その先にあるもの
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「ぬあ、なんじゃこりゃあ!?」
沌の魔力の発生源である分水施設の床の下にあった階段を進めば、水路の汚水の臭いは和らいだがその沌沌沌沌沌とんとんとんとんとんとした魔力が急激に濃くなり思わず声が出た。
「ふふふ、俺は一人でもいけるから辛いなら帰っていいんだよ」
「帰らねぇ! 絶対に帰らねぇ! それにこれだけ沌の魔力が濃いと、普通ではお目にかかれない素材があるかもしれないし、ナナシを使えば無の魔石が手に入るかもしれない。あー、やる気出てきたーーーーー!!!」
胡散臭い笑みを浮かべるアベルに、俺も全力の笑顔で応える。
辛くなんかないぞーーーー!! めちゃくちゃやる気に満ちているぞーーーーー!!
今のとこまだ魔物やアンデッドの類いには遭遇していないが、間違いなくこの先に何かいるという感じの魔力の濃さだ。
これだけの魔力の濃さだとダンジョン内のように魔力が具現化して何らかの生き物になって、あの割れ目から水路に出て行ったとも考えられるな。
もしかするとこの先はダンジョン化をしているか、それが始まっているのかもしれない。つまりダンジョンの中と同様に、自然では発生しないような現象が起こるかもしれないということを考えて行動をしなければならない。
石の壁の間を通るあまり幅の広くない階段はずっと下へと続いており、その先は暗くて終わりが見えない。
大きな町の地下、しかも奥部分から更に奥にいく階段――誰がなんの目的でこんなものを作ったのだろう? そのようなものを作るにはどれだけの技術と労力が必要だっただろう?
などという疑問が湧いてきたが、一段進むごとに濃くなっていく沌の魔力に思考を整理するのが面倒くさくなり考えるのをやめた。
そして濃いのは沌の魔力だけではない、全ての魔力が非常に濃い。
何だこの場所?
「思ってたよりやばそ。って、何を考えてこんな状態でずっと放置してたの!? むしろ今まで溢れ出してなかったことの方が奇跡だよ! 兄上はこの空間のことをどこまで知ってるのかな?」
アベルがブツブツと文句を言いながら俺の前を歩いている。
よくわからないけれどアベルのお兄さんってわりとえらいお役人さんっぽいし、それ絡みの愚痴かなぁ?
ここは関係者しか入れない場所みたいだし、管理にミスがあったってことかな?
変な生き物も湧いてきていたし、騎士さん達に色々まずいことがばれる前に証拠隠滅をするつもりだったのか?
なるほどー、それならアベルがお兄様のことを思って、まずい事態を一人で片付けにいこうとしたのもなんとなくわかるな。
俺の超推理力で気付いてしまったが、気付かなかったことにして証拠隠滅に付き合ってやろう。
でもやべーのもいるみたいだから、今後はちゃんと管理をしてもらわないと困るな。そこんとこお兄様にちゃんと言っておいてくれよ?
「それにしてもここは元からこんなに魔力が濃いのか? それとも何かあって魔力が濃くなって溢れ出した感じか?」
「……俺も伝え聞き程度のことしか知らないけど、本来はここまで魔力は濃くはなくて、さっき通過してきた床が封になっていて外に魔力が漏れ出さないようになっているんだ。それが何らかの理由でひび割れが入ってしまい、地下水路に濃い沌の魔力が溢れ出したみたい。それでさっきの奴も外に出てきちゃったんだろうね。そもそもなんでそんなやばいものを埋めてるなら、なんでもっとしっかりとした封印にしておかなかったの? しっかりした封印だったからどんなに時が過ぎても破れないと思ってたの? 永遠とか完璧とか絶対なんてあるわけないでしょ、バカ!!」
最後の方がものすごく愚痴になっているぞぉ。
「確かにものすごく古そうな場所だし、あのでかいひび割れは床の老朽化が原因か? でも普段より魔力が濃いってことはその原因もあるだろうし、さっきの奴を探すついでにその原因も突き止めて処理しないとな」
俺達だけでなんとかできるならパパッとなんとかして、適当に報告書をかけば、アベルのお兄さんの立場も悪くならないだろう。
上手く証拠隠滅ができたら何かご褒美が貰えないかな?
珍しい素材でもいいし、今なら現金でもいいぞおおお!!
「そうだね、原因はわからないみたいだから突き止めないとね。って、グラン!? 何を弄ってるの!?」
「んあ? 一応壁の向こうに何かないかチェックしながら? 隠し通路や隠し部屋があるかもしれないし、罠が仕掛けられてるかもしれない。これだけ魔力が濃いとダンジョンのように魔力が具現化して、何か凶悪な仕掛けができているかもしれないから一応な。でも魔力が濃すぎてわかりにくいんだよなぁ」
石壁に手を触れながら歩いていると、突然アベルが振り返った。
魔力が濃すぎて感覚がおかしくなるが、どんな小さなことでもおかしなことがあれば早めに気付いておきたい。
ダンジョンの誕生に立ち会ったことはないが、それでも注意していれば濃い魔力がダンジョンのように具現化を始めていることに気付けるかもしれない。
「変なものを見つけても触らないでって言ったでしょ!」
「変なものじゃなくてただの壁を触っているだけじゃないか。ほら、叩いてみてもただの壁……」
ガコンッ!
「んな!?」
「ちょっと!?」
軽く叩いた壁が、まるでただ積み上げただけの積み木のようにズレて、そこを起点にしてガラガラと崩れ始めた。
そして床までも。
「ぎえええええええ!? 床ぁ!? 何でぇえええええ!?」
「グランのバカアアアアアア!! 変なものを触るなって言ったでしょおおおお!!」
「変なものじゃなくて壁だって言ってんだろおおおお!! 俺は悪くねえええええええ!!」
「カーーーーッ!?」
「もーーー、どうすんのこれ!? ていうか、壁を弄くったグランも悪いけど、こんなになるまで放置してた奴が一番悪い!! 責任取ってなんとかしてよ!!」
壁や床が一瞬で崩れ、そしてそれが消え去り何もない真っ暗な空間に放り出された。
やべー、アベルがキレた。
ん?
自分の声に混ざって何か聞こえたような?
そんなことより、責任を取ってと言われても……うおおおおおおおおおおお!! ものすごい魔力が集まっている感じがするぞおおおお!!
床がなくなったが落下しているような感覚はない。
ただ真っ暗な空間の中に佇んでいる俺達がいる場所を中心に、魔力が集まり激しく渦巻き始めた。
周囲で激しく魔力が渦巻いているのはわかるが、その中心故に俺達のいる場所は静かである。
すぐ横につい一瞬前まで激おこだったアベルも、起こっている現象に気付いたのかポカンとした表情で渦巻く魔力を見ている。
突然消えた壁と床。そしてそれらがなくなり真っ黒になった空間に、落下するわけでもなく普通に立っている俺達。
これは明らかに空間魔法が作用している。
壁を触って、どこかに隔離されたか?
ああ、魔力の渦が壁のようになって、その向こうと隔離されているような状態だな。
しかし、魔力が渦巻き始めたおかげで他の魔力と混ざり合って、とんとんとんとんとした感じが薄まって少し楽になったぞ。
それどころか聖や光の魔力を強く感じる。
しかも渦巻いている魔力もだんだんと静まってきたな。それに静まるにつれて周囲が明るくなってきたぞ。
少し明るくなれば後は一瞬だった。
夜明けのように明るさが増し、色付いた世界が広がった。
そこは眩しい光の溢れる草原。
先ほどまでの気持ちの悪い沌の魔力が嘘のような、心地の良い空間。
春のような柔らかな光が降り注ぎ、爽やかな風が吹き抜ける。
そしてその草原の中に伸びる道。
振り返ればすぐ後ろに不自然な大木が生え、その幹に大きな洞があり、その中に先ほど俺達が降りてきたと思われる石壁の階段が見えた。
今のところ魔物の気配は感じないが、すぐにここがダンジョンだと理解した。
王都の下にダンジョン?
ずっとここにあったのか? それともできたばかりなのか?
どちらにせよ、これはちょっと隠蔽工作が難しいかもしれないなぁ。
「ダンジョンみたいだけどどうする?」
「俺は進むよ。戻るならまだ入口だからギルドまで飛ばせるから、先に戻ってダンジョン発見の報告をしてくれるとありがたいな」
どういう場所かもわからない未発見のダンジョン。常識的に考えて引き返して報告するのが当たり前だ。
だがアベルは頑なに進もうとしている。もっともらしい理由を付けて一人で。
この状況でも進むことに一人で固執するとなると、お役所絡みの隠蔽工作ってわけでもなさそうだな。
いや、アベルを一人でいかせないために理由は追及しないと決めていたな。
「ダンジョンの存在には、ドリー達が俺達を探しに戻って来たら気付いてギルドに報告してくれるさ。だから進むなら一緒に進むよ。何か言いたくないことがあるなら、ここで起こったことは追求しない」
「はー、こういう時のグランって絶対折れないからなぁ」
アベルが本気で困ったような表情で笑う。
「ああ、絶対に折れない。それに俺もいかないといけないような気がするんだ」
そうここに来てまだ感じるザワザワとした感情。
アベルが頑なに進みたがるように、俺もいかなければいけないという感情に駆られている。
「グランは頑固だし、言い争うだけ無駄だからさっさと進んじゃおっか」
「ああ、そうだな。帰ってする言い訳を考えておかないとな。それとドリーがめちゃくちゃ心配してるだろうから、帰ったらちゃんと詫びを入れないとな」
「そーだね、お説教回避の言い訳を考えとかなきゃ。アッ! グラン、今はいそいでるんだから草原だからって薬草探しとかはやめてよね」
「エッ!? 魔物の気配もないしちょっとだけでもダメ!?」
「ダメ! 帰るのが遅くなるとさすがに騒ぎが大きくなりそうだし、王都の地下に未確認のダンジョンなんてやばいから、さっさと用事を済ませて帰るよ!!」
草原の薬草が少し気になったけれど、ダンジョンは逃げないからまたでいいか。
暖かい光の差す道をアベルと並んで歩きだす。
なんだろうなぁ、王都で冒険者をしていた頃に同じようにダンジョンの草原エリアで並んで歩いたことでもあったっけか?
なんとなく昔を思い出して懐かしく感じて、降り注ぐ日差しのように温かい気分になった。
とくにアベルと言葉を交わすことなく道を進んでいくと、白い花畑とその真ん中に建つ石碑が目に入った。
そしてその前に人影――鮮やかな赤い髪をしたあのリュウノナリソコナイの姿が見えた。
お読みいただき、ありがとうございました。




