ヒーローは遅れて登場する
誤字報告ありがとうございます、修正しました。
突然の大きな揺れとひび割れでボコボコになった地面に足を取られないように注意を払いながら、駆け出したアベルの後を追う。
ちょっとー! 魔法使いが先頭切ってボスに走っていくのやめてー!! 魔法使いの自覚あるううう!?
ていうか、アベルのくせに妙に足が速いし身軽だな!
ナナシに魔力を吸われて、魔力回復ポーションでだましだまし魔法を使っていたような気がしていたけれど、思ったより元気そうだな!!
モヤシのくせに生意気な!! すぐに追いついてやる!! くそ、追いつけない!!
幸いなことにアンデッド達は、巨大前足が現れた時の突風で吹き飛ばされて、動けなくなっているものが多い。
それでも一部動ける奴がよってくるのでそれは、斬り捨てたり殴ったり蹴飛ばしたりしながら、やる気に満ちてやたら身軽なアベルを追いかける。
ビシャッ!!
「どわっ!? 何かと思ったら水か? ん……水?」
アベルの後を追っていると、足元で水を踏むような感覚があり地面に視線を移すと、割れ目からポコポコとキラキラした水が湧き出していた。
その量はだんだんと増え、ボロボロの道の上を川のように低い方へと流れていく。
その流れは噴水方面から、俺達が出口があると予想して下がっていた方へと流れていっている。
噴水方面に向かう俺達とは逆方向の流れで、水量が増え徐々に勢いが増し走りにくくなる。
でも、これは……。
進行形で増えている水の中をバシャバシャと駆け抜けると、跳ねた水が顔にかかる。
その水は少ししょっぱい。そして、暖かな海の香りがする。
その香りに黒い竜の前足らしきものが見えた辺りへと視線をやる。
俺達のいる場所からではまだあの噴水広場は見えない。
その広場の辺りだと思われる場所辺りに生えてきた、バカでかい竜の前足らしきものの一部が並んでいる建物の屋根の向こうに見えるだけだ。
そこからは強い沌の魔力を感じるが、先ほどの大きな揺れの直後からその沌の魔力に混ざって水の魔力を強く感じるようになった。
前を走っていたアベルもそれに気付いたようで足を止め、町並みの向こうに見える黒い魔力の柱を見上げている。
それで漸くアベルに追いつき、声をかける。
「お前、まだそんなに体力が残ってたのか……いつもは真っ先にヒィヒィいうのに意外だな。でも、いつも後ろにいる魔導士なんだから、一人で先走るんじゃねーぞ。で、あれは……」
乱れた息を整えながら俺も黒い魔力の柱を見上げる。
足元を流れる水は、いつの間にか膝の下辺りまでにその量が増えていた。
ドオオオオオオオオオオオオッ!!
ものすごい音がした。
先ほどバカでかい黒い竜の前足が生えて来た時よりも遥かに大きな。
その直後に上がるやばい量の水柱。
水柱というか壁。世界の終焉に出てきそうな超巨大津波。
しょっぱい水――海水と覚えのある水の魔力を感じた時、頭の隅っこで勝利を確信したんだ。
でもこれって、一難去って今度は大水難じゃないですかーーーーー!!
みんな、ホント、ゴリラーーーーーーーー!!
「あんのクソ亀ぇ……」
アベルさん、お言葉が乱れておりますよ。
いやいや、そんなことよりものんびりしていたら絶対まずいんじゃないかな!?
「アベル、できるだけ高い場所へ。高くて頑丈そうな建物……そこの教会の鐘がある塔に移動するぞ!!」
アベルに声をかけて身体強化の魔法で、近くにあった教会の建物から伸びている高くて立派な塔、その頂上の鐘が吊り下げられている場所を指差してピョーン。
近くの屋根を踏み台にピョーン。少し高い屋根からピョーンと、適度な高さの屋根を踏み台にして塔の上の鐘がある場所へと登った。
アベルもすぐに転移魔法で俺の横に移動してきた。
この辺りでは一番高いと思われる教会の鐘塔。その頂上からあの噴水広場がよく見えた。
地面から生えた巨大な黒い竜の前足が一本と、それと共に吹き出している真っ黒い魔力の靄。おそらくこれから残りも出てくる予定だったのだろう。
間違いなく、やべー大きさの竜だ。
しかしその巨大な前足が小さく見えるほどの大量の水が壁のように地面から吹き出し、その大量の水が黒い竜の前足を飲み込もうとしていた。
飲み込んだら、あのやべー量の水はどうなるんだろうなぁ。
もうどっちが低いとか関係ない量だなぁ。
すごく勝利が約束された気はしているのだけれど、それとは別にちっぽけな人間の俺達は非常にやばいと思うんだ。
……ねぇ、カメ君? やっぱ、カメ君もけっこうゴリラ系だよね?
ドドドドドドドドドドドドドドッ!!
壁のような水が津波となって黒い竜の前足にのしかかり飲み込んだ轟音が、俺達のいる場所まで空気を震わせ響いてきた。
そしてその大量の水が勢いよく、破壊された町を押し流していく。
魔力によって作り出された仮初めの町並みも、そこにいたアンデッド達も。
教会という場所は神を祀る場所、故に人々が集まることを前提とした場所で、頑丈に作られているものが多い。もしかすると神様の加護もあるかもしれない。
そういう理由で、津波の予感がした時にすぐにこの教会を選んだ。
俺の予想通り教会の鐘塔は頑丈で、水に晒された部分はボロボロになっているがなんとか流されずに残っている。
しかしまた同じ規模の津波が来たらさすがに流されそうなので、これ以上は勘弁してほしい。
「町が流されるというのはあまり気持ちのいいものではないな……亀め……」
ああ~、容赦ない大津波のせいでアベルのご機嫌が斜めで言葉の乱れが続いてるぅ~。
アベルって普段は上品で胡散臭い話し方だけれど、取り繕うのをやめるくらい感情的になるとけっこう言葉が荒くなるんだよね。
いつもならすぐに元の口調に戻るけれど、魔力をナナシにチューチューされた後で大量アンデッドの相手もしたし、疲労から機嫌がものすごく悪くなってそうだな。
それに魔力減っている状態だと空腹感もあるしな。腹が減ると機嫌は悪くなるもんだ。帰ったらトイレに行った後で美味いもの食べような。
鐘塔から町を押し流す大津波を見ていた視線を黒い竜の前足の方へと移すと、それが津波で溢れかえった水の中へと沈んでいっているのが見えた。
それはまるで圧倒的に巨大な海の生物に海中へと引き込まれる獲物の姿。
海上の弱肉強食の一場面。
最後にビクンビクンと黒い前足が揺れて、完全に水中へと消えていった。
そして、それの衝撃で起こる新たな津波の向こうに、やや紺色みがかった濃い灰色の超巨大海洋生物のとがった鼻先が見えた気がした。
周囲を見回すと低い建物はほとんど水の中に沈む、もしくは流されてしまい、公共施設だと思われる大きくて頑丈な建物の屋根だけが水面から突き出していた。
噴水広場の辺りから水がまだボコボコと湧き続けており、噴水広場を中心に輪を広げるように流れていっている。
曇っていた空は、いつの間にか夏の海を思わせる眩しい快晴にかわり、水に覆われた町を照らし始めた。
町に蔓延っていたアンデッド達は津波で流されてしまい、その気配は全く感じられなくなっていた。
町を覆っていた沌の魔力もいつの間にか、清々しさのある聖の魔力と涼しさを感じる水の魔力にすっかり塗り替えられている。
それは最近すっかりお馴染みのカメ君の魔力。アベルが町に送り帰したけれど。戻って来てくれたのかな?
先ほどちょこっとだけ見えた超スペシャルスーパーでっかい鼻先に感謝しながらフフッと頬が緩む。そのついでに黒い前足の持ち主様には心の中で手を合わせておいた。
ありがとう、カメ君。すごく助かったよ。今日は作る時間がなさそうだけれど、明日はカレーパーティーかな。
「これはカメ君のおかげかなぁ? どこにいるんだろう?」
黒い前足が水中に消えた辺りを見るが、水が湧き続けているだけでもう巨大な生物の気配はない。
カメ君のことだからそのうちひょっこり現れるかな?
「あーあ、せっかくやる気を出したのにいいところを持ってかれちゃったね……亀め。ふふ、でもおかげで助かったけどね」
ここから脱出できそうな気配がしてきてアベルの機嫌も元に直ったようで、いつもの胡散臭い口調に戻っている。
「ああ、かなりやばそうな奴だったから助かったな。あれがこの階層のボスだったのかな。だったらここにできたダンジョンは攻略が厳しそうだし、町の下にダンジョンなんて大騒ぎになりそうだ」
あんなのがボスだったら倒せる気がしないし、王都の真下にダンジョンを作り出してしまうような存在がいて、すでにダンジョンが発生しているなんて知ると不安になる人も多そうだ。
ん?
「ふふ、グラン……知っちゃったね、この前の恐い話。王都の下に隠されているもの、入り込んだ者が戻って来られなくなる理由」
ちょっとアベル!? その話、今するぅ!?
「あのぉ、もしかして一般人が知ったらダメなやつですか?」
俺はただの冒険者~~~~~、何も知らない、何も見ていない~~~~~、帰ったら自動的に忘れちゃう~~~~~。
最近物忘れがひどいんだよね。人の名前も覚えられないし。
「ふふふ、ダンジョンになってたのは予想外だけど、王都の下に大昔の遺跡があるのは貴族や学者なら知ってる話だし、王都に住んでいるなら学のある人は知っている人もいると思うよ。これは歴史や考古学の本にも載ってる話だしね」
「たしかに王都の周りはズィムリア魔法国時代の遺跡が多いみたいな話くらいなら、歴史や考古学に興味のない俺も聞いたことあるな」
うんうん、王都の真下にダンジョンを作り出すようなものが埋まっているとは思わなかったけれど。
「そこに埋まっているものの中にはその時代の支配者階級の者達の墓もあるんだ。その中には今みたいなやばいのが入っているようなのもあるとかなんとか……ふふふ、これは貴族でも一部の者しか知らないんだ……俺はちょっとだけ知っている側だったからね。本当はちゃんと封印されてこんなことにならないようにしてあるって聞いたんだけど、安全でもやっぱ足元に正体不明の存在の墓があると不安でしょ? だから秘密だったの。知られたらまずいことだから、とりあえずみんなには帰ってもらったんだけどなぁ……グランには知られちゃったからなぁ、どうしようかなぁ?」
アベルの声が低くなり、笑顔がとても胡散臭くなった。
「え? ここで見たことは忘れよう……じゃなくて、これだけ大ごとになったら隠しておくなんて無理だろ? ダンジョンができてるならその管理もしないといけないだろうし、隠せるようなもんじゃないだろ!?」
あぶない、アベルのペースに乗せられるところだった。
「まぁそうだけど、チビカメが上手くやってくれたみたいだね。たぶんこの水で下から湧いて出てきてるものに蓋をした形になってるね。もしかしたら、あの彼がいってた地の底に眠る者の蓋もチビカメが閉めちゃったかも。そしたら漏れる魔力がなくなってダンジョンの空間を維持できなくなるから、この空間も含めて時間が経てば消滅して元通りになるんじゃないかな。仕方ないなぁ……今回はチビカメに全部いいところを持っていかれちゃったから、なにかご馳走しないとねぇ」
さすがカメ君、俺達の知らないところで上手くやってくれたみたいだ。
「そうだなぁ、カメ君には危機一髪を助けられたからなぁ」
うんうんと頷いているとアベルが低い声で続けた。
「ふふ、だからここにダンジョンできるくらいにやばいのが埋まってることを知っているのは、関係者以外ではグランだけ……ふふふふふふ」
げえええええ!!!
「いや、忘れた! すごく忘れた! めちゃくちゃ忘れたし、うっかり忘れた! 俺が忘れっぽいのはアベルもよく知ってるだろ!?」
「そうだねぇ、忘れた証拠として今日から一ヶ月ニンジンとピーマンとスピッチョとメラッサは禁止ね」
どういう証拠だよ!!
「しょうがないなぁ……じゃあ一ヶ月ピーマンとスピッチョとメラッサは勘弁してやる。ニンジンはダメだ、明日はカレーにするからニンジンは必須だ」
「カレーか、カレーのニンジンならギリギリ許容範囲だね」
「サ~~~~メェ~~~~~!!」
アベルと熾烈な駆け引きをしていると、遠くから聞き覚えのある緩い声が聞こえてきた。
いつもと少し違うけれど気にしない。
声の方を振り向くと、カメ君が腹ばい状態で小さな波に乗って、水面の上を滑るようにこちらに向かって来ているのが目に入った。
お読みいただき、ありがとうございました。




