リリーさんのプライベートダンジョン
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「これはダンジョン……」
正確には妖精の地図に近い感じのものか?
扉が入り口だったせいで妖精の地図を連想した。
リリーさんを先頭にそのすぐ後ろを俺、俺の後ろにバルダーナ、その更に後ろにはリリーさんの護衛だと思われる女性の騎士さんという順番で扉の中へと入った。
中に入ると左右が巨大な本棚に挟まれた通路がまっすぐ延び、その先がいくつも枝分かれしている。
枝分かれした道の先では本棚が途切れ森になっている道、田園風景になっている道などが見え、その先にはどの道も光で描かれた扉が見える。
明らかに自然ではあり得ない空間はダンジョン特有のそれである。
「ええ、ダンジョンです。ただしわたくし専用の――中にあるものはわたくし以外は触れることができても動かすことはできません。そしてダンジョンと同じく、わたくし以外の外部からの異物は時間経過と共に吸収されてしまうのでご注意を。といっても、通常のダンジョンと違い、わたくしがこの空間にいる時は吸収はされません。しかしわたくしがこの空間から出てしまうと、物であろうと生き物であろうと、全ての異物が時間経過と共にこの空間に吸収されてしまうのでご注意を」
ヒッ!?
ようするにリリーさんが外に出てしまうと、残された者はこの空間に吸収されてしまうってことだよな。
こんな珍しくてすごいユニークスキルをいいように利用しようとする奴も現れるのではないかと心配したが、この空間の仕様を聞いたらリリーさんを脅して無理矢理この空間に入った者の末路を想像してしまいヒュンッとなった。
リリーさん以外この空間にあるものを動かすことができないのなら他人にメリットはなさそうだし、今はリリーさんより自分が心配になってきた。というか恐くなってきた。
俺、絶対に逸れないし、余計なことはしないよ!!
「グランよぉ、頼むからうろちょろして迷子にならないでくれよぉ? リリー嬢のことだから探してくれるとは思うが、この空間って主でも滞在時間に制限があると言っていたよな」
「ええ、ここに滞在するにはわたくしの魔力を使いますので、大人が四人ですと一時間程度ですかね。いいですか? 迷子になって一時間以内に見つけられないと主であるわたくしも外に出なければいけなくなりますからね。そうなると取り残されて――」
恐い言い方はやめてーーーーー!!
良い子にしているから恐い話はやめてーーーー!!
「お、おう。絶対に迷子にならないようにするよ。ところで道の先にいくつか扉っぽいものが見えるけどあれは出口かい?」
ここに入った時の扉とそっくりな光の扉なのでみるからに出口っぽいが、それが複数あるのが気になった。
「ええ、あの扉は出口ですね。ただし開けられるのはわたくしだけですので、取り残されると扉が見えても出られないのでお気を付けください。そしてあの出口はそれぞれ違う場所に繋がっております。つまりこの空間を経由することにより遠くの地にも移動することができます、これが今回グランさんに明かすことにしたわたくしの手の内でございます」
「なるほど、長距離移動……それでか」
相変わらずさらりと恐い話が混ざっていたが、その後の話が予想外すぎた。そして今まで気になっていた疑問が消えた。
アベルのように遠距離を一瞬で転移するのとは違うが、リリーさんのこのユニークスキルも遠くの地へと短時間で移動できるということだ。
リリーさんの喫茶店はアルジネ、実家はフォールカルテ。
ここは陸路で行くと早くて一週間、のんびり行けば十日から二週間かかる距離だ。
転移魔法陣はアルジネにはなく、アルジネから馬車で二時間程の距離にあるアゲル伯爵領の領都ヴェルソー――以前キルシェ達と行った湖沿いの街、そこに一般には開放されていない小規模な転移魔法陣がある。
これを使えばプルミリエ侯爵領の領都であるフォールカルテまで一瞬で行くことができるが、小規模故に蓄積魔力が少なく使える回数も少ないため、有事のことを考えあまり使われることはないと聞いたことがある。
ここの転移魔法陣を侯爵家パワーで借りているのかと思っていたが、リリーさんはそういう事情のあるものを家の力を使って頻繁に借りるようなことをするような人には見えなくて気になっていた。
それに王都の商談の席にも現れたし、オルタ辺境伯領の領都オルタ・クルイローでも偶然会ったことがある。
王都もオルタ・クルイローも一般開放された転移魔法陣のある場所だが使用料は高く、転移魔法陣を動かす魔力の関係で一日に利用できる人数も決まっている。
お金持ちの貴族ならリッチにピュンピュン転移魔法陣移動なのかなぁーと思っていたのだが、やはりなんとなく気になっていた。
そして今回の依頼、ピエモンからフォールカルテまでアベルなしでどうやって通勤するのか。
その問題もこれで解決をした。
って、その度にこのヒュンしそうな恐い空間を通っていくのか!? 毎回ヒュンッてなっちゃいそう!!
「あちらの港町が見える方向にある扉から出ますと、今回グランさんにお仕事をしていただく場所のフォールカルテになります。お仕事をしていただく日にはピエモンの冒険者ギルドまでお迎えにあがります。それではフォールカルテの方へ実際に出てみましょうか」
そう言ってリリーさんが海が見える景色の中にある扉に向かって歩き始めた。
そこで思い出した。
「ちょっと待った!」
「どうかされましたか? 何かご質問でも?」
すごく重要なことを思い出した。
「今はフォールカルテに行かない方がいいかもしれない。リリーさんの能力はよくわかったから、今日はこのままピエモンに戻ろう。今ピエモンから離れるとアベルにバレてしまう危険がある」
「それはどういう……なぜアベルさんにバレるのでしょう?」
リリーさんが不思議そうに首を傾げた。
「俺のマジックバッグには位置を特定する機能が付いてるんだ。俺がフラフラと迷子になったりバッグをなくしたりしそうだからって、失礼な奴だよな。俺がいつどこで迷子になったっていうんだ」
「く……っ」
後ろで女騎士さんが吹き出したような声が聞こえた。
くそっ! アベルのせいで綺麗な女騎士さんに笑われたぞ!!
「現在地を特定するバッグ……アベルさんがグランさんに……バッグを身に付けていると居場所がわかるバッグ……こ、これは……」
「ホント、心配症なんだよなぁ。王都からピエモンに引っ越した時もこのバッグで居場所を特定されて押しかけてこられてそのままうちに住み着いたんだよなぁ。まぁ確かにこのバッグのおかげで助かったこともあったような気がするから一応持ち歩いてるけど……あれ? 助かったことなんてあったっけ?」
アベルに渡されたストーカーバッグの話をすると、さすがにいい歳して迷子防止バッグはおかしかったのだろう、リリーさんが口に手を当てて肩を震わせた。
いいよ、笑ってくれよ!!
くそ、だいたいアベルが悪い!! やっぱイケメン、ウンコ踏め!!
「その話はそのくらいにしておけ……」
ポンッとバルダーナが後ろから俺の肩に手を置いた。
「ああ、この歳で迷子防止バッグを持たされてるとか恥ずかしすぎるよな。この話はおしまい!! とりあえず仕事の日はこのバッグを家に置いて……いや、毎回忘れていくと疑われそうだから、フォールカルテに行く日はバルダーナのとこに置いていこうかな。ピエモンのギルドで仕事してることにしていいか?」
「バレたら俺までとばっちりを食いそうなんだよなぁ……バレないようにやれよ」
「おう、バレないように上手くやるさ。隠し事が得意な俺を信じろ!!」
そうだ、俺は前世の記憶っていう秘密を何年も隠して通しているからな。
はっはっは、バッグさえ持ち歩かなければバレないバレない!!
よぉし、訳ありな仕事みたいだけれど、リリーさんにこんなすごいユニークスキルを見せてもらったのだから今さら断りづらいし、依頼は受けちゃうぞー!!
そしてがっぽり報酬をもらって、ナナシ代を取り返してやる!!
待っていろよ、スライム少年君!! 君のスライム学の道は俺が切り開いてやる!!
お読みいただき、ありがとうございました。




