約束されたカレー
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エビは頭を毟って殻を剥がし、身と分けておく。
さすが異世界エビ。エビといっても魔物の仲間になるので、食用の小型のものであっても前世の記憶にあるものに比べると随分大きい。
その身は背中に切れ込みを入れて背わたを綺麗に取る。
背わたは内臓。砂が入っていることもあるので綺麗に取り除いた方がジャリっとすることもないし、臭味も残らない。
背わたを取ったら塩と片栗粉で揉んで、その後水洗いをしてしっかり水気を取り、最後に尻尾の形を整えて身の下処理は一旦ここでおしまい。
そして身と分けておいたエビの頭と殻を、香りの良い植物性油エリヤ油で色が変わって焦げ目が付くまでしっかりと炒める。
こんがりとして美味しそうな匂いがしてきたら、つまみ食いをしてみたい気持ちを我慢しながらそこにみじん切りにしたタマネギを加えて更に炒める。
タマネギがしんなりしてきたらワインを加えて水分がなくなるまで炒めてー、トマトの水煮を加えて少し水を足して月桂樹の葉を置いて暫くコトコトと煮込む。
沸騰したら灰汁をこまめに取るのも重要だ。
水分が減ってきたら月桂樹の葉っぱを取り出して、タルバに作ってもらったミキサーにかけてペースト状にする。
エビの殻が気にならないくらいまでミキサーにかけたら、いつものカレー用スパイスちゃん達の出番だ。
コリアンダーとクミンを一ずつ、ターメリックとカルダモン、クローブはその半分より少なめくらい、それにシナモンを少々。そしてアッピこと前世のカイエンペッパーに似たスパイスを今回はいつもより気持ち少なめ。
隠し味はルチャルトラのジャングルで手に入れたでっかい木の実の胚乳に少し手を加えて作った白い液体。
前世ではココナッツミルクといったか、それによく似たやつだ。
うちの辺りでは手に入らないものだが、ルチャルトラに行った時にジャングルで見つけて採取しておいたのだ。
それらをエビ入りペーストに加えて炒めるような感覚でサッと火にかけて馴染ませたらエビカレーペーストの完成!!
後はこれをコトコトと煮ているカレーの具材の鍋に入れて、もう少しトロトロと煮込めば完成。
先ほど分けたエビの身は、摺り下ろしたニンニクとショウガをよく揉み込んだ後バターでこんがり焼いて、華麗にカレーの上にトッピングだ!!
そう、今日はカメ君との約束したカレーの日!!
今日はいつものカレーとは別に今までとは違うカレーも作るから、楽しみにしておくといいぞおおおお!!
そのいつもと違うカレーというのが今作っている、エビの殻も頭も無駄にしない丸ごとエビエビのエビカレーだーーーーーー!!
隠し味のココナッツミルクのせいでやや甘味の主張が生まれるのだが、エビのコクと海の風味との相性は悪くない。
ははは、ものすごく複雑な味になって何でこの味になっているかわからないだろう?
しかし味わえばなんとなく元の素材を感じることができる。これぞカレーの醍醐味。
カレーのスパイス配合は無限にあるのだ。そしてどんな食材でもカレーに合わせれば、たちまち有能な隠し味になるのだ。
……どんな食材は言いすぎだな。時々相性の悪い食材もあるからな。
おっと、転生開花が余計な仕事をしそうになったので、その記憶は前世に帰ってもらった。
「カカァ?」
「あ、ごめんごめん、ちょっと昔の苦い記憶を思い出しそうになって、思わず頭を抱えただけだよ」
作業中に突然転生開花さんが悪戯をしそうになったせいで思わず頭を抱えると、近くで俺の作業を興味深そうに見ていたカメ君が不思議そうに俺の方を覗き込んだ。
具合が悪くなったわけではないから心配しなくていいよ。
でも今日は少し暑いし、たくさん鍋を火にかけていて作業場に熱気が籠もるから時々空気の入れ換えはしようね。
三姉妹の手作りランチを美味しく完食した後は、昨日カメ君と約束をしたカレーパーティーに備えてカレー作り。
カレー作りはキッチンではなく、倉庫一階の作業場でやっている。こちらの方が広くて鍋をたくさん出しても邪魔にならないからだ。
今日はできるだけたくさんの種類のカレーを作るつもりだからな!
コンロが足りなくて、広い作業場で携帯用コンロまで出して作業をしている。
エビカレー以外にもドラゴンカレーやベヒーモカレー、コッカ・チャボックカレー、シーフードカレーなどなどを途中までは纏めて作れるものは纏めているが、張り切って色々な種類を作りすぎたせいでコンロが圧倒的に足りない。
母屋の台所では三姉妹とラトがカレーペーストを入れる前の鍋を火にかけているのを見てくれて、倉庫の作業場で俺がひたすらカレーペーストを作り、煮込み終わった具とそれを混ぜ合わせている。
もちろんそれだけでは足りないので、空いたコンロと携帯用コンロでも具を煮込んでいる。
俺がカレー作りで忙しいので昨日の報告書はアベルに丸投げ。
いやー、俺も報告書作りを手伝いたいところだけれどカレー作りが忙しいからなー。
あぁ~、忙しい忙しい~。
「おう、パタイモをだいたい潰し終わったぞ~、このくらいでいいか?」
カリュオンも倉庫で手伝ってくれている。
カリュオンが潰しているパタイモは、前世にあったジャガイモに似た芋。
それをふかした後、ポテトマッシャーで潰してもらっていた。
この潰したパタイモはカレーコロッケ用。
カレーコロッケだけではなく、スティック状にしてカレースティックにしてしまおう。
カレースティックの方は、今度リリーさんと料理屋の話をする時に持っていって、店で出せないか提案してみるつもりだ。
「ああ、そのくらい潰してあれば大丈夫だ。後はこれにカレーペーストを足して丸めて衣を付けて揚げればカレーコロッケだな!」
「カッ! カーカッカッカッカッ!!」
カレーコロッケと聞いて、カレーコロッケ大好きなカメ君のテンションが爆上がり。
カメ君はカレー作りに興味があるのか、昼食の後カレーを作り始めた時からその様子を食い入るように近くで観察している。
「カメ君はホントカレーが好きだねぇ。後でカレー風の味付けでフェニクックの肉を焼こうか。ついでに大きめのエビもカレー風味で焼いてみよう」
カレーのためにスパイスを色々持ち出したのもあって、カレーだけで結構忙しいのにあれこれ色々作りたくなっちゃうな。
折角だからスープカレーやドライカレーも作りたいし、カレー風味のフライドポテトやフライドチキンも作りたい。
そしてカレーといえばラッシーも用意しておきたいし、ココナッツミルクもあるのでそれを使ったデザートも作りたいところだ。
「そろそろ、だと思って具のお鍋を一つ持って来ましたよぉ」
「これはコッカ・チャボックってやつの肉の鍋ね。まだ後、ドラゴンの肉とベヒーモドキってやつの肉の鍋が残っているわ」
「ちゃんと言われた通りにコトコトと煮込みましたわ」
エビカレーが一段落したところで三姉妹が配膳台を押して鍋を持って来てくれた。
ちょうど良いタイミングで助かるな。
ラトが一緒に来ていないってことは、キッチンで鍋を見ているのだろう。
「ちょうどコンロが空いて、チキン……じゃなくてコッカ・チャボックカレー用のペーストも用意できていたから、良いタイミングだったよありがとう。コンロが空いたらドラゴンもベヒーモドキもいけるな」
そのコンロが中々空かないんだけど。
「同じカレーでも色々あるのね。食べ比べるのが今から楽しみだわ」
「肉が変われば味も変わるので、味付けの加減も違うのですね」
「カレーは奥が深そうですねぇ。でもみんなで作る料理は楽しいですねぇ」
「そうだな、みんなで協力して作る料理は楽しいし、美味しく感じるから今から楽しみだな」
みんなでわいわい作って楽しいのもカレーである。
「グラン、外の釜で薄っぺらいパンみたいなのを焼いているのは大丈夫なのか?」
あっ!
「やべーーーー!! 忘れてたーーーーー!!」
前世の記憶に小麦粉の生地を薄っぺらくのばして焼いたあれ。カレーといえば米以外にもこいつ。
名前はなんだっけか?
いや、今はそんなことより焦げる前に釜の中のそいつを取り出さないと。
色々同時進行をすると何かをうっかり忘れやすいので困る。
慌てて倉庫から外に出て、屋外にある石窯に向かう。
カレー作りに夢中になっているうちにすっかり日は西の空へと移動し、その光は橙みを帯び始めていた。
しっとりとした夕方の風が吹き抜けて俺の頬をなでる。
その風に乗って釜から小麦の生地が焼けた香ばしい香りが周囲へと広がっていく。
これは今夜は森の妖精がうちに忍び込んで色々つまみ食いをしていきそうだ。
たくさんカレーを作ったから、お裾分けを置いておこう。
ふと気配がして畑の方を見ると、蔓の篭に野菜をたくさん入れたフローラちゃんがこちらに向かってきているのが見えた。
気温が高くなって、一日で野菜が大きく成長する季節がやってきた。
トマトやキュウリ、豆類は朝と夕方に収穫ができてしまうほど実が大きくなるのが早い。
アベルは嫌がるだろうが、野菜をたっぷりトッピングできるようにしておこう。
「いつもありがとう、フローラちゃん。今日は暑かっただろ? リビングでアベルが報告書を書いてるはずだから、アベルにお茶を出すついでに一緒に冷たいお茶を……おふっ」
いつものように気を利かせたつもりだったが、照れたフローラちゃんにペチペチと蔓で脇腹をつつかれてしまった。
ごめんごめん。
「グランー! もしかしておコメの準備を忘れてませんかぁー!?」
石窯の中身を取り出そうとしたら倉庫の方からクルの声が聞こえた。
「しまった! 米を炊くのを忘れた!!」
カレー作りに夢中になりすぎて米もリュも用意していない。
「相変わらずうっかりなんだからー。その釜の中身を出しておけばいいの?」
ヴェルを先頭に三姉妹が呆れ顔でこちらにやって来る。
「ああ、でも熱いから俺がやるよ」
「大丈夫ですわ。魔法でパパッとやってしまうので安心して任せてくださいな」
そっか、魔法があるもんな。
「じゃあそういうことならよろしく頼むよ。でもすごく熱いから火傷をしないようにな。それと出来上がったのを摘まむのはそこのトングで、そこにミトンもあるから熱いものを触る時は絶対に着けるんだぞ」
三姉妹に火傷をしないように念を押して釜を任せ自分は倉庫へと戻る。
日暮れまでにはまだ時間がある。
それに今日は満月の前日、三姉妹達も夜遅くまで元気な日だ。
急いで米やリュの準備をして今夜は思いっきりカレーパーティーだ。
お読みいただき、ありがとうございました。




