甘くてキリッと辛い
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「これはリュネ酒だよね?」
「うん」
「こっちは?」
「生姜味のプチプチする魔法の飲み物」
「魔法の飲み物が何かは気になるけど一旦それは置いといて、その魔法の飲み物とリュネ酒をどうするの?」
「グラスに氷をたくさん入れて、リュネ酒を三分目まで注いであとこの生姜味の魔法の飲み物を八分目まで注いで、マドラーでくるっとかき混ぜてできあがり!」
カッチカチの氷に常温のリュネ酒を注ぐと氷がキュウと鳴くような音を立て、それに生姜味の魔法の水ことジンジャエールを注ぐとシュワシュワという音と共に発生した泡がグラスの縁ギリギリまでせりあがる。
その泡が落ち着くのを待ってグラスの中身をマドラーで緩く混ぜると、氷がグラスにぶつかりカランという小気味のよい音がした。
その音で蒸し暑い夜が少し涼しくなった気分になり、グラスの中の冷たい酒を想像して急に喉が渇いた気分になる。
琥珀色のリュネ酒に同じく琥珀色のジンジャエール、その中に浮かぶ氷と外気との温度差で細かい水滴の付いたグラス、それらを照らす照明の光のせいでグラスの中身が上品な金色に見える。
梅酒……いや、リュネ酒といえばロック以外ならやはり炭酸割り。その中でもジンジャエール割りが、俺の前世でのお気に入りだった。
月も半分ほど欠けた夜、日没後月のない暗い時間。
三姉妹達は夕食後すぐに寝てしまい、起きているのは色気もくそもない野郎四人とカメ君。
そしてその色気のない面子で、リビングでだらだらといつもの夜の酒飲みタイムだ。
せっかく昼間になんちゃってジンジャエールを作ったので、今夜はそのジンジャエールで酒を飲む。
「ホントだ、リュネ酒の香り以外に生姜の香り……それと他にも何かスパイス系の香りもするね。リュネ酒はこってりとした甘さでロックでも飲みやすいんだよね」
できあがったリュネジンジャーを受け取ったアベルは、それをすぐに飲まずにまずは香りを確認している。
「このリュネってやつ、むかーし東の方にふらっといった時に見かけたことはあるが、それを酒にしたのを見たのはグランのリュネ酒が初めてだな。上品な味で飲みやすいからつい飲み過ぎるやつだな。それとこの酒にずっと浸かっていたリュネの実は、そのまま囓ってもリュネ酒の塊みたいで美味いな。もちろん、そっちのプチプチしてるリュネ酒も貰うぞぉ」
カリュオンはリュネ酒の中に浸かっていたリュネの実をガリガリと食べている。
そうだよ、そのリュネの実はこの一年でたっぷり酒を吸い込んでいるから、みたいなじゃなくて酒の塊だよ!
去年の初夏に漬けてそろそろ一年だから、漬けてあるリュネの実を引き上げないと酒が濁ってしまうしえぐみも出てきてしまうので、リュネ酒のジンジャー割りを作るついでに実を引き上げて後日リュネジャムにでもしようかと思ったら、カリュオンがガリガリと実を食べ始めてしまった。
果物感覚で食べ過ぎると酔っ払うぞー!!
ていうーかリュネの実を食べ尽くしたらジャムが作れなくなるから、少しは残しておいてくれーーーー!!
「カーーーーッ!!」
あぁ~、カメ君までリュネの実をカリカリしている。
リュネの実もいいけれどリュネジンジャーも飲んでみてくれよ!!
「ふむ……酒を別の飲み物で割ると酒精が弱くなってもの足りない気がすることが多いのだが、これは生姜の味が強くて悪くないな。リュネ酒は甘味が強いが、その中に生姜や他の香辛料の辛みが混ざり込んでいて、ただ甘いだけではなくなっているのがなかなかよいな」
酒好きのラトは早速リュネジンジャーを飲んでくれた。
だろぉー? だろぉー?
リュネ酒をジンジャエールで割ることにより、甘い中に爽やかな辛さがあるすごく複雑な味になるんだ。
「あ、これ好きかも。ものすごく濃い甘さなのに生姜のさっぱりとした辛みが利いててどんどん飲めちゃいそう。おかわりちょうだい」
最初の一口を少しだけ啜って、その後いっきにごくごくとリュネジンジャーを飲み干したアベルが、氷だけが残ったグラスをこちらに差し出した。
「飲みやすいけど酒精は強いからな、調子に乗って飲んでると悪酔いするぞぉ」
注意したところでどうせ素直に聞くようなアベルではないので、差し出されたグラスを受け取って次のリュネジンジャーを作る。
俺は一応注意したからな!! 明日、二日酔いになっても俺は悪くないからな!!
「俺も俺も!!」
あーあ、カリュオンまで即おかわりだ。もう少しゆっくり味わって飲めよぉ。
今年も庭のリュネの木がたくさん実を付けたので、リュネ干しやハチミツリュネ、リュネ酒、リュネシロップを仕込んでおいた。
おかげで台所の棚がリュネ入りの瓶だらけである。
だが保存食の詰まった瓶がずらりと並んでいるのを見ると、心が洗われるような気分になる。
やはり、何かを溜め込んで目に見える形で並べておくのはとても楽しい。
しかしこのペースで飲まれると、次ができるまで今ある分が持たなそうだなぁ。
収納スキルさんにがんばってもらえばなんとかなるが、次のが早くできるだけで総量が増えるわけではない。
リュネの木を増やすならやはり挿し木だろうか、それとも種からいけるのだろうか。
実が生るまで何年かかるかわからないが、種はキノコ君に任せて、俺は挿し木にチャレンジしてみようかな。
「ほら、そんな勢いよく飲んでるとお腹がたぷたぷになってトイレが近くなるから、つまみを食べながらゆっくり飲めよ。今日のつまみはグレートボア耳炒めだ。ちょっと辛めの味付けだから、甘い酒と相性がいいぞ。それからレッドドレイクのスライス肉でパタイモを巻いて焼いたもの。どっちも醤油ベースの甘辛い味付けだからリュネ酒に合うぞ。後は冷やしトマトと冷やしキュウリ。やっぱうちの畑で取れた野菜は美味いんだよなぁ」
リュネ酒がこってり甘い系なので、つまみは醤油辛いものが中心。
ボア耳炒めはボイルして細切りにしたグレートボアの耳を、おろし生姜を少し加えた砂糖醤油を絡めながら煮詰めるように炒めたもの。
レッドドレイクのスライスバラ肉巻きパタイモも砂糖醤油味。少し脂っこい砂糖醤油味がキリッとしたリュネジンジャーのお供にぴったり。
甘いものと醤油辛いものの無限ループを楽しむといい。
しかしコテコテ系ばかりだと口の中がギトギトになるので、あっさり系の冷やしトマトとキュウリも用意しておいた。
暑くなってくると野菜の成長が早く、一日二回朝と夕方に収穫してもどんどん実が追加される。
前日に花が咲いていたなって思うと、翌日の夕方には食べ頃サイズになっている。
夏のお日様パワーは強すぎた。
ああーーー、早速アベルがトマトに砂糖をドバドバかけてるーーーーー!!
「カッ!!」
え? カメ君!? それまだ切っていないキュウリだけど丸ごと囓っちゃうの!?
トマトに砂糖をドバドバとかけているアベルを呆れながらみていると、冷たい水に入れて冷やしているキュウリをカメ君が水を操ってシュルッと自分の元に運び、それを抱えてシャリシャリと囓り始めた。
旬のキュウリが美味しいのはわかるけれど塩かマヨネーズくらい付けてもいいんじゃないかな。オーバロで買ってきた味噌を付けても美味しいぞぉ。
って、気付けばカリュオンがボア耳炒めの皿を自分のところの引き寄せて独り占めしようとしているぞおおおお!!
やめろ、それは俺も好きなんだ!!
って、ラトがリュネ酒の瓶をすでに抱えているぞ!! リュネ酒は量に限りあるんだ!! いっきに飲むんじゃねえ!!
ああああ~~~~!! 何でもっとお淑やかに酒を飲めないのかよ~~~~!!
もう知らない! 俺も好き勝手に飲んじゃう!!!
そんな勢い任せで好き勝手食べて飲んでするから、最後はみんなぐだぐだである。
いつものことなので慣れっこなのだが、こうなると最後まで潰れなかった人が片付けることになる。
そして今日の生き残りは俺。
くそぉ、俺は魔法が使えないから一人で片付けるのは大変だっつーの!!
俺が先に酔い潰れて寝てしまう日は、他の誰かが片付けてくれるのでお互い様なのだが。
ソファーや床でひっくり返って寝てしまった男三人とカメ君をそのままにして、俺は一人で片付けを始める。
すっかり食べ尽くされて空になった食器を台所に運びせっせと洗っていると、ふらつくような不規則な足音が聞こえ誰かがこちらに来ていることに気付いた。
この感じはアベルかなぁ?
「起きたか? 起きたならもう部屋に戻って寝ろ」
台所にアベルが入ってくる気配を感じて、食器を洗いながら振り返らずに言う。
「ん……水を飲んだらそうする」
酔い潰れて寝ていたせいか、いつもよりも声が低い。
これは明日の朝、喉がカラカラに渇いて声もガラガラになっているんじゃないかな?
リュネジンジャーは飲みやすいけれど酒精はそれなり強いから、飲み過ぎると二日酔い待ったなしだ。
「水じゃなくて、冷蔵箱の中のトレント茶にしろ。多少は二日酔いになりにくくなるから」
「わかった」
振り返らないままそう言うと、冷蔵箱を開けて中からトレントの茶の入った瓶を取り出すような気配がした。そしてコトコトというグラスにそれを注ぐ音。
「飲んだグラスはその辺に置いておいてくれ。明日も王都で仕事なんだろ? 片付けは俺がやるからもう寝ろよ。ついでにカリュオンとラトも起こして部屋に戻るように言っといてくれ。カメ君は俺の部屋で寝るだろうから、そのままでいいよ」
「わかった。今日も美味しかった、ありがとう」
グラスをテーブルの上に置くコトリという音がすぐ後ろで聞こえた。
改めてありがとうなんて言われると恥ずかしいじゃないか。もちろん嬉しいけど。
「ん……俺も好きでやってることだからな。こうして毎日気ままに暮らすのは、ずっとやってみたい夢だったからな。毎日賑やかで楽しいし、俺の方もみんなに感謝しなきゃいけないな」
ここに来た時は静かに暮らしたいとか思っていたが、ずっと一人だときっと寂しかったと思う。
「ああ、楽しいならよかった――これからもずっと……この楽しい時間が続くことを願う」
「ん? なんか言った?」
よく聞き取れなくて洗い物の手を止め振り返ると、台所から出て行こうとしているアベルと目があった。
「いや、何も? じゃあおやすみ、また明日」
「おう、おやすみ。明日は寝坊すんなよ」
肩をすくめリビングの方へ戻るアベルの姿を見送って、洗い物の続きを始める。
リビングの方でアベルがカリュオン達を起こしているような音がする。
ん? ドスンッて音がしたけれど、カリュオンは床で寝ていたからこれはラトがソファーから落ちた音か?
寝ぼけて落ちたのかな?
あれ? カメ君のカーーーッていう声も聞こえたぞ?
そしてバタバタという音。
一体何をやってんだ!? 騒ぎすぎると三姉妹が起きたらどうすんだよ!!
賑やかで楽しいのはいいけれど、夜中に騒ぐのは禁止だ、禁止!!
お読みいただき、ありがとうございました。




