魔女の導き
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手の内を見せる。
アベルのように人のスキルやギフトを見る能力がない限り、他人のスキルやギフトを知ることはあまりない。
自分のステータス閲覧スキルやアベルの究理眼のせいで少し感覚がおかしくなっているが、自分のスキルやギフトを他人に知られることはあまりないどころか、自分でも把握していないのが当たり前である。
そして珍しいギフトやスキルは本人が気付いていれば、先日剣聖であることが発覚したキリ君のように、身の安全を考えてバレないようにしておくことの方が多い。
それが貴重で有用なギフトほど、信用できる者以外には教えないというのが当たり前である。
安全性の面以外にも、自分にとって切り札となるような能力ならば隠蔽する傾向がある。
俺も隠すほどすごいギフトやスキルはないのだがギフト四つ持ちは珍しいので、アベルのような上位鑑定スキル持ちに覗かれてもいいように、念のため職業は戦士、ギフトは全て隠蔽、スキルは戦士系と日常生活系のコモンスキルばかりに偽装している。
そんな自分の手の内を交渉相手に見せるのは、相手を信用していることを示す行為でもある。
しかもリリーさんは確か魔女だ。
魔女とは高い魔力と多くの魔法に適性を持ち、なおかつユニークスキルと呼ばれる固有スキルを持つ女性に現れる鑑定上の職業である。
そのほとんどがギフト持ちで、特殊な能力を持っている者が多いといわれている。
中には非常に便利で有用な能力を持つ者もおり、人の欲に晒されやすいため魔女と呼ばれる者はそれを隠し生活している者が多い。
身近なところではシルエットが魔女である。
俺が知っているシルエットのスキルもかなり変わったスキルで、死体に残る記憶を覗くことができるというユニークスキルだ。
"死者の走馬灯"とかいうスキルだったか。死亡した時からの経過時間が短いほどより鮮明に詳細を覗くことができるため、一度倒した魔物の能力を詳しく知ることができ冒険者活動において非常に便利なスキルだ。
あと犯罪調査にも役に立つため、シルエットはそちら方面の指名依頼も多いらしい。
リリーさんの特殊なスキルは、俺が知っているものだと絵を描いた紙がその絵の形のゴーレムになり動き出すスキル。
面白いスキルだが、紙ゆえにあまり強くもなく強度もなく、しかも紙をゴーレムにするための魔力消費は非常に多く実用性のあまりないスキルだとリリーさんは言っていた。
確か"超獣戯画"という名だったかな。
しかしそのスキルで紙の猫ちゃんをたくさん出すこともできるので、俺的には神スキルである。紙だけに。
リリーさんにはその超獣戯画以外にもユニークスキルがあるということだろうか。
というかその手の内をバルダーナに知られても大丈夫なのだろうか。
「バルダーナさんはうちの実家とも付き合いのある方で、わたくしのギフトとスキルについても把握されておりますので、今回はグランさんの拠点のギルド長ということもあり立ち会いをお願いいたしました。どうせ放っておいても独自の情報網で知られてしまうでしょうし、だったら仲介役に利用してしまえという話ですわ」
澄ました顔でお茶を飲みながら、ちらりとバルダーナを見るリリーさん。
「はー、オルタの女衆といい東の方の女性は人使いが荒いんだよなぁ」
オルタとはオルタ辺境伯領のことだろう。
ふとドリーのお姉様のカーラさんを思い出して、バルダーナの言葉に納得した。
俺としては強い女性はかっこよくて大好きだけどな。
リリーさんの実家であるプルミリエ侯爵領はオルタ辺境伯領の南側に位置し、共にユーラティア東部を代表する大貴族である。
バルダーナはプルミリエ侯爵家やオルタ辺境伯家とも繋がりがあるのか。さすがギルド長、人脈が広い。
「それではわたくしの手の内――ユニークスキルをグランさんにお見せいたしましょう。アベルさんにはあの魔眼のせいでバレてしまいましたが、できれば他の方にはご内密にお願いいたします」
「ああ、もちろん誰にも言わないよ。何なら契約魔法をかけてくれてもいい」
俺を信用して手の内を明かしてくれるリリーさんを裏切るわけがない。
「おっほほほほ……大丈夫ですよ、グランさんのことは信用していますから。ああ、そうそうアドベンチャラー・レッド先生がグランさんであることを存じてる方も多いと思いますが、グランさんについての個人情報は他に漏らさないようにいたしますのでご安心してこれからもご執筆ください、アドベンチャラー・レッド先生」
ぐおおおおおおおおお!!
確かに自分で売り込みをしたので、俺が豆知識系ハンドブックを出していたことを知っている人はそれなりにいるのだが、そのペンネームを連呼するのはやめろください。
「リリーさんの秘密は絶対に漏らさないので、俺のペンネームには触れないでください」
絶対にリリーさんの秘密を守るのでどうか……どうかそのペンネーム連呼はやめてくださいまし~~~~~~!
「ほほほ、お互い秘密は心の中にしまっておくことがよろしいでしょう。それではわたくしの手の内、説明するよりお見せする方が早いと思いますので、実際にそれを体験してもらいつつ説明いたしましょう。では、覚悟はよろしいかしら?」
「覚悟? え……?」
覚悟って何だと思った瞬間、無属性の魔力がごく自然に動いたことに気付いた。
その量は恐ろしく多いのだが、注意をしていなければ気付かないほど自然に。
熟練した魔法使いレベルの魔力操作に驚きを隠せずにいた。
「それではわたくしのユニークスキル"魔女の導き"をご覧くださいまし」
無――すなわち"ない"ということ。
"ない"ということが存在することを認識するのが無のはじまりである、と属性の講義で習った記憶がある。
たくさんの事象の中にごく自然にそばに存在する"無"という現象こそが無属性。無はすぐそばにあるが、気付かぬもの。
リリーさんの魔力はまさにそれを示すような魔力。
きっとずっとそこにあったはずなのに、手の内を見せると言われ周囲の魔力を意識して初めてその存在に気付いた。
その無の魔力が大きく動いた。
それはアベルに匹敵する魔力量。だが意識しなければ、気付かぬくらい自然に。
まさに無。
リリーさんは、こんな力を隠していたのか!?
リリーさんの魔力を強く感じた直後、導火線を燃えて進む炎のように白い光が何もない空間を這い、成人男性をすっぽりと囲める程の縦に長い長方形の枠を描いた。
その光は更に長方形の枠の内側に光の線で絵を描くように這い続け、そこに眩しい光の扉を描き上げた。
「扉?」
「はい、扉でございます。これより、魔女の箱庭へとご招待いたします。中に入りますとわたくしなしでは出られなくなりますので、勝手にうろちょろされないようにお願いいたします。いいですか? 絶対ですよ!! いいですね!?」
光の扉に手をかけリリーさんにものすごく念を押された。
「おう、中ではリリーさんの指示に従うよ」
俺は良い子だから勝手な行動はしないよぉ~。
「バルダーナさんもご一緒にお願いいたします」
「おう、俺はお嬢様のスキルはすでに何回か体験しているからな、グランの面倒なら見ておいてやるぜ」
勝手に保護者面してんじゃねぇ!
「それでは――」
リリーさんが扉に手をかけると、扉が手前に開き中の空間が見えた。
それは、無数の本。
俺の位置からでは扉の向こうに見えているものだけだが、それだけでこの扉の向こうには無数の本が詰まった本棚があるのが理解できた。
それは、まるで図書館。
「ようこそ、叡智の扉の世界へ。これより先はめくるめく智と本の世界、わたくしの箱庭の世界となります」
や!? 箱庭ってこれ……ダンジョンだろ!?
お読みいただき、ありがとうございました。
大変申し訳ないのですがリアルの都合により金曜日まで更新をお休みさせて頂きます。




