嵐が去った後は
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ちょっとした小遣い稼ぎのつもりで王都へいって、とんでもない騒動に巻き込まれることになった翌日は、肉体的にも精神的も疲れ果てていて昼頃までぐっすりと眠ってしまった。
そりゃあもう、夢すら見ないほどにぐっすりと。
昨日アベルの転移魔法で帰宅した後、風呂に入り夕飯が終わってすぐにベッドに入りそのまますぐに意識がなくなって気付けば翌日。
続いていた嵐が去り、カーテン越しでも明るい日差しと暑さにも近い暖かさ、そして部屋の外から漂ってくるパンの焼ける香ばしい香りで目が覚めた。
ああ、昨日あんなに酷い目にあったのに、今日はなんて平和な目覚めなのだろう。
パンの焼ける香りで目覚めるなんて、絵に描いたような幸せな目覚めである。
ん? パンの焼ける香り?
俺以外にうちでパンを焼く人なんていたか?
香ばしくそして少し甘い香りに急激な空腹を感じてベッドから這い出てカーテンを開けると、嵐が去り大雨で洗い流されたかのような澄んだ青空と強い日差しが視界に溢れ、思わず目を細めた。
誰がパンを焼いているのだろう? もしかして三姉妹か?
そういえば先日一緒にパンを作ったな。
俺がなかなか起きて来ないので、パンを焼いていたのかな?
ほんのりと甘いバターの香りがするからバターロールかな?
最近は俺が料理を作るのが遅れそうな時や、作業に熱中して時間を忘れている時は三姉妹が簡単な食事を作ってくれることもあった。
留守を任せることも多かったし、三姉妹は俺が知らない間にすっかり料理ができるようになっていたようだ。
ベッドの上で大きく伸びをして息を吸い込むと、暖かなパンの香りが胸いっぱいになった。
俺は幸せに暮らしているよ。
誰に伝えたかったのだろう。
故郷の家族や友達? それとも前世の家族や友達? もしかして前世の俺に?
何となく誰かに今の俺の気持ちを伝えたい気分だった。
服を着替えるとベッドの横に立てかけていたナナシがシュルリとベルトにくっ付いてきた。
これもうナナシが俺のところに来てから毎朝の行動ですっかり慣れてしまった。
最初はめんどくせー奴だと思っていたが、今ではすっかり生活の一部――そしてちょっぴり面倒くさい新たな相棒だ。
部屋から出ると、すぐ隣の部屋の扉が開いた。
そこはうちに押しかけて来て以来ずっとアベルが使っている部屋。
くせ毛すぎて寝起きは髪の毛が爆発しているアベルが、まだ眠り足りないような表情で部屋から顔を出した。
この起き抜けのだらしないアベルもすっかり見慣れた光景。
「おはよう――というか、おそよう? アベルも今起きたのか。三姉妹が焼いてるのかな、パンの香りで目が覚めてしまった」
「おはよう? 同じくパンの香りでお腹が空いて目が覚めたよ。グランがパンを焼いているのかと思ったけど違うみたいだね。グランじゃなかったら三姉妹かな?」
「ぐっすり寝てすっきりしたところにこの匂いだ、めちゃくちゃ腹が減ったな」
「ね、早く食堂に行ってパンを分けてもらお」
「だなー」
アベルと顔を見合わせて笑い、階段を下りて一階の食堂へと向かう。
「おはよー? すまん、疲れ果てて爆睡してた。それにしてもいい香りだなぁ」
「おはよって言ってもすっかりお昼だけど、すごく美味しそうな匂いで目が覚めちゃった」
食堂のドアを開け中に入ると、篭に盛られた焼きたてのバターロールの山がテーブルの真ん中に置かれているのが目に入った。
「お? 起きてきたか。ちょうどパンが焼き上がって、昼飯の準備もできたところだ。ま、グランの作るものほど手は込んでないけど、なかなかいい出来だろ? 三姉妹ちゃん達と一緒に作ったんだぜ」
料理の載った皿をテーブルに並べていたカリュオンがすぐに俺達に反応した。
「カッカッカッカッ」
そのテーブルの上ではカメ君がせわしなく動き回り、料理の横にカトラリーをせっせと並べている。
昨日の現場でアベルによって先に町に送り帰されたカリュオンが元気なのはともかく、一番大仕事をしたヒーローのカメ君は俺達よりも早く起きていたようで、さすがとしか言いようがない。
テーブルの上に置かれた皿には分厚く切ったハムのステーキと、それに添えられたクレソンとミニトマト。
ハムの上には香ばしい香りのするソースがかかっている。ブツブツしているのは木の実を砕いたものかなぁ、味付けはエルフ風なのだろうか。
カリュオンの料理なんて珍しいのですごく気になる。
「あら、グランとアベルが起きてるわ。いいタイミングで起きてきたわね」
「そろそろ起きてくる頃だと思ってお昼ご飯の準備をしたのですぅ」
「疲れているご様子だったので、朝は起こさないでカリュオンと一緒にご飯を作りましたの。その流れでご飯の後パンを焼くことになりまして、お昼ご飯も作りましたの」
俺達が食堂に入ったすぐ後に、キッチンから三姉妹が料理を乗せた配膳台を押しながら食堂にやって来た。
配膳台の上にはタマネギと豆の入った赤いスープ、その上には刻みパセリがパラパラと散らされている。この香りはトマトスープかなぁ。
それからうちの畑でできた野菜で作ったサラダだな。おっと、細く刻んだ人参が添えられてサラダが華やかになっているぞぉ。
アベルの嫌いな野菜は出さないと約束はしたが、それは俺との約束であって三姉妹が料理を作ったのなら関係ない。
三姉妹が一生懸命作ってくれたものだから、いい大人のアベルは文句を言わずに食べるよなぁ?
他にも薄く切ったベーコンでアスパラを巻いたものや、小麦粉で作った薄い生地に生ハムやイモやチーズそして目玉焼きを包んで焼いたものもある。
シンプルに焼いただけのソーセージが山盛りになっているのはカメ君の希望かな?
それに季節の果物を盛り付けたデザートも。
「ずいぶんたくさん作ったなー、しかもどれも美味しそうだ」
ああ~、焼けたベーコンの脂キラキラとカリカリの焦げ目が食欲をそそるぅ~。
それにとろけたチーズの香りが食欲を暴力的に刺激する。
「いやー、グランの家の倉庫ってさ、ハムやベーコンやソーセージがたくさん吊してあって、どれも美味そうだったから使わせてもらったぜ」
「ああ、もちろん。倉庫の食材はうちで消費するためにあるものだからな。たくさん作ってくれてありがとう」
料理をするのは好きだけれど、たまには料理を作ってもらう側になるのもいいなぁ。
「あー、どれもいい匂いがするからもうお腹が限界。せっかくたくさん作ってくれたんだから冷める前に早く食べよ。俺も料理を並べるのを手伝うよ」
いつもなら座って待っていることの多いアベルが、空腹に耐えかねた様子で配膳台の上の料理を空間魔法でぱっぱとテーブルの上に移動させ始めた。
この魔力の無駄遣いっぷりを見るとすっかり魔力も回復したようだ。
「このアスパラのベーコン巻きは私が作ったのよ! 前にお弁当に入っていて美味しかったから作ってみたの。どう? 上手くできてるでしょ?」
「私はぁ、この小麦粉の生地で具が包んであるやつですぅ。カリュオンに教えてもらいながら作りましたぁ。エルフ料理をアレンジしたものだそうですよぉ」
「わたくしはこちらのスープを作りましたのよ。クルのリクエストでちょっとピリ辛い味付けになってますわ」
ヴェルはアスパラベーコンがお気に入りか。
覚えたぞ。次回から弁当にはアスパラベーコンを入れるようにしよう。
このエルフ料理という包み焼きっぽいのは、元は生ハムや卵やチーズが入っていない野菜だけのものかな?
それをアレンジして動物性タンパク質タップリにするあたりがカリュオンらしいな。
スープはピリ辛。暑くなってきたこの時期にはピリッと辛いものがとくに美味しく感じる。
そういえばクルは辛いものが好きそうだったな。夏に向けてちょっと辛いものでも用意してみるか。
料理を並べ終わった頃、玄関の開く音がして気配は感じないが誰かが家に入ってきたのがわかった。
これはラトだなー。
「あら、ラトが帰ってきましたわ」
「どうしよ、夕方まで帰ってこないと思ってラトの分は用意してなかったわ」
「私達の少しずつ分けてあげましょうかぁ」
何も用意されていなかったラトの席に三姉妹達が小皿とカトラリーを急いで置いた。
普段いない時間に食事が必要な時はあらかじめ言っておかないとこうなるからなー。
そうだな、せっかくカレンダーにお弁当マークを付けることになったんだし、お家で昼飯マークも付けるようにしてもいいかもな。
色々なマークが毎日書き込まれているカレンダーに目をやって、ほっこりと温かい気持ちになった。
たまにトラブルや苦労、辛いこともあるけれど、俺は毎日を楽しく幸せに生きているよ。
お読みいただき、ありがとうございました。




