ダンジョンは突然に
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花畑の真ん中にある石碑から黒い靄が大量に噴き出し始め、その黒い靄に触れた部分から景色が黒くなり崩れ落ちていく。
穏やかな花園が混沌の色へと塗り替えられる。
「うげえええええ! 空間が崩れるううううう!! アベル、転移魔法はいけるか!?」
「だめ、ここはすでに空間魔法の内部っぽくてテレポートで外には出られない! それに、下から何か出てくるなら止める、もしくはそれが何かを確認しないと」
あああああああ~~~、そういえばそうだった~~~~~~!!
後を任されてもすごく困るやつううううう!!!
ええと……赤毛のヴァなんとかさんの話を整理すると、王都ロンブスブルクの下には何かがあって、その蓋を誰かが開けてその何かから混沌が溢れて出しているってことだよな?
ああ、混沌。つまり沌の魔力のことか、その原因か。
今回地下水路に湧いて出てきた沌の魔力も、赤毛さんの言っていたようにこの下の蓋が開けられたことが原因だと思えば納得する。
そして最後の蓋が、俺達が通り抜けたあのヒビの入った床だったのだろう。
一回で名前を覚えられなかったんだよ、ヴァなんとかさん。
王都の地下に何がいる――ふと先日の百物語でアベルがしていた言葉を思い出した。
王都の下に埋まっているという古の都市。そしてそこにある城とその主。
それを探しに行った者は皆行方がわからなくなる。
王家の秘密じゃなかったんですかーーーー!?
ていうか入口は王城って言ってたじゃないですかーーーー!!
もしかして王城以外にも別の入口があったってやつですかーーーー!!
あ……水路の管理者は国、つまり王家。分水施設の管理も国、つまり……。
あーーーーーっ!!
ちょっと王家さん!? 何てものを隠してるんですか!?
ていうかなんでこんな場所に王都を作ったの、昔の人ーーーーーーーー!!
「下に何がいるってんだ。溢れてくる混沌ってなんだ。ここがもうダンジョンのような空間になっているってことは、ダンジョンのように魔力が具現化した魔物が発生してるってことか?」
赤毛の話を整理している間にも景色はどんどんと黒くなっていく。
景色はボロボロと剥がれるように崩れ落ちていくが、足元の地面が消えても落下するようなことはない。
この空間に来た時と同じ現象だ。
周囲で魔力が渦巻いているのも同じ。しかし今回は沌の魔力が非常に濃く、思わず険しい顔になってしまう。
「だろうね、それが沌の魔力と共に具現化した生き物が水路に出ていたのかも。さっきまで平和だったのは彼が作ったと言ってたこの空間が下から湧いてきている沌の魔力を遮っていたからだろうね」
最下層の大きく成長したスライムは、この地下で生まれた生き物が水路に出てきたものを食っていたのかもしれないな。
スライムに食われる程度のものしか上までいっていなかったのは幸いだが、今の様子では王都の地下にダンジョンができかけており、それが安定するまではそこで発生した沌の魔力と生物が水路方面へと溢れ出してしまいそうだ。
ダンジョンができてしまえば、スタンピードのような現象が起こらなければダンジョン内部の生き物や魔力が外に漏れることはないので、ある意味安心ではある。
いやいや、王都の下にダンジョンなんて安心じゃないな。うっかり魔物が溢れ出したらやばすぎる。
溢れ出したら――ん?
もしすでにこの下がダンジョンと化しているなら。
水路に出てきた沌の魔力や小さな生き物がそのダンジョンから出てきたものだとしたら。
それは最初のチョロチョロとした前兆。
俺が冒険者になってから一度だけこの王都近郊のダンジョンでスタンピードが発生したことがある。
あの時も最初はダンジョンの周囲の魔力が濃くなり、付近には普段いない魔物が発生した。
その時はDランクのダンジョンで発生したものだったがそれでもかなりの規模で、冒険者達だけではなくギルド長達や騎士団が出動して長時間の持久戦の末、殲滅を完了した。
王都近郊といっても少し距離があり準備をする時間があり、押し寄せてくる魔物と戦うための広い場所もある。
王都の真下にある地下水路でスタンピードが発生したならば? そしてここで発生しているかもしれないダンジョンのランクは?
迎え撃つ場所も準備をする時間も、大量の魔物と戦う広い場所もない。
溢れてきたらすぐに町まで魔物が到達してしまう距離。
「スタンピードの前兆だ!」
「スタンピードの前兆かも!」
アベルと声がハモった。
「アベル! この空間の出口までなら転移魔法でいけるか? いけるならすぐに出口まで飛んで、そこからすぐに冒険者ギルドまで戻ってギルド長に伝えるんだ! ダンジョン発生どころか、スタンピードが町の地下で起こるかもしれない! 俺はここでギリギリまで様子を見て、出てきたやつで倒せるやつは倒しながら後退する! その間に援軍を連れて来てくれ!」
収納から魔力回復ポーションを取りだして飲み干す。
一本だけでは足りないので二本三本と。
「だめ! だったらグランを送り返して範囲魔法が使える俺が残るよ!」
俺と同じく魔力回復ポーションをがぶ飲みした後、ナナシで切れた手にジャブジャブとヒーリングポーションをかけるアベル。
「だめだ。転移魔法が使えるアベルの方が移動が速いし、戻ってからも現地に戦力を送ることができる。ここは俺に任せてギルドに戻るんだ!!」
ピンチの時に一度は言ってみたい言葉ナンバーワン。
自分で自分を茶化しながら、まだまだ余裕があるように見せる。
「何言ってるの! 戻るなら一緒に戻るし、グランが残るなら俺も残るよ。きっとドリー達が俺達を探しに降りて来てるから、様子を見て危なそうなら一緒に下がろ。それにここは俺がいないとだめな場所だから……最初に言ったでしょ、先に進むなら絶対俺から離れるなって」
アベルがもごもごと何かを言い澱んでいる。ここにはまだ秘密があるのか?
思い出すのはアベルがした恐い話。
入った者が戻って来ない王城の、王都の地下。
資格なき者が入ると主に食われると言っていたか?
王家の秘密を知った者がそれとなく始末されているだけだと思っていたが、本当に主がいるというのか?
主とは――地の底に在る者
頭の中でパチンとパズルのピースが嵌まる音がした気がする。
不自然なまでに一人で行こうとしていたアベル。資格なき者は食われるという場所。
アベルといれば大丈夫? つまりアベルは資格のある者?
ドンッ!!
答えに行き着く直前に、大きな音を立て石碑が吹き飛んだ。
そしてそこから噴水のように沌の魔力が吹き出した。
周囲の景色はすでに黒く染まり、先ほどまでの草原と花畑はもうその痕跡すらない。
その黒い空間が吹き上がった沌の魔力により新たな景色に塗り替えられていく。
俺達のいる空間の周囲で渦巻いていた魔力が、それにあわせてだんだんと落ち着いていき、新たな空間がはっきりと感じられるようになった。
足元は汚れた石畳に。周囲は破壊の跡が目立つ町並みに。空は重い雲に覆われた灰色に。
暖かな日差しの降り注ぐ草原の空気のにおいは消え、焼け焦げた木と生き物の血のにおいへと変わった。
それは死のにおい。
冒険者になってから俺も何度かそういう場を訪れたことがある。
破壊と略奪の後のにおい。
それは俺が過去に見たことのあるものより遥かに規模が大きい。
王都ロンブスブルクほどではないが、かなりの大都市に見える。
元は整った大都市だったものが無残に破壊された町並み。
そこに転がる人型の死体とそれらが放つ血のにおい。
ただの破壊と略奪ではない。
目に入る死体は町の一般的な住人らしき姿の者以外にも武器を持った兵士や騎士のような姿の者が多く混ざっており、彼らが乗っていたと思われる騎獣の死体も目に付く。
それは人間だけではない、人間以外の種族も。
よく見ると兵士や騎士の装備に付いている紋章が二種類あり、付けている紋章で装備も明らかに型が違う。
それは勢力の違いを示すものだろう。
ここは侵略された町か、それとも戦場となった町か。
「これは……うっ……」
酷い血のにおいのせいか、アベルが怪我をしていない方の手で鼻を覆う。
「戦場の町か……この沌の魔力とこの死体の数、まずいぞっ!」
ダンジョンの作り出すものには、戦場の跡地も珍しいものではない。
戦場の跡地。死体。沌の魔力。
新しくできたこの空間で出現する敵は深く考えるまでもない。
「うん、ここが大規模な町の跡地で、多くの死の後なら大量のアンデッドが押し寄せてきそう。残念、もう逃げる時間はなさそうだし、この様子だとすぐにここから溢れそうだから放っては帰れないね。ふふ、グランと一緒に残ることになっちゃったね」
スタンピードが起こりそう――このエリアだけでもやべー数のアンデッドがいるのにアベルは何故か笑みを浮かべている。
「ああ、そうだな。だがここにいる生者は俺達だけだし、勝手にやつらからこっちに寄ってくるからここから溢れ出す数は減らせそうだな。それに敵がたくさんいるということは素材もたくさん手に入るってことだ」
俺も負けじと楽しそうにニヤリと笑う。
気圧されたら負けだ。諦めたら負けだ。強がりでも余裕があるように見せろ。
敵はアンデッド、たいがいの者は知能は低く聖属性に弱く、体も脆い。
数が多いだけで、いける! いけるぞ!!
「さっき入口があった場所の方向に少しずつ下がりながら戦って、数が落ち着いたら脱出するよ」
「ああ、いざとなったらあの階段に逃げ込んで、あの通路を収納の中にある土砂で一時封鎖してしまおう」
作戦は決まった。
俺達にできることはとにかく殲滅だ!!
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