金の卵
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「息子が剣聖……剣聖……弁当屋の息子が剣聖……」
「剣聖……何かの間違いということは……? でも本当に剣聖なら……」
一通り驚きまくったご両親が何度も深呼吸をしながら、剣聖という単語を譫言のように繰り返している。
そりゃそうだよなぁ、剣聖といったら昔話や冒険小説の英雄の定番である。
「剣聖って剣がすごく強い人だよね? やった! 俺も強くなれる? にーちゃんみたいな冒険者になれる?」
椅子の上に膝立ちになったキリ君が、キラキラとした表情で俺の方を振り返った。
真面目に鍛えたら俺よりずっと強くなるんじゃないかなぁ。
「そうだなぁ、才能があっても努力をしないと才能は活かされないからな、キリ君次第だな。それに強くなるには剣だけじゃだめだ。体も鍛えないといけないし、冒険者になるなら町の外やダンジョンのことを学ばなければならない。剣以外にもたくさん努力をしないといけないけど、努力をするのは大変な上に努力に裏切られることもある。それでも努力を続けることができるのも才能だ。そして才能は、続けられた努力に応えてくれる」
どんな才能も本人が努力しなければ開花しない。
努力が裏切らないとはいえないが、才能を育てるには努力をするしかないのだ。
幸いキリ君は才能があることがすでにわかっているので、努力をすれば才能が応えてくれるだろう。
だが剣だけでは意味がない。剣を使うための体、それを助ける魔法やスキル、効率よく戦うための知識、魔物がいる場所で活動する術や世界の情報、それらも武器を握って戦うために必要なものなのだ。
それらを得るための努力を続け、才能を開花させることができるかはキリ君次第である。
「信じるかどうかは自由だけど、わざわざそんな嘘をつくために知らない人の家に押しかける理由なんかないからね。で、キリ君は剣聖って聞いてもやっぱり冒険者になりたいのかい? 剣聖っていったら数十年数百年に一人レベルの、剣の素質の持ち主だからね。君の努力次第で冒険者じゃなくても騎士、それも王都の騎士という道もあるよ」
まだ半分くらい放心しているご両親ではなく、キリ君にアベルが尋ねた。
剣聖なら、危険な仕事が多いわりには収入が安定せず何かあった時の保証も少ない冒険者より、安全でもしもの時の保証も手厚く、給料も安定して高く、出世すればさらに給料が跳ね上がる大きな都市の騎士という選択肢もある。
大都市で出世するような騎士のほとんどは貴族だと聞いているが、剣聖なら話は変わってくるだろう。
むしろ剣聖なら騎士団の方からスカウトされてもおかしくない。もしかしてアベルもそのつもりでキリ君に興味を示したのだろうか。
ふと、王都で会った白銀の騎士隊長さんを思い出した。
それに騎士は男の子の将来なりたい職のトップクラスである。
「うーん、前は騎士になりたかったけど、今はやっぱ冒険者かなぁ? 冒険者ギルドの図書室で読んだ本でも冒険者はやっぱりかっこよかったし? 冒険者になってたくさんの人を助けながら色んなところを冒険してみたいな!」
子供らしい将来の夢をキラキラとした表情で語るキリ君。
子供に大人気の職業である騎士よりも冒険者がいいと言ってくれて、冒険者の俺は嬉しい気持ちになる。
冒険者はキリ君が夢を見ているような綺麗なことばかりではなく、冒険者になればすぐに現実を知ると思うけれど、今はそれをキリ君に伝える必要はない。
どんな道を選ぶとしても――冒険者とは違う道を選ぶとしても将来への希望を大切にして欲しい。
「ふふ、冒険者のことが好きそうで、冒険者の俺は嬉しいな。冒険者も騎士も今すぐなれるわけじゃないからね。それにお父さんとお母さんともしっかり相談しないといけないことだから、冒険者や騎士になれる歳になるまでゆっくり考えるといいよ。冒険者も騎士も危ないことがある仕事だからね、お父さんとお母さんも心配でしょ? それにいきなりギフトだとか剣聖だとか言われても実感がないでしょ? 時間はあるから家族でよく話し合って、自分でもよぉく将来のことを決めるといいよ」
胡散臭さ半分、思いやり半分な感じの笑顔をキリ君の両親に向けるアベル。
「ありがとうございます。いきなりのことで、頭ではわかっていても気持ちが追いつかないもんで」
「ええ、才能があるとおっしゃられても漠然としていて実感がありませんし、やはり冒険者も騎士も心配で……」
正直、俺も剣聖を実際に見るのは初めてで、その才能というものがどんなものなのかわからない。
歴史の本や昔話などで、恐ろしく強い描写をされている伝説の英雄的存在のイメージしかない。
「うん、そうだね。でも、今回俺が気付いたみたいにキリ君の才能に気付いて、こんな風に声をかけてくる者もこの先も現れるかもしれない。場合によっては無理やり自分のとこの騎士にしようとする貴族もいるかもしれない。その時、平民の君達はそれを断るのが難しいと思う。場合によっては拉致ということもあるかもしれない。そうだね、キリ君が十二才になって冒険者ギルドに登録できる時まで剣聖のこともギフトのことも隠しておいて、その時までにどうするか決めるといいと思うよ。ね、グラン、ちょっとこのカフスボタンに隠蔽の付与をして、ネックレスにしてくれない?」
「ああ、そうだな。冒険者になるにしても登録をしてみて、続けられると思うまではギフトと剣聖のことは隠しておいた方がいいな。世の中には悪い人がいっぱいいるからなぁ」
キリ君とその両親に一通り話をしたアベルがこちらを振り返り、ローブの下に着ているシャツのカフスボタンを外して俺に渡した。
うっわ……小さいけれど魔法白銀じゃん。闇属性の魔石も嵌め込まれているし良いもの付けてんなぁ。
隠蔽系の付与は闇属性なので、このカフスボタンにチェーンを付けてネックレスにすればちょうどいいかもしれないけれど、裏に細かい模様も彫ってあるしずいぶん高そうなボタンだな。
ま、俺のじゃないからいっか。
隠蔽だけ付与するのはもったいないカフスボタンだなー、ってすでに催眠耐性が付与されているのか。
でもこの土台なら催眠耐性に隠蔽を追加しても、もう一つくらい何か付けられるなぁ。
闇属性の魔石かぁ、何がいいかなぁ……闇、闇、闇……よっし、暗闇耐性でも付けておこう。
暗い場所でも少しだけ視界が利くようになるから、夜のトイレも恐くないぞぉ。
「まぁた、グランが妙な付与追加してるぅ、まぁいいけど。じゃあキリ君、このネックレスは魔除けみたいなもんだから付けておくことをおすすめするよ。剣の才能があることは嬉しくて自慢したくなることかもしれないけど、才能がありすぎることを知られると、今の君には自分を守る力がないからね。力をつけるまではこれで隠しておくことをおすすめするよ」
俺がぱぱっと付与をしてチェーンを付けた元カフスボタンを受け取ったアベルが、服の中に隠すようにキリ君の首に掛けながら言った。
「うわ、高そうなネックレス!」
「このような高価なものを頂いてしまってよかったのですか?」
アベルにとってはたいしたものではないかもしれないけれど、庶民にとっては高価だと思われる元カフスボタンのネックレスにお父さんが困惑している。
「うん、いいよ。金の卵に変な虫が寄って来ないお守りだから。ふふ……将来どうするかは君の自由だけど、君が強くなって君の才能を隠す必要がなくなったら返しにきてくれていいし、才能を隠して生きることを選ぶならそのまま付けててもいいよ。あ、でもそれちょっと特殊なものだから売ろうと思っても、普通のお店じゃ買い取ってくれないからお金にはならないと思うよ」
ただのカフスボタンにしか見えないけれど、アベルの笑顔が恐いな。
変なストーカー機能とかこっそり付いていないよな?
「ううん、売らないよ! これが返せるくらい強くなったら必ず返しに行くよ!」
「そう、じゃあその時を楽しみにしてるよ。でもお弁当屋の子には冒険者のことも騎士のこともわからないことでいっぱいでしょ? 将来のことで相談したいことがあったらこのネックレスを持って、冒険者ギルドで王都のアベル宛てに連絡を頂戴。まぁでもグランの知り合いみたいだし、グランと一緒に時々様子を見にくるよ。グランが美味しかったって言ってたエビのザクザク揚げ団子も気になるしね」
こいつ、俺とカメ君がこっそり買い食いをしたことを根に持っているな?
「夕方も店の営業があるんだよな? 店の準備もあるだろうし、伝えたいことは一通り伝えたから俺達は撤退しよう。何かあればアベルでもいいし、ピエモンの冒険者ギルドのグラン宛てに連絡をくれてもいいぞ。アルジネにはよく来てるから、また立ち寄るよ」
すでに夕方の営業準備の時間に食い込んでしまっていそうだ。あまり居座ると邪魔になりそうだし、キリ君のことも今色々と言っても突然のこと過ぎて混乱しているだろうし、将来のことなんてまだまだ実感もないだろう。
それに将来の夢なんてどんどん変わっていくものだ。十一才のキリ君はまだまだ将来を決めるのには早い年齢だ。
どんな形であれキリ君の才能が、彼の将来を明るい方向へ導くものになって欲しいと願う。
突然押しかけたお詫びに、先ほど川で獲ってきた小型のワニをキリ君のご両親に渡してキリ君の家を出た。
体を鍛えたいというなら、このくらいのトレーニングから始めるといいよというメモを付けて。
どんな将来を選ぶとしても体力はないよりある方がいいというのもあるが、張り切ったキリ君が大人の真似をして無理なトレーニングをして怪我をしないように。
キリ君の家を出た後は裏通りの商店街を歩きながら冒険者ギルドへと向かった。
カメ君、どこにいったのかなぁ。そろそろ家に帰る時間なんだけどなぁ。
「ギルドに行くまでに合流しなかったらおいて帰ろ。チビカメならほっといても勝手に帰ってくるはずだし、なんならこのままアルジネに移住してもいいんじゃない?」
アベルが意地悪な表情で言う。
「そんなことを言っていると、どこかでカメッ子が聞いていて仕返しをされるかもしれないぞぉ」
カメ君はおいて帰っても自力で帰ってくると思うけれど、アベルの意地悪発言をどこかで聞いていたら水鉄砲をピューってされそうだ。
カメ君がどこにいるかわからないので戻ってくるのを待ちながら、地元の商店街でちょっと買い食いをしながら冒険者ギルドまでのんびり歩いて向かっている。
それまでの道中で合流できればいいのだが、合流できなかったらせっかちなアベルが先に帰ろうって言いそうだな。
お~い、カメ君~どこにいるんだ~!?
「ん? 何だあの人だかり」
歩いていると旧市街地の通りから分かれた道の先で、何やら人だかりができてワイワイと騒いでいるのが見える。
数人のがたいのいい男達が集まり、何かを囲んで大きな声をあげながら盛り上がっている。
「おっしゃーー! 俺様の勝ちだなーー!!」
その人だかりの中から一際通る声が聞こえ、やたら鮮やかな青い髪の毛の男がピョコンと跳ねたのが人だかりの中に見えた。
集まっている男達より少しだけ背が高く、人だかりから飛びだして見えるツンツンとした青い頭のてっぺん。
……既視感のある青い色に、どっかで聞いたような声だな。
その青い頭が妙に気になってそちらをじっと見ると、人混みの中の男が俺の視線に気付いてこちらを振り返った。
そして間に数人の男がいるというのにその隙間からバッチリと目が合った。
「あーーーーーーーーっ!! あの時の怪しい海エルフ!!」
「カーーーーーーーーッ!? 赤毛ぇ!?」
俺とそいつがほぼ同時に叫んだ。
お読みいただき、ありがとうございました。
明日と明後日の更新はお休みさせていただきます。日曜日から再開予定です。
KADOKAWA様のサイトでグラン&グルメ2巻の情報が公開されました。
9月29日発売予定になっております。
書影、特典情報等詳細はまた後日のお知らせいたします。




