友の残滓
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人の顔をしているが血色の悪い肌に濁った虚な目。そのせいで年齢は壮年から中年くらいに見える。
胴体はリュウノナリソコナイのまま、ボロボロの布を纏っている。
俺が切り落とした右腕は逞しい男性の腕、左手首からさきもゴツゴツとした男性の手が見える。
全体的に濁った色合いが多いはずなのに、鮮やかな赤い髪の毛のせいで、全ての印象が赤になる。
「待っていた。どんな姿になっても。どれだけ時が過ぎても。いつか来てくれると思っていた――ガーランド」
低く落ち着いた声、やはり壮年か中年くらいだろうか。
まるで語りかけるような口調で、花畑の間を通る道を進む俺達の方へ濁った瞳を向ける。
ガーランドという名を口にしながら。
そしてその視線の先には――。
「俺はガーランドじゃないけど、彼とはほんのほんのほんのちょっとだけ縁があるから伝えてあげるよ」
リュウノナリソコナイの視線を受け止めながら、アベルが素っ気なく応えた。
え? ガーランドさんを知っているの!?
もしかして、ガーランドさんと知り合いだからこのリュウノナリソコナイを追いかけて来たの!?
ガーランドさんって、あのガーランドさんじゃなくて!?
すごく気になるけれど何があっても追求しないと言ったので、生まれてきた疑問は全て頭の隅に追いやり、アベルとリュウノナリソコナイの顔を交互に見た。
アベルの言葉に赤毛のリュウノナリソコナイが、穏やかな表情で目を細めた。
その視線をまっすぐと受け止め、アベルが困ったような笑みを浮かべながら目を細めた。
その表情が俺の知らないアベルのように見えて、なんだかものすごく居心地が悪い気分になった。
「もう少しだけ生きたくテ、もう少しだケ別れるのが惜しクて――不死ヲ求めた。愚かなのはオレ。取ってはいけない奴ノ手を取ったのも俺、この体は俺のせイ。ガーランドは悪くない。コノ体から心を救ってくれタのもガーランド。ソノ剣で斬ってくれたから、心は還った。コレは抜ケ殻、オレは抜け殻に染みつイた記憶、思イ出。思い出が染みついた抜け殻だけが永遠に死ねナイから――ソノケンデオワラセテ」
アベルの言葉にリュウノナリソコナイが言葉を紡ぎ始める。
それは伝言というよりまるでアベルに語りかけているよう。
アベルもそれを酷く辛そうな表情で聞いている。
このリュウノナリソコナイの話からすると、こいつは不死を求めてこの姿になったというのか?
抜け殻? 心は還った? 抜け殻に染みついた記憶?
要するに魂はなくても体だけが動いているゾンビのようなものか?
無限に再生する体を持ったゾンビ。無限に再生する故に脳がちゃんと機能しているから、ゾンビでありながら記憶と知性と理性があるのか?
いや、人の姿が混ざっていない時は理性や知性はあまりなさそうだったな。
あの状態だと理性より、竜やゾンビとしての本能が優先されるのかもしれないな。
それがナナシの効果で竜になり損なう前の姿に戻って、たどたどしいが会話ができる程度になったということか?
その剣とはナナシのことか? ナナシが妙に不安定なのは過去にこいつと何かあったからだろうか。
そして、その剣で終わらせてとは、ナナシで斬れということだろうか。
花畑にある石碑の下から沌の魔力の黒い靄が漏れているのがわかる。
それがリュウノナリソコナイの体に絡みつき、人間のパーツの部分が竜のもののように変わっていく。
このままでは再び先ほどのリュウノナリソコナイに戻ってしまうだろう。
その証拠に言葉がどんどん聞き取りにくくなっていっている。
損なった竜の姿に戻りつつある赤毛が促すように俺の方に視線を移したが、その視線を拒むようにナナシがカタカタと揺れた。
「ヒトとリュウは時間がチガウから。共に歩メナイカラ。オイテ逝ってシマウから。永遠手にイレタケドチガッタ。ヒトはリュウにはナレナイナレナイナレナイナレナカッタ。ナレナカッタケド永遠にイキルカラダ。俺心ハナイケド滅ビナイカラダ。エイエンノイノチ。ガーランドモドッテキタ。お前ガ俺をココに置いて行ッタ日からズット待ってイタ、地の底デ。オレハサキニ逝カナイ、永遠ニ友達デイル永遠ニ永遠永遠エイエンエイエンエイエンヲテニイレタ」
ナナシがカタカタと拒んでいる間にも、リュウノナリソコナイはなり損ないの竜の姿に近付き言葉もだんだんとおかしくなる。
理性が消え始め想いが妄執になり、友を気遣う言葉がだんだんと呪詛のようになっていく。
竜と言っているということ、ズィムリア時代の剣であるナナシと関わりがありそうだということは、こいつが言うガーランドとはやはりズィムリア魔法国最後の王ガーランドこと皇帝竜ラグナロックのことか?
そしてこいつはラグナロック――古代竜のような永遠の命を手に入れようとした者の成れの果て?
そうなった友をラグナロックがナナシで斬って、魂は肉体を離れ体だけ死なない状態で残っているということか?
ナナシならばこの体を殺すことができそうだが、ラグナロックは何故魂の抜けた体にとどめをささなかったのだ?
カタカタと弱々しくナナシが揺れる。その感じからすると、何か事情があるんだろうな。
次から次へと疑問が生まれてくるが、昔のことなんて考えても仕方がないのでここで決着を付けようじゃないか。
頭部も腕も最初見た時の状態に戻り、先ほどまでの理性が感じられなくなったリュウノナリソコナイから目を離さずに、腰のナナシに手を触れ魔力を与える。
なぁ、ナナシ。あれは生きていると言えるか? 生き物として人としての在り方だと思うか?
抜け殻だと言っていたよな。あのまま、あいつが思い出にしがみついて彷徨っているのが正しいと思うか?
起きろ、ナナシ。
心だけではなくて、体も――体に残っている、思い出という心の欠片もちゃんと還してやろうじゃないか。
俺は知っているよ。人の魂は巡り、またいつか生まれてくる。記憶がなくても、全く別人であっても、また生まれてくるんだ。
だから、もうこいつを休ませてやろう。
大丈夫、伝言はアベルが届けると言ったからその言葉を信じよう。
さぁ、出番だナナシッ!!
「ガーランドガーランドガーランドガーランドガーランドガーランド――マタ共ニ戦オウ。理想ヲ未来を語リアカソウ。アノ頃ニ戻ロウ。モウ一度ヤリナオウソウ。今度ハ間違エナイ間違エナイ。一緒ニアノ頃ヲ作ッテ、ココニアノ頃ヲ作ッテ、ミンナ生キ返ラセテ、ソノ中デズット……永遠ニアノ時を生キ続ケヨウ」
ナナシが色付いたとほぼ同時に完全に元のリュウノナリソコナイに戻った赤毛が、うわ言のように言葉を吐き続けながらアベルの方へ手を伸ばす。
「……お、俺はガーランドじゃない! アベルだ!」
アベルが即座に後ろに下がってそれを避けるが、伸ばされたリュウノナリソコナイの腕がニュルリと触手のように伸びアベルを追尾した。
それに反応してアベルが転移魔法を使おうとした気配がしたが、発動より先に触手のように伸びたリュウノナリソコナイの手がアベルの左手首を掴んだ。
「ガーランド、イコウ、アノ頃ニ。アノ頃ヲ作ロウ」
手を掴んだリュウノナリソコナイにアベルが戸惑う気配を感じ取りながら、ナナシを握り踏み込んだ。
「人違いで俺のダチに絡んでんじゃねーぞ」
アベルの手を掴むリュウノナリソコナイの腕を一振りで切断する。
友に対する強い想いや未練はわかる。その友に伝えたいことがあるなら伝えてやってもいい。
だが俺の友達に危害を加えるなら話は別だ。
何故アベルとガーランドを勘違いしているのかわからないが、アベルはお前の友のガーランドではなくて、俺の友だ。
――ウ……チガ……ウ。ヤリナオシタクテモヤリナオセナイ、ワカッテイル、ワカッテイルワカッテル。
伸びた腕の先端を切断されたリュウノナリソコナイの悲鳴と共に小さな声が耳の中に響く。
それは嘆きではなく、自らに言い聞かせているような言葉。
「今度ハオイテ、逝カナイ。皆ガ生キテイルアノ時ノ中ニズット」
――マタ……マチガエル。マチガエタクナイ。マチガエルマエニオワラセテ。
今度は残っている左腕がアベルの方へと伸び、それを切り落とすと小さな声がはっきりと聞こえた。
リュウノナリソコナイの口から零れる言葉とは違う心の声。
こちらが理性のある時の赤毛の声か?
友といたいと思う気持ち、きっと幸せだった頃がずっと続いていて欲しかったという願い。
だがそれは不可能で間違っていると頭ではわかっていて、寿命の違う友を想う気持ち。
体に染みついた願望と、僅かに残っている心の痕跡が葛藤しているのだろう。
ああ……魂は還ることができても、抜け殻の体は死ぬことができず、空っぽの体に染みついた記憶が友と過ごした時にずっと執着していたのだな。
いいぜ、その妄執を断ち切ってやる。
ナナシ、いけるか?
尋ねればカタカタとナナシが反応する。
ああ、お前もこいつの声は聞こえているよな。
もう、心のない体。記憶に執着して動いているだけの体。
俺達で終わらせてやろう。
ナナシを握り踏み込む。
そして再びリュウノナリソコナイの胸を貫いた。
――ダイジョウブ、コレデイイ。ナゲクナ、ヒトハイツカシヌ。
――ヒトハリュウニハナレナイ。
――ダケドココロハメグル、キットマタアエル。
――ダイジョウブ、ツタワッタ。ソシテマタアエタカラ、ソノコトニモウオモイノコスコトハナイ。
リュウノナリソコナイの言葉が頭の中に聞こえてくる。だがいつものような辛さはない。
これは懺悔でも後悔でもなく、ナナシに語りかけているのか?
今度はリュウノナリソコナイの声を聞いても、ナナシは色褪せない。
キラキラと光ながら、リュウノナリソコナイに絡みついた沌の魔力の黒い靄を消し去っていく。
その靄が薄くなるにつれ、リュウノナリソコナイの体が人へと変化していき、俺が切り落とした腕も先ほどと同じく人の腕として再生した。
そして一度竜の頭になった顔も人の顔に戻り、今は穏やかな表情になっている。
「ガーランド、またいつか逢おう」
相変わらず濁った瞳だが、理性のある表情でリュウノナリソコナイがアベルの方を見た。
先ほどから気になっていた、何故こいつはアベルをガーランドと勘違いしてるんだ?
見た目が似てるとか?
疑問の答えを勝手に考えていると、すぐ傍までアベルが近寄ってくる気配がした。
そして――ナナシを掴んだ。
リュウノナリソコナイの心臓を貫く刃の付け根の部分。鍔のすぐ先。
「バカ! 何やってんだ!?」
そこをグッと掴むのが見えて思わずアベルの方を振り返って叫んだ。
あまりに強く握って手袋に刃が食い込んでいる。このまま剣を引けばアベルの手が切れてしまうので、引くこともできない。
そんな俺の焦りを気にとめることなくアベルはナナシの刃を掴んだまま、それをグッとリュウノナリソコナイの方へと強い力で押し込んだ。
その動きで手袋が切れ、刃が素肌に触れて皮膚が切れたようだ。
血のにおいがしてアベルの手を見ると、刃に触れている部分を中心に手袋に血か滲み赤黒く染まっていた。
直後、グラリとした目眩と共に強い眠気に襲われた――。
「愚かな竜の話を少しだけしようか」
え? アベル? 突然何!?
そんな話より手の方を先に何とかしろ!!
お読みいただき、ありがとうございました。




