絶対に譲らない
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「あまいな、ガキの頃にどんだけお前の空間魔法と依頼用紙の取り合いをしたと思ってるんだ」
足元の魔法陣が光が強くなりその光が俺の体に纏わり付く前に魔法陣から抜け出し周囲を確認すると、他のメンバーのいた場所には光の柱が上がっており、そこに彼らの姿は見えなかった。
アベルの肩の上にいたカメ君もいなくなっている。
コイツ、一人であのリュウノナリソコナイを追いかけるつもりだったのか?
どうして?
この沌の魔力の発生について何か知っているのか?
考えてわかるようなことでもないので、聞いてみるしかないな。
ピカッ!!
アッ! また足元に魔法陣が!!
バーカ! 俺にはトロくさいお前の転移魔法は効かねーぜ!!
ピカッ!!
そもそも発動前に光るからわかりやすすぎるんだよ。
バーカ、バーカ!!
ピカッ!!
効かねーつってんのに、お前もしつこいな!!
バーカバーカ!! あかんべえええええ!!
「ハァハァ……、なんでそんなに反射神経いいの?」
「どんだけお前の空間魔法と依頼用紙の取り合いをしたと思ってんだ。お前の転移魔法なんかとっくに見切ってるっつーの」
「う、うるさいな! しかもなんか馬鹿にされてる気がしてむかつくし!」
「何だって急に転移魔法なんだよ。他の奴らはどこに飛ばしたんだ?」
「ちょっと急用を思い出したから、みんなには先にギルドに帰ってもらっただけだよ。だからグランもさっさと帰ってよ!!」
「うるせぇ! 意地でもついていくから諦めて連れてけ!」
悔しそうな顔でアベルがハァハァと肩で息をしている。
ははは、魔力の無駄遣い乙!
先ほどまで表情が抜け落ちていたが、今はいつものアベルのように見えて少しだけホッとした。
「…………やっぱダメ! 先に帰って!」
「おっと、危ない。無駄なことはやめて大人しく俺を連れていくんだ。そうだな……どうしてお前が一人で行こうとしたのかは聞かないから、とりあえず連れてけ。じゃなかったら俺は俺で勝手に調べて、勝手に進んでいくぞ! 絶対そこの床から出てる靄が怪しいだろ!! その下の辺りに何か空間があるよな!? 爆破してでもその床を調べてやるぞ!!」
あのどさくさで自分以外を転移魔法で帰して一人でリュウノナリソコナイを追うつもりだったのなら、その理由は俺達に知られたくないことなのだろう。
理由は気になるが、今はアベルを一人で行かせることを阻止したい。
待っていると言って沌の魔力の溢れる分水施設の中へ入っていったリュウノナリソコナイ。
赤毛の男は何故アベルの方を見た? その直後アベルはどうして俺達を町に送り返そうとした?
あの状態だとあのリュウノナリソコナイがアベル以外を町に戻したように見えただろう。男の言葉とほぼ同時だったため、俺も一瞬そう錯覚しかけた。
アベルの魔法の技量は高い。だが前振りもなくいつもよりも多い人数、しかもあちこちに散らばって動き回っている者を纏めて転移できるほどだとは思わなかった。
いつも長距離転移魔法のテレポートを使う時は、アベルのすぐ近くに集まって転移するのでその範囲でしかできないと思っていた。
何かを知っている? それを隠している? 今回の騒動の原因に気付いた? それを知られたくなくて一人で処理をしようとした?
リュウノナリソコナイの中から出てきた男に、自分以外が町に送り返されたように見せかけて。
一人で何とかして、フラリと帰ってきてそれっぽい報告をするつもりだったのだろうが、そうはさせないぞ。
何年、冒険者をやりながらちょいちょい一緒に悪さをしてきたと思ってんだ。
お前の行動パターンくらいお見通しだっつーの!
「は? こんなとこで爆弾を使ったら分水施設が壊れちゃうでしょ!? そもそも町の地下で爆弾なんて非常識なの!? そうだよね、グランは無駄に勘が良くて非常識だよね!! でもこの先は俺だけで行くから、グランは先に帰ってて!」
「は? 非常識なのはお前だろ! どう考えてもやべー奴を一人で追いかけようとか、冒険者として非常識すぎるだろ! とにかく俺も絶対に行くぞ。またアレと戦うことになったらナナシがないと困るよな? どうだナナシ、いけそうか?」
先ほどおかしな色の消え方をしたナナシに声をかける。
何があったのか心配だがカタカタと揺れているところを見ると、物理的にダメージを受けたわけではないようだ。
その揺れ方だけではよくわからないが、俺に何かを訴えるようなカタカタではない。
何か独り言のような、戸惑っているような小さなカタカタ。
俺が声をかけるとハッとしたように大きく揺れ、その後少し間を置いていつもの肯定のカタカタが戻ってきた。
「もう、何勝手に決めてるの! 俺はついてきてもいいって言ってないよ!」
「じゃあ、勝手についていく! それと途中で転移魔法を使って追い返そうとしたら、一回につき十日間ニンジンフルコースにするから」
絶対に譲らないぞ。
「は? 何それサイテー! もう勝手にして!! 勝手についてきていいけど、勝手に動き回らないって約束して! この先は本当にやばくて、勝手に動き回ると何が起こるかわからないから、ちゃんと逸れないようについてきてよ!」
プリプリと怒るアベルはいつものアベルだが、そこには小さな違和感がある。
「おう、勝手にちゃんとついていくぞ。だから、無理に俺を追い返そうとしないことだな! それに俺が一緒ならドリー達も安心のはずだ。帰ったら上手く口裏合わせて言い訳をしようぜ」
俺とアベルは日頃からよく一緒に行動しているからな。俺がアベルと一緒ならドリー達もいつものことだと思って心配しないだろう。
「はー、確かに二人なら誤魔化しやすいかもしれないね。じゃあ、絶対にぜえーーーったいに勝手に動き回って逸れないでよ。それから変なものを見つけても触らないでよ。ホントにやばいんだから」
何を誤魔化すつもりか知らないが、アベルを一人で行かせないためにはアベルを無理に問い詰めない方がいいだろう。
そして誤魔化すなら一人より二人の方が説得力がある。
ああ、王都にいた頃もアベルと色々やらかしてたくさん隠蔽工作をしたよなぁ。
大丈夫、あの頃からまずいことはちゃんと隠して上手く冒険者生活を続けてきている。
「おう、良い子でヒヨコのようにピヨピヨついていくよ」
絶対についていくと言ったからな。
アベルを一人では行かせない。
そして俺もアベルと共にそこに行かなければ行けない気がする。
待っている。
あの言葉は誰に言ったのか。
ガーランドという人物。
それとも、その言葉に反応するように一人になろうとしたアベル?
それとも――俺?
きっと行けばわかる。
待っていると言ったからきっといるのだろう。
壊れた扉から分水施設の中へと入る。
内部の床から沌属性の魔力の黒い靄が吹き出している場所があり、探索スキルで探ってみるとその下に階段のような空間があるのがわかる。
そこが先ほど赤毛の男が消えた場所。
近付くとその部分に大きなヒビ状の割れ目があり、そこから下の空間が見えた。
沌の魔力が吹き出して来ているのもこの部分だ。
「この床の下は階段か? くそ、沌の魔力が濃くて奥まではわからないな。さっきの奴はこの割れ目の下へ戻っていったのか? 通ろうと思えば通れるが狭いな、分解して進むか」
頑張れば通れるが少し狭いな。装備がひっかかりそうだし、石の床で肌を擦って擦り傷ができるのも嫌だ。
何か開ける方法があるのかもしれないが、めんどくさいし考える時間がもったいない。
よし、リュウノナリソコナイが壊したことにして分解しちまおう。
沌の魔力が溢れそうならアベルに土魔法で石板でも出してもらって、俺の合成スキルでくっつけて蓋をしておけば問題ないだろう。
昔ダンジョンでやべーフロアボスに追いかけられた時は、よくこの方法で逃げ切っていたよなぁ。懐かしいなぁ。
「ダメッ! 壊したらダメ! ここは床を壊さないでも抜けられる仕掛けがあるの! えぇと……どこ? この辺? あ、これね。ついでにこのひび割れも元に戻したいな」
アベルがブツブツと独り言を言いながらしゃがんで、床の割れ目を撫でると床が再生して割れ目が綺麗に閉じ、吹き出している沌の魔力が止まった。
時間魔法で物体の時間を巻き戻したのか?
物体を時間魔法で元の形に戻すことは可能だが、恐ろしく魔力を消費するはずだ。
しかも狭くはあるがその気になれば人がくぐり抜けられそうなひび割れともなると、とんでもない魔力消費量だと思うのだが、それをあっさりとやってのけたアベル。
チート魔導士だとは思っていたが、先ほどの転移魔法といい、俺が思ってた以上のチート野郎だな。
床を直した後は近くにある模様に手を触れ、そこに魔力を流した気配がした。
それと同時に床に魔法陣が浮かび上がり、石でできた床がまるで透明なガラスのように透き通った。
そしてそのガラスのようになった床から見えたのは、暗い闇の中へと続く階段。先ほどまで沌の魔力が吹き出していた場所だ。
「じゃあ行くよ。この状態なら普通に階段に入れるけど、入ったら入口は元の床に戻るし、この床は開け方を知らないと開けられないし、この先はグランの苦手な沌の魔力だらけだよ? 引き返すなら今のうちだよ?」
アベルが意地悪な表情で微笑む。
「いいや、行くよ。こんなやばそうな場所、一人で行かせるかっつーの」
俺も口の端を上げてそれに応える。
俺の返事を聞いてプイッと顔を背けるようにアベルが階段に入った。
俺は照明魔道具を取り出してそれを灯しながらすぐにその後を追った。
俺達が階段の中に入るとガラス状だった分水施設の床が石に戻り、俺の魔道具の明かりとアベルの出した魔法の光が暗くて狭い階段を照らした。
最下層の分水施設。地下水路を管理する国の施設。
地下水路の管理は冒険者ギルドが委託されいるが、この施設は国が直々に管理しており、ここは滅多に人が入ることはなく普段は扉に魔法鍵がかけられ固く閉ざされている。
もちろん一般の冒険者がこの中に入ることはまずない。
その中にそんな仕掛けがあることを何故知っているのか。
この下に何かあることを何故知っているのか。
珍しく俺より前を歩くアベルの背中を見ながら、気になっていた疑問を頭の隅へと追いやった。
お読みいただき、ありがとうございました。




