俺の獲物
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「うげぇ……痒っ! 臭っ!」
大水路に近付くと一気に沌の魔力が濃くなり、ゾワゾワとした感じに腕をさすった。
やだ……背中まで痒い。そして臭い。
その痒い原因は俺達が進んでいる先――大水路を流れる水の中。おそらく先ほどの大きな水音の主だ。
「俺も沌とは相性が良くないが痒くなるほどではないな。どんだけ相性が悪かったら痒くなるんだ?」
「俺は適性がないだけで相性は悪くないから少しザワザワするくらいだけど、この臭いは辛すぎるよ」
「カ……カァ……」
くそぉ、聖属性に傾きまくっているハイエルフの血を引いているカリュオンより沌属性と相性が悪いとか、どんだけ俺は聖なる存在なんだー!!
アベルはどう見ても腹黒だし沌属性に適性がないのが不思議なくらいだよ。
あー……大水路方面から漂ってくる生臭さというか腐臭というか、色々混ざったやべー臭いにカメ君は完全に放心状態だーー!!
「どうする? グランが辛いなら別のルートから最下層に入る? 大水路に沌属性の大きな奴がいるよね?」
「いいや、いける。でかいのがいるなら尚更だな。そしてどのルートよりもこの先の最下層への入口が沌の魔力が濃いのが気になる」
アベルの提案に頷いて正直別ルートで行きたいくらいにゾワゾワとしているのだが、明らかに沌の魔力に影響を受けたと思しき生き物がいるのに放置するわけにはいかない。
元凶ではなく影響を受けただけの生き物かもしれないが、発生している沌の魔力について何かわかるかもしれない。
そして水路で成長しすぎた生物を発見した場合、駆除するのは冒険者の仕事である。
苦手な属性だからといって仕事を放棄するわけにはいかないと、腕をさするのをやめ前に踏み出す。
そう、ここで止まるわけにはいかない。
最下層の入口前でこの沌の魔力の濃さとなるとドリー達が心配だ。別の入口にルートを変更して時間を無駄にしている場合ではない。
そしてある程度大きさのある沌属性の相手なら魔石を持っているかもしれない!
頑張れ、俺! 耐えるんだ、俺! いける、いけるぞ!!
「ちょっと、グラン!? 急に走り出さないで! 地下水路は走ったら危ないよ!!」
「うぉい、グラン! タンクは俺だぞー! まぁ、カメッ子がいるから大丈夫か」
「カカッ!?」
やる気が出たので走り出すと、後ろからアベルとカリュオンもついてきている気配がした。
ザバアアアアアアアアッ!!
歩いて来た水路と大水路の合流部分には一メートル程の高低差があり、取り付けられている金属の梯子を下りることになる。
その梯子まで来た時、少し下流で大きな何かが水の中から跳ねて大きな水音がした。
水路に流れ込んだ水が集まる大水路の幅は十メートル以上あり、左右にある通路まで入れると更に広くなる。
普段の水量ならば大水路脇の通路から水面までは二メートルくらいだろうか、雨で水量が増えた時でなければ通路から水面までは少し距離がある。
水は水路の中央を流れる構造となっており、通常時の水量で水深は浅いところでは一メートル足らず、深い場所で三メートル程度だと思われる。
うっかり落ちたことはあっても、こんな汚い水に深くまで潜ったことはないので詳しい深さまでは知らない。
そのような構造でそれだけの深さがあるため水中にはでかい生き物がいてもおかしくないし、水中にいる個体は成長していても発見されづらい。
今まで発見されることなく大きく成長した個体なのか、沌の魔力の影響で急激に成長した個体なのか。
ま、どちらにせよここで狩ってしまうので関係ないか。
面倒くさいので梯子を使わず大水路の側道に飛び降りると、大水路に中央付近で濁った水面が盛り上がり大きく揺れているのが見えた。
魚? 水棲系昆虫?
いや、違う。
水面が盛り上がっているように見えたのも見間違い。
水面だと思ったのは下水と似たような色と質感のもの。
「うっわ……、もしかしてスライム?」
カンカンと音をさせながら梯子を下りてきたアベルが俺の後ろから大水路を覗き込み、大きな音の主の正体を口にした。
水面にプカプカと浮かぶように見えるスライムの体の一部。
水が濁っているため水中にある全体までは見ることができないが、先ほどの水音と見えている部分から推測すると、人間の成人男性よりも少し大きいくらい――つまり人間を捕食できるくらいのサイズまで成長した個体だと推測される。
「ありゃ、アンデッド化した生き物を大量に食った奴かぁ? それとも、元から大きさのあった奴がこの先の沌の魔力に影響されて変異した奴かぁ? どっちにしろ沌まみれのスライムだから聖属性の魔法でパァンとやって終わりかな?」
「カッカッカーッ!!」
カリュオンの言葉に悪臭でグッタリしていたカメ君がアップを始めた。
さっさとこの臭くて沌の魔力まみれの生き物を消し去りたくて仕方がないのかな?
だけどごめんね、カメ君。こいつは俺の獲物なんだ。
「ちょっと待ってくれ。あの沌まみれのスライムをナナシで斬ったら無属性の魔石が手に入りそうだから、通路まで空間魔法で引き寄せてくれないか? ついでに何を食ってあんなになったかもわかるかもしれない」
スライムなら反動が少なそうだし、アベルに引き寄せてもらえば水中に入らず安全にスライムを倒すことができる
「もー、冒険者としての仕事と欲望が逆転してるよ。ていうか、あんな臭そうなスライムを引き寄せるなんて嫌な予感しかしないんだけど……引き上げたらグランがちゃんと処理してよね」
「おう、任せとけ! それに沌属性のスライムゼリーも何か使い道があるかもしれない。いや、沌属性のゼリーなんて珍しいからマニアが欲しがるかもしれない! というか俺も欲しい!」
確かに、処理を失敗すると臭くて沌属性のスライムゼリーを浴びることになって大惨事になってしまう。
え? カメ君、アベルの肩の上に移動するの? 何だかんだでアベルとカメ君って仲良しだよね?
「スライムは鈍器で殴ってもほとんどダメージにならないから、魔法で蒸発させないのなら俺は防御専門になるからグランが頑張れよー」
そういえばそうだった。
スライムのゼリー部分はいくら攻撃しても、本体から切り取ってもほとんどダメージにならない。
スライムの核になっている魔石を破壊するか、核からゼリーを全て剥ぎ取ってしまう、つまり核をゼリーから取り出さない限りスライムは活動を停止せず、時間経過と共にゼリー部分は再び作り出されてしまうのだ。
人の管理下において飼育されているスライムならこの性質は非常に便利なものなのだが、自然界で好き勝手成長した大型化スライムならばとんでもなくやっかいである。
小型のスライムならゼリーの外側から核まで攻撃が届くのだが大きくなれば届きにくくなる。尖った武器ならば突き刺すもしくは投げる、射るで核に攻撃が届くが、殴ることに特化した鈍器ではそういった手段も取りにくいため、スライム類は鈍器の天敵なのである。
鈍器同様に素手での攻撃も核に届きにくいため、大きさのあるスライムとは相性が悪い。
しかも巨大化すれば鈍器以外の武器の攻撃も核に届きにくくなるため、スライムの弱点を見極めて魔法で攻撃するしかない。
自然界にいるスライムはだいたい火や熱に弱いので、火魔法で燃やすか光魔法の熱で蒸発させればいい。
しかしスライムは非常に燃えやすいので狭い場所で燃やす場合は、燃え上がったスライムに巻き込まれないように注意しなければならない。
「それじゃあ引き寄せるよ。責任持ってグランが処理してね」
「おっしゃ! 起きろナナシ、出番だ!」
スライムだからってイヤイヤしてんじゃねーぞ!
ナイフ状になってベルトにピタリとくっ付いているナナシに手をかけ、魔力を俺の方から吹き込んでやると漸くやる気を出したのか、黒く小型のナイフがシュルリと長剣の形に変形してキラキラとした姿に色付いた。
それとほぼ同時にアベルの空間魔法が発動する気配を感じた。
ビッシャアアアアアアアアアッ!!
大きな音を立て水やスライムゼリー、そして悪臭を撒き散らしながら、アベルの空間魔法によって引き寄せたられたスライムが水路脇の通路へと乗り上げた。
「うわああああああ……引っ張る時に変な手応えがあると思ったけど、何これ……キモッ!! 臭っ!!」
「カァァ……」
「思ったスライムと少し違うけどグランなら何とでもなるな、頑張れよ!」
アベルとその肩に乗っているカメ君が俺から遠ざかったのが、声で何となくわかった。
カリュオンまで俺と距離を取る気配がしたぞ!?
おい、ナナシ。嫌そうにしているけれどお前はちゃんと付き合ってくれるよなぁ!?
アベルが引き寄せたのは、予想通り人間の成人男性よりも少し大きいくらいに成長し、沌の魔力を纏っている茶褐色のスライム。
だがちょっとお取り込み中だったご様子。もしかしてお食事中だったかな?
ムカデみたいな虫ちゃんや、大きなドブネズミちゃんや、下水棲みの魚ちゃん達がゼリーの中にまだ残っていて、その一部がゼリーの外にビロンと飛び出しているから、なんだか未知のクリーチャーみたいになってるね。
ええと、その取り込んでいる皆さんってもしかしてゾンビだったりしますかね。まだビクンビクン動いている奴もいますよねー!!
あ、沌の魔力でアンデッド化してウロウロしている皆さんを美味しく召し上がっていた感じ?
そうだよね、アンデッドは生きている者に勝手に寄ってくるからね。スライムちゃんも生き物だからね。勝手に寄って来たのモグモグしているうちに大きくなっちゃった?
いや、でかくなりすぎだろ!?
沌の魔力に影響されて生まれたてほやほやのアンデッドを食いまくって、沌の魔力まみれでこの大きさ。そしてアンデッドの腐臭と下水臭さ付きときたもんだ。
欲に目が眩んでアベルに引き寄せてもらったことを一瞬だけ後悔したが、沌キモスライムちゃんの濁ったスライムゼリーの中に見える濃い灰色の魔石。
質の良い沌の魔石は真っ黒だが、こいつは灰色なのでそこまで質は良くないようではあるが、本日の目的である沌の魔石である。
近付きたくないからナナシをぶん投げるか。魔石に当たれば浄化してくれるだろう。
あれ? ナナシが手から離れない!? 投げられるのは嫌?
俺もアレに近付いて斬るのは嫌!
って、あー沌キモスライムちゃんが俺の方にゼリーを広げながら近付いてきたー!!
ヒイイイイイイイ……まだ体内に残っている獲物が消化しきれてませんよおおお!!
ああ~、ビローンって広がったから魔石部分のゼリー層が薄くなって剣で直接狙えるぞおおお!!
このチャンスを逃すわけには!!
俺を包み込もうと体を広げ、のしかかるようにこちらに向かってくる沌キモスライムの魔石に狙いを定め、俺の手から離れようとしないナナシで魔石を貫いた。
スライムとそれに取り込まれた細かいアンデッド、どれも知能が低い生き物。
ナナシの反動は耳の奥に少しだけ響いた耳鳴り程度。
そしてナナシに貫かれた魔石が灰色から透明に変わる頃にはその耳鳴りもしなくなり、俺を包み込もうと大きく広がったスライムの体がドシャリと崩れた。
俺の上に。
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