厄介ごとの予感がする
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「綺麗なおねーちゃんは好きだろ? 確か好みのタイプは胸の大きいおっとり系の年上の女性だったな。人当たりはよく社交的なわりに交友関係はあまり広くなく、女性にそこそこもてるが浮いた話もなければ、特定の交際相手もいない。ふむ、王都にいた頃のグランの女性関係の情報はこんなもんだな」
こんなもんだな、じゃねーよ!! 何でそんなことまで知ってんだ!!
ていうか、その情報意味あるのか!?
あと俺がそこそこしかもてないのは、アベルっていう顔面チートがすぐ近くにいるからだ!!
キエエエエエエ!! イケメン、うんこ踏め!!!
「その何の役にも立たないどうでもいい情報、どこから仕入れたのか知らないがさっさと消してくれないかな!? はー、友達がいないのはなんというかほら、都会の人達ってドライすぎるんだよ!!」
王都の人ってなんかこうとっつきにくいというか、少しよそよそしいというか。
時々避けられているような、用件以外の話が続かないというか、そういうことが多くてなかなか仲の良い人が増えなかったんだよな。
「情報っつーのはどんな些細なことでも、いつかどこかで役に立つかもしれない。情報は武器であり盾でもある。そして情報はいくらあっても邪魔にはならない。それにお前に近付く奴が少なかったのは……えぇと、いや何でもない。おっと、そんなことよりもその指名依頼の話をするから応接室にこい」
「応接室? ギルド長室じゃなくて?」
バルダーナと話す時はいつもギルド長室に通されるのだが、今日は何故か応接室。
バルダーナが何か言いかけたことも気になるが、いつものギルド長室ではなく応接室なのも気になる。
「ああ、依頼が来たのがついさっきでな、パッセロ商店にお前んとこのワンダーラプターがいたと聞いて、今日はギルドに来るかもしれないと伝えたら少し待ってみるというので応接室で待ってもらってる」
依頼主さんが待っているのか。なるほど、あのギルド長室はやばいもんな。
俺の部屋も綺麗とはいえないが、あのギルド長室は俺の部屋よりも更に散らかっている。散らかっているというか、物が多すぎて人が動けるスペースがほとんどない。
ギルド長室というか物置といった方がいいレベルである。
しかも薬品や薬草も置いてあるせいで微妙に……微妙どころかすごく臭い。棚の上に無造作に置いてある薬草とか消費期限は大丈夫なんですかね。
ギルド長室はそんなところなので、綺麗な女性だという依頼主を通せないだろうなぁ。
「で、依頼主って誰なんだ? それと依頼内容。確か俺って、一人ではAランクの指名依頼は受けられない条件のAランクだったよな」
バルダーナに手招きされ冒険者ギルドの奥へと入り、応接間のある二階へと向かう。
応接間に向かう廊下を歩きながら気になったことをバルダーナに尋ねてみた。
こんな田舎の冒険者ギルド所属で週に一回くらいしか仕事をしていないため、指名するほど俺のことを覚えている人がいたことに驚きである。
他の町どころかピエモンの住民にすら覚えられていないような気がするのだが。
「んー、町の中の仕事らしいので危険性は低い――内容的にはD以下なのだが報酬はAランク相当プラス指名料、それに訳あり依頼なのでその分上乗せがある。まぁ、依頼主も依頼も依頼主に会えばわかる」
会えばわかる? この口ぶりからして、依頼主って俺の知っている人か?
誰だろう、俺を指名して依頼してきそうな綺麗な女性なんて思いつかないぞ。
しかしDランク以下の内容で、報酬はAランク相当で更に諸々の追加報酬がある。
うまい話には落とし穴もありそうだが、これは全力で釣られたい。
「ん? 応接室っていつものとこじゃないのか?」
バルダーナについて歩いていると、いくつかある応接室の前を全て素通りして、廊下の突き当たりにある扉を開けるとその先には階段がありそこから三階へと向かう。
下を振り返れば、階段を下った先にギルドの建物の裏手に出ると思われる扉も見えた。
これはどう見ても裏口側のこっそりとギルドに入るための階段である。
「まぁ、機密性の高い依頼や重要な依頼用の部屋だな。依頼主がギルドを訪れたことを知られたくない時や身分の高い依頼者の時に使う部屋だ」
うっわ、なんか嫌な予感。
報酬には惹かれるのだが、やっぱこの依頼、断ったらダメかな?
冒険者ギルドの仕事には時々そういう訳ありの依頼や、表には出せない依頼も多数存在する。
うっかり知ってしまったせいで定期的に調査に行くことになった、王都の地下の件もその類いだ。
そういう依頼は普通の依頼に比べて給料はいいのだが、だいたい面倒くさくて厄介な依頼が多いうえに、依頼主が貴族や金持ちのことが多い。
俺は平民のため貴族に無茶振りをされると断りにくいので、できれば貴族には関わりたくないんだよなぁ。
アベルがいる時ならアベルが胡散くさい圧力笑顔で超交渉してくれるんだけどなぁ、今日は俺だけである。
やだ、急にお腹痛くなって帰ろうかな。
「そう構えるな。訳ありの依頼ではあるが、依頼主は信用のできるお方だ」
方――この言い方だと、やはり社会的地位の高い者が依頼主だな。
社会的地位が高くて、俺に秘密裏で指名依頼をしてきそうな綺麗な女性。
……思い当たらないな。
身分の高い女性どころか、女性とあまり縁のない生活だしなぁ。
……何だか空しくなってきたぞ!?
「ほら、着いたぞ――バルダーナです、グランを連れて参りましたよ」
階段を上った先にあった部屋の扉をバルダーナがノックし、中にいると思われる人物に声をかけた。
うわ、バルダーナの話し方がいつもより丁寧だ。
やっぱ、依頼主は身分の高い人で間違いないだろーーーー!!
あれ? ここの場所って……場所的にギルド長室の奥の辺りか?
そういえばギルド長室の奥に扉があったな。乱雑に置かれたよくわからないガラクタで埋もれていたけど。
ギルド長室の奥が重要な話をするための部屋なのはわかるのだけれど、ギルド長室が散らかりすぎて依頼主は裏から入るしかなかった何てことはないよな?
というかそんな部屋の手前のギルド長室が物置状態なのは、安全面を考えてもどうかと思うぞ!?
どうせならその汚いギルド長室を片付ける依頼を俺にしてくれないかな?
片付けのついでにガラクタを引き取ってやってもいいぞ!!
あのギルド長室、物置みたいに散らかっているが面白そうな物がたくさん転がっているんだよな。使わないで投げているなら俺がいつでも貰ってやるのに。
「はい、お待ちしておりました」
中から聞き覚えのある声が聞こえて、他の応接室よりも少し豪華な扉がゆっくりと開いた。
内側から扉を開けたのは、白を基調とした上品な鎧を身に着けた女性騎士。
その女性騎士さんから視線を部屋の奥に移すとまず目に着いたのは、やや薄い金色の長いウェーブヘアー、そして淡い水色の上品なドレス。
一瞬全く知らない貴族令嬢だと思ったが、すぐにそれが誰であるかわかった。
そりゃ、信用あるわ。ついでにすごくよく知ってるわ。
しかも、ご実家は侯爵家だったっけ?
そりゃ、バルダーナも丁寧な話し方になるわ。むしろ俺が平民なのに普通に日頃ため口で話しているのがおかしいのだが。
どうしよう、ここはやはり貴族と平民、依頼主と冒険者という立場で話すべきか?
「えぇと……、リリーさん? じゃなくて、リリー様? あぁ、えっと……名前で呼ぶのは失礼なんだっけ?」
やべー、貴族のお作法さっぱりわかんねぇ!!
応接室のソファーに優雅に腰を掛ける超お嬢様――一昨日アルジネで会ったばかりのリリーさんに、挨拶をしようとして貴族のお作法がさっぱりわからなくてスーパーもごもごしてしまった。
「お気になさらず、いつものようになさってください。そこのギルド長もいつも適当ですので」
「お、おう。頑張ってみたのだが、こういうのはどうも苦手でなぁ」
決まり悪そうに俺の横でボリボリと頭を掻くバルダーナ。
というかリリーさんってバルダーナと知り合いだったんだ。リリーさんの人脈は広いな。
ところで、その貴族のお嬢様が俺に何の依頼なんだ?
何か頼み事があるなら、こないだ会った時に言えばよかったのに。
「依頼についてお話しいたしますので、とりあえずお掛けになってくださいまし。ほほほ、あと本日のことは他言無用で……もちろんアベルさんにも絶対に内緒で、むしろアベルさんにだけは絶対に気付かれないようにしていただきたいのです」
いつもと違い貴族らしい空気を纏ったリリーさんが、スッと目を細めた。
その表情は何か企んでいる時のアベルの表情によく似ていた。
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