閑話:亀、カレーを語る
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カレーという食べ物は実に奥が深い。
見た目は茶色いドロッとしたもので、その中に入っている具も茶色に埋まっていて見栄えがいいかと言われると、食に詳しくない俺にはそうでもないように思える。
だが不思議なことに、その複雑なにおいが食欲を刺激する。
いや、最初に食った時はにおいなど気にしなかった。
あの忌々しい島で赤毛達が美味そうに食っているのを見て、においのきつい妙な料理だと思いながら食った。
食ってみるとその突き抜けるように刺激的な味と香りに、目の前がチカチカとした。
衝撃だった。
辛いという刺激的な味だったからというわけではない。
長い時間を生きてきた俺が知らない味であった。
そして、その香りを覚えた。そして、その名も覚えた。
それが俺とカレーとの出会いだった。
古代竜は最上級の偉大な存在である故、食事などしなくても生き続けることができる。
この世界に溢れる魔力こそが古代竜の糧であり、そこにいるだけでそれらは勝手に古代竜の糧となる。
古代竜は魔力を糧にするが、古代竜もまた存在するだけで魔力を発生させ周囲を豊かにする。
糧として糧となる。無限のループなのだ。
古代竜はそういう存在だからこそ、古代竜の住まう地はその古代竜の属性の魔力に満ちた場所になり、古代竜もまた自分と相性の良い場所を好んで棲み着く。
水属性の俺の場合は海、火属性のおっさんの場合は火山、風属性のオタクの場合は森。
自らと相性の良い場所に棲み、その場所を更に自らの属性で満たすため、古代竜の棲み着いた地は相乗効果でその属性に偏り気味になる。
偏りすぎると一部の例外を除いて小さき生き物にとっては住みづらくなるが、距離が多少離れれば小さき生き物にとって恵まれた豊かな地になる。
おっさんの島とか、おっさんの影響と昔俺が近くの海を縄張りにしていた影響で、火と水両方に恵まれた地になっているな。
忌々しい箱庭に閉じ込められている間は俺の魔力は途切れていたが、それでも数百年程度なら古代竜の魔力の影響は残り続ける。
復活した俺が再びルチャルトラ近海の縄張りに戻ったので、あの島は今後更に水の魔力に恵まれることになるだろう。
うむ、隙あらば乗っ取ってやるか。
以前は必要がない故に食などどうでもいいと思っていた。
古代竜にとって食とは生きるための行為ではなく、ただの道楽なのだ。
閉じ込められる前に性悪キンピカと少しだけ付き合いがあった頃、奴に付き合って人間の飯を食ったこともあるが、海の中にはない珍しいものだと思っても強く惹かれることはなかった。
あの頃は何故、最高峰の生き物である古代竜が小さき者のふりをして小さき者の食糧を食うのか、キンピカの行動が全く理解できなかった。
その時の料理の味は遥か昔すぎて思い出せないが、思い返せば不味かったというわけではなく、ただそれらに興味がなかった故にその味を感じようとしなかったのだろう。
そうだな……あの頃の俺は他者や世の中に興味を示すほどの余裕がなかったのかもしれないな。
あの箱庭での長すぎる時間のせいで、たまには他者に関わるのも悪くないと感じるようになった。
時が歪んだあの空間で過ごした長い時のせいだ。
そのせいで奴らとの出会いが妙に新鮮で、奴らの食い物を口にしてまたそれを口にしたい――美味いという感覚を実感したのだ。
一度知ってしまえば、無駄に長い海藻をずるずると引っ張るように際限なく美味いと感じる味が増えていく。
バハムートは大昔に囓ったことがあったが、全く美味くはなかった記憶がある。
赤毛の作ったバハムートのパスタはまぁまぁ美味い……俺の好みだったな。
クラーケンを輪切りにサクサクとした歯触りの衣を付けた、フライという料理もよかったぞ。
リンゴは歯触りがとくにお気に入りなのでそのままでも好きだが、パイというやつにしてもよい。
赤毛達と共にいるうちに、好きな食べ物がどんどん増えていった。
だがそれは決して悪い気がしない。
食べることは不要で全く興味がなかったのに、それが楽しみになり好きなものが更に増えることを望むようになった。
この気持ちが何かはわからないが、好きなものが多いと毎日何らかの好きなものに触れることができると気付いた。
うむ、好きなものが多いと嫌いなものを気にする時間がなくなるな。
というか何か嫌いなものなんてあったか?
まぁいい、長すぎる時の中で忘れてしまったのだろう。
そうやって、あの箱庭から出てきた短い時間で好きなものが急激に増えた。
その中でも一番好きなのはやはりカレーだ。
このカレーというやつ、当たり前ではあるが具材によって味が変わる。
赤毛曰く、その具材によってスパイスを調整して具材に合わせた味付けにするとか。
ふむ、なかなか手間のかかることをするのだな。だからこのように美味いのか。
そして今日の晩飯は赤毛がたくさん用意したカレーである。
「フォオオオオオオオオ!!」
テーブルが一つ追加され、その上にズラッと並んだ鍋に思わず声が漏れた。
その鍋の一つ一つから、それぞれ微妙に違う香りが漂っている。
どれもカレーというやつの香りであるが、鼻のいい俺様にはその僅かな違いもわかる。
「いろいろなカレーを作ってみたから食べ比べてみてくれ。大皿に盛ってある野菜や揚げ物はトッピングだから、好きなのを選んでカレーに乗せてくれ。俺のオススメはエビカレーかな? ボアカツを乗せたボアカツカレーもいいぞお。うんうん、今日はカメ君が主役だからね、カメ君には全種類のカレーを食べてもらわなくっちゃね」
言われなくても全部食うぞ!
食べ比べるぞ!!
それとあっちに積み上がっているいつものコロッケと今日の新種コロッケ、長細いコロッケも食うぞ!!
「カレーはコメにかけてもいいし、この平べったいパンみたいなのに付けて食べてもいいぞ。このパンの名前はなんだっけ? 思い出せないから何でもいいや」
もう何でもいいなら面倒くさいからナンでもいいんじゃないか?
決めた! 偉大な古代竜の俺様が決めた! お前は今日からナンだ!
「何がこの白いのをナンと名付けるカメ~だよ。何なの? ちょっと適当すぎない?」
「アッ! そうだ、ナンだ! こいつはナンて呼ぼう!」
いつも魔眼で俺のことを覗こうとする銀髪はちょうどいい通訳係である。
俺くらい偉大だと正体を偽装することなどチョロいのだ。
うむ、俺の一番の僕である下僕である赤毛も賛成してくれたし、そこの白い奴! お前は今日からナンだ!
偉大な俺様に名付けられたことを感謝するがよい。
などと話している間にも赤毛があらゆるカレーを、それぞれ小さな器に注いで俺の前へ並べていった。
いつもならコメの上にカレーがかけられているのだが、今日はコメは別の皿に盛られている。
それは俺だけではなく全員そのようになっている。
俺が名付けたナンは、食卓のど真ん中で大皿に積み上げるように盛り付けられており、これを各自好きなように取れということか。
「今日はカレーとコメを別にしているから、好きなカレーをコメにかけて食べ比べてみてくれ。おかわりはたくさんあるからいっぱい食べてくれ。それじゃあいただきます!!」
俺もいただくぞぉ!!
それにしてもカレーというのは奥が深い。
いつものように一皿だけならわかりにくいが、こうして色々な味付けのカレーをずらりと並べると、はっきりと色が違うのがわかる。
黒に近い茶色はドラゴンカレーか。
少し黄色味が強く明るい色はバターの香りが強いな。これはコカトリスの亜種コッカ・チャボックのカレーか。
スープのようなやつもあるし、あっちの赤味が強いのはなんだか辛そうなにおいがするな。
どれから食うかな。
色々の種類を食べ比べることができるのはよいことなのだが、こうもたくさんあるとどれから食べるか迷う。
よし、赤毛オススメのエビカレー! お前に決めた!!
ふむふむ、このトッピング用のエビと一緒に食えばいいのだな?
まずはいつものコメからにするか。ナンも後で食ってやるから安心しろ。
ふぉああああああ!?
プリップリとしたエビの食感、悪くないぞ!!
エビなんてそのまま食っても皮がバリバリジャリジャリしてあまり美味いとは思わないのだが、このプリプリはよいぞ!
しかも調理されたエビの味だろうか、ほのかな甘味と海の味が刺激的なカレーの味の中にあるのがわかる。
控え目にいって最高である。
よし、気に入った! 海に行った時にエビをたくさん用意して来てやろう!!
ふっ、また一つ好きなものが増えてしまったな。
このエビカレーは赤毛が作っているところをしっかりと観察しておいた。
スパイスというやつはまだ覚えきれないが、優秀な俺様なら作業を見ているうちに覚えるだろう。
自分でも作れるようになれば、好きな時に好きなだけカレーが作れるようになるぞ。
俺を崇めている海エルフに教えて奴らに献上させてもいいな。奴らなら海の素材で奴らなりの新しいカレーを作り出すやもしらぬ。
そうだな、俺の縄張りにはカレーを広めるべきだな。
海全般に加え、赤毛の家周辺、そして昨日俺の縄張りに決めた王都という大きな町。
王都――ユーラティア王国のロンブスブルクといったか。
勤勉な俺は冒険者ギルドの初心者講習で学んで、この時代の国の名もその中心の都市もちゃんと覚えたぞ。
少し面倒くさい目には遭ったが、この大きな町を俺の縄張りにすることができた。
以前は銀髪の転移魔法でピューッとしたため気付かなかったが、昨日あそこでアレを見て思い出した。
そう、遠い遠い昔の記憶。
性悪キンピカと少しだけ付き合いがあった頃の記憶。
お読みいただき、ありがとうございました。




