気まぐれな壁
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18時くらいに更新したつもりが、更新ボタン押したつもりでホームボタン押して更新されとらんかった奴おりゅ????????????
すみません、今気付いて更新しました。
王都の広がりと共に拡張を重ねられた王都地下水路は、上層、中層、下層、そして最下層の四層構造になっており、その各階層の中も何層にも別れて水路が走っている。
これは王城ロンブスブルク城が小高い丘の頂上部にあり、その丘から麓へと城下町が広がっているからだ。
王城やその周辺の貴族屋敷地区付近の入口からは上層、商業地区や庶民の住宅街の入口からは中層に入ることができる。
そして地下水路に流れ込んだ水が集まる大水路と呼ばれる大きな水路が下層の最も下に流れており、その大水路部分は下層から上層まで吹き抜けになっており、上層と中層から流れてきた水が大水路の両側の壁から合流してダバダバと下層の大水路へと流れ落ちている。
水路に棲むスライムにより浄化されつつ、下層に集まった水は更にその下の最下層に流れ込む。
最下層には汚水を最終的に浄化して自然に戻すために中型のスライムが多く放されており、小型のスライムが中心の下層以上よりも危険な場所になっている。
大水路沿いは垂直な壁になっており、上層と中層から合流した水路が途切れ水が流れ落ちる形になっているため下層に降りる階段はなく、階段を使って安全に下層まで行くには複雑な水路の中を通って行かなければならない。
冒険者ギルドは商業地区のやや貴族街よりにあるため、冒険者ギルドの入口から入ると上層よりの中層に出される。故に普通に下層まで歩いて降りると時間がかかるので、効率重視の俺はこの大水路の吹き抜けから一気に下層まで飛び降りる派だ。
ここから大水路の吹き抜けまで行ってピョーンとして、下層にある大水路の通路に着地するわけだ。
上層からだとそれなりの高さがあって恐いのだが、中層からだと鍛えていれば飛べなくはない高さだし、大水路上の吹き抜けには小さな橋も架かっているので一度そこに着地してもいい。
恐いのは着地した時に足元が滑りやすいとか、運が悪いと着地点にスライムがいてそれを踏むと更に滑りやすさがアップするとか、飛び降りた時に流れ込む下水の水しぶきを浴びやすいとか、更に運が悪いと大水路から大きく成長した変な虫の魔物とかが飛びだして来たりするとか、それを躱そうとして水路にドボンするとかという不幸な事故だ。
何度か恐かったり汚かったりしたことはあるが、やはり手っ取り早く迷わず下層の一番下まで行けるこのルートは俺のお気に入りルートである。
このルートは一番下の大水路まで降りるだけではなく、壁から合流している別の水路に入ることができるし、大水路上の吹き抜けに架かっている橋の上に飛び降りれば、そこからその階層の水路に入ることもできて非常に便利なのである。
地下水路によく来る冒険者ならきっとみんな使っている便利ショートカットのはずだ。
俺が目指しているのはゾンビが出現していると報告のあった下層、そしてその先のドリー達のいると思われる最下層だが、そこに向かいながらゾンビを見つけた場合は駆除をしなければならない。
くそ広い地下水路だ。全てのゾンビを見つけることはできないので、進路上とそこから気付いた範囲だけの駆除になる。
原因を取り除いた後に残ったゾンビは、毎月行われている地下水路の定期清掃の時に冒険者達が駆除してくれるだろう。
大水路上の吹き抜けから下層の一番下まで行けば最下層にはすぐ入れるのだが、下層にはアンデッドが出現しているということで、今回は一番下まで降りず中層と下層の境目の水路まで降りることにした。
というわけで大水路が見える吹き抜けまで行って下層と中層の境目付近の橋に向かってピョーン。
魔法がなければただのヒョロヒョロ男のアベルは転移魔法で降りてきた。
ずるい、飛び降りなくてもアベルの転移魔法で降りて来ればよかった。
カリュオンはアベルが転移魔法を発動する瞬間にアベルを掴んで一緒に降りてきたようだ。カメ君は俺の肩に張り付いて一緒にピュー。
全員無事に中層と下層の境目まで降りて来たのだが……。
「うわ、濡れたっ! 下水が滝のように落ちてるからその飛沫で濡れたよ! 髪の毛まで濡れたよ! 汚っ! 臭っ! どうしてくれるの!?」
「冒険者だから多少汚水を被ることくらいあるだろー? 浄化魔法のある奴はいいよなぁ、汚れても魔法一発で綺麗になるじゃん。それにアベルは俺が降りた後に転移魔法で飛んで来ただけだから、ちょっと飛沫がかかっただけだろ?」
「浄化魔法で綺麗になるし、かかったのは飛沫だけだけど、気持ちの問題だよ、気持ちの! 冷たっ! チビカメは余計な気を使わなくていいよ! 俺に水鉄砲を撃ちたかっただけでしょ! それとグランも汚い水しぶきを浴びて臭くなってるから、グランも洗ってあげて!!」
うるせぇぞ、アベル。魔物がいる場所で騒ぐのは、冒険者としてどうかと思うぞ?
弱い敵しかいない地下水路だが、現在原因不明の沌属性の魔力が発生しているし、油断しないほうがいいと思うぞぉ?
濡れただの臭いだの騒ぐからカメ君のお気遣い水鉄砲がっ!
汚水で濡れた髪を水鉄砲でキレイキレイしてあげたんだよね? カメ君は優しいなーって、ブホッ!? 俺にまで水鉄砲をしなくていいよ! 俺は少し臭いだけで綺麗だから!!
「冷っ! カ、カメ君、おかげですごく綺麗になったから水鉄砲はもういいよ!! ほら、下から漏れてきた沌の魔力が漂ってるから、そろそろ気を引き締めて行くぞ」
「グランが一番緩んでる気がするんだよなぁ」
あぁん? 水路で汚水がかかったくらいで大騒ぎしていたアベルが何か言っているぞ。
俺達がいる大水路上の吹き抜けに架かる細い橋の上に、下を流れる大水路から沌属性の魔力を含んだねっとりとした風がゆるく吹き上げてくる。
俺達が地下水路に入った場所よりはっきりと沌の魔力の存在を感じるが、ここまで届く沌の魔力はまだまだアンデッドが自然発生するほどの濃度にはなっていないようだ。
橋から下を覗き込むと姿は見えないが、沌属性を纏った細かい生き物の気配をいくつも感じている。
沌の魔力に限らずあらゆる属性の魔力はどこでも漂っているものだが、普通に活動していて気になるほどの濃さになる場所は限られている。
この地下水路も元から多少は沌の魔力が漂っていたが、今日は明らかにいつもよりも濃い。
カメ君の水鉄砲で濡れたせいか、いつもよりも濃い沌の魔力のせいか、ぞくぞくとする感じがして両腕を抱え込むようにしてさすった。
「ここからは普通に歩いて最下層まで行く感じか? ここってどの辺だぁ? 元から道は覚えてないが、ショートカットしたから更に位置がよくわかんなくなったな。ま、グランについていけば何とかなるかー」
「おう任せとけ。あっちに進むとすぐに下層に入る階段だな。そこから下層に入って、周囲の様子を見つつゾンビがいたら駆除しながら進んで行こう」
「もう、変な道は勘弁してよね。というか、ちゃんとした道を通ってよね」
カリュオンの言葉に応えつつブツブツ言っているアベルは無視して、指を差して下層へ繋がる階段がある方向へと歩き始めた。
各階層から別の階層へと繋がる通路の数は少なく、そこには対スライム加工が施された金属の扉が設置されており、水路内の生物が通路から上の階層に上がってこないようになっている。
大水路の吹き抜けから壁を登ってくる奴もいるので、絶対に下から上に生物が上がってこないわけではないが、ゾンビやスケルトンのような動きの鈍く体の脆いものがあの垂直壁を登るのは難しいと思われる。
よって下層で生まれたゾンビは扉が閉まっているうちは、中層まで来ないはずだ。
しかしこのまま沌の魔力が濃くなれば、その魔力によって中層でも生物の死体が自然にアンデッド化することはありうる。
中層は町に繋がっている階層なので、この階層でアンデッド発生スパイラルが始まってしまうのは非常にまずい。
そうなる前に沌の魔力の発生源を除去し、水路内のアンデッドを駆逐するため、早めにランクの高い冒険者や騎士団を派遣する流れになったのだろう。
下層に繋がる通路は俺達が着地した橋のすぐ近く。そこへ移動し念のため周囲を確認する。
中層と下層を区切る扉はしっかりと閉ざされており、扉周辺の床を確認してみたがゾンビらしき足跡は残っていなかった。
そして真新しい足跡もないので、ドリー達を含めこの通路を通った者は暫くの間いないようだ。
湿度が高く足元にはコケが多く生え、水路に棲む小型の魔物が多く徘徊して床は薄くヘドロに覆われているため、人の通った痕跡は見つけやすい。
「よし、扉を開けるぞ。向こうに魔物の気配はないが、スライム類はじっとしていると気配がわからないから注意してくれ」
扉にはダイヤル式の鍵がかかっており、解錠の方法は水路の適性ランクに到達した者なら受付で聞けば教えてもらえ、扉を通過後は施錠を必ずすることになっている。
これは魔物が扉を越えて上の層に行かないためでもあり、うっかり迷い込んだ者が奥まで入り込まないためでもある。
それでも誰かに聞いて解錠方法を知っていたり、俺達のように大水路上経由で下の層に行ったり、中には施錠どころか扉を閉め忘れるうっかり野郎もいるが、ないよりは事故を減らせるという考えである。
ダイヤルをグリグリと回して鍵を開け、重い金属の扉をゆっくりと手前に引いて開ける。
扉の隙間から下層のじっとりとした空気が流れ込んで――来ない!?
嫌な予感がして扉を引くのをやめてパッと後ろに跳んで下がった。
その直後、扉がギギギと音を立てて勝手に全て開いた。
そして、その向こうに見えたのは……通路にみっちりと詰まった透明な大型スライムだああああああああ!!!
「うわぁ……久しぶりに見たよカプリス・ウォール。燃やしちゃうから巻き込まれない場所まで下がってて」
「おう、任せた」
全員がアベルの後ろまで下がると、アベルが扉の向こうの通路に詰まる透明な巨大スライム――カプリス・ウォールに向かい小さな火の玉を放った。
その火の玉がカプリス・ウォールにぶつかると一瞬で燃え上がり、扉の向こうが炎に包まれたように見えた。
燃えているのは通路ではなく透明なスライムなのだが、透明故に通路が燃えているように見えてしまう。
カプリス・ウォール、大きな透明な体を持つスライムの亜種。
通路の曲がり角や見通し悪い階段や扉の向こうなど、死角になりやすい場所で体を広げ道を塞いで罠のように獲物を待ち伏せている閉所の捕食者。
地下水路だけではなく、洞窟や遺跡など狭い通路がある場所を好む。
ゼリー状の透明な体のため、ただでさえ暗い場所では見えにくいというのに、こういうつい突っ込んでしまいそうな場所で獲物を待ち伏せしているので質が悪い。
しかもこいつのゼリー部分は麻痺やら毒やら持っているので、それらに耐性が低い者が突っ込むと麻痺して動けなくなり、そのまま溶かされて美味しく吸収されてしまう。
なお頭から突っ込んでしまいそのまま麻痺すると、溶かされるより窒息するのが先だ。
小さい炎で燃え上がり、そのまま全て燃えてしまうほど炎に弱い生き物だがこいつによる死亡者は非常に多く、要注意生物として冒険者講習でしつこく教えられる。
それでもカプリス・ウォールによる駆け出しの冒険者の犠牲は減らない。そんな単純な罠にはかからないと舐めている者ほど犠牲になりやすい。
そう、どんな弱い魔物でも魔物のいる場所で油断した者から命を落としていくのだ。
アベルの放った小さな炎が燃え広がり、その体が焼き尽くされたカプリス・ウォールがボトボトと溶けるように崩れその残骸が床に広がっていき、それもすぐに炎に包まれて溶けて消える。
そして、カプリス・ウォールの体が全てなくなると、それを燃やしていた炎も消え、その向こうから今度こそ下層の生温い空気が流れ込んできた。
不快という言葉しか出てこない沌属性の魔力と共に。
お読みいただき、ありがとうございました。




