最下層中心部
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地下水路に入った水は最終的に最下層へと流れ込む。
その間、水路に棲むスライム達に何度も取り込まれ浄化され、最終的に出口の浄化装置によって自然に戻せるほど綺麗な水となる。
その装置により水質が一定以上になると、王都郊外を流れる川に放出される仕組みとなっている。
最下層の水はスライム達によってすでに浄化が進むため、普段なら下層から上の水よりも綺麗になっているはずなのだが、アンデッドが発生しているせいか今日の水はいつもよりも濁っている。
最終的な浄化は合流口前の魔導浄化槽で行われるので、自然に還される水の質には問題はないだろうが、浄化槽に流れ着く水が汚いということは浄化槽の負担が大きくなり、動力の消費も増えてしまう。
王都の安全と衛生のため、そしてこの魔導浄化槽の燃費のためにも、アンデッドを速やかに徹底的に排除しなければならない。
王都中の水が集まるため、最下層は水路の幅は広く水深も深い。
王都が広いため合流口は複数あり、その気になればその流れの中に入って水の中を進んで水路の外に出ることができるが、水量が多く流れも速いため非常に危険な上に、出た先は王都の外になるので王都に戻る場合は城門を通らなければならない。
ちなみに水棲の魔物や魚も棲んでいるので、あまりおすすめできるルートではない。
逆に合流口から水路に入って王都を目指すこともできるが、水の流れを逆流することになるし、合流口は滝のようになっているため出るよりも難しい。しかも出口は、冒険者ギルドのもの以外は基本的に常に鍵がかかっているし、王都内の用水路と繋がっている水路は魔物の出入り防止の頑丈な格子が嵌められているため、合流口から水路に入っても王都内に出るのは結構めんどくさい。
そんなルートで入るくらいなら、素直に通行税を払って王都の門から入るよね。
そういう構造なので、最下層は流れに沿って下っていけば地下水路の外に出ることになる。
しかし沌の魔力の発生源と思われるのはその合流口方向ではなく最下層の中心部、俺達が最下層に降りた場所からだと流れとは逆方向に進んだ場所だった。
そこに近付くにつれ沌の魔力は濃くなっていき、俺はナナシでスライムやアンデッドを斬り捨てることに集中し、手に入る無属性の魔石で物欲を満たしゾワゾワとした不快な感覚を誤魔化し続ける。
どんなに誤魔化し続けても、苦手な沌の魔力のせいで、そしてそれを気にするまいと物欲で誤魔化すことに気を取られるせいで集中力が削がれ感覚がどんどん鈍っていく。
だからそれに気付くのに遅れた。
「戦闘の気配だ!」
突然ドンッという衝撃のような魔力というか荒々しい闘気を感じた。
これは今まで何度も近くで見たドリーの斬撃の気配だ。しかもかなり強烈な威力。
ドリーのギフトがドリー自身が負っているダメージに比例して攻撃力が上がるというマゾギフトだと聞いたことがある。
この感じからしてドリーが負傷しているのは確実だろう。
いや、それはいつものことだ。わざと敵の攻撃を食らってギフトを発動させ、根性と筋肉でゴリ押すのはドリーのスタイルだ。
ヒーラーのリヴィダスも一緒だからきっと大丈夫だ。
すでに戦っていたのか、これが本格的な戦闘開始の合図なのか、濃い沌の魔力で感覚をかき乱されて詳細が把握できない。
リヴィダスは猫獣人故に気配を消すのが上手く、魔力も穏やかなので普段から気配に気付きにくい。
シルエットはその名の通り影のようにひっそりとした魔力なので、こちらも気配を探りにくい。
ドリーは荒々しい感じではあるが、魔力が少なめなので距離が離れていると暴れ始めてからじゃないとわかりにくいんだよな。
そういう理由もあり本格的に戦闘が始まるまで、その気配に気付くことができなかった。
「ああ、空気が揺れたのは俺にもわかった。細かいことまではわからないが、この感じはドリーかぁ? くそ、沌の魔力のせいで濃い霧に包まれて視界が悪い時みたいな気分だなぁ。ん?」
「うん、俺はさっぱりわからないや……え?」
「カァ?」
「うお!?」
ドリーらしき気配を感じた直後、強烈な聖属性の魔力が弾けるような気配を感じた。
聖属性といえばリヴィダスだが、これはリヴィダスではない。穏やかなリヴィダスの魔力と違い、随分と力強く激しい聖の魔力だ。
何となく覚えのある魔力だが、それがいつどこで感じたものなのか思い出せない。
その力強い聖の魔力の影響は俺達のところまで届き、沌の魔力が散らされるように少し薄くなった。
そのおかげではっきりとドリー達の場所と、その詳細が把握できた。
「わかった! 多分、最下層の中心部にある分水点辺りだ」
地下水路で浄化された水の出口が複数あるため、最下層にはその流れの分岐点が何か所かある。
ドリーの気配を感じた場所、激しい聖の魔力を感じた場所は、その中でも最も大きな分岐点。
最下層のほぼ中心部にある場所だ。
確かあそこって水の流れを制御するための設備があった記憶があるな。
「場所は特定できたの!? これ、ドリー達が戦ってるよね? 案内をお願い、急いで合流しよう!」
離れていても届いた戦いの気配にアベルの表情が険しくなっている。
「だいたいの場所はわかった。ドリー達と、これは一緒に同行しているという騎士達かな? 多分五人……あっ、これこないだの白銀の騎士さん達か!!」
騎士というワードで何となく覚えのある魔力の持ち主を思い出した。
光る拳や光の剣を使っていた隊長格の騎士さんだ!!
「んんん、敵は大きい気配が一つか? にしてはドリーの大技が飛びだしたってことは、それなりの相手ってことかぁ……急いだ方がいいな」
「いや、大きいの一と取り巻きにアンデッドもしくは沌属性の何かがたくさんいる感じか? ドリー達も人数はいるが、相手の数の方が多いみたいで乱戦になってるっぽいな……ああ、くそっ! また沌の魔力が濃くなり始めた! だが、場所はわかったから急ごう!」
王都で冒険者をやっていた頃、探検気分で探索しまくった地下水路。そのおかげで道は今でもばっちり覚えている。
一度払われた沌の魔力がまた集まって濃くなり始めて感覚が鈍ってくるが、ドリー達の位置は把握したのであとは頭の中にあるルートで進むだけだ。
最下層は気の利いたショートカットルートがないため、俺を先頭に水路沿いの道を急いで進む。
湿った苔が生えて滑りやすい床に足を取られないように、曲がり角で待ち伏せるカプリス・ウォールに突っ込まないように、上から落ちてくるスライムにも注意だ。踏めば胞子を撒き散らすカビの魔物モールドや、足に纏わり付いてくるヘドロの魔物のクリーピングスラッジにも気を付けなければいけない。
頻繁に出てくるアンデッドを斬り捨てながら、細かいのは蹴り飛ばしながら。
もう、のんびりスライムを構っている暇はない。邪魔する奴らだけサクッと魔石を貫いて倒し前へ進む。
そして進めば近付く。
近付けば、戦いの気配をはっきりと感じるようになる。
沌の魔力で鈍った感覚でも、その詳細までわかるほどに。
「グラン、これはまさか……」
「ああ、ドリー達が押されてる」
走ると滑りやすい上にスライムトラップに引っかかると逆に時間を食ってしまうので、できるだけ早足で進んでいると後ろからカリュオンの固い声が聞こえてきた。
それに気付いた時はまさかと思い、現地に到着するまではわからないと自分に言い聞かせ、焦る気持ちを押さえながら進んでいた。
ドリー達が苦戦しているような気配。
カリュオンの言葉に嫌でも認めざるをえなくなる。
かなり強力な沌属性の敵に、その取り巻きらしきものが複数、そしてその近くを徘徊するアンデッドらしき存在がドリー達の邪魔をしている気配まではっきりと感じる距離まできていた。
「ドリー達が押されてる!? 一緒にいる騎士はどんな感じ? でもにぃ……あの白銀が暴れてる感じは俺にでもわかるから、まだ持ちこたえてるよね?」
「ああ、負傷者はいそうだがリヴィダスが回復を回してるはずだ。そのせいでリヴィダスが手一杯になってて、アンデッドの対応まで手が回ってないみたいだな」
ドリー達が三人、騎士が五人の合計八人。
騎士の中に回復魔法が使えるものがいたとしても、専業ヒーラーはリヴィダスだけだろう。
アンデッドの処理ならリヴィダスに任せれば効率がいいのだが、そのリヴィダスが回復と補助でいっぱいいっぱいになって攻撃に回ることができない状況。
人数は多くて火力は高いはずなのに、アタッカーばかりで回復役が少ない時に陥りやすい状態である。
「もうすぐ着くぞ。アベル、移動しながら俺にスピード系、カリュオンに防御と耐性系の強化魔法をかけておいてくれ」
アベルに指示を出しつつ、副作用の少ない身体強化スキルポーションを収納から出しておく。
ドリー達が押されるくらいの相手だとすると、俺は火力や防御を上げるより速度を優先で上げる方がいい。
速度が上がれば相手の攻撃を避けやすくなり、その隙を突きやすくなる。
火力も防御も半端な俺は、俺に合った戦い方をする。
走ると危険だと思っても焦る気持ちから自然と早足から小走りになり、そしてアベルにもらった強化魔法の影響もあって気付けば走っていた。
もうこの角を曲がるとドリー達の戦っている場所が見えてくるはずだ。
曲がり角だけは用心をしながら曲がる。
曲がった後は直線故にドリー達の姿がすぐに目に入った。
敵の姿も。
そしてアンデッド特有の腐臭に混ざって届く血のにおい。
身体強化を発動すると身体能力と共に視力も合わせて上がり、ドリー達の様子がはっきりと見えた。
身に付けている防具の鎖帷子部分を大きく切り裂かれたドリー。
あの時と違いヘルメットは被っていないが白銀の鎧を身に着け、光の剣を握る眩しい金髪の騎士。
その二人が最前線で戦っている相手は、ドリーと同じくらいの体型だろうか、二足歩行の生き物のようだが濃い沌の魔力を纏っていて、姿が黒くぼやけて見える。
大柄な人間のゾンビか?
その生き物にザワザワとした胸騒ぎを感じた時、後ろからアベルがポツリと呟いたのが聞こえた。
「リュウノナリソコナイ……え……?」
「カ……」
そして、未だアベルの肩の上にいるカメ君の息を飲むような声。
お読みいただき、ありがとうございました。




