虚な瞳が見る者は
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――と、かっこよく登場したものの、リュウノナリソコナイが纏う、そして周囲に満ちる沌の魔力で胸が締め付けられるような感覚になる。
その沌の魔力の出所、それはリュウノナリソコナイだけではない。
リュウノナリソコナイが通せんぼをするように立ち塞がる後ろにある、分水施設の小さな建物。
いつもは固く閉ざされていて入ることができないその建物の扉が壊され、そこから沌の魔力が溢れ出しているのだ。
よく見ると施設内部の床から非常に濃い沌の魔力が黒い靄となって湧き出している。
んんんん? 探索スキルで少しだけ探った感じだと、床の下に何か空間がある?
くそ、沌の魔力のせいでよくわからねーな。まぁ、このリュウノナリソコナイを倒して調べればいいことだな。
「ぬ、グラン!? 王都に来ていたのか? うぉっと!」
「ふぉ!? やぁ、赤毛君、こんなところで奇遇だねー。その節は魔剣をお買い上げありがとう。おっと、危ない。俺はドリーと違ってマゾじゃないからね、鎧を着ててもちゃんと避けるよぉ。それとその魔剣君の売買契約書はもうサインを貰ってるからねぇ、今から契約内容を変更するのは難しいかなぁ? ほらぁ、その魔剣は元の所有は王家じゃん? 手続きがめんどくさいんだよねぇ……うぉっと、また本体の攻撃がっ!」
リュウノナリソコナイの攻撃は結構激しいのだが、大振りなのでドリーも騎士さんも躱そうと思えば躱せるようだ。
ドリーが妙に傷だらけなのは、ギフトを発動させるためわざと攻撃をくらった分もあるだろう。
ドリーが負傷している気配と、弱らぬ敵、そしてやたら多い取り巻きの気配にドリー達が不利なのかと思っていたがまだまだ余裕がありそうだ。
しかしリュウノナリソコナイの様子から見ると、先日と同じ延々と再生するタイプなら消耗戦になって、ジワジワとドリー達が疲弊していくことになるだろう。
しかもこのリュウノナリソコナイ、オークションの時の奴より明らかに強いし、再生の精度も高く、斬ればトカゲが増えるオプションまでついて厄介過ぎるな!?
ていうか、奇遇だねーじゃないんだよなぁ。手続きはめんどくさそうですが、そこはもう少し負けてくれませんかね!?
負けてくれないなら、この前衛達結構余裕があるようなのでそっちはほっといて、集まって来ている沌属性のスライムちゃんから魔石を集める作業をしてもいいかな?
うぉっと、リュウノナリソコナイの攻撃がこっちにもきた! 当たるとやばそうだから避けるけどな!!
それにしても近くまできたら、思ったよりたくさんちっこいトカゲがいる。
この脳筋達、どんだけリュウノナリソコナイやそこから分裂したトカゲを斬り続けてたんだ!?
確かにこれはめんどくさいな。ここまで増やしたのはこのゴリラ達なんだろうけど。
「ええと、水路で沌の魔力が濃くなってアンデッドが湧いてるって聞いて来たんだけど、とりあえずこいつを何とかすればいいのかな?」
「あらグラン、いいとこに来たわね。だいたいその通りなんだけど、見ての通り再生するし増えるしでめんどくさい奴で困ってたの。その素敵な剣で何とかなるかしら?」
「分水施設の中に何かありそうだけど、こいつが邪魔して調べられないのよねぇ。それとまわりに細かいのがたくさんいるけど爆弾はだめよ?」
シルエットとリヴィダスが困り顔で俺を迎えてくれる。
うん、ドリー達は結構余裕そうだから、シルエットとリヴィダスのために頑張るね!!
あと、さすがに俺でも大都市の地下で爆弾は投げない。投げたいけれど投げない。
まろやかな爆弾なら大丈夫かな?
「ちょっと! ノヮ……じゃなくて、えっとなんだっけ……。そうだ、カシューだった。カシューさん、さっき聞こえてきた話を帰ったら詳しく聞かせて? 契約書を作り直すなら俺も手伝うから安心していいよ」
バタバタとアベルが追いついて来た。これは頼もしい助っ人だー!!
「エーーーっと、赤毛がいるってことはアベル君もいるよね!! そうそうカシューさんだよー。セカンドネームもちゃんと覚えてくれてておにぃちゃ……ウッ」
ああっと、アベルの方を振り返った白銀さんが突然足を滑らせてこけたー!! その上をリュウノナリソコナイの攻撃が通り過ぎていくー!!
足を滑らせていなかったらその攻撃が直撃していそうだったからラッキーでしたね。最前線でよそ見はやめた方がいいですよ。
「なんか色んな意味で混沌としているなぁ。とりあえずちっこいのは範囲攻撃をして俺が引き寄せればいいか。ちっこいのは何とでもなりそうだが、二足歩行のでかいのはグラン専用かな、ドリー達に任せてたら更にトカゲが増えまくるから、スライムの魔石は今は諦めろ」
最後にガシャガシャと鎧を鳴らしながらバケツ。
チッ……勘のいいバケツめ。暫くドリー達はほっといてスライムの魔石を集めようと思ったのに。
「まぁ、よくわからない生き物相手にあんま長引かせちまうのはよくないから、パパッと倒しちまうか。本体は俺がやるから、雑魚の方を頼む」
先日と同じようなリュウノナリソコナイならナナシで何とかなるはずだが、リュウノナリソコナイ自体がどういう存在なのかよくわからない。
故に不測の事態が起こるかもしれない。
そして斬ればまた声が聞こえてくるかもしれないし、あの時のように斬っているうちに違う姿になるかもしれない。
「グラン、こいつ嫌な感じがするから、確実にとどめを刺して」
ナナシを握り駆け出す直前にアベルが囁くように言った。
「ああ、確かにこいつは何だか嫌な感じがする」
こいつの纏う沌の魔力のせいか、前回よりも格段に"竜に近いなり損ない"のせいか、ザラザラとした気持ちの悪い感情が胸焼けのような感覚を引き起こしていた。
行かなければならないと感じたのはこいつのせい? こいつの魔力のせい?
こいつのような、何か違うような。
だが遠くから感じていた沌の魔力はこいつが纏っている魔力。そして、その後ろの分水施設の中から流れ出ている魔力。
その源を確かめるためには、入口に立ち塞がるこいつを排除しなくてはならない。
ダンッ!!
決してよい足場ではない水路の床を蹴ってリュウノナリソコナイとの距離をいっきに詰めた。
そして斬る。
まずは、引っかかれると一発で致命傷になりそうな鋭い爪を持つ右腕を。
――ガガガガガ………………ドッドドドド……ド……。
二の腕の真ん中辺りから右腕を切断すると、すぐにナナシを使った反動が頭の中に響いた。
だがそれはいつものような心にまで響く声ではない。
いつものようにやりきれない感情が溢れだす感覚はなく、ただの音のようにしか聞こえない。
ただ何かわからないが、もどかしく落ち着かない気分になった。
大切な何かを忘れているような気がする。
これは俺の感情? それともこいつの感情?
いや、そんなことを気にしてはいけない。
ナナシの反動で流れ込んでくる感情にいちいち同調していては俺が持たない
最初に斬った右腕は床に落ち、ビクビクと痙攣した後すぐに動かなくなった。
本体の方もすぐに腕が再生する様子はない。
そしてリュウノナリソコナイが纏っている沌の魔力の靄が、散るように少し薄くなった。
さぁ、次だ。次を斬るぞ。
もちろんリュウノナリソコナイが反撃をしてこないわけではない。
だがその反撃は大振りで、俺のスピードなら問題なく避けることができる。
無限再生と増殖がなければどうということのない相手である。
ブオンと振るわれた長い尻尾を躱し、それを根元から切り落とす。
――カナ…………イデ……カナカナカナカナシ……ゴメン。
再び聞こえてきた言葉の中にはっきりとゴメンという言葉が聞こえた。
そして、ただもどかしくやるせない気持ちが湧いてくる。
こいつの感情か?
何がゴメンなんだ?
だめだ、こいつの感情に引っ張られてはいけない。
のめり込めば、自分が苦しくなる。
幸い今のところ痛みはほとんどない。ただ感情だけが流れ込んで来る。
その感情に流されないように頭を振ってナナシを強く握る。
長引かせてはいけない――本能的にそう思った。
尻尾を失いバランスを崩したリュウノナリソコナイの左手を、手首辺りで切り落とす。
これであの攻撃力の高そうな爪による引き裂き攻撃は封じた。
攻撃力は高そうだが知能はあまり高くないようで、全体的に大振りで直線的な動きばかりなので躱しやすく反撃もしやすい。
鬼のような再生能力がなければ決して強くない部類だ。
ドリー達が苦戦していたのは攻撃しても即再生し、切り落とした部位もトカゲになって攻撃してきていたからだろう。
それがなければ何ということもない相手だ。
だが何故かザワザワする。
早く倒したい。早く倒さなければいけない。
聞いてはいけない。知ってはいけない。
その声に耳を傾けるな。
鋭い牙のある口で噛みつかれないように首を落とせ。
それでも再生するかもしれない最後は心臓を貫け。
――ナニモウランデナイカラ、カナシマナイデ。ワルクナイ、オマエハワルクナイ。ソレダケヲツタエタイ。
――マッテイルマッテイル、イマデモソコデマッテイル。ソコデ、チノソコデマッテイル。
――ワスレテナイワスレテナイ。
聞こえてきたのは、懺悔でも後悔でも悲しみでも怒りでもなくただ穏やかな感情と、誰かに対する強い想い。
それは未練?
もしそいつと会うことがあるなら、伝えるだけなら伝えてやってもいいぜ。
俺が会えないような相手なら知らないけどな。
誰に伝えればいい? どこに行くように伝えればいい?
――――――ガーランド。
その名前は……俺が知っている限りだと一人……いや、一隻しかいない。
それはズィムリア魔法国最後の王の名。
そしてそれは皇帝竜ラグナロック。
まさかと思った瞬間だった。
リュウノナリソコナイの胸を貫いたナナシがカタカタと震え、それに合わせてチカチカと点滅するように色を失って黒い姿に戻った。
そしてそのままカタカタ……いや、フルフルと小刻みに震えている。
「ナナシ、どうした!?」
即座にリュウノナリソコナイの体からナナシを引き抜くと、まるで隠れるように俺のベルトの中に戻りカタカタと震え続けた。
ナナシのことも気になるが、ナナシをこの状態にしたこいつも気になる。
こいつは何だ!? 何が竜になり損なったものなんだ!?
ボコッ!!
つい先ほどまでは切り落としても再生しなかったリュウノナリソコナイの体がボコリと音を立て、切り落とした右腕から鍛えている人間の男性らしき腕が生えた。
そして切り落とした左手首からも人の手が生える。
尻尾は変化がないが、頭部のない首がボコリと血を吹き出してそこから頭部が再生した。人間の形をした頭が。
ただただ印象的だったのは、真っ赤な髪の毛。
髪の毛は鮮やかな赤なのに、肌の色は悪く瞳は虚――それは生きてはいない者の瞳、ただパーツとしてそこにあるような印象。
「――待っている」
赤毛の男はその虚な瞳を彷徨わせそれがピタリと止まった後、そう言い残して沌の魔力が溢れる分水施設の中へ、そしてわき出る沌の魔力の靄の中までゆっくりと歩いていき、床が一瞬キラリと光ったと思ったらその姿が黒い霧に包まれるように消えた。
直後、俺達の足元に小さな魔法陣が現れピカリと光った。
転移魔法!? どこかに転移させられる!?
あのリュウノナリソコナイだった男はこの人数いっきに、しかもバラバラに散らばっている者を転移させられるだけの空間魔法の技術を持っているのか?
違う、これは――。
ごく自然に発動されたよく知った魔力に、その源を振り返る。
そこは赤毛の男が視線を彷徨わせた先。そこだけ足元に魔法陣がなく、表情のないアベルと目が合った。
お読みいただき、ありがとうございました。




