行方不明者捜索隊
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「うーん、沌の魔力の出所はここで、あのリュウノナリソコナイを倒したら沌の魔力が浄化されたってことにしようか。どうせ地下のことを詳しく知ってる人なんていないんだから、何とでも誤魔化せるよね。詳しく調べようとしても地下の主の領域には踏み込めないし。うーん、うーん……王都の地下に海ができちゃったなら活用したいところだけど、そこまで規模も大きくないしやっぱ機密エリアかなぁ。まぁいいや、兄上に丸投げしちゃお」
お、おう、そうだな。調べようがないから、多少適当こいてもいいよな。
包み焼きの魚をハフハフと食べながら、最後の辺りはほぼ独り言になっているアベル。
確かにこの階層の扱いは難しい。
あまり規模は大きくない空間のようだが、海からは離れている王都の地下に海のダンジョンがあるのなら、有効に利用をしたくなって当然の話である。
しかしその下にはやばい奴はいるし、暮らしている足元にダンジョンがあると知れば不安な人もいるだろう。
その辺りの政治の話は、平民の俺にはどうしようもない問題だからアベルに丸投げだ。
海洋資源が手に入る場所ではあるが、人が踏み込みすぎてはならない場所でもある。
王都の安全のために。
この地下に在る者の眠りを妨げないために。
そしてもういなくなってしまったけれど、赤毛の彼も安らかに眠れるように。
もう墓が荒らされないように、嘘や隠し事は必要だろう。
また誰かに荒らされて、アレがさまよい出ることがないように。
「俺は難しいことはわからないし、嘘とか隠し事は苦手だから報告はアベルに任せるよ」
絶対にそわそわしたりうっかりポロリしたりして、つっこまれて答えているうちに辻褄が合わなくなる自信がある。
こういうのはアベルに任せよう。
イレギュラーなことが起こると、ホント事後処理がめんどくさい。
あー、もうしばらくここで魚を釣りながら焼いて食べていたい。
たぶんそろそろ戻った方がいい時間なのだろうが、連戦の疲れからか動く気力が湧いてこない。
しかも腹が膨れると更に動きたくなくなった。
「うん、この下に眠っている者のことは報告しないといけないけど、この空間を作ったのチビカメなのは言わない方がよさそうだね。グランは隠してるつもりだろうけど、全然隠れてないからね。俺の究理眼をはじく時点で普通の亀じゃないからね、バレると絶対にめんどくさいことになるから内緒の方がいいよね。チビカメには借りがたくさんあるし、グランとも仲良くやってるみたいだから、チビカメの正体については俺は何も知らないことにするよ。でも、チビカメの仕事にはちゃんとお礼をしないとね。それにその功績はちゃんと認められないといけないよね」
あー、そうだよなぁ。やっぱアベルはずっといるから気付くよなぁ。
カメ君がそんなことができる存在だというのがバレたら大騒ぎになりそうだし、カメ君の時は可愛いカメだから人間が使役できると勘違いして手を出して怒らせたら、先ほどの津波が人間の町に襲いかかる可能性だってある。
うん、カメ君のためにもこの世の平和のためにも、カメ君がすごすぎる亀だってことは内緒にしておこう。
「そうだな、カメ君のおかげで王都が無傷だったし、やっぱその功績は認められてほしいなぁ。でもカメ君が表に出ちゃうと色々大変なことになりそうだし」
とても悩ましい問題である。
「フンッ!」
「俺様の縄張りを増やしただけカメ~、よって報酬はこのでっかい町、今日からここは俺様の縄張りカメ~。自分の縄張りだから時々様子を見てやるカメ~。ちょっと? 勝手に王都を縄張りにしないで!?」
「まぁまぁ、カメ君の縄張りなら安心じゃないか。俺もこの空間の誕生に立ち会ったから、時々様子を見に来たいなー、それでついでに釣りもしたいなー」
カメ君の縄張りになるなら安心しかない気がする。
「もー、グランは釣りがしたいだけでしょ。そんなことを言ってると、その調査隊にグランを指名するようにギルド長に言っておくよ。あの人も名門貴族の出身で知っている側の人だからね。あー、それも悪くないかも。そうだね、毎回俺とグランで来て、上への報告も俺がいけばいいだけだし……うんうん、そうしよそうしよ。グランも海大好きだしそれでいいよね」
んあ!? なんかアベルが一人で思いついて一人で納得したぞ。
「調査っていってもこの水没した町だと調査する場所も限られてるから、やっぱ釣りだなー」
景色もいいし釣りをしに来るのは悪くないな。
お、小魚ばかりかと思っていたらイルカも飛び始めたな。ダンジョンってこうやって成長していくのかな。
「あぁ~、お腹いっぱいになったら眠くなってきちゃった。寝たら魔力は全快しそうなんだけど、さすがにここでは寝られないよねぇ」
などとダンジョンで危機感のないことを言い出すアベル。
魔力がすっからかんだったせいで腹が減りまくっていたため、これでもかというくらい食った。
そして俺も眠い。
このままここでスヤァしたら気持ちいいのかもしれないが、何がどうなっているかさっぱりな新ダンジョンの中だし、この石作りの鐘塔の上で寝るのは辛そうだ。
でもこのままコテンと寝たらきっとよく眠れそうな気がするし、寝て起きたら魔力も回復しているはずだ。
ああ~、ちょっとだけ横になったらだめかな~?
ちょっとだけ……ちょっとだけ横に……。
「ああ……やべぇくらい眠い。ちょっと仮眠を――」
暖かい日の光も、流れる水の音も、吹き抜ける風も、海鳥の鳴き声も全てが心地良くて眠くなってくるぅ~。
カメ君、もしかしてこの空間に何か仕込んでる? すごく居心地が良くてリラックスしすぎちゃうよ。
「ちょっと、グラン? すごく眠いけどこんなとこで寝ちゃだめだよ。ほら、携帯コンロも出しっぱなしだし危ないよ」
そうだ、使った道具は片付けておかないとダンジョン効果で劣化してしまう。
「そうだな、片付けてから横に……ん?」
「片付けてからでもだめだよ! え?」
食後のねむいねむいのデバフに耐えながら片付けを始めようとすると、高速でこちらに近付いてくる気配に気付いた。
アベルもそれに気付いたようで、ほぼ同時に気配の方を振り返った。
そしてその気配の主が目に入る。
「うわ……マジか……」
思わず声が漏れた。
「カカァ?」
カメ君もそれに気付いて不思議そうな声を出した。
「うっそ……何なの、あの人……」
その気配に主に気付いてアベルが驚きを通り越して呆れ顔になっている。
「まぁ……ユーラティアとかって大国で一番大きな冒険者ギルドのギルド長だし、水の上くらい走れるんじゃないかな?」
これだけ色々あった後なので人間が水の上を移動しているくらいでは驚かないぞ。
水の上で何を足場にしているのか、短距離の転移を繰り返すようにヒュンヒュンと水面を蹴って跳びながらこちらに近付いてくる黒い人影。
細身で黒い長髪、そしてダンジョンには場違いな黒いスーツ。右手には刃の反った細身の長剣。どっからどう見ても王都の冒険者ギルド長である。
そのうちドリー達が探しに来てくれるかなって思っていたが、まさかのギルド長。
ドリー達はリュウノナリソコナイを倒す手段がなくて泥沼になっていたからか代わりにギルド長が来たのかな?
ギルド長も有効手段は持っていなさそうだけれど、この人ならゴリ押しでなんとかしてしまいそうだし。
そういえば、ここは限られた人しか知らない場所だったな。確かギルド長は知っている側だと言っていたな。
やばい強さの王都冒険者ギルド長がものすごい速度でこちらに近付いて来ている。
転移魔法のショートワープのようにヒュンヒュンと移動しているように見えるが、あれは水面を蹴って跳びながら超高速で移動しているだけだ。
沈む前に水面を蹴れば進めるって? いやいやいやいや、無理だろ!?
「うっわ、何あれ。物理的非常識の塊でしょ。あぁ、でも水を一瞬凍らせてそこを足場にして転移魔法を繰り返せば水の上でも進めるね」
うっわ、ここにも思考ゴリラがいたよ。
「カメェ?」
うんうん、あの人は人間でもおかしな人だからね。
普通の人間は水の上を移動なんてできないから、あれを普通だと思わないでね。
ヒュンッ!!
空気を切る音がしたと思ったら、直後すぐ俺達の横でトンという軽い音がしてギルド長が立っていた。
相変わらずの表情が乏しくて何を考えているかわからない人だ。
えぇと、突然行方不明になった俺達の捜索に来てくれたんですか?
うげええええ!! 行方不明捜索ってことは捜索費用請求されるのでは!?
あっ! 新規ダンジョンの発生に巻き込まれたのなら、不慮の事故なので賠償は発生しないな!?
お願い、アベル様! 上手く誤魔化してくれ!!
「む、水路調査で二人ほど行方不明者が出たというので来てみたが、謎の空間ができている上に、行方不明者は釣りと網焼きをしていたようだが簡単な状況説明を頼む?」
ふぉ!?
釣り竿もコンロも食器も片付けてなかった!!
「あ、いや……えーと、これはちょっとやべー連戦で疲れてもう魔力がなくてヘトヘトで、腹も減って動けないので体力を回復させて帰還に備えてただけです! ほら、周囲が水すぎてどうやって帰るか困ってとりあえずコンディションを整えていただけです。あ、ギルド長も何か食べます? 赤身の魚はマヨネーズがよく合いますよ」
王都のギルド長はマヨネーズを知って以来、筋金入りのマヨラーになってしまった人である。
「む? ベルとダーナがまだ追いついてこないので、その間に魚を貰うとしようか。まぁ、二人とも無事でよかった。だが詳しい経緯は報告書に纏めてもらうことになるな」
よっし、あまり怒ってはいないようだ。しかし書類仕事が増えてしまった。
ベルとダーナって誰だ? 王都の職員さんかな?
もしかしてベルさんって、名前からして可愛いお姉さん系の職員さんだったりするかな。
とりあえず新しい焼き網に取り替えて、可愛いお姉さんの魚も焼いておこう。
「カッ!? カーーーーーーーー!!」
突然カメ君が大きな声を出したので何かと思ったら、遠くで水飛沫が上がっているのが見えた。
魚? いや、違う。あれは……真っ赤なリザードマンだーーーーーーー!!
めっちゃ泳いでる! 泳いでるよ!! そうだよね、リザードマンだから泳げるよね!!
ベル! "ベ"テ"ル"ギウス!!
どういう略し方だよ!! 可愛い系のお姉さんの夢が秒で消えたぞ!! ちくしょう!!
はー、ベテルギウスギルド長用の魚をもっと追加しとこ。
というか俺達のいる鐘塔そんなに広くないから、ベテルギウスギルド長は入れないんじゃないかな?
「王都の地下で沌の魔力が濃くなってるから意見を聞きたいと言われたので散歩ついでに来てみたら、何やらその現場で赤毛と銀髪が行方不明になったとかで万が一に備え救助について来たのだが、不測の事態にも逞しく対応できたようだな」
鐘塔の下まで泳いできた真っ赤なリザードマンが、水面から突き出している塔の外壁を登ってきた。
あぁ、ギリギリ入れるんですね。でも、腰掛けるのが精一杯ですよね?
「ダーナはまだか? 相変わらずのんびり屋だな」
「奴なら、俺の更に後ろをのんびりと小船できていたな」
もう一人はなんだか普通の人っぽくて、少し安心したぞ。
ギルド長二人の会話に彼らが来た方を見ると、まだ遠く離れた場所に小さな影が見えた。
身体強化で視力を上げてそちらを見ると……バルダーナーーーーーー!!
なるほどバル"ダーナ"。
何だこの組み合わせ? ギルド長パーティーか!?
もしかしなくても、ギルド長三人に捜索されていたのですね。
どうもお騒がせしました。
とりあえず、事情は魚でも食べながらゆっくり説明します。アベルが。
先ほどまでのねむいねむいのデバフは、すっかりどこかへいってしまった。
お読みいただき、ありがとうございました。
明日と明後日の更新はお休みさせていただきます。
土曜日から再開予定です。




