秘密の珍客
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アルジネに行った翌日は、家でのんびり物作り。
アベルとカリュオンはドリー達と約束があるとかで王都へ。
ラトはいつものように森へ。三姉妹もラトと一緒に森へ行って今日の帰りは夕方らしい。
そしてカメ君は弁当を持ってお出かけ。
つまり今日は家に俺とフローラちゃんだけである。
フローラちゃんはいつものように畑かな?
俺は台所で色々と料理の仕込みをしているところだ。
以前キノコ君に貰った妖精の地図、確か初夏の農園。そこで掘ってきた生姜を綺麗に洗って皮がついたまま薄切りに。
それをしっかり砂糖にまぶし、生姜の水分で砂糖が馴染むまで置いておく。
しっかりと生姜に砂糖が馴染んだら鍋に入れて少量の水を加え中火でじっくりと加熱する。
その中に、先日トレント木場で仕事をした時に貰ってきたスタートレントの実を砕いたものや、シナモン、ハチミツ、ピリッと辛いアッピというスパイス等も入れる。
コトコトと煮ているとアクが出てくるので、それは綺麗に取り除く。
煮詰まって色が濃くなりトロリとしてきたら火を止めて冷めるまで待ち、目の細かいざるで漉しながら瓶へと移す。
これでひとまず生姜シロップは完成。
この生姜シロップを、キンキンに冷やした濃いめのレモネードに例の魔法の粉を混ぜたシュワシュワレモネードで割ると――なんちゃってジンジャエールだあああああ!!
生姜シロップを煮詰めている時に漂っていたスパイスが混ざった癖のある甘い香りに釣られたのか、台所の窓の外に妖精らしき小さな気配がうろちょろしているのを感じていた。
後で窓際に少しだけお裾分けを置いておこう。
ガサッ。
すぐ横で葉っぱのこすれる音がした。
「はいはい、モコモコちゃんの分もあるから安心してくれ。やっぱ暑い日は炭酸系の飲み物だよな」
俺が作業を始めてすぐにふらりとやってきて、それからずっと俺の傍で作業見ていた緑色の植物の塊ことモコモコちゃんに、ジンジャエール用のカップをテーブルに並べながら声をかけると、キッチン台からテーブルへとピョンと移動をした。
この緑のモコモコちゃん、トレント木場で出会って以来、こうして俺が一人で作業をしていると時々どこからともなく現れてその作業を見学するようになった。
しかし恥ずかしがり屋なのか、アベルやカリュオン、ラトや三姉妹がやってくるといつの間にかいなくなっている。
まぁ妖精なんて気まぐれだし、本来は人間の前にあまり姿を現さないものだしな。
今日もアベル達が出かけた後にふらりとやって来て、俺の作業を興味深そうにジッと見ていた。
今日はうちにいるのは俺だけだからゆっくり作業を見学していくといいぞ。
「そろそろお昼だし、フローラちゃんを呼んで昼飯にしようか。たぶん畑で作業しているはずだから、フローラちゃんを呼んで来てもらっていいかな? その間にジンジャエールとお昼ご飯を用意しておくよ」
ちょうど昼時だし、ずっと庭や畑を手入れしてくれているフローラちゃんも休憩時間だ。
お願いするとモコモコちゃんはガサガサと揺れて、開けてある窓からピョーンと外へと飛び出していった。
さてその間にパパッと昼飯の準備だ。
王都に行った時にマルゴスの店で買ってきた太めのソーセージを、粗挽きの黒胡椒を振ってフライパンで焦げ目が付くまで焼く。
キノコ君の箱庭がレベルアップをして胡椒も育てられるようになって、うちの胡椒事情が更によくなったのでこれからも容赦なく胡椒を使えるぞ!!
ソーセージが焼き上がったら、切り込みを入れた長細く焼いたパンに、うちの畑でできたシャキシャキレタスと一緒にソーセージを挟んで、最後にケチャップとマスタードをかけて食べごたえのあるソーセージサンドの完成だ。
パッと見サンド系の料理だが、前世では確かこれはサンド系には分類されていなかったんだっけ?
えーと、何ていったっけ? 熱い犬?
なんで犬なんだろうな。パンの前後からはみ出したソーセージが犬の尻尾と頭に見え……ないな!?
これだけではもの足りないから、昨日の夕食で作りすぎたジャンボエビフライもやっつけてしまうか。
今世の食材は魔物が多いこともあって、前世の食材に比べるとだいたいサイズが大きく、前世の感覚だとジャンボサイズなのだが今世ではそれが普通である。
む? 野菜も少し欲しいところだな。
よし、暑い日にはよぉく冷えたトマトだな!!
冷蔵箱の中から、今朝うちの畑で収穫した真っ赤なトマトを取り出して輪切りにし、氷を敷いた皿の上に並べるだけの簡単な一品。
準備ができたところで、台所の勝手口が開いてフローラちゃんとモコモコちゃんが台所に入ってきた。
「モコモコちゃんありがとう。フローラちゃんもいつも畑の手入れ感謝するよ。ちょうどできたところだから昼飯にしようか」
人間は俺だけ。
蔓は長いが大きさとしてはそんなに大きくない花の妖精のフローラちゃんと、モコモコしているせいでカメ君より少し大きく見える程度の大きさのモコモコちゃん。
わざわざ食堂に移動しなくても、台所のテーブルで食べればいいな。
あまり日当たりが良くない台所。その勝手口側の外には屋根が大きく突き出しテラスのようになっていて、そこが常温で保存の利く野菜や保存食の置き場所になっている。
そのため台所は他の部屋より少し涼しく、窓を全部開けていれば火を使っていてもあまり暑くならない。
広くはないのだが、俺だけなら作業をするのに困るというほど狭くはなく、家に一人の時は料理をしてそのままここで昼飯を食べることはよくあることだ。
今日はみんな出かけてしまっているのでフローラちゃんとモコモコちゃんがいなかったら、適当にぼっち飯になっていただろう。
フローラちゃんもモコモコちゃんも言葉を話すことはないが、俺の言葉を理解してリアクションをしてくれるし、身振り手振りで自己主張をしてくれる。
言葉はなくても、なんとなく意思疎通ができて会話をしている気分になる。
おかげで一人寂しく適当飯にならなくてすんだ。
それに誰かが食べてくれるなら料理をするモチベーションが上がる。
椅子に腰掛け、いただきますをしたらまずはジンジャエール。
後でアベル達にも出すことを考えて甘めの味付けにしてあるのだが、甘い中に生姜を始めとした各種スパイスのキリッとした辛み、そして魔法の水のプチプチ感が喉にチクチクと刺さる。
そのチクチクが少し痛くもあるが、炭酸飲料はそれがいいのだ。
俺の正面の席ではフローラちゃんがジンジャエールを一口飲んではウネウネとしている。
ジンジャエールは少し辛みもあって刺激的な飲み物だから大人の味かもしれないな。
フローラちゃんには、まだちょっと早かったかな?
そしていつもはカメ君がいるポジション、テーブルの上の俺のすぐ横ではモコモコちゃんがジンジャエールを飲んで、モコモコの葉っぱがブワッとなって毛の逆立った小動物みたいになっている。
カップに頭を突っ込んで一口飲んでは頭をプルプルとして、葉っぱをブワッと逆立たせるというのを繰り返している。
これは気に入ってくれたのかな?
ジンジャエールだけじゃなくてソーセージサンドも美味いぞぉ。
王都の冒険者ギルド食堂の名物ソーセージだ。パリッとした皮の中には、ハーブとスパイスで味付けされた肉がギュウギュウに詰まっているぞ。
ほら、脂がキラキラして美味しそうだろ?
パンと一緒に囓ると、ふわっとしたパンの後にソーセージのパリッがくるのがたまらないのだ。
レタスはうちの畑で育ったやつだぞぉ。成長しすぎて苦くなる前の若い葉だけを摘んで使う、これがレタスを自宅で育てる最大のメリットだな。
ケチャップもうちの畑のトマトで作ったやつ、マスタードはラトがくれたカラシナの種で作ったやつ。
そうそう、カラシナの種はうちの畑にも植えたからそのうちスクスク育ってマスタード作り放題だな!!
トマトももちろんうちの畑のもの!
雨の季節が終わって、眩しい太陽の光をたくさん浴びた真っ赤なトマトだぞぉー。
トマトは少しだけ塩をかけると、塩のしょっぱさが甘さを引き立てるんだ。
塩ではなく砂糖をかけても果物のような甘さになって、こっちも美味いんだよなぁ。
アベルは塩よりも砂糖派だったな。
俺ならサラダや酒のつまみの時は塩で、果物的な食べ方をしたい時は砂糖かなぁ?
三姉妹の加護付きの畑で、フローラちゃんが世話をしてくれて真っ赤に育ったトマトはそのままでも甘味が強くて美味いぞぉ!
俺だけが一方的に話しているだけの食卓だが一人で食べるより全然楽しい。
誰かと一緒の食事はやっぱり美味しいよなぁ。
うん? モコモコちゃん、どうしたの?
今日も手土産に森の奥でしか採れない珍しい植物をくれるの?
いやぁ~、いつも悪いねぇ~。
ん? 口の前に手を当ててどうした?
あぁ、口止め料? モコモコちゃんが遊びに来ていることは他の住人には秘密ってこと?
モコモコちゃんは恥ずかしがり屋さんなんだね。
わかったよ、秘密にしておくからいつでも遊びにおいで。
また一緒に秘密のランチタイムをしようね。
お読みいただき、ありがとうございました。
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