一ダンジョン去ってまた一ダンジョン
誤字報告、感想、ブックマーク、評価、いいね、ありがとうございます。
「ちょっと! この水どうにかならないの!? どうやって帰れっていうの!? 水の上に出ている屋根の上に転移しながら戻れって? もう、魔力がすっからかんでヘトヘトだし、これ以上ポーションを飲むとトイレがやばいというか、大量の水を見てるだけでもトイレに行きたくなるじゃないか!」
「カメェ?」
「転移魔法が使える魔力が残ってないなら泳いで帰ればいいじゃないカメ~、じゃないよ!! 泳ぐと体力を使うし、服を着たまま泳ぐのは元気な時でも辛いでしょ!」
「サメェ?」
「服を着ていなければいいって話じゃないよ!!」
やべー奴はカメ君が片付けてくれたけれど、あれだけ大量のゾンビと戦った後なのにアベルは元気だなー。
アベルとカメ君のハートフルトークが始まり、すっかり日常が戻って来た気分になる。
まぁ、まだ水没してしまった町の教会の鐘塔にいるんだけど。
俺達を追いかけてきてくれたらしきカメ君が少し本気を出してくれたみたいで、この階層のボスさんらしき黒い前足さんは水の中に沈んでいって、カメ君とも合流して一件落着したけれど、俺達の周りは見渡す限りの水。
そう、カメ君によるダイナミック津波で町は押し流されてしまい、頑丈で背の高い建物が水面からポツポツと顔を出しているだけだ。
カメ君が俺達に合流した後も噴水広場辺りで海水が湧き続けているのか、町を覆っている水は引くことはなくさらさらと町の外周へと向かって流れている。
津波発生直後は茶色く濁っていた水は時間と共に透き通っていき、今では透き通った綺麗な水がキラキラと明るく晴れた空から降り注ぐ光を反射している。
キラキラと輝く水面に水没した町の屋根が点々と見えるその光景は、先ほどまでの混沌とした戦禍の町とは違う滅びと破壊の空気を感じさせられる。
だがそれは何故か美しくもあった。
さらさらと穏やかに流れる水の中にいつの間にか魚の姿が見え始め、遠くから海鳥の鳴く声も聞こえ始めた。
混沌を綺麗な水が塗り替え、新たな空間になったことを確信した。
すっかり水と光そして聖属性溢れる心地の良い空間になったのだが、一面の水! 水! 水!
今のとこ細かい魚と海鳥が見えるだけでやべー生き物は近くにいなさそうなのだが、ここからどうやって出口に行くのか、そもそも出口はどこなのか?
もしかして出口も水没しているのでは……。
足場は水面にポツポツと出ている屋根だけ。
ピョーンピョーンとしていくには少々間隔がありすぎるし、転移魔法で移動するのも今のアベルには辛そうだ。
そんなわけで一件落着の後、体力と魔力を回復させるために水の上の突き出した鐘塔でしばし休憩。
カメ君にはわからないかもしれないが、俺達人間は陸の生き物だからこの程度の水深と流れでもまともに活動ができないんだよ。そして泳いでいる間はほぼ無防備なんだよ。
合流直後からアベルとカメ君がほのぼのしたやりとりを繰り広げている。ホント、仲良しだなぁ。
いざとなったらカメ君にお願いしようかな。帰ったら色々サービスするのでもう一働きしてくれないかな。
「グラン何やってるの!? なんで釣り竿なんか出してるの!?」
「え? 魚が見えたから休憩ついでに? 一件落着みたいだけど、体も心も疲れからなぁ……一休み一休み」
どうせ休憩をするなら釣りでもしよと釣り竿を出したらアベルに絡まれた。
「一休み一休みじゃなくて、早く帰ってトイレに行こうよ! アッ、トイレの話をしたらトイレに行きたくなるじゃないか!! グランはトイレ平気なの!?」
「ああ、俺はさっきそこで……」
アベルがカメ君と再会を喜び合っているちょこっとだけ水から顔を出している教会の屋根の上まで行ってこっそりと。
冒険者たるもの安全が確認できたら、野外で用を足すくらい当たり前なのだ。
「……やっぱ泳いで帰るのはなしね」
そんなことを言われても生理現象は仕方ないし、漏らすよりはましである。
アベルも漏らす前にいってきた方がいいんじゃないかな?
いてっ! なんで小さな氷をぶつけたの!?
「もー、教会の鐘の下で魚を焼くとか天罰が下るかもしれないよぉ?」
「え? アベルってそんな信仰心があったの?」
「確かにあんまりないかも」
「俺はさっぱりないな。さっぱりないけど、この鐘塔のおかげで助かったからお供えを置いて感謝は一応しておこうかな」
「カメェ?」
「そうだね、だいたいカメ君のおかげだな。大津波はちょっとびっくりしたけど魚もたくさん釣れたし、他にもおかずはあるし、たくさん食べてくれ」
「カッカッ!!」
この町で一番高い建物であろう教会の鐘塔から見渡す水没した町の光景は絶景で、戦いっぱなしで疲れた心を癒やしてくれる。
漸く魔物の気配もなくなり、落ち着けそうな気分になったら妙に腹が減ってきた。というか昼飯の時間はとっくに過ぎているのに、何も食べていない。それに気付いたらもうダメだった。
ちょうどアベルとカメ君がじゃれているのを聞きながら釣りをしていたところだったし、せっかくなのでこの水の世界を見ながら、とりあえず飯にすることにした。
今は落ち着いているけれどまた何かくるかもしれないし、食べられる時に食べる。冒険者の基本である。
というわけで、鐘塔の上――鐘が吊り下げられている真下で野営セットを広げて釣った魚を網焼きにしている。
ついでに肉とか野菜とかも焼いている。
もくもくと煙が出て、教会の鐘を燻すみたいになっているが気にしない。
だってここ、屋根付きだし、すぐ目の前は水だしで、一休みするのにちょうど良い場所なんだもん。
鐘塔で魚を焼くとか罰当たりかもしれないが、この普通の人間には脱出困難なこの状況なら、食事という生きるために必要な行動は仕方がないことなのだ。
教会の屋根の上でトイレも仕方がないね。
お供えを置いておくので許してください。
俺は神は信じているが、信仰は少しだけしかしていないのだ。
「一ヶ月は野菜なしって約束でしょー?」
「ええ? ピーマンニンジンスピッチョメラッサだけでは? というか焼きタマネギは美味いじゃん。こっちの葉っぱは魚とキノコを包んで焼いてるだけ。キノコは菌類、野菜じゃないので実質肉!!」
焼いて甘味の出たタマネギは美味しいだろー。それにキノコは野菜じゃないからセーフだセーフ。
「言われてみたらキノコは魔物の仲間だから実質肉?」
この世界のキノコはだいたい魔物の仲間なのだ。よってキノコは肉!
「そうそう、キノコは肉! カメ君も魚とキノコの包み焼きを食べるかい? 熱いから気を付けて食べるんだよ。カメ君のおかげで助かったからね、明日はカレーパーティーだね」
焼き上がった包み焼きを開くと、しっかりと振り掛けた香辛料の香りが広がる。
葉っぱの中で蒸された魚とキノコから出た白濁したスープが目に入りいっきに腹が減ってくる。
その焼き魚の包み焼きをまずはカメ君の前に置いてあげる。
カメ君は命の恩人というか、王都の救世主と言ってもいいくらいだからたくさんお礼をしないとね。
カメ君には見飽きた海の魚かもしれないが、キノコが入って海と山のコラボレーションだ。
「カッフゥー……カッカッカッカカメッ!!」
包み焼きのキノコを前足でつまんで口に運び満足そうに味わった後、カメ君がアベルに何かをアピールした。
「長くてグルグルした魔物の肉の腸詰めってやつも用意するカメ~って、ソーセージのこと? いいよ、ソーセージくらいなら実家の厨房からいくらでも貰って来てあげるよ。どうせ今日のことで報告で呼び出されそうだし、ついでにお酒にもよく合うパリッとしてプリプリの美味しいソーセージを持ってくるよ」
すっかりアベルは通訳係だなぁ。
グルグルしたソーセージって前に王都に来た時にギルドの料理屋で食べたあれか。
「たぶんマルゴスのとこのソーセージじゃないかなぁ。帰りにギルドの料理屋に寄って買って帰ろうか。アベルの実家のソーセージはお高いんでしょう?」
よくアベルが持ち出してくるワインと同じく、間違いなくやべー値段のソーセージの予感しかしない。
気になるけれど値段を聞いたら、びっくりしすぎて味がわからなくなりそうなやつに違いない。
「そうだね、マルゴスのとこのソーセージは美味しいね。ふふ、俺の実家の厨房にあるソーセージも美味しいから食べ比べてみようか。ところでチビカメはなんで下から出てきたの? 下の方も片付けてくれたみたいだから、一応感謝しておくんだからね!」
和やかムードの食事で、カメ君が黒い前足さんを片付けたことはそのまま有耶無耶にできるかと思ったが、やっぱアベルもあのでかくて黒いのをやった更にでかいあれがカメ君だって気付いちゃってたかぁ。
だよなぁ……いつもの水鉄砲と火力は違うけれど、どっからどう感じてもカメ君の魔力だったもんな。
アベルなんてほぼ毎日カメ君の水鉄砲をくらっている、水鉄砲マニアだから気付いて当たり前だよなぁ。
「フンッ! ケッ!」
「別に助けに来たわけじゃないけど、ダンジョンができてそうな気配だったから様子を見に戻って来たら、ダンジョンの生成に巻き込まれて奥の方まで弾き飛ばされて、飛ばされた先でたまたま竜の墓場に穴が空いているのを見つけたから暇潰しに塞いでおいたカメ~。って、この階層の下の話? 出てきてたあのでっかい黒いのはその墓場の中身?」
おいおい、なんかとんでもないことが聞こえてきたな。
ヴァなんとかさんが言ってた、地の底に眠るものって竜の墓場のことだったのか。
ん?
古代竜ラグナロックの友人のヴァなんとかさん。
ダンジョンを作るくらいやべー魔力が籠もっている竜の墓。
その魔力が具現化したと思われる、黒くて超巨大な竜種の前足。
………………。
その竜の墓って、何の竜の墓なんですかね……。
そりゃその領域に忍び込んだら、そのまま帰って来られなくなってもおかしくないよな。
そこまでの危機感なしに無理矢理ついてきたが、確かにアベルが自分以外を追い返した理由もわかった気がする。
気付いてちょっとヒュンッとした。
やだ……また、トイレに行きたくなっちゃった……。
話のわかる者もいるかもしれないが、それは人間より圧倒的に上位の存在。
そのテリトリーを興味本位や私欲で犯し、その眠りを妨げたのなら……。
墓ということはもう生きてはいないのだろうが、あれほど濃い沌の魔力が籠もっているというのなら、その墓の内部では生と死の境目がなくなっている可能性もある。
沌属性とは混沌。無秩序に全てが混ざり合う属性。
それは生と死も。
もしかするとその墓の中には、死してなお生き続ける存在が眠っているのかもしれない。
誰だよ、そんなとこの蓋を開けた奴。
何の目的で開けたんだよ。
なり損ないの神が開けたとあの赤毛は言っていたか……。
理由はわからないが、できればもうそんな奴が関わっている面倒事には巻き込まれたくない。
そして、そこに入る資格があると言ったアベルは――やはりとんでもチート野郎だ。
「カッカッカッカッメッメェ~」
「侵入者に反応してウロウロしてた墓の主がそこまで出てきてたけど、それも優秀な俺様が説得して元の場所に戻しておいたついでに、もう誰も墓を荒らせないように、中身が眠れるように海の蓋を追加しておいたカメ。え? 海? どういうこと? この下に海のダンジョンでも作ったの!?」
一ダンジョン去って、また一ダンジョン!?
って、侵入者って蓋を開けた奴のことか? それとも俺達の……いや、俺のことか?
俺だったらごめんなさい、ホントお騒がせしました。問題児アベルを一人で行かせるのは常識的に考えて心配だったので。
もうたぶん来ることはないのでお許しください。
「カメッ! カメッ! カメッ!」
「海の生き物しかいないから地上に出て行く心配はないカメ。ちょうどいいからここをその最上部に塗り替えたカメ。偉大な俺様はこれくらい簡単カメ~……くっ、なんかすごく力押しな気はするけどほぼパーフェクトに解決してるよね」
さっすがカメ君!! っていうか、海!?!? 王都の地下に海階層を作っちゃったの!?
まぁ、海なら魚が陸に上がることもないし、陸の生き物が海を潜って墓を荒らすことはないだろう。
お墓参りに行きたくなったら大変そうだけれど、普通の人は近付くと怒られるみたいだし、きっとこれにて一件落着。
うん、きっとハッピーエンド。
……俺は何も知らない、何も聞いていない。ここで見聞きしたことは全て忘れる。
「カカッ!」
「この階層くらいまでなら人間が来ても大丈夫カメ? ああ、ここまでならこの地下の主が出てくることはないってこと? この下が海ならどのみち普通の人間は進めないしね。でもここは外には知られてはいけない場所だから、入るとしたら事情を知っていて外部に秘密を漏らさない人だけだね。ここの調査や管理はそういう人専門の仕事になりそうだねぇ……ふふふ、大丈夫だよ、知られてないだけでユーラティアには……いや、世界にはそういう場所がたくさんあるんだ。グランも知ってる側にきちゃったね……ふふ、ようこそ」
ちょっと? その意味深な笑いはやめて!?
お読みいただき、ありがとうございました。




