森の守護者達のお仕事
誤字報告、感想、ブックマーク、評価、いいね、ありがとうございます。
「お腹すいたぁー、今日は夕飯の支度に時間がかかったんだね。って随分色々作ったんだね、何かあったの?」
食卓にズラリと並んだ料理を見てアベルが思わずといったふうに声を出した。
それもそのはず、今日はとにかく品数が多い。
作りすぎともいえる状態で、種類ごとに大皿に盛って各自トングで取ってもらうようにしてある。
「うほー、これはレッサーレッドドラゴンの肉か? こないだのダンジョンのやつ?」
おいこらカリュオン、大皿ごと持っていこうとするな!
「いや、これはラトと三姉妹が持ってきたものなのだが……」
カリュオンの質問にラトの方にチラリと視線をやる。
実は俺もラト達から今日の仕事の手土産として大量の肉や魚、果物や野菜を受け取ったものの出所はよく知らない。
なんとなく食材ダンジョンで見たことがあるようなものが多いなとは思っていた。
色々な食材をどっさりと渡されて、三姉妹とラトのリクエストに応えていたら、あれよあれよという間にメニューが増えて完成までに時間がかかってしまった。
「ふむぅ、今日はこの辺りの大地主と交流の日でな、その時に手土産を貰ったのだ。今年は景気がいいとかで、この周辺では見かけない食材が多いな」
「この辺りの大地主の一族とは、ずっとずっと昔からの付き合いですわ。毎年一回約束を確認するためにお会いしてますの」
「私達もこの森から出ることはないから人間の縄張りを侵さないし、人間も森の奥に住む強力な魔物を恐れているから、お互い不干渉という契約がずっと昔から続いているの」
「グランの家の周辺、今日グランがいた農場の辺りはその境界区域で、ここだけはお互い何が起きても仕方がないという場所ですぅ。きっちりと線引きするのは難しいですからねぇ。森の浅い場所には人間も入りますし、森の魔物もはみ出してしまいますからねぇ」
ラトと三姉妹の口にした話は、以前にもチラリと聞いた記憶がある。
ピエモンのあるソートレル子爵領の領主と、森の主として不可侵の契約を結んでいるんだっけ?
ラト達が言っていた今日の仕事というのは、領主様と会っていたのかな?
なるほど、その時の手土産か。どうりで食材ダンジョンっぽいものが多いと思った。
あのダンジョンから持ち出されたものが、ソーリスに多く流れ込んでいることが窺える手土産だ。
「その話はユーラティアの貴族の間、とくに中部から東部に領地を持っている貴族の間では有名だね。この森に隣接している領地の貴族は森に踏み入らないようにしているみたいだね」
「森の北側は高い山脈があるから北からは人の足はまず入り込めないしなぁ。森の西の方は南北に川が流れてて森が切れているけど、その辺りはハイエルフの森でもありテムペスト様の縄張りもあるから、そっちも無理に荒らしに来る奴はいないな」
アベルはさすが貴族の事情に詳しい。この森と周辺領地の貴族の関係は、統治者階級には有名な話なのかな。
カリュオンの話は……サラッと言っているけれど、普通に考えて古代竜の縄張りには近付かないよな。テムペストは温厚な性格という話は聞いたことはあるが、それでも古代竜基準だろう。
俺はそういうことは疎いし、ここに引っ越してくるまではこの辺りのことはあまり詳しくなかったからなぁ。
冒険者としてそれなりに活動をしていたので、でっかい森があることは知っていたが森の主と領主とでそんな契約があったなんて知らなかった。
知っていたらこんな森の近くの家を買うのは少し悩んだかもしれない。
王都の不動産屋で情報と値段だけ確認して、遠く離れた地の物件だったせいかその時はそんな話など全くされなくて、俺もただの農園だと思って即決しちゃったんだよなぁ。
なんというか衝動買い。欲しいと思ってその気になれば手に入れることができるなら、我慢できないのは俺の悪い癖かもしれない。
だが、その衝動買いのおかげで今がある。
衝動的に王都からここに引っ越して、たくさんのことがあってたくさんの出会いもあった。
自分を見直す余裕もできて、魔法が使えないことや、半端な火力のことも、全くではないが以前ほど悩まなくなった。
ヴォルフさんを見た時は少し羨ましかったけれど、それだけだ。
あんなに面倒くさく思えていたAランクもなってみればたいしたことはなかった。
思えばここに越してきてトラブルもありはしたが、それでもいいことや楽しいことの方が多いな。
ここに来てよかったな――。
「カーーーーーーッ!!」
物思いにふけりそうになったところで、カメ君にクイクイと袖口を引っ張られる感覚で我にかえった。
「あ、ごめんごめんちょっとボーッとしてた。今日はメニューが多いから好きなものを取って食べてくれ。でも野菜もちゃんと食えよ、とくにアベル!」
「ちゃ、ちゃんと食べるよ。果物も野菜に含まれるからね、そこのリンゴとモモを貰うよ」
「カッ!? カカーッ!!」
アベルが先に果物をごっそり皿にキープをしたので、果物好きのカメ君から抗議の声が。
「はいはい、果物はおかわりがあるからケンカしないケンカしない。それと、アベルは果物は野菜じゃねーから、野菜もちゃんと食え」
カメ君とアベルを宥めながら、全員が席に着いたのを確認していただきます。
たくさん作りすぎた気もするが、俺も一日走り回ってハラペコなのでいくらでも食べられる気がする。
コッカ・チャボックの唐揚げ、レッサーレッドドラゴンのサイコロステーキ、ラムチョップにヤエル肉のメンチカツ。
赤身魚のホイル焼きに白身魚のムニエル。ちっこい青魚は開いてフライに。
他には野菜野菜野菜果物果物果物。そしてどう見ても十四階層のアイツらも混ざっていたので、パパッとかき揚げにしてやった。
やっぱ食材ダンジョンの食材だよなぁ。
「ラト達の契約相手っていう大地主って、ソートレル子爵のことだよね、本人が森に来てたの? あの人なら普通に森の中まで行きそうだなぁ。貴族としての階級は高くなくて人当たりもいいけど、いろんな意味で行動力が半端ないんだよねぇ。庶民に紛れ込むのが得意な人だから、グランとソーリスに店を出したら、客に紛れ込んでやって来そうだなぁ……いいや、いざとなったらリリーさんに対応を任せちゃえ」
食事が始まっても、森や領主様の話題が続いていた。
アベルが皿にこんもりと盛ったレッサーレッドドラゴンのサイコロステーキにフォークを刺して口に運びなら言う。
最後に何か聞こえたが、貴族同士のあれやこれは俺にはよくわからない。だから何も聞こえなかったし、気にしない。
「ああ、そんな家名だったな。あの一族は昔から民と共に歩むよき統治者だが、当代の主はとくに民に紛れ込み共に過ごすのが好きなようだな。時々森の周辺を自ら警備しているのも見かけるぞ」
へぇ~、貴族様なのにすごいなぁ。
そういえば、領主様Aランクの冒険者とかって昔バルダーナが言っていたような。
「わたくし、当代の大地主は好きですわよ。毎年遠くの果物やお茶をくれますし、わたくし達の好みをよく把握してらっしゃいますわ」
「時には人間が身に着けるようなものや魔道具や本もくれるのよね」
「そとの話もたくさんしてくれますしねぇ。当代はたくさんよくしてくれるので、森から見える範囲だけではありますが、私達もちゃんと加護を返してますよぉ」
三姉妹達は当代のソートレル子爵をかなり気に入っているように見える。
なんか少し妬けるな。
……木場の仕事が終わったらたくさんお菓子を作ろう。三姉妹の服もたくさん作ろう。
「私達のところに来る前に森の周辺を見回っていたようだが、グランは会わなかったか?」「いや? それっぽい人は――ん? アベル、ソートレル子爵ってどんな人?」
ラトに尋ねられて、少し引っかかるものがあった。
領主でありながらAランクの冒険者。
庶民に紛れ込んで過ごすのが好き。
森の周辺を見回っていた。
毎年この時期にこの辺りで用事があると言っていたAランクの冒険者。
「確か四十歳くらいで剣術に長けた人だね。それでいて光属性の魔法も得意で、攻撃と回復の魔法をどちらも使える典型的魔法剣士で、騎士としても有名な人だよ」
アッ。
「もしかしてスラッと背が高くて、茶色い長髪のおじ様? 名前はヴォルフ?」
「ああ、そうだね。名前は――オリエンス・ヴォルフ・ソートレルだったかな? なんで? って、もしかして……」
アベルの目が細くなった。
さすがアベル。領主クラスの貴族のフルネームがすぐに出てきた。
そしてヴォルフ。
ああああ~~~、もしかして偽名かなって思ったけれどミドルネーム!?
ということは、離れた場所にいた鎧を着た二人はパーティーメンバーではなく護衛?
俺、何も失礼なことしていないよな!? いや、あっちがさもただの冒険者ですって感じで話しかけて来たんだし。
あっ! 庶民の手作りベーコンポテトパイなんか渡しちゃったっ!!
もちろん毒なんかは入っていないけれど、ぎょええええええええええ!! 恥ずかしいいいいいいいいいい!!
「もしかして、領主様に会っちゃったかも」
ま、まぁ悪い人じゃなかったみたいだし、これも何かの縁?
きっと何かの縁!!
お読みいただき、ありがとうございました。
明日と明後日の更新はお休みさせていただきます。土曜日再開予定です。




