴族令嬢のセレちゃんも同じように眩しい金髪だったな。
金髪の印象が強すぎて顔のイメージが、この金髪少年君に上書きされてしまいセレちゃんの顔を思い出せなくなってしまった。
セレちゃんはお上品で頭は良さそうだったけれど、ちょっと豪快でアグレッシブで気取った感じがあまりなかったせいか年相応に見えた記憶がある。
「こんにちは、今日から家庭教師を担当するグ……レッドだ。スライム学というよりは、スライムの扱いや研究の手助けをすることの方が主になりそうかな。その工程で俺の持っている知識をリオ君に伝えていくつもりだ。よろしく」
しまったうっかり敬語を使いそびれた。
身分の高い貴族子息なら、たとえ相手が子供でもこちらが謙らないといけないんだった。
リリーさんには指導者と教え子の関係になるので、あまり固くなりすぎなくてもいいと言われていたけれど、さすがにフランクすぎた気がする。
「え? レッド?」
しくじったかと焦ったのだが、リオ君は俺の話し方より名前の方が気になったようだ。
「ええ、そうですよ。こちらのレッド先生は、リオさんが愛読されているポーション瓶で育てるスライムシリーズの著者、アドベンチャラー・レッド先生なのですよ」
うおおおおおおおおお、忘れた頃にその名前ええええええええ!!
そうだよな、俺のハンドブックを読んでスライムを弄っている子が相手ならやっぱそういう紹介されるよな!!
「え? アドベンチャラー・レッド先生? ホントに? 僕の無茶振りを聞いてくれたの!?」
突然純真無垢な表情になってその名を呼ばれると、更に羞恥心が増すぞおおおおおおおお!!
って、無茶振りって何?
「ほほほほほ、わたくしの情報網の前ならば、アドベンチャラー・レッド先生を見つけることくらいお朝飯前ですわ。ですので、約束通りスライムの飼育はアドベンチャラー・レッド先生の指導の下、増やしすぎない、脱走させない、無計画に実験をしないようにお願いいたします」
なるほど、リオ君の希望で俺を指導役に選んだってことか。
しかしこのリオ君の反応を見ると、本気で俺が来るとは思っていなくてスライムを好き勝手弄りたい口実だったのかもしれない。
だが、俺が来たからにはスライムの扱いはちゃんと教えるぞおおお!
「本当にアドベンチャラー・レッド先生? アイリス嬢の情報網を持ってしてもそんなに短時間で見つけ出せるものなの?」
リオ君が疑わしい視線を俺とリリーさんの方へ向ける。
どこの誰だか正体不明の著者を連れて来たっていわれてもすぐには信じられないよな。
「おほほほほほほ、情報網もありますが、たまたまアドベンチャラー・レッド先生と個人的にお知り合いでしたの。それでたまたまが重なってフォールカルテにいらしたみたいで、お声がけした次第ですの。それに身元の確かな方でないとここにお連れすることはできないでしょう?」
どうも、身元は微妙に確かじゃないんだけど、お連れされてしまった平民のレッド先生です。
しかし微妙に事実の混ざった話をするあたり、なんとなく本当のことのように聞こえる。
というかそのフルネーム連呼するのはやめてくれないかな?
「ふぅん?」
あ、まだ疑われてる?
スライム好きの少年ならスライムの話で打ち解けられないかな?
そんなこともあろうかと、家から変わり種のスライムを持って来たんだよなぁ。
「リオ君がポーション瓶でスライムを飼育していると聞いてね、俺もポーション瓶サイズのスライムを持ってきたんだ。コイツはちょっと特殊な素材を餌にしているから成長が遅くて、ポーション瓶サイズでも育てやすいんだ」
腰のポーションホルダーの中に入れていた大きめのポーション瓶を取りだしてリオ君の前に出す。
その瓶の中には現在はピンクに光っている小さなスライム。そのピンクの光はすぐに青に変わり暫くすると緑に。
「え? 何これ、何これ? 色が変わってる! あ、今度は紫になった!! 何を与えたらこんなことになるの!?」
よっしゃ! 釣れた!
「イルミネーションファンガスっていう、食べると体毛が色々な色に光るようになる虹色キノコだな。まぁ、光るだけで今のところたいした特性は何もないんだが、元のスライムの状態や育てる環境を変えてみたらまた違った反応を示すかもしれないな。スライム育成はトライアンドエラー、幾千幾万の試行錯誤と失敗の上に成功へと続く道があるものだしな」
「だよね、だよね! 成功の前には失敗もするもんだよね! うちの兄様や使用人達なんか、スライムを増やしすぎるなとか、結果がわからない素材は試すなとか、結果がわかってても危ないスライムは作るなとか、ものすごくうるさいんだよねぇ。すぐ上の兄様なんて冒険者でスライムなんて見慣れているはずなのに、僕の部屋にくるとポーション瓶で飼っているスライムを見て、ウワァ……って言って困った顔をするんだ。その兄様にスライムばっかり弄ってると変な称号が付くよって言われたんだけど、スライム関連の称号なら大歓迎なんだけどなー」
いいとこの坊ちゃんっぽいけれどお兄様は冒険者なのか。事情がありそうな貴族家庭だなぁ。
しかしポーション瓶サイズのスライムを見てウワァ……なんて言う冒険者なんて、リオ君には悪いけれどお兄様はきっとヘッポコ冒険者だな。
「そうだな、確かに増やしすぎたり、よくわからないスライムや危険なスライムができたりすると家族や周りの人はリオ君を心配するかもしれないな。でもそこはリオ君がちゃんとスライムの管理ができていることを知ってもらえると、リオ君の能力を信じてスライムの飼育を理解してくれるかもしれないな。そのためには、誰が見ても正しくて安全な方法でスライムを管理しなければいけないんだ。スライムの増殖は計画的に、そして種類や特性はわかりやすくメモして、飼育場所も分別するようにすればいいな。本とかもそうだけど、ちゃんと種類ごとにわけられてるとわかりやすくて気持ちいいだろ? ご家族に信用してもらうためにも、まず何をやっているかご家族にわかりやすくするところからだな」
スライムの飼育には危険がつきまとう。
そして何より、何ができるかわからないという不安もある。わからないということは、やっている本人より周囲の方が不安になってくるものだ。
だからリオ君がどんなスライムを弄っているか、どういう風に弄っているかをはっきりさせると、わからないことへの不安は減る。
スライムの数を無計画に増やしているように見えればご家族も不安になるだろう。だがリオ君が増え方をコントロールして、計画的に育てているとわかるような状態にすれば、リオ君のスライムに対する熱意を理解して歩み寄る切っ掛けになるかもしれない。
この部屋の状態を見るとリオ君の自宅の部屋もなんとなく想像ができる。
スライムが好きなのはヒシヒシと伝わってくるが、見るからに無計画に増やしているのもわかるので周囲が心配になるのもわかる。
増やし方の加減や整理のコツを覚えればもっとスッキリするだろう。
俺がリオ君に教えるのはまずそこからかな?
「確かにそうだね。自分ではわかってるから取りやすい場所に置いてたけど、取りやすくて尚且つ綺麗に並んでる方がいいよね」
わかるぞー、自分ではわかるように並べていても他人から見ると適当に置いているだけに見える。
これは俺もよくやるんだよなぁ。
「よし、じゃあまず今いるスライム達を特性別に整理しようか。そのためにはまずリオ君の作ったスライムがどんなスライムか教えてくれないか?」
「僕の作ったスライム? うん、教える! 詳しく教えるから聞いて聞いて!!」
尋ねるとリオ君の顔がパッと明るくなった。
だよなー、作ったスライムって他人に自慢したくなるもんなー。
「く……おにショタ……尊……っ」
後ろでリリーさんが何かボソリと呟いた気がした。
お読みいただき、ありがとうございました。
一方その頃のアベル
「なんかグランが俺の悪口を言っている気がする」




