タイマンしようぜ
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「ナナシ、もう少し腰で大人しくしてろ。お前の仕事は最後の一撃だ」
リッチの攻撃が終わるとヴェールから腰紐に戻ったナナシを呼び戻す。
こいつが起動していると魔力をゴリゴリ食われる上に、今はまだ出番ではない。
必ず出番がくるから、その時まで大人しくしていろ。
「知らない知らないそれは知らない知らない知ら知ら知らしらしらしららららら」
胸の頭蓋骨がカタカタと顎を揺らし、そこから女の声が漏れる。
「それも覚える覚えるぞ覚えてやるぞ」
「覚えれば効かない効かない効かない効かない」
女に反応するように胴体部分の頭蓋骨が次々と喋り始める。
頭部だけは言葉を発せず、空洞の瞳の奥にある赤い光をこちらに向け、俺を――いや、突然変形してカリュオンの援護をしたナナシを警戒している。
頭蓋骨の数だけ人格があるのかはわからないが頭部だけなんとなく雰囲気が違う気がする。
体の構造的にも頭部の部分がこのリッチの体の持ち主で主人格なのだろうか。
いや、考えても無駄だな。どうせ話は通じなさそうだし、倒すしかない奴だ。
そもそも、一方的に散々攻撃しまくった後で話し合いもくそもない。
まぁ、先にゾンビをけしかけたり、遠距離攻撃をしてきたり、中に誘い込んでクソ迷路をやらせたりしたのはゴーストシップだ。
やはり敵対しかない。釣り上げたのは俺だが、ダンジョンのボスと侵入者、わかり合えることがない者同士なのだ。
「覚える覚えるぞ覚えてやるぞみんなみんなみんな忘れない忘れない忘れない時が過ぎても忘れない」
頭の口から声が聞こえる。
「みんなみんな覚えてる覚えている」
「みんな沈んだみんな海の底暗い暗い暗い海の底」
「冷たい冷たい冷たい苦しい苦しい許さない」
頭の声に続いて胴体からも呪いのような声が。
ゾワッ!
まるでザラリとした大きな舌に体を舐められたような気持ち悪い感覚がして、それがすぐに濃い沌の魔力と気付く。
それはリッチからではなく周囲から。
「ヒッ!」
後ろで何かに驚いたアベルの声が聞こえた。
俺は気持ちの悪い声を出すリッチから目を逸らせずにいたため、それに気付くのがアベルより遅かった。
「うわぁ……」
だがさすがに気付いた。
「うへぇ……これは気持ち悪いな」
「カァ……」
カリュオンとカメ君もこの反応。
それは吹き飛ばしまくってもはや船の外側の壁しか残っていない壁を、這うように広がって浮き上がった無数の人の顔。
それが見える範囲の壁全てに広がり、その一つ一つがリッチの発する言葉に呼応するように、同じような言葉を吐き出し始めた。
精神防御系のアクセサリーを付けていなかったら、さすがにメンタルに大ダメージを喰らっていたかもしれない。
心の弱いものだと発狂するかショック死レベルの光景である。
その顔の一つがニュルリと壁から抜け出し床にボトリと落ちて、ゴソゴソと動きながら人の形になって立ち上がった。
うわぁ……きもぉ……そして、今俺はものすごく嫌な予感がしている。
ボトッ!
ボトッ!
ボトトトトッ!
ボトトトトトトトトトッ!!
や、やっぱりいいいいいいいいいい!!
壁に現れた無数の顔が次々とニュルリと出てきて、ボトボトと床に落ちボコボコと人型になって立ち上がりまくった。
ヒイイイイイイ……きもいきもいきもい。
ゾンビ……いや、これはゾンビはゾンビでも中に別のものが入った死体、ワイトっぽいな。
ゾンビは体に残った強い生への執着で、魂を失った後も体だけで動いているもの。
または沌の魔法によって人為的に動かされているもの。
そして、ゴーストや精霊、妖精などが取り憑いて動かしているものもある。
この何かに取り憑かれて動かされているゾンビのことをワイトという。
こいつは器である体を粉砕しても中身は死なず、また別の死体に取り憑き新たな体を得るため、取り憑いているものを倒さなければ死体がある限り復活をする。
壁に浮かび上がった顔がワイトの中身。このゴーストシップと共にある者達だろう。
そして器となっている死体はゴーストシップもしくは妖精の地図が作り出しているものなら、中身を倒さない限り延々と復活しそうだ。
その中身も延々と湧いてきそうな予感しかしないから、やはり船の主であるリッチを倒すしかない。
そしてこの数。壁と天井を壊しまくっていなかったら、そこからも生まれていたかもしれないと思うと、片っ端から壊しておいて良かった。
それでもヤベー数のワイトがもぞもぞと生えるように床から立ち上がっている。
番人様ーー! ゾンビは同時に出せる数に上限があるんじゃなかったんですかーー!!
外に引っ張り出しておけば中は手薄になるんじゃなかったんですかーーーー!!
もしかしてワイトとゾンビは別腹ですかーーーー!!
「こいつらはワイトかなぁ。こいつらには俺達の攻撃が効くようだし、雑魚は俺達に任せてグランはリッチを頼む!」
ワイトをどうにかしないとリッチどころではないのだが、生えてきたワイトをカリュオンがトゲトゲ鈍器で体を粉砕し、飛びだしてきた中身もそのまま聖なる鈍器で粉砕浄化されていった。
「下手にワイトを攻撃してリッチが当たりにきて覚えられたらまずいから、グランはリッチ以外触らなくていいよ!」
俺の近くまで来ているワイトをアベルが聖属性の白い炎でなぎ払った。
「了解! そっちは任せた!」
手を上げてアベルに応え、リッチへと集中する。
数は多いが所詮はワイト、ゴリラ達の敵ではないだろう。
「カカッ!!」
カメ君は俺の肩の上から近付いて来たワイトを倒してくれるようだ。
物量で押し潰す気だったのか、それとも俺に攻撃させて覚えるつもりだったのかどちらかはわからないが残念だったな、うちのゴリラ達は纏め狩りが大好きなんだ。
リッチさんよ、さぁタイマンしようぜ。
だが剣は構えない。
俺の魔力を覚えさせるわけにはいかない。
だから、俺の魔力を使った攻撃はしない。
だったらどうする?
簡単だ、俺の魔力を使わない攻撃をすればいい。
「くらえ、聖なる大炎上!! 鬼はー外ぉぉぉ!!」
ただの聖属性の魔石の粉末とバーミリオンファンガスの粉末を混ぜただけの粉である。
物理的に混ぜてあるだけで、俺の魔力は全く使っていないただの粉なので、この粉攻撃から俺の魔力を覚えられることはない。
はっはー! 単なる薬品や物理攻撃用品なら収納の中にいくらでもあるぞー!!
もちろんそんなセコイ攻撃が大きなダメージになるとは思っていないが、こいつが何故最大火力の因果応砲とその後の追い打ちを耐えたのかヒントが見つかるかもしれない。
ただ単に堅いだけかもしれないが、あの威力の攻撃を耐え、それを覚えることができたことに理由があるかもしれない。
まずはそのボロ雑巾みたいになっている服を引っぺがして中身を見せてもらおうか!!
リッチには死した肉体に魂を繋ぐための核になる沌の魔石が、肉体に埋め込まれている。
そいつを壊すか抜き取る、もしくは魔石に核としての役割を与えている要素を破壊するとリッチは体から魂が離れ滅びる。
もちろんその部分はリッチにとって最大の弱点であるため、どのリッチも魔石部分は強力な防御魔法やギミックで守られていることがほとんどだ。
その防御方法は個々のリッチで違うため、リッチの倒し方はその場その場で変わってくる。
もちろん防御を越える超火力攻撃で倒すことはできるし、それができるならそれが一番手っ取り早い。
が、最大因果応砲を耐えたとなると何か防御に秘密がありそうな気がしてならない。
聖魔石とバーミリオンファンガスの粉末の入った瓶の蓋を開け、リッチとの距離を詰め帽子を狙ってぶち撒けた。
その粉が付着した場所でボッと炎を上げて燃え上がる。
燃やして浄化してと一振りで二度美味しいみたいな気分で作った、対ゾンビ用の聖なる炎上フリカケなのだが思ったより燃え上がるな。
そのまま服まで燃え移ってくれてもいいのだが、身に着けているものは聖にも火にも耐性がありそうだなぁ。
まぁいい、これが一時的な目潰しにでもなれば十分だ。
帽子が燃え上がり、リッチがそれを手で払いどけようとして俺から注意が逸れたタイミングを狙って、ボロボロのコート状の服に手を掛け――。
あああああああーーーー!!
もし魔石が埋め込まれているなら、人間でいう心臓辺りだと予想して、服を剥ぎ取るためコートの前側に手を掛けようとしたら頭蓋骨が三つ、その目の中の光が全て俺に注目した。
そして顎をカタカタと震わせ、その口から黒い魔力のもやを吐き出し、それが矢の形になりヒュンヒュンと俺に飛んで来た。
「触るな触るな触るなド変態!!」
は???????
慌てて、黒い矢を躱すと胴体にある頭蓋骨に女の声で罵られた。
う、うるせぇ! 俺だって好き好んでリッチを脱がしたいわけじゃねーぞ!!
こ、これは、リッチの弱点である沌の魔石とそれを守るギミックを確認するためなのだ。
俺も我慢して脱がすんだから、お前も我慢して脱がされろおおおおおお!!
ぎええええええーーー!! 女の声の頭蓋骨さんから妙に殺気がーーーー!!
ヒーーーー、沌属性の黒い矢が追加でたくさん飛んできたーーーー!!
お読みいただき、ありがとうございました。




