珍妙海エルフ再び
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常夏の海を思わせる鮮やかな青色をしたツンツン頭に、やたら目つきの悪い三白眼。
ヒョロリと背の高い体型に、ド派手な花柄の青っぽいシャツに白いハーフパンツ、そして便所サンダル。
どっからどう見ても変なチンピラなのに、少しだけ尖っている耳がエルフ系の種族だということを物語っている。
エルフのくせにやたら血色のいい肌と派手な服装のこの男――覚えている! 覚えているぞおおおおお!!
王都で会った、やたら尊大で怪しくてやかましい海エルフ!!
キルシェとセレちゃんをストーキングしていた疑惑のある男!!
何でそいつがこんなところにいるんだ!?
王都から遠く離れたこの町でまた会うなんて、偶然すぎるにもほどがあるだろう!!
ま、まさか……俺のストーカー!? うわっ! こわっ!!
ストーカーなんて、善意百パーセントの顔でストーカー機能付きバッグを渡してきたアベル一人で十分だよ!
なーんてことはないと思うけれど、こんな場所でまた会うなんてマジすげー偶然だな。
こんな内陸部で海エルフが何やってんだ?
「うわ……何あれ? 海エルフ?」
「海エルフの民族衣装は派手だけど、よく似合ってるなぁ。だけどこんな内陸部で民族衣装を着た海エルフは目立ちすぎじゃないかなぁ?」
アベルとカリュオンもド派手でやかましい海エルフに気付いて微妙な表情をしている。
カリュオンはバケツを被っているので表情は見えないか、すごく微妙な空気を醸し出しているのが感じて取れる。
わかる、海エルフだからハイエルフとは違うかもしれないけれど、それでもこんな派手でうるさいのが普通の海エルフじゃないよな!?
キルシェが王都で迷子になった日、キルシェを見つけるのを手伝ってくれた尊大で騒がしい珍妙海エルフ。
だがこの見ず知らずの男が何故かキルシェの行動にやたら詳しかったし、においで追跡できるとか変態じみたことを言っていた。
海エルフって犬みたいに鼻がいいのか?
どちらにせよものすごく怪しい海エルフである。
「久しぶりというほどではないが、こんなところで会うなんてめちゃくちゃ奇遇だなぁ? あの時なんでいつの間にかいなくなってたんだ? 何かやましいことでもあったのか?」
人集りの中にいる海エルフ君の方へと近付きながら問う。
「お、おぉう……久しぶりってほどじゃないないけど、こんなとこで会うなんて想定外だな! あの時? あの時っていつだ……まぁ、あの時ならいつでもいいか……あの時は急用を思い出したんだ!!」
相変わらずすごく怪しいし、独り言が全部聞こえているぞ。
こいつ適当に答えやがったな?
「グラン、この海エルフは何?」
「何って言われても、キルシェが王都で迷子になった時に一緒に探してくれた奴なんだけど、なんかすごく怪しいんだよ。キルシェのにおいを覚えてるっていうし、やたら近くでキルシェ達を見てたみたいだし、なんだかやべー変態っぽくね?」
「あぁ! あの時! あの時ってあの時か! 思い出したぞぉ! あの時はやっぱ急用を思い出した時だな! あと俺様は怪しくないし変態でもない正義の海エルフさんだ!」
アベルの問いに答える俺の言葉を聞いて、海エルフ君がポンッと手を叩いた。
てめー、やっぱ適当に答えたな! そしてまた適当に答えやがったな!!
「誤魔化すならもうちょっと上手くやった方がいいと思うぞぉ? そんなので誤魔化されるのはグランくらいだと思うぞぉ?」
誤魔化すならもう少し上手くやれというのはカリュオンと同意見だが、俺でもこんなので誤魔化されないぞ!!
やはり、怪しい! 怪しすぎるぞ、この海エルフ!!
「おう、青いにーちゃん。あと一人勝ったらおまけが付くけどどうする? ってにーちゃんが強すぎて挑戦者がいないかな?」
怪しい海エルフ君と話していると、彼らが集まって騒いでいた近くにある店から店主らしきおっちゃんが海エルフ君に声をかけた。
そちらを見れば、通りに向かってカウンター席が少しあるだけの小さな飲食店。
そのカウンター席以外に店の前には椅子とテーブル代わりだと思われる木箱が並べられており、そこに腰をかけて飲み食いをしている男達の姿が見えた。
仕事が終わった男達が帰宅前にちょこっと寄り道して酒を飲んで帰るための店かな?
量が少なめで単価が安いメニューが書かれたボードが店の壁にかけてあり、その中には弱めの酒も混ざっている。
何やら集まって騒いでいたのはその店の前に置かれている木箱のテーブル周辺。
「挑戦者? おまけ? 何かやってんのか?」
男達が盛り上がっていたのは店で何かおまけが貰えるサービスをやっていたからのようだ。
「ああ、銀貨一枚分毎の注文で、力比べに参加できるぜ。負けたらお終い、五回勝ち抜けば銅貨五枚以下のメニューが一つサービスだ。どうだい、冒険者っぽいにーちゃんも何か食って遊んでいくかい?」
銅貨十枚で銀貨一枚。
この店のメニューは料理が銅貨六枚くらいのものが多く、安いもので銅貨四枚。飲み物が銅貨二枚、酒が三枚からだ。
二つか三つ何かをたのめば、力比べゲームに参加できるってことか。
食べ物だけなら二品で銀貨一枚になる組み合わせがあるが、飲み物が欲しくなるメニューが多く、飲み物を入れると三品にしないと銀貨一枚を超えない値段設定になっており、そうすると微妙に銀貨一枚を超えてしまう。
なんとなぁくお得そうなサービスだが、このミニゲームのためについもう一品追加するような設定になっている。しかも客同士で盛り上がるので人目に付いて客寄せにもなりそうだ。
で、その力比べでこの変なエルフが勝ち抜いているってことか。
ん? なんだ? 海エルフの野郎、俺の方を見て指でちょいちょいって煽りやがったな!?
だいたいお前のとんちんかんすぎる尊大な態度は何なんだよ!!
きええええええええ!! その勝負、受けてやろう!!
「おっちゃん、そこのワニ肉の串焼きと焼きアスパラ、それからエール!! これで銀貨一枚と銅貨二枚だな! ついでにその珍妙な海エルフは俺が倒す!!」
「お? やってくかい? 相手に怪我をさせたり、ケンカになったりしたら無効だからな。そこの台に向かい合って肘をついて、お互いで手を握って横に倒し合って手の甲が台に着いた方が負けだ」
なるほど、これは前世でもやったことある腕相撲ってやつだ。
「赤毛のくせにやる気かぁ? いいだろう偉大な俺様が相手をしてやろう。俺様の実力を思い知ってひれ伏すがいい」
きえーーーー! 相変わらず珍妙な尊大さで煽りスキルの高い奴だな!!
「あーあ、あんな単純な挑発にひっかかっちゃって」
「グランは魔力抵抗が高いのに、何故か煽り耐性は低いよなぁ。まぁ、せっかくだし俺達も何か食おうぜ」
「そうだね、俺もワニ肉の串焼きにしようかな。それからエールもお願い」
うるせぇぞ、お前ら。観戦するなら後ろから煽ってんじゃねぇ!
男には時として引けない戦いがあるのだ。
「身体強化を使って勢い余って台を壊したらいけないから、身体強化はなしでやろうぜ。で、利き手はどっちだ?」
こんなチンピラヒョロエルフなんて、利き手だろうが利き手ではなかろうが身体強化なしでコロンと倒してやるぜ。
「俺様はこのままでも十分に強いから身体強化なんて不要だぜ。偉大な俺様は左右両方利き手だぜ」
かーっ! そんな余裕こいていられるのも今のうちだぜ!
「じゃあ右で。後悔すんなよ」
金を払い料理が出てくるのを待つ間に珍妙エルフと腕相撲で勝負だ!!
店の前に置かれている台の上に右肘を付いて、同じように右肘を付いた海エルフとがっつりと右手を握る。
少しせこいなと思いつつも、さりげなく力を入れやすい握り方をする。戦略も強さなのだよ。
「よっし、じゃあスタートの声をかけてやるぜ。準備はいいか? 三、二、一、始め!!」
近くにいたおっちゃんがスタートの合図をしてくれ、俺と海エルフの腕に力が入った。
最初に相手の腕を巻き込むように手首を曲げて体重を乗せ一気に倒してやろうかと思ったが、この海エルフヒョロッとしているわりには力が強く持ちこたえられてしまった。
この組み方で持ちこたえるとは海エルフなかなかやるな。
「ふむ、開幕に効率よく体重を乗せてきたようだが軽い! 軽すぎるぞおおおお!! 体重を乗せるだけなら俺が最も得意とする戦術だが、偉大な俺様は人間相手にちょっとでも本気出した時点で俺様の負けだ。ならば得意の力ではなく技で返してやろう」
相変わらず態度のでかい奴だな。ものすごく脳筋っぽいこいつにそんな器用なことができるのか!?
と思った直後。
海エルフ君の手首がしなるように曲がり、俺が力を入れにくい角度から力がかかった。
「ぬお!?」
一気に台の方へ腕を倒されるのを、手首をひねり力がかかる方向を変えてギリギリ持ちこたえる。
「む、躱したか。面白い、ならば少しだけ偉大な俺様が本気を出してやろう。俺様の本気の片鱗を垣間見ることができたことを誇るがいい。あ、でもほんのちょっとだけだから俺様の負けじゃないからな!!」
かーーーーっ! 相変わらず態度が無駄に壮大だな!! しかも微妙にせこいことを言っているぞ!!
「へぇ、じゃあ偉大な海エルフ様の本気とやらを見せてもらおうじゃないか。いいぜ、もうめんどくせぇ小細工はやめだ、ガチで力比べをしようじゃないか」
だが相手が本気を出すというのなら、くだらない小細工はしないでその偉大な力とやらを真っ向からねじ伏せてやろうじゃないか。
「面白い、その勝負受けてやろう。くだらない小細工はつまらないんだよ!!」
お互いグッと力を入れて全力で押し合う。
「あーあ、熱くなっちゃってホントゴリラ」
うるせぇぞ、魔法ゴリラ。
「お、グランの料理が出てきたぞ。岩塩にまぶした極太アスパラの炭火焼きはなかなか美味そうだな。これはエールがすすむやつだ」
おいこら、カリュオン! それは俺んだから食うんじゃねーぞ!!
後ろで観戦しているアベルとカリュオンのことは気になるけど気にしない。
元の位置まで持ち直して膠着状態の俺達に、他の客達が盛り上がっている声も聞こえる。
しかしその音も聞こえなくなるほど海エルフとの勝負に集中する。
「うおおおおおおおおおおおおっ!!」
身体強化は使わない約束。己の力だけで押し切る。
一瞬でも緊張が切れれば押し倒されてしまう。だが押しても海エルフの腕はピクリとも動かない。
何だこれは。超重量物を押しているような感覚。
見た目はひょろい変エルフなのに、まるで絶対に動かない巨大な壁のようである。
だが、それでも押すぞ。
グッ!!
「ぬお!?」
出せるだけの力で押すとビクリともしなかった海エルフの腕がプルプルとして押され、その手の甲が台へと近付き予想外だったとばかりに海エルフから声が漏れた。
このまま押せるぞ!
「人間のくせに思った以上にやるじゃねーか。俺にちょっとよりももうちょっと本気を出させたことを褒めてやるぜ」
「何をなめん……ナァッ!?」
バコン。
一瞬だった。
もう少しで海エルフの手の甲が台に付くかというとこで圧倒的な力で押し返され、一瞬で俺の手の甲が台についてしまった。
マジかよ!?
何だ今の!?
もちろん身体強化を使った気配などない。小細工なんかなしの力での押し合いだった。
それで一瞬で押し返され、負けてしまった。悔しいが完敗である。
後ろでうおおおおという他の客の声が聞こえ、我に返る。
すっかり勝負に熱中していたが、ここは路上だった。
「俺様にちょっとだけからもうちょっと本気を出させるなんて、非常識な人間のくせにやるな! いやこれも非常識の一環か!?」
変エルフが俺の方に右手を差し出す。
「あ? 俺のどこが非常識だって? へんちくりん海エルフに言われたくねーぞ! でもお前もチャラいチンピラみたいなふりしてやるじゃねーか!」
負けて悔しいけれど、こいつが強かったから仕方ないな。
手袋を外し差し出された右手をグッと握り返す。
へんちくりんなエルフではあるが、なんだかよくわからないとても大きなもののような力強さだった。
珍妙で怪しい奴だが強さは本物のようだ。
「そうだ、俺は五連勝だから一品おまけをくれるんだよなぁ。じゃ、エビの串焼きだな! そろそろ、連れのとこに戻らないといけないから持ち帰りにしてくれ。せっかくだからこっちのボア串とカボチャのコロッケも、あとこっちのこれとあれも買って帰るぞ。美味かったからここは俺様のお気に入りの店にしてやる! また必ず来るからなー!」
珍妙エルフは腕相撲五人抜きのおまけをたのんだついでに更に追加で色々買って、相変わらず尊大でどこかずれたこと言いながら去っていった。
「相変わらず変な海エルフだったなぁ……って、カメ君を探しにいかなきゃ」
裏道の方へと去っていく珍妙海エルフの背中を見送りながらぼやく。
海エルフと対戦するために色々たのんだものを食べて、カメ君を探しにいかないといけない。
俺が海エルフと腕相撲をしている間に、アベルとカリュオンの注文したものも出てきたようだ。
「のんびり食べてていいんじゃない? チビカメのことだからそろそろ合流すると思うよ」
アベルが投げやりな口調で言って肩をすくめた。
「そうだなぁ、動き回るよりここにいた方がカメッ子も探しやすいかもなぁ。といういわけでワニ串を五本たのむ」
まぁ、あちこち探し回っても行き違いになりそうだし。
あー、カリュオンががっつり食べ始めたぞー!
カリュオンのことだから心配はいらないだろうが、家に帰ったら夕飯だから食べ過ぎるなよー。
「じゃあ俺は蜂蜜酒を貰おうかな」
おい、アベル!? 本格的に飲み始めるんじゃない!!
酔っ払い転移で違うところに飛ぶのは勘弁してくれよ!
「カメェ?」
そんなことをしていたら裏道の方から聞き慣れた声がして、青い亀が地面をトコトコと歩いてこちらにやって来ているのが見えた。
「おかえり、カメ君。アルジネの町は楽しかったかい?」
ご機嫌そうにトコトコと歩いて来たカメ君が、ピョコンと俺の肩に飛び乗った。
お読みいただき、ありがとうございました。




