初夏が終わる頃
誤字報告、感想、ブックマーク、評価、いいね、ありがとうございます。
ちょっとした金策気分で引き受けた五日間トレント木場護衛、初日は気付かないうちに領主様が来ていたり、二日目は謎の植物系生物のモコモコちゃんが紛れ込んでいたりもしたが、その後はとくにトラブルはなく最終日を迎えることができた。
へへ……この仕事が終わったらモコモコちゃんに貰った葉っぱと木の実を弄るんだ。
アベルに見つかると面倒くさいので収納の中に隠しておこう。もちろんモコモコちゃんのことは内緒だ。
つい先日、妖精を弄ってお小言を言われたばかりだからな。前回も今回も俺に落ち度はないのだが、心配性すぎるアベルにプチプチと言われるのは面倒くさい。
面倒くさいので内緒! 秘密! どうせカメ君と毛玉ちゃんとワンダーラプター達しかいなかったし、俺が黙っていればばれない話だ。
無事に最終日にはなったのだが俺としたことが金を稼ぐことしか頭の中になくて、最終日がパッセロ商店にポーションを持っていく日と被っていたことに、前日になって気付いたっていう。
前日の夜に慌ててポーションを作って、当日の朝に急いでポーションを渡してそのまま木場へ行くことに。
すみません、今週はグランの気まぐれネイルコーナーはお休みです!!
ダンジョンに行っていたり、旅に出ていたりで休んでいる方が多い気もするが、お店に来てやっていれば立ち寄ってくれるみたいな、田舎のゆるゆる空気がありがたい。
などと少しバタバタすることもあったが、無事に五日間の木場護衛業務を終え報酬もしっかりと受け取った。
忙しくはあったがCランク三人分の報酬を独り占めできたので、なかなかいい儲けになった。
木場に寄ってくる魔物を駆除して手に入れた素材もあるし、ワンダーラプター総動員してからは適度にのんびりできてちょいちょい薬草も摘めたし副産物も旨かったぞぉ。
コリベロス君達とは少し仲良くなれたけれど、やっぱりまだ触らせてくれなくてショボーン。
カメ君達が手伝いに来てくれたのは二日目だけだったがあれは戦力過剰すぎたので、その後はワンダーラプター達と俺でほどよい感じで過ぎていった。
そういえばあれからモコモコちゃんは見ていないけれど、魔法の粉で納得してくれたのかな?
そうそう、仕事が終わってその報告に冒険者ギルドに行った時、突然のソートレル子爵襲来についてバルダーナに確認したら苦笑いをして誤魔化された。
「ばれたかー!?」
じゃないぞ!?
アベルやラトに言われなかったら気付かなかったけれど、俺もラト達のことは内緒なのでその話題はあまり触れないことにしておいた。
そして五日分の報告を終え家へとワンダーラプターを走らせ始めた頃、西の空が紺色の分厚い雲を縁取るように異常なまでの赤に染まっていた。
今夜は雨が降りそうだな――。
爽やかな初夏が終わりに近付き、暑い夏の足音が聞こえる頃。
だがその前に初夏と夏の狭間、天気の谷間の気配を感じた。
そして、俺が自宅に到着し日が西の地平線へ消えていく頃には、吹き始めた湿気を帯びた風がゴロゴロという空の音を運んで来た。
「ひゃー、すごく降り出したね、王都の方は晴れてたのに。この家古いけど大丈夫? 嵐で飛んでかない?」
「ははは、エルフの家よりマシそうに見えるぞぉ? それにしてもこの辺りは夏前に嵐の季節があるよなー。まぁ、そのおかげで森が豊かなんだけどな」
「ああ、そうだな。去年もこの時期に大雨の日があったようななかったような。俺の実家の辺りも、夏が来る前に長雨の時期があるからそれを思い出すな」
夕食後リビングでダラダラと過ごす時間、強い風でガタガタと揺れる窓にバリバリとぶつかる雨の音にアベルが眉を寄せるが、陽キャカリュオンはこの嵐の始まりの時でも楽しそうだ。
しかし嵐の夜が何となく楽しいのはわかる。誰かと一緒にいる時なら嵐の前って何かワクワクするんだよな。
それに夏前の強い雨の季節は俺の実家の辺りにもあった。そして前世に住んでいた国にもあった。
そのせいか、この季節の雨は何だか懐かしく、そして愛着を感じてしまう。
この雨の季節がくると、暑い夏がもうそこまできているという気分になる。
それからアベルが地味に俺の家に失礼なことを言っているが、多分飛んでいかない。大丈夫。
しかし浸水は怖いので、帰宅後水に浸かりそうな場所に、水が入らないように耐水効果を付与した土袋を設置しておいた。
倉庫は地下室もあって浸水すると危険なので、入り口にがっつり防水土袋を積んで大雨が落ち着くまでは封印かな?
しかも家のすぐ裏に小川が流れているのでこちらもかなり不安なのだが、森の番人様が何とかしてくれないかな?
お家浸かったら嫌だよね?
「ふむ、ここが水に浸かると快適さが損なわれては困るからな、川が溢れても家や倉庫には水が浸入することはないように加護を与えておいたぞ」
さっすが番人様!!
家や倉庫は大丈夫だけれど畑は水を被るかもなぁ。まぁ、それは想定内かな?
「カメ~?」
「ホホォ」
カメ君、不思議そうに首を傾げても外では遊ばないよ。
俺達人間はカメ君みたいに水の中で生きる生き物じゃないから、雨風がしのげる家の中で安全に過ごしたいんだ。
ほら、毛玉ちゃんもソファーでとろけているだろ?
夕食が終わった後のリビングに男四人とカメ君と毛玉ちゃん。
いつものように夕食にお酒を飲みながら、のんびりとした時間を過ごしている。
俺やアベル達が帰宅した頃はまだぎりぎり持ちこたえていた天候は、夕食が終わる頃には風と雷を伴った雨へと変わっていた。
日も暮れ、天気も悪いので三姉妹達は食事の後早々に部屋に戻って寝てしまった。
毛玉ちゃんは嵐の予感がして避難してきたのかな。うんうん、大雨になりそうだからうちでゆっくりしていくといい。
いつもは外にいるフローラちゃんも今日は嵐に備え家の中に入って、三姉妹と一緒にお休み中だ。
「あ~あ、せっかく明日から少しの間休みなのに雨なのは残念だな。まぁ、ここのとこ少しバタバタしてたし明日は家でのんびりしようかな」
ザーザーという激しい雨の音に眉を寄せながら、ソファーに座ったままアベルが大きく伸びをした。
そういえば俺が五日間トレント木場に行っている間、アベル達も毎日王都で仕事だったみたいだな。
「ドリーだけ忙しいなら俺達はどっかで遊んでてもよかったんだけどなぁー、おっと何でもない何でもない」
「カリュオン、仕事の話はなしだよ。まぁでももう後はドリー達に任せて俺達は暫く自由時間!」
よくわからないけれど、王都で大人気のAランクパーティーはあっちこっちで指名依頼が多そうで忙しそうだなぁ。
「俺も明日はのんびりかなー。五日間トレント木場を走り回って流石に疲れたな」
二日目以降はややのんびり進行ではあったが、それでもあの広い木場を走り回っていたのでそれなりに疲れている。
暫く天候も悪そうだし、家でのんびり内職でもしようかなぁ。
「グランも明日休み? じゃあ今夜はゆっくりお酒を飲んじゃわない?」
「お、いいな。いつも翌日に響かない程度にしか飲まないから、たまには気にせず飲むのもいいな」
この様子だと明日も雨は止みそうにないから農作業もできないし、アベル達も明日は休みみたいなので、翌日のことを気にせず遅くまで飲めるチャンスだ。
「む、雨を見ながらの酒も悪くないな。地主に貰った酒や妖精達に貰った酒もあるぞ」
当然のように酒飲みのラトが乗っかってくる。
「いいねぇ、宿屋だと周囲の部屋に気を使わないといけないからな。グランの家なら気兼ねなく騒げるな」
いや、三姉妹が寝ているから騒ぎすぎるな。というか俺の家でも少しは気を使ってくれ。
「カッ!!」
カメ君がつまみとばかりにバラバラと巻き貝を出してきた。
これは網焼きにしようか。
「ホッホォ!」
毛玉ちゃんはお酒よりジュースの方がいいかなぁ? おつまみよりパンケーキかな?
よぉし、今日はみんなで夜更かしをしような。
そんなわけで始まった嵐の夜のホームパーティー。
この広い家に一人で暮らしていたら、こんな嵐の夜はさっさと寝ていただろう。
だけど親しい者と酒を飲みながら他愛のない話をしていると、嵐の夜でさえ楽しい気分になる。
あー、このどうしようもなくダラダラとした酒飲みの席、何だかとても楽しい。
いつもなら切り上げて寝る時間を過ぎても、それは続いていた。
「ちょっと、怖い話はやめてって言ってるでしょ!! 怖い話を一つするごとに灯りを一つ消す? やだよ、絶対それやっばい儀式でしょ!! 絶対にやらないよ!!」
酒が進み酔いが回って気分が良くなってきたので、こういう嵐の夜の定番でもある怖い話を始めようとしたら、怖がりのアベルがものすごく険しい表情でクッションを抱えて叫んだ。
こういう夜の怪談は臨場感があって楽しいだろぉ?
せっかくなので怖い話を一つ話し終えるごとに灯りを消すという、前世の記憶にあった演出を提案したらアベルに全力で嫌がられた。
もちろんただの演出で何の効果がないのは、前世ですでに体験済みである。
ははは、アベルは相変わらず怖がりだなぁ~。
お読みいただき、ありがとうございました。




