王都地下水路
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王都に限らず大きな町には、地下に汚水や雨水を処理するための地下水路が張り巡らされている町が多い。
王都の地下水路はロンブスブルクが王都に定められた当初の頃からのものらしく、町の発展と共にその規模も大きくなり、今では複雑な迷路のようになっている。
地下水路には下水処理のためのスライムが大量に棲み着いており、またスライム以外にもスライム亜種にあたるカビやヘドロの魔物や、ネズミや昆虫系、水棲系の魔物が多く棲み着いている。
もちろんこれらの危険な生物が市街地に出てこないように対策はされており、その上で増えすぎないように、また大きく成長しすぎないように、定期的に水路の掃除とそこに棲む生き物の間引きがされている。
地下水路を管理するのはそれを有する町の統治者――王都の地下水路は国の管轄下だが、その管理業務のほとんどは冒険者ギルドに委託されており、王都の場合は月に二回ほど水路の掃除と見回りが冒険者達によって行われている。
今回の異変もその見回りの時に発見されたそうだ。
雨水や汚水の流れ込む場所なので、それに混ざって何かしら危険な生物や物質が水路に入り込むことはちょいちょいある。
今回は沌属性の何かが入り込んだ、もしくは誰かが捨てた沌属性の何かが水路に流れていって異変の原因になったとかだろうか。
沌属性の魔力が濃くなりすぎると、ゾンビやスケルトンなどの弱いアンデッドが発生しやすくなる。それらが増えると更に沌属性の魔力が濃くなり、更にアンデッドの発生が増えその中から強力な個体も生まれ始めるという、アンデッド発生スパイラルになってしまう。
初期のうちなら小動物のアンデッドがチョロチョロしているくらだろうが、放置しすぎると大きなアンデッドや複数の生き物が融合したアンデッドが生まれ始め危険度が上がる。
何事もなければ地下水路はDランク程度で、そのランク帯の冒険者向けの依頼が多い場所である。
俺もそれくらいのランクの時はよく地下水路の依頼を受けていたなぁ。
臭くて汚いけれどそこそこ稼ぎもよくて、スライムがちっこい魔石を落としていくのでDランクくらいだと美味しい場所なんだよな。
だがスライム類や小型生物などの弱い生き物ばかりだと油断していると、思わぬことで大怪我をしたり命を落としたりすることもあるので油断はできない。
意外かもしれないがスライム類は経験の浅い冒険者の死亡原因の中でも高い割合を占めており、ここ王都の地下水路でも水路に入って行方がわからなくなりそのまま見つからないという事案が毎年何件か発生している。
スライムって、自分の体で包み込めるものなら何でも綺麗さっぱり溶かしちゃうんだよね……そう、人間だってね……。
町を流れる水路は地下水路に繋がっているが、そこは金属の格子が嵌められ一般人が水路に入ったり、流されたりされないようになっている。
たまにその格子が壊れてうっかり水路に入ったり落ちたりする事故はあるけれど。
城下町には何か所か地下水路に入るための入口があるが、そこは普段は鍵がかけられ許可がなければ入ることができない。
冒険者が依頼や探索で水路に入る場合は、冒険者ギルドの敷地内にある入口から入ることができ、基本的には帰りもここからになり、出入りの際は冒険者ギルドに報告することになっている。
地下水路は町の外を流れる川に繋がっているので、気合いがあればそこから出入りもできるが、そこから入って中で何かあれば誰にも気付いてもらえない。
またギルド側から入って別の場所から出て報告を忘れると、行方不明者として捜索をされてしまうことになってギルドに大迷惑をかけてしまう。ちなみにその際にかかった費用はしっかり請求されるので、水路に入った時は出た時の報告を忘れてはいけない。
アベルの転移魔法に乗っかる生活に慣れていると、つい忘れそうになるので俺もうっかりしないようにしなければならない。
「うおおおおー、超懐かしいいいーーー!! 実家……ほどでないけど謎の安心感!! アベルの顔くらいよく見た地下水路棲みのスライム達!!」
「何意味のわからないことを言ってるの! 安心感なんて欠片ほどもないし、スライムごときより俺の方がグランとよく顔を合わせてるでしょ!」
何だよ、冗談の通じない奴だなぁ。
「まぁ確かに懐かしいなぁ。あーこれこれ、この臭い懐かしい生臭さだなー、年単位で来てないから道はすっかり忘れちまったけど」
「カァ……」
確かに臭い。
ギルド敷地内の入口から地下水路に踏み込んだ瞬間から下水特有の生臭さに出迎えられた。
カメ君はあまりの生臭さのためか、俺の肩の上で放心状態である。
「ほら、グランが先頭なんだから狭い通路で立ち止まらないでさっさと進んで!」
「お、おう。すまんすまん」
あまり強い敵のいない地下水路。
気をつけなければいけないのは曲がり角や天井、足元などの死角で罠のように潜み、獲物がかかるのを待っているスライム達。
そして拡張に拡張を重ねられ複雑に入り組んだ水路。
先頭を歩くのはタンクのカリュオンではなく、道をある程度覚えていて気配察知能力の高い俺。
カリュオンならトラップ状のスライムに突っ込んでも平気なのだろうが、道を覚えていないと言うのでいちいち道を指示するのも面倒で俺が先頭を歩くことになった。
そして水路に入るなりこれ。
何だよー、久しぶりに来た王都の地下水路の懐かしさに浸っていただけじゃないかよぉ。
あー、この生臭さ懐かしっ!
「ところで、ギルド長の言っていた沌の魔力っていうのは、ここからでもわかるか? それとドリー達の気配」
カリュオンに尋ねられたが、最下層にいると思われるドリー達の気配をここから探るのはさすがに無理かなぁ。
地下水路の中って入り組んでいるし細かい魔物が多いし、水の流れ落ちる音があちこちでしていて、ただ移動しているだけの人の気配は拾いにくいんだよねぇ。
しかもドリー達は騎士団と一緒に行動しているため、俺達とは別の入口から入ったようなので、ここには移動の痕跡が残っていない。
だが気配察知のスキルで離れたところまで探ってみると、下の方からガラスをかぎ爪で引っ掻くような嫌な感じ――濃い沌の魔力の気配はする。
発生源って最下層かその下って言ったよね?
いやいやいやいや、王都の広い地下水路でこの入口にいてもその魔力を感じるくらい濃いってどういうこと!?
この濃さを思うと騎士団とドリー達を派遣した上で、更に追加で派遣する高ランクの冒険者を探していたのもわかる気がする。
「ドリー達の気配はわからないが、沌の魔力は感じるな、しかもものすごく濃い。これは合流を急いだ方がいいかもしれない」
これだけ沌の魔力が濃ければ、相当数のゾンビが発生している可能性が高いし、それらが合体した大型のゾンビもいるかもしれない。
ドリー達の強さを考えると少々手強い敵であっても問題はないだろうが、この沌の魔力の濃さは異常だ。
地下水路の奥深くで何か異常なことが起こっていると思った方がいいだろう。
「うん、魔力が何だかざわざわする感じ……これは――」
「ああ、俺もこれはあまりいい予感がしないな。急ごう」
「カァ……」
アベルやカリュオンもこの普通ではない気配を感じ取っているようだ。
そしてカメ君は……水路の臭いに慣れないのか、まだ放心している。
「よし、じゃあ近道をするからついてきてくれ」
「え? 近道? 普通の最短ルートとは違うの?」
「ああ、駆け出し冒険者時代に地下水路を探索しまくった時に見つけたショートカットルートだ」
アベルの疑問を気にすることなく早足で歩き始める。その先にはザーザーという水の音。
いやー、Dランクくらいの頃はこの地下水路は、細かい魔物が多くていい小遣い稼ぎと素材集めの場所だったんだよね。
はっはー、その頃に探検気分でうろちょろしていたので、今でも道はよぉく覚えているし、その頃見つけた近道もあるぞー!
たまにでかいスライムとか昆虫系の魔物とこんにちはをすることがあるけれど、今の俺達にとっては敵じゃないから問題ないな!
「え? そっち下から上まで吹き抜けになってる大水路の方向だよね? そっち側階段はないよね?」
「ああ、そこから飛び降りたら下の階層まですぐだぜ!」
迷路みたいに複雑な巨大地下水路を、いちいち階段を経由して最下層まで降りるかっつーの。
お読みいただき、ありがとうございました。




