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グラン&グルメ~器用貧乏な転生勇者が始める辺境スローライフ~  作者: えりまし圭多
第八章

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愚かな竜の話

誤字報告、感想、ブックマーク、評価、いいね、ありがとうございます。

 遠くでアベルの声が聞こえた気がした。

 強い睡眠魔法? いや、これは時間魔法?

 すまん、なんか変なトラップを踏んだか術に嵌まったかも。

 敵意を感じなくなったから油断した。

 大丈夫、この程度なら少し頑張れば抜け出せそうだから、少し待っていてくれ。

 それより、早くその手を放して手当てしろ。



「かつて愚かな竜がいた」


 これはアベルの声?


「その竜は人と友になり、そして竜とそれ以外の生物が共に生きることができる世界を願い人と共に戦った。人が自分をおいて逝く生き物だと理解せずに。そしてそれに抗うことはできないことを受け入れる覚悟もなく。望んだ世界が訪れた後、次々と友が寿命を迎えこの世を去り嘆く竜に、一番の友が冗談交じりに自分も竜になりたいと言った。愚かな竜はそんな未来があればいいと答えた。しばらくして一番の友は竜になった、なり損ないの竜に」


 アベルにしては妙に落ち着いた話し方。


「そんなことを言ったばかりに、友は竜になるというできそこないの薬を飲み、出来損ないの竜になった」


 くそ、睡魔のせいで感覚がおかしいな。すぐ横で聞こえているのに耳の奥まで響いてグワングワンとして頭が痛くなってきたぞ。


「ああ、無理なことだと頭ではわかっていても、心の中で望んでいたずっとあの時が続けばいいと。その時がくるのが少しでも遅れれば、その時が永遠にこなければいいのにと望んでいた。そのせいでできそこないの神に魅入られることになり、友ができそこないの竜になった」


 ん? ガーランドの話か?

 アベルは妙にガーランドの話に詳しいな。

 そういえば、あのダンジョンでビブリオに招待されてガーランドの日記を観てきたんだっけ。

 その日記の中で観てきたことなのだろうか。


「その姿になった友は日に日に理性のない竜へと変わっていった。もう、友を救えるのは死のみだと名もなき魔剣で斬ったはずだったのに。魂は天へと還ったはずなのに。体は無駄に強靱で斬っても蘇り、名もなき魔剣で斬れば体に染みついた記憶が時折友のように振る舞う。殺せなかった――名もなき剣で斬っていればいつかは体も死すとわかっていても、斬って元の姿に近付けば斬れなくなった。だから時を止め城の深くに封印した。もうそこには心はないから、心はいつかまた生まれ変わるはずだから」


 これはアベルだよな?


「――いつかこの体を元に戻せる日が来るかもしれないから。体を元に戻してそれに心を入れれば友が蘇るかもしれないから」


 え?


「馬鹿だね、そんなことをしても心は別人でしょ。もうそれは、君の友達じゃないよ。ほら、彼も困ってるし、君も本当はそんなことするつもりはないんでしょ?」


 そうだなぁ、アベルの言う通りだな。器は同じでも中身が違ったら別物だなぁ。


「彼の体に長い間残っていた想いを聞き届けて終わらせよ。グランの時間が止まっているうちに。グランは魔法に対する耐性がめちゃくちゃ高いからね、時間停止魔法も抜け出しちゃうかもしれないし。ここまで拗れたのは君のせいだし、痛いのは俺達だけでいいよね。でも付き合ってあげるんだから、できちゃったダンジョンを何とかしてよね」


 アベルはリュウノナリソコナイと話しているのか? 待てよ、ナナシの反動を俺の代わりに引き受けるつもりか?

 俺の時間を止めて、その間に終わらせるつもりか?

 今まで反動が緩かったのはリュウノナリソコナイの元の奴が手加減をしてくれていたのかな?

 ああ、古代竜ラグナロックと共に戦ったというような奴なら、やべーくらい凄くてそれくらいできるのかもしれないな。


「性悪剣も覚悟はできたね? いくよ!」


 ああ、いこうか。

 あんま俺の魔法耐性を舐めんじゃねーぞ。全部聞こえているからな。

 グラリときて眠くなったのは、時間停止魔法で意識を止められそうになったってことか。

 アベルの時間魔法だと思ったらゴリ押せる気がしてキター!!


「握るならせめて鍔にしとけよ。それからこれが片付いたらすぐに手当しろ」


 アベルの手首を掴み、刃から手を放すように促した。


「え? もう時間停止魔法から抜けたの!? 痛っ!」

 俺に手首を掴まれたことに驚いて力の緩んだアベルの手を、刃から引き離して剣の鍔の部分を握らせる。


 ふははははは、俺の魔法耐性舐めんな!!

 それとギルドに強制送還しようとしたり、俺の時間を止めてナナシの反動を一人で受けようとしたり、帰ったらお仕置きだからな。

 これは一週間ニンジンとピーマンの刑!! 今ならセットでお得なスピッチョ付きだ!!

 それと手の平が切れて痛いのは刃なんかを掴んだお前が悪い。


「チョロい時間魔法すぎて少し眠くなったくらいで、独り語りもそいつとの会話も全部聞こえてたぜ」

「え……独り言? ちょっとどういうこと!? 時間魔法ちゃんと仕事してよ!!」

 ふははははははー!! てめーの一人語りポエムも全部聞いてやったぜー!!

「効かなかったものは仕方ないな。さぁ、こいつを送ってやろうじゃないか。また時間が経ってリュウノナリソコナイに戻る前に、人であるうちに、聞いてやろうじゃないか。また邪魔するなら俺一人でやるからな、ヒョロヒョロ魔法使いは鍔の端っこでも握ってろ!!」

「く……グランには世間の常識どころか魔法の常識も通じなくて困るんだけど。もう、これは俺の知り合いの不始末だから、グランは巻き込まないつもりだったのに」

「バーカ、ここまできたらついでだ、ついで。それじゃあ、時間切れになる前にいくぜ」

「……うん」

 ぶつぶつ言いながらも諦めたアベルから、ふてくされた返事が返ってきた。


 石碑から立ちのぼる沌の魔力の黒い靄がリュウノナリソコナイに絡みつき始め、このままではまたすぐに再びなり損なった竜の姿に戻ってしまうだろう。

「ナナシ、好きなだけ魔力を持ってけ。そこのヒョロヒョロは魔力が尽きると魔法が使えなくてただのヒョロヒョロになるから、ほどほどくらいにしてやれ」

「だ、大丈夫だよ! グランより俺の方が魔力は多いもんね!!」

 アベルの強がりを聞きながらナナシをグイッとリュウノナリソコナイの体に押し込んだ。

 直後、急激に魔力を吸われる感覚と共にナナシから発せられた光が、リュウノナリソコナイの体を這うように広がりその全てを包んだ。


 そして、聞こえて来た。


 ――人と竜の時間は違う。わかっていても、いずれくる別れの気配を感じれば決意が揺らぐ。揺らぎすぎてしまった。俺の決意が弱かったから、ずっと苦しめることになった。


 今までナナシの反動で聞いた声よりもずっと理性的なはっきりとした声。

 これはこのリュウノナリソコナイの元になった者が、力があるものだからだろうか。

 はっきりとした言葉だからこそ、より強くその後悔が伝わってくる。


 いいぜ、全部聞いてやる。


 ――あの時、あの者の誘惑に負けなければ……定められた命を延ばそうと思わなければ……全ては綺麗な思い出のままで終われたのに。

 ――生にしがみついてしまった。この世界から去るのが惜しかった。綺麗な時に終わりがこなければいいと思っていた。

 ――おいていって悲しませたくなかった。悲しんでくれるか不安だった。時が経てば俺のことを忘れられてしまうのではないかと思った。

 ――それがたまらなく不安で、あの手を取ってしまった。

 ――手に入れた永遠の命はまがい物で、生きているのではなく死ぬことができないだけだった。

 ――すぐに願望が制御できなくなり心を蝕んだ。その心を解放するのに、また友を苦しめることになった。

 ――苦しんだ友のために俺はこの地の底で眠ることにした。綺麗な夢を見ながら。

 ――それから心を失った抜け殻だけがずっと生き続けた。


 どうしてだろう、痛みより罪悪感が強い。俺も一緒に後悔しているような感覚。

 いつもと違う感覚に戸惑っていると、アベルの声が聞こえてきた。


「く……、大丈夫。これは絶対忘れない痛みだね。ああ、君のことは絶対忘れない、これだけ痛ければガーランドも忘れないね。ふふ、君はこれからも彼の心に刺さった抜けない棘になるんだ。それはそれで悪くないと俺は思うよ。ああ、辛くても忘れること疎むこともない。弱くて、恐くて、勇気がなくて来ることができなかった。次にここに来る時は本当に別れになる時と感じていたから」

 アベル?

 ガンガンとナナシに魔力を吸われながら気になってアベルの方を見ると、ナナシの発する光を受けながらアベルが苦悶の表情を浮かべていた。

 アベルの方にナナシの反動がほとんどいっている?

 こいつまた何か小細工でもしたのか!?

 そのアベルの髪の毛の毛先が、ナナシの光と沌の黒い靄の色が混ざって反射しているのかほんのりと薄い紫に染まって見えた。


 ――大丈夫、俺は抜け殻だから。その抜け殻もやっと終わることができる。

 ――抜け殻に残っているだけのものだけれど、きっとこれを伝えるために残っていた。

 ――お前と友になれてよかった。後悔はたくさんあってもこれだけは絶対に後悔しない。

 ――だから、俺との思い出をもう悔やまないで。


 リュウノナリソコナイの体がサラサラと末端から砂のように崩れ始め、いよいよ彼の終わらない時に終わりがきたことを悟る。

 ナナシがカタカタと俺の手の中で震えている。

 震えているのはナナシだけではなくアベルの手も。


「悔やむな、それが彼の最後の願いなら悔やまず見送るんだ」


 ――ああ、悔やまなくていい。俺の心はきっと次の生を楽しんでいる。


 だんだんと赤毛の姿が崩れていく。その中で満足したような笑みを浮かべている。

 俺よりもずっと鮮やかな赤毛。

 全然違う赤なのに同じ赤毛というだけで少し親近感が湧いてしまったのか、何故か彼の感情に自分の感情が妙に引っ張られた。


「最後に伝えておくことがある」

 半分以上崩れたリュウノナリソコナイがナナシ経由ではなく、自らの口で言葉を発した。

 そして続ける。

「この下――なり損ないの神が地の底の蓋を開け、地の底に在る者の眠りを邪魔した。そして蓋が開き混沌が溢れて上に向かっている。俺もそれで目覚めて彷徨い出た。おかげでお前達に会うことはできたが、このままでは溢れ出た混沌が広がる。一度正気に戻った時にこの空間で蓋をしたが、俺が消えればここも消える――後は任せたぞ」


 うおおおおおおおい!? 後は任せたぞって、ものすごくやべーことじゃん!!

 そういうことは最初に言って!! お前を成仏させるのに俺の魔力はほとんどナナシの餌にしたよ!!

 ていうか地の底に在る者って何!? 誰!? 王都の下に何があるの!?

 アベルうううう!! 何か知ってる!? ていうか何とかなる!?

 あ、ダメだ。このヒョロヒョロもやし男もしんどそうな顔をしている。


「さよならは言わない方がいいな――心はもう……」


 俺達に今回の騒動の発端と思える情報を残し、赤毛の男の体がほとんど消えようとしていた。

 最後の言葉を残して。

 言い終える前にそれを発する部分が砂になり言葉が途切れた。

 ナナシはもう彼の体には刺さっていない。

 先ほどまで彼の胸があった位置で止まり、ただ静かに光の粒子を放っているだけ。

 その光が砂になっていく彼が混ざり合い風に流され、白い花畑に降り注いで消えていく。


「ヴァッサーフォーゲル!!」


 最後に残った濁った瞳の部分が消える直前アベルが剣から手を離し、まだ血が止まらない手を彼の方に伸ばした。

 その目が細くなりそれが彼の最後の笑顔だと悟った時、それも砂となり光の粒子と混ざり合いながら風に流され、伸ばしたアベルの指の隙間をすり抜け花畑へと降り注いで消えた。












 そうか、それが彼の名前?



 それもガーランドの日記にあったのかな?



 それよりも、ナナシでアベルの手が切れたのにアベルの後悔や懺悔は聞こえなかったな。










 が、そんなことを悠長に考える前に、目の前の石碑から黒い靄が吹き出して、俺達の立っている地面や周囲に見える穏やかな景色がボロボロと崩れ始めた。




お読みいただき、ありがとうございました。


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ケーキ入刀好き
シュベさんも、みんな後悔してた話……アル兄さんとか言うやべぇクソヤロウが元凶だけど、産みの親がだいたい悪いと言うか戦犯じゃん… リリスさんとか言う邪し……ゲフンゲフン…超絶美女な女神様!!もあんな事…
[一言] 大好物のタイプのビッグエモーションをありがとうございます…… かつての彼らの悔いを今の彼らが拭った今、限りある生を共にしながらいずれ来る終わりを今度はハッピーエンドで占められることを祈るばか…
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