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商人というもの

誤字報告、感想、ブックマーク、評価ありがとうございます。

 需要のある物を仕入れて、利益を上乗せして売る。それは商人の仕事として当たり前の事である。

 物流が前世ほど発達していない今世では、商人が個人規模で商品を仕入れ別の場所で売るのは当たり前の事だし、珍しい物が売っていると噂があればそこへ赴いてそれを買い、別の場所で売るのはごく自然な話である。

 王都のような人が多く集まり商店も多い場所なら、多方面からの買い付け、運送、保管を専門とする問屋のような商会も存在している。しかし、人口の少ない地方はそのような業者はいない事の方が多く、地方の商店は他の商店や生産者から自ら直接仕入れているのがほとんどだ。

 パッセロ商店もその例に漏れず、他の町の商店や生産者と取引をして、商品を仕入れて店で売っている。俺も生産者としてパッセロ商店と取引しているうちの一人だ。

 故に、他の町で珍しい物を売っていれば、買いに行って自分の町で売る、遠い場所の物や珍しい物なら高い値段を付けて売るのは、商人としては当たり前の行為だ。

 目新しい物を他所の町から仕入れて、自分の町で高く売る――あのおっさんのやろうとしていたこと自体は商人としては間違ってないと思う。


 じゃあ、なんであのおっさんに売りたくないと思ったかって?


 いきなり買い占めようとしたからだよ。

 マニキュアは、容器を作るのに手間がかかる為に、俺の力だけだとたくさん作れない。週に一回パッセロ商店で売るのも数が足りてない状態で、パッセロ商店の顔馴染みのお客さんにも、物が無ければ諦めてもらっている状態だ。

 そこへ来て上から目線で、突然全部買い占めようとしたかと思えば、既にパッセロ商店と取引としているというのに、そのパッセロ商店の店内で自分のとこに全部売れなんて言われるといい気はしない。

 そんな根こそぎ持ってくような事をされれば、パッセロ商店に買いに来てくれている人達に売る分が無くなってしまう。

 そして供給分を全部買われる事で、値段を決める主導権は買い占めた側に移る。俺が数を供給できない以上、買い占めた後に高額で売られる事になっても対処しようがないのだ。

 珍しい物や目新しい物を買って、別の所に持って行って高く売るのはわかるけど、供給元を塞き止めて相場の主導権を握られる事が予想できるのなら、そんなとことは取引をしたくない。

 レシピを渡したら製造すると言われても、とても信用できそうな態度の相手ではなかったしな。


 利益優先で考えるのは商人として当然の行為だったのかもしれないが、同じ値段で売るのならこちらとしては贔屓にしている地元の客を優先したいのは当たり前だし、かと言って多少値段を上積みされたところで、今後のお客さんとの関係を考えると、全てを他所に持って行かれるのは避けたかった。利益だけではなく、お客さんやパッセロ商店との関係も俺にとっては大切なのだ。


 バーソルト商会と取引をする事にしたのは、俺の妥協したくない部分に応えてくれて、量産できない原因を解決してくれた事と、パッセロ商店でのマニキュアの販売に肯定的だったからだ。

 バーソルト商会がピエモンから遠く離れた王都の商会という事もあるのだが、元から取引していた商店、そして生産者の意思を尊重してくれた。それによって、パッセロ商店に来てくれているお客さんを無下にしなくてよくなったし、容器の問題を解決してくれるので売り切れで諦めてもらう事も無くなってくるはずだ。

 だけどコツコツとピエモンで売ってるうちは、またあのおっさんが来そうだったので、対応がめんどくさいのでティグリスさんに今後どうするかを相談している最中だ。







「あら? もう戻って来たのかい?」


 フォルトビッチ商会の店先で、あの感じの悪いおっさんを見かけた後、俺とキルシェは寄り道をしないでポラール商会に戻って来た。冒険者ギルドや商業ギルドも覗きたいところだったが、あまり寄り道をして遅くなるのは避けたかったので、また次回にすることにした。

 時間は昼時が過ぎた頃で、昼休憩を終えた様子のオルロが、商店の裏の荷降ろし場で午後からの作業を始めようとしていた。


「あぁ、あまり遅くなるとピエモンに着くのが夜になるからな。ところでフォルトビッチ商会ってソーリスで有名なのかい?」

 やはり一度でもちょっかいかけて来た相手は気になるので、尋ねてみるとオルロがあからさまに眉をひそめた。その表情で、地元ではあまり良く思われてない事が伺い知れる。

「フォルトビッチなー……ソーリスだとわりと大きな商会だなぁ。服飾装飾品が主な取扱品だが、その他にも高額な陶器や美術品なんかも扱ってて、職人を無理やり囲い込んで使い潰すのもザラで、地元の職人や商会の間ではあんまり評判は良くないな。最近は薬の類にも手出してるらしいけど、やり口が強引というか、あまりよろしいやり方じゃなくて、他の商人連中からは煙たがられてるよ。そのフォルトビッチがどうしたんだい?」

「ちょっと前にパッセロ商店に、ソーリスから来たって男が押しかけて来て、とある商品を買い占めようとして俺が追い返したんだ。そいつをフォルトビッチの店で働いてるのを見かけてな、ちょっと気になったんだ」

「パッセロさんとこに? 何かアイツらに目付けられる物でも売ってたのか?」

「コレだよ。よかったら、奥さんにでも試してもらって」

 マニキュアの試作品とマニキュアを剥がす為の液体を取り出してオルロに手渡す。

「これは?」

「マニキュアって言う爪に塗るポーションだ。使い方は瓶の蓋の刷毛で爪に塗るだけだ。剥がす時はこっちの液体を、柔らかい布か綿に染み込ませて抜き取ればいい」

「へ? これが? パッセロさんとこで売ってるのか。ピエモンで売ってる爪に塗るポーションの噂なら、最近取引相手からも聞いた事あるけど、パッセロさんとこだったのか。中々手に入らないって話だったな」

「ええ、グランさんが作ってくれてるんです。数が少なくて毎週決まった日にしか売ってないんですけど、先日そのフォルトビッチ商会の人が店に来て、全部売ってくれって言われたんです。その時はグランさんが、ちょうどお店にいる時だったのでよかったんですけど、ねーちゃんと二人の時だったら、お引き取りして貰うのに手間取ってたかもしれません」

「へえ、兄ちゃんが作ってるのか、人は見かけによらないな? それはそうと、アイツら流行り物となると、買い占めして独占しようとするからな。しかも作ってる職人が目の前にいるとなったら、強引に囲い込みにくるかもしれないから気を付けろよ。これまでにもアイツらに強引にレシピと利権持って行かれて、泣き寝入りしてる職人が何人もいるからな」

 どうやら、あまりお行儀のいい商会ではないらしい。


 それにしてもレシピと利権か――。

 すでに商業ギルドに登録しているレシピとその利権は、登録後でも所有者を変更することができる。

 大手の商会が大金を払って職人から利権ごとレシピを買う事は珍しくない。中には強引な手段で職人から利権を取り上げる者もいる。

 売れる商品の大元となるレシピとその利権がもたらす利益は、その商品を販売するだけの利益とは比較にならないくらい大きい。故にレシピとその利権を巡って、闇の深い事件が起こる事は少なくない。


「アイツら最近、領主御用商人の地位狙って、強引な事もしてるって話だから、パッセロさんが復帰するまでは、キルシェちゃんもアリシアちゃんも用心しといた方がいいかもな」

「そうだな、しばらくの間、俺も店に顔出す回数増やすようにするよ」

「ありがとうございます、助かります」

 大事な取引先に俺の商品のせいで迷惑かけたくないし。

「じゃあ、そういうことで遅くなる前に出発するよ」

「ああ、またキルシェちゃんと一緒に来てくれ。次来た時はこのマニキュア?のお礼もさせてくれ、それに馬車の話もしたいしな!」

「おう、ではまた! その時は馬車の話もしよう!」

「次はたぶん来月ですねー、またよろしくお願いします」

「おうよ、気を付けて帰んな」







 ポラール商会から出発し、ソーリスの町の外に出て街道に沿ってピエモン方面へと馬車を走らせた。ソーリスの町が見えなくなったあたりで、俺はキルシェに御者を変わるように声を掛けた。

「積荷を俺の収納に収めてもいいか? その方が馬車が軽くなって早くピエモンに着く」

「ええ、構いませんよ」


 キルシェの了承を得て、御者台から荷台に移動して手早く荷物を収納の中へと納めて、再び御者台に戻る。そして、収納から歪な形をした、ガントレットを取り出し左手に装着した。

「防具ですか? どうしたんですか急に? なんだか変わった形ですね?」

 キルシェの言う通り防具としては少し変わった形状のガントレットだ。手の先端から肘まで覆う形で、腕の上の部分に長方形の箱状の物が付いており、手の甲から腕の側面にかけてはゴツゴツとしたパーツが飛び出していて、一見不格好な腕防具に見える。

「夕方になると魔物が出るかもしれないからな? 一応用心だよ。これはガントレットと一体化させた、折り畳み式のクロスボウだよ。上の箱に矢が入ってる」


 ワンタッチで、ガントレットからクロスボウの形状に展開される仕組みになっており、親指の部分に、矢の発射トリガーになるパーツがある。クロスボウを展開後はそのトリガーを引くことで弾が発射され、矢は上に取り付けられた箱から自動的に装填されるようになっており、最大二十発ほど短い矢がストックできるようになっている。

 クロスボウ状態に展開後は、自動で矢が装填されて発射できる状態になるように設計されており、自分で弦を引く必要がなく連射が可能だ。

 ガントレットの状態の時はセーフティが掛かっているので、暴発することも無い。また、完全に左手に装着するタイプなので、右手で他の武器を使う事もできる。


 魔法が使えない俺が、遠距離攻撃の手数の少なさを補う為に、冒険者時代に鍛冶屋の知り合いの協力の元に、試行錯誤しながら作った力作である。付与で強化したバネの力で矢を撃ちだす仕組みだが、小型のクロスボウの為、威力も飛距離もそれほど高くない。しかし、小型の魔物なら急所を狙えば一撃で行動不能になる程度の威力はある。

 硬い装甲の相手や痛みに対しての反応が鈍い相手には通用しないが、連射が効くので牽制や足止めには有効だし、防御力の低い相手ならそれなりのダメージも狙える。俺的にはかなり便利な武器だと自画自賛している。ただ、金属製の矢を二十本もストックしていると、本体の重量と合わせて結構な重量になるのが難点だ。




 積荷を収納に収め、用心の為の装備も整え、一通りやりたい事は終わったので、キルシェと御者を代わり再び手綱を握って、馬車をピエモンへと走らせた。

 積荷が無くなったので、行きと変わらぬ速度で馬車は走っている。時々馬に休憩を取らせる為に馬車を止めて休みながら、そのたびに体力を回復するポーションを混ぜた水を馬に飲ませているので、馬車の進行速度は衰えていない。

 このペースなら明るいうちにピエモンに到着するだろう。



 用心に越した事はないと、行きよりもより実戦向けの装備である。別に行きで手を抜いていたわけでないのだが、前世より治安のよろしくないこの世界、何が起こるかわからない、念には念を入れただけだ。

 何も起こらなければそれはそれでいい。









 前世の言葉でそれを"フラグ"と言っていた。


お読みいただきありがとうございました。

今回の性癖武器はガントレットと一体型の小型の連弩でした。

色々仕込んである腕防具いいですよね。実は爪とかワイヤー系の武器とかなり迷ったんですよ。

魔法使えない分遠距離に弱いからやっぱ飛び道具かなってなりました。

パカって感じに開く折り畳み式のクロスボウよくないですか?

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― 新着の感想 ―
[一言] ギミックがある事を隠す意味でも、取り付け型の小型の盾をギミックの上に取り付けたらいいのではないでしょうか? 装着型の盾だと誤認させる方が出来、対人ならかなり大きな意味があると思います。後、ギ…
[一言] 腕に装着する小型連射式クロスボウですか。先日作者が亡くなって永遠に完結しない漫画を思い出しました。
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