謎の使命感
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「最下層前の扉は暫く開けた形跡はないな。足跡なんかはスライムが這い回れば消えることもあるだろうが、ドアノブに触れたりドアを動かしたりした痕跡も残っていないところを見ると、ドリー達はこことは違うルートで最下層入りをしたみたいだな。それじゃ、開けるぞー」
沌キモスライムを倒し、大水路を下流に進んだ先にある最下層前の扉を開ける前に念入りに調べる。
国が管理している場所なので罠の心配はないが、ドリー達が通った痕跡や普段はいない生物の痕跡がないかの確認だ。
「……そっか、上流の方から入ったのかな。まぁ最下層に入って沌の魔力の発生している方へ進めば合流できるかな」
「……おう、じゃあ最下層も戦闘はグランでいいな、任せたぞ!!」
「……カーカカッ!!」
最下層入口の扉を調べていた俺を、少し後ろから見守っているアベル達。
「ほら、開けるぞ。何で距離を取ってるんだよ?」
確かに扉の向こうには先ほどのようにカプリス・ウォールがいるかもしれないのだが、何故か必要以上に距離を取られている。
「……え? 扉の向こうにカプリス・ウォールがいた時のためかな? あの汚いスライムを倒したらこの辺りの沌の魔力は少し薄くなったけど、最下層は更に濃そうだし念のため用心をして? 何かあったらちゃんと空間魔法で引っ張るから安心して先に進んで?」
胡散臭い笑顔でもっともらしいことを言っているが、笑顔が微妙に固いし俺の方に寄ってくる気配がない。
「ここは狭いからな、後ろを詰めるともしもの時に下がれなくて困るだろ」
カリュオンももっともらしいことを言っているが、タンクのくせにメイジと同じ立ち位置なのはどうなんだ。
「……カァ」
カメ君はずっとアベルの肩の上にいるの?
ていうか、何だかんだでそれっぽい理由を付けているが、お前ら俺に近寄りたくないだけだろ!!
ひでーよな!! 泣きたくなってくるよ!! 少し……いや、すごく臭くなっただけでこの扱い!!
ナナシだけは俺と一緒にいてくれるよなー?
自分からベルトにくっ付いてきたのだから、臭いくらいで離れていくような薄情剣じゃないよな?
一緒に汚物スライムのゼリーを被った仲だし?
おい! 嫌そうにカタカタすんじゃねぇ! 俺も臭いけれど、お前も臭いからな!!
いやいやいやいや、臭くない! さっき浄化されまくったからもう臭くないだろ!
そう、臭いのである……いや、正しくは先ほどまで臭かったのである。
沌キモスライムの魔石をナナシで貫いて、アライメント・ゼロの効果で透明な無属性の魔石にしてそれを回収したまでは良かった。
生命活動を停止したスライムのゼリーは、形を維持することができなくなりドロドロになって崩れる。
ナナシで魔石を貫いた沌キモスライムちゃんも、それがとどめとなりベシャリとゼリーが崩れた。
まだ消化しきれていないお食事と共に。
そして、それは魔石を貫くために接近していた俺の上にバシャーッ!!
咄嗟にスライムゼリーに手を伸ばして分解してしまおうと思った時、この沌属性のゼリーってもしかして素材としては珍しいものでは――なんて考えが頭の中に浮かんだせいで、分解ではなく収納にしようとしたのだが……。
沌キモスライムちゃんがもぐもぐ中だったアンデッドがまだただの死体に戻っていなかったのである。
俺の収納は死体であっても、活動状態のアンデッドは入らない。
活動を停止していないアンデッドが混ざっていたせいで、スライムゼリーがうまく収納に引き込めず、俺とナナシの上にドシャーーーー!!
だがすぐに頼もしい仲間が浄化魔法をかけてくれて、俺の上に降り注いだ汚いスライムゼリーやその中身達はサラサラと砂となって散っていった。
そしてそれを被った俺もすぐに、アベルとカリュオンの念入りな浄化魔法とカメ君の豪快な聖なるシャワーで綺麗にしてもらった。
そりゃあもうめちゃめちゃ念入りに。
その後、最下層への入口に向かって歩き出した後も、後ろからアベルの浄化魔法が頻繁に飛んできていた。
そんだけ浄化されたのですっかりピカピカになって臭くもないはずなのに、アベルとカリュオンとカメ君は俺から少し後ろを歩いている。
何だろう、いつもより距離を感じるんだ。
物理的距離と共に心の距離まで感じてやさぐれそう。いや、もうやさぐれた。
「ふざけてないで、扉を開くから気を引き締めろ」
やさぐれた気分で扉に手をかけゆっくりと引っ張ると、開いた隙間から更に気分が沈むような重苦しい空気が溢れてきた。
そして下層とは比べものにならない強烈な腐臭。
あきらかにアンデッド系、それもゾンビ系が増殖している場所の空気である。
「う、グランがまともなことを言ってる。そうだね、気を引き締めて……うっわ、臭っ! これは酷っ……ダンジョンのゾンビ階層みたい」
「ァ……」
「これは酷いな……一昨日のゴーストシップといい、ゾンビと縁があるなぁ。ところで、この状況でもドリー達の気配は探せそうか?」
そんな縁はいらないんだよなぁ。
扉を開けると同時に漂ってきた空気にアベル達もこの反応。
カリュオンの言う通り、この状況だとドリー達の居場所を気配だけで特定するのは少し難しいかもしれない。
「これは沌の魔力が濃すぎるからドリー達を気配頼りに探すより、アベルが言ったように沌の魔力の濃い方に進む方が楽に合流できそうだ」
漏れてきた沌属性の魔力の濃さに思わず眉を寄せた。
扉の向こうには、下層に入った時のようにカプリス・ウォールの待ち伏せはなく、すんなりと最下層へと入ることができたのだが、下層よりもずっと濃厚な沌の魔力で体中がゾワゾワして集中力が削がれていく。
沌の魔力が濃すぎるせい、そしてそれに集中を乱されるせいで遠くの気配まで探りきれず、最下層に入ってもドリー達の気配を拾うことができなかった。
とりあえず沌の魔力がとくに濃い辺りを目指して進んでいくことにした。
入口で待ち伏せはなかったものの最下層にいるスライムは下層より上のスライムよりも大きいので油断をしてはならない。
下層であのサイズに成長した個体がいたということは、それ以上に成長した個体がいてもおかしくないということだ。
……いや、いたわ。
入口にカプリス・ウォールは詰まっていなかったけれど、少し進むと大人の人間を捕食するサイズまで成長したスライムがウゾウゾと這い回っているのが見えた。
それも複数。
下層から上のスライムは、せいぜい大きめのネズミを捕食するくらいの大きさだ。先ほどのようなサイズになるようなことは滅多にない。
そして最下層はそれより大きく、中型の犬や人間の子供くらいなら捕食してしまうサイズの個体が多い。それでも人間の大人を捕食するほどまで成長することはほとんどない。
そんな個体が、最下層に入るなりすぐに目に付いたのだ。
沌の魔力のせい?
違う。魔力に影響を受けて性質が変わることはあっても、何かを捕食して成長しなければこの大きさにはならない。
一匹だけなら偶然の食物連鎖の果てに出来上がった個体である可能性もあった。
しかし複数となると――その餌はどこから来てるんだ?
スライムは何でも体に取り込んで吸収してしまうため、水路にある生物の死体は元からスライムの餌である。
沌属性の魔力が濃くなってその死体がアンデッド化したからといってスライムの餌が増えるわけではない。
一匹だけならともかく、複数のスライムが巨大化するほどの餌はどこからきたのだろう。
嫌な予感がする疑問が湧いてきたが、それも沌の発生源を見つければ理由がわかるかもしれない。
それよりも今は目の前のデカスライムだ。こいつもまたアンデッドを食って沌属性になりつつ成長した個体だ。
ゼリーの中に灰色の魔石が見える。
いくぜ、ナナシ!!
後ろで離れている薄情な奴らに処理される前に、沌属性のスライムちゃんをさっさと狩り尽くしてしまおうぜ!!
いつもは敵に触れない側の俺だが、今日は俺が全部倒して敵を独り占めしてやるぜ!!
そして無属性の魔石もザックザクだ!!
「今日のグランはやる気に満ちあふれてるなぁ。物欲が攻撃力に加算されるギフトでも持ってんじゃねーのか?」
「そんなギフトはなさそうに見えるけど……。スライムの弱点の火魔法が使いにくい場所だし、うっかり近付いて臭くなりたくないしグランに任せちゃお」
「ァ……」
背後にアベル達の声を聞きながらナナシを起動し、沌属性のスライムに向かって走り出した。
俺自らの意志で起動したせいか、嫌々起動した時よりもナナシが妙にぴったりと手に馴染む気がする。
いいぞ、ナナシ。汚れ仕事を嫌がるアベルなんて放っておいて、俺達のコンビネーションで混沌と化したスライムを狩り尽くそうじゃないか。
異常なまでに沌の魔力で満ちる最下層を、その中でもそれが濃い方へとスライムを狩りながら進んでいく。
俺の苦手な沌の魔力。それが進むにつれどんどんと濃くなっていく。
本当なら居心地が悪すぎてすぐにでも帰りたいような場所なのだが、ナナシのおかげで手に入る無属性の魔石が俺の気持ちを奮い立たせる。
いいや、居心地の悪さを物欲で誤魔化しているだけだ。無理矢理誤魔化さなければやっていられないのだ。
アベル達に辛いと勘付かれると、依頼を中断してでも引き返そうと言いかねない。
この異常な状況でドリー達が心配? 依頼を受けた責任感? 依頼を途中で放棄するとペナルティがある?
ああ、確かにそれらもある。
それらからくる感情なのか、それ以外のナニカなのか、絶対にこの先に行かなければならないという使命感が俺の中にひたすら湧き上がっていた。
それを勘付かれないように、辛いことを勘付かれないように、いつものように素材集めに夢中に見えるように。
もし危険と判断したら、どこかで逸れたふりをして一人で進もう。
どうしてか、この沌の魔力の源まで行かなければいけない気がしてならない。
ドリー達と合流した後なら、もし俺が逸れてアベルが探しに行こうとしても、危険があると判断すればドリーがアベルを引き留めるだろう。
何年経ってもそれは変わっていない。
詳しいことは知らなくても、知ろうとしなくても、今でもドリーがアベルの保護者みたいなもんなのは知っている。
俺に秘密があるように、アベルにも秘密くらいあるのだろう。
ただひたすらにスライムを狩りながら進み、ついにドリー達の気配を捉えた。
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