アドベンチャラー・レッド先生
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「それでそのアベルにも内緒っていう依頼というのは何なんだい?」
知り合いの俺にわざわざギルド経由で高額な報酬を払ってまでの依頼、それが意味すること。
身内だからといって適当にはできない依頼。
機密性のある依頼だが、冒険者ギルドを通すことにより依頼の証拠を残すことが必要な案件。
そして報酬。
ギルドを介しているということもあり、身内にお願い感覚で気安く頼むような案件ではなく、はっきりと責任が発生する仕事。
後で問題が起こらぬようギルドを通し、ギルド長を立会人にするほどの依頼であるということだ。
なんとなーく厄介な依頼の香りがするが、金欠の俺には非常に魅力的な報酬である。
まぁ、話を聞いてからだな。
「とある御令息の家庭教師を週に一度程度、来月の終わりまでやっていただきたいのです」
「へ?」
意味がわからなすぎて、すっとぼけた声を出してしまった。
家庭教師? 俺が? 聞き間違いじゃないよな?
確かに、相手が貴族の坊ちゃんならこの報酬で、はっきりとした身元保証の上、いつも以上に責任を強く持って臨まないといけない仕事である。
前世の知識はあるが、今世では学校にいったことのない俺がお貴族様の坊ちゃんの家庭教師なんてできるわけないだろ!!
「家庭教師といっても、学問を教えるというよりそのご令息のスライムの飼育を一緒にしていただきたいのです。なんといいましょうか、夏休みの自由研究? そう、夏休みの自由研究です!!」
「夏休みの自由研究」
更に意味がわからなすぎて復唱をしてしまった。
一般家庭でもやるようなスライムの飼育なら、俺が手伝うようなことはないと思うのだが?
「とあるご令息がこの夏の間うちの領にご静養に来られてまして、そのご令息が来年から王都の学園に通われることになっておられるのですが、スライム学科に進みたいご様子でして……」
む、スライム学の道に進みたい坊ちゃんか。なかなかよい道を選ぼうとしている坊ちゃんではないか。
しかし貴族の子なら子供の頃から家庭教師がついていて、俺なんかよりもずっと頭はいいと思うのだが?
スライム学なんていう専門的なことは、さすがに習わないのかな?
「俺は趣味でスライム弄りをしているだけで専門家じゃないから、貴族の坊ちゃんがスライムについて学びたいというのなら専門家を雇った方がいいのでは?」
素人の独学より、ちゃんとした専門家に教わる方が絶対にいい。
「ええ、確かにそうなのですが少々事情がございまして……そのご令息がうちに来ていることは一部の関係者しか知らないことでして、貴族の家庭教師を雇ってその身元に気付かれてしまうとまずいのです。それにそのご令息のご家族がスライム学の方に進むことに賛成とは言えない状態で、事情を知っている方はほぼご実家の息がかかっておりまして、家庭教師を引き受けてもらえないのです。そこでグランさんならそのご令息の身元に気付くこともなく、スライム学にも明るいと思いましてお願いに参りましたの」
確かに俺は貴族の顔どころか、どういう家門があるかすらあまり知らないしな。
「確かに俺ならそのご令息とやらを見ても誰だかが絶対にわからないな。しかし俺はスライムを弄るのが好きなだけで、学問として詳しいかといわれると全くそんなことはないぞ」
俺のスライム弄りは好きでやっている趣味の範囲でしかない。
「ええ、しかしグランさんはスライムに関する書籍をお出しになられてますよね。ポーション瓶で育てるスライムシリーズや、ちょっと得するスライムの話とかスライムご飯のススメとか、初歩的なスライムの飼育と加工を独特の切り口から応用する方法を中心としたハンドブックは、グランさんの著書ですよね? このアドベンチャラー・レッドというのはグランさんのペンネームですよね? 同名義で他に道草ポーションとかガラクタウェポンとか他にも諸々お出しになってますよね?」
うおおおおおおおおおい!?
何でリリーさんが俺が王都にいた頃に小遣い稼ぎで出したハンドブックを知っているのだ!?
王都にいる頃にちょっと小遣い稼ぎで、初心者冒険者向け豆知識の有効活用ハンドブックをいくつか出したことがあるんだ。
最初は手書きで必死で五冊くらい作って売店に置いてもらったら何だか好評だったから、調子に乗って複製スキル持ちに頼んで高速写本をしてもらったり、少部数でも印刷してくれる工房に頼んだりして色々ハンドブックを出していた頃があるな。
といってもそんなに部数は多くないけれど。それでもちょっとした小遣いになるくらいの稼ぎにはなった。
冒険者向けの豆知識ハンドブックだったから、ギルドの図書室の職員さんも気に入ってくれて、今でも図書室に置いてあるんだよな。
なんだかんだで自分の豆知識を本に纏めるのは楽しいから、小遣いにもなるし暇を見てまたやろうかなぁ。
しかし今はそんなことより、何故リリーさんが俺が出したハンドブックのことを知っているかだ。
「何でそれをリリーさんが知って……」
自分で出した本を読んでくれる人がいるのは非常に嬉しいのだが、知り合いに読まれてしまうととんでもなく恥ずかしい気分になる。
「ふふふ……グランさんの著書は隠れた名書として王都では密かな人気があるのですよ。うちで預かっているご令息もグランさんのスライムハンドブックがきっかけで、スライムに興味を持たれたようで、アドベンチャラー・レッド先生の大ファンだとかなんとか」
うおおおおおおおおい!! 本人の前で冷静な顔をしてペンネームで呼ぶのはやめてくれええええええ!!
恥ずかしいってレベルじゃないぞ!! メンタルにクリティカルアタックすぎて、俺の羞恥心がオーバーヒートしてしまう!!
ごめんなさい、もうお家に帰っていいですか?
「ちょっと……その話はそれくらいにして依頼の話を進めようか……」
メンタルに特効攻撃をくらってしまってお家に帰って毛布にくるまってゴロンゴロンのたうち回りたい気分だが、ここまで話を聞いてしまったので帰るわけにもいかないし、とりあえず俺の著書の話から離れよう。
「ええ、そうですわね。そのご令息がスライムの道に進むことについてご家族があまりよい反応ではなくて、それでもどうしてもそちらの方面に進みたいらしく、家から離れてうちに滞在している間にスライムについてもっと学んで家族を説得する材料にしたいと張り切ってらっしゃるのです。それでうちの屋敷でスライムの飼育をされてらっしゃるのですが、グランさんのハンドブックを参考に次々とスライムを増やして実験をしておられて、その数が多い上に独学で試行錯誤してその結果危険なスライムが生まれることもありまして、できればグランさんに少しご指導をいただければと。尊敬するアドベンチャラー・レッド先生に限度というものを教われば、少しは落ち着くかと思いましてのお願いなのでございます。どうかどうかお願いします、このままでは実家がスライム屋敷になる心配もございますが、危険なスライムにより取り返しのつかないことになる危険もございますので、どうかアドベンチャラー・レッド先生の力で彼を正しい方向へ導いてくださいましいいいい」
うおおおおおおおお……その名前を連呼するなああああああああ!!
ていうか、何でそんなペンネームにしたんだ、当時の俺!!
しかし確かにリリーさんの言う通り、スライムは与えるものによっては危険な性質に成長することも多々ある。
一般家庭でよく飼育されているような、生ゴミ処理用や食材加工用のスライムならそう危険なことはないが、何を与えればどんなスライムになるか、目的のスライムを作るためにはどうすればいいか試行錯誤を始めると、意図せずに危険なスライムが生まれてしまうなんてことは非常によくある。
というか俺もよくやる。
危険なスライムが生まれれば、その対処と管理には細心の注意が必要だ。
対処と管理を誤れば危険なのは自分だけではない。雑な管理をしてそのスライムが逃げ出してしまえは無関係な人まで危険が及ぶし、性質によっては周囲の環境にも悪影響を与えることになる。
魔石を抜き取ってスライムを殺してしまえばそれで解決であるが、魔石を抜き取る作業自体が危険で、残ったスライムゼリーも危険であることが多い。
それにもの言わぬスライムといっても命である。
自分の好奇心や必要でその性質を変化させ不要なら殺してしまうという行為は、たとえ相手がスライムであったとしても命の扱いとして気持ちのいいものではない。
スライムは便利な道具ではなく、パートナーだという気持ちで飼育したいと俺は思っているので、自分の作り出したスライムの魔石を抜き取っての処理は最終手段だと思っている。
スライム好きの子供のことを考えると引き受けてもいいかなって思うのだが、なんとなくすごく厄介な案件な予感がしている。
平民の俺的にはあまり貴族とは関わり合いたくない。リリーさんからの依頼とはいえ、侯爵家に預けられるご子息という感じからしておそらく上位貴族のご子息だろう。
スライム好きなのはすごく共感できるのだが、甘やかされて育った我が儘放題のクソガキボンボンだったら相手にするのが辛い。
だがスライムの扱いは危険な面もあるし、俺の本を読んでスライムに興味を持ってくれた子がスライムの道に進みたいっていうのなら応援したいし……うーんうーん。
「報酬の面に少し触れておきますと、通常のAランク依頼の報酬に加え、Aランクの冒険者の指名料、専門知識と技術に対する技術料、うちまで来ていただく出張料、それから守秘義務のある依頼ですので契約を交わしていただくことになりますのでそのための契約保険料という名の口止め料金ですね。それに加えてご子息のスライムの学習にかかった資材の費用も当然こちら持ちですので、必要なものはおもうしつけください。それでこの金額でいかがでしょうか? アドベンチャラー・レッド先生お願いします!!」
だからその名前を連呼するのはやめろおおおおおおお!!
って、その金額!! うわっ!! すごい金額!! ナナシがもう一本買えそう!!
うるせぇ、ナナシ!! 悪い子をしていると、この金でよい子の魔剣を買うぞ!!
「やりま……っ、いや、やりたいのはやまやまだけどやはり少し考えて……」
スススッと出された契約書の金額が目に入って、契約書をよく読まずに即答をしそうになってしまった。
この金額ならクソガキのお守りをしてもいい、クソガキと決まったわけではないのでよい子ならなお歓迎なのだが、この依頼気になることがある。
「この依頼を受けたとしても、リリーさんのご実家の屋敷まで出向くことになるとピエモンから遠いし、家を空けることになるとアベルに追求されて隠しづらいのだが……」
リリーさんの実家であるプルミリエ侯爵領は、ワンダーラプターで急いで移動しても片道一週間はかかる。
週に一度となると、アベルの転移魔法なしで自力移動では自宅との往復はできないので泊まり込みになる。
そうなると長期間家を空けることになり、アベルにこの依頼を隠すことは難しくなる。
だったら転移魔法陣を使うつもりなのだろうか?
一番近くの転移魔法陣はアゲル伯爵領の領都か?
だがあそこは規模が小さく一般開放はされていないので一般人は利用できない。リリーさんの実家パワーで使わせてもらうのかな?
それでもアゲル伯爵領の領都はアルジネより少し遠いので、依頼の日は朝早く家を出ないといけないから受けるなら上手い言い訳を考えておかないと。
それから機密性の高い依頼なら、三姉妹の覗き見付与も使えなくしておかないとな。
「その手段はこちらで用意しております。詳しい事情もお話しできない依頼ですのでグランさんも信用しづらいと思いまして、こちらの誠意を見せる意味でもわたくしの手の内を少々お見せいたそうと思っております。それで信用していただければと」
おっとりとしているが、強者の雰囲気のある口調でリリーさんが言った。
お読みいただき、ありがとうございました。




