トレント木場
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初夏の晴れ上がって気持ちの良い空の下、たくさんの犬の鳴き声が響く。
その犬の鳴き声に導かれるように、追い立てられるように、背の低いトレントの群れが列となってワサワサと移動していく。
その光景は一見すると牧羊犬に追い立てられる羊のようでもあるが、追い立てられているのは羊ではなくトレント。白いモコモコではなく緑のワサワサである。
トレントの動きに合わせてサワサワと聞こえる葉の揺れる音は、その源さえ気にしなければ、爽やかな初夏の空の下で揺れる木々の優しい音である。
ここはピエモンの町からワンダーラプターで北東方面に三十分ほど走った場所にあるトレント木場――今日の俺の仕事場だ。
俺の家と同じように森がすぐ目の前に見える。
その森の手前にトレント製の柵で囲まれたトレントの放木場がある。
ピエモンという小さな町の放木場なのでそれほど大きな規模ではないと思っていたが、予想に反してかなり大きな放木場だった。
そうだよなぁ、田舎だから土地は有り余っているもんな、俺んちだって土地を管理する人がいなくなって投げ売りみたいな価格で売られてたもんなー。
見た感じ俺の家と似たような立地条件だが、トレントの放木場だけあってその広さは俺の家の敷地よりずっと広い。
その放木場の古い柵を新しいものに取り替える工事で、その工事期間中は仮の放木場に移されるトレント達の見張りと護衛が今回の主な仕事だ。
仮の放木場は本来の放木場より森に近く魔物が近付いて来やすい場所で、その柵も仮のものなので魔物が侵入、トレント達も脱走が懸念されるため、それらを防止するのが俺の役割だ。
仮の木場ではあるが、トレントの数が多いためかなりの広さがある。仕事開始前に下見をした感じ、確かにこれは一人で見張るのはなかなかしんどそうな広さだった。
だが俺はAランクの冒険者だ。えっへん。
磨き抜かれた気配察知のスキルだけでも何とかなりそうだし、相棒のワンダーラプター一号もいる。
いける、いけるぞ! 俺一人で三人分の稼ぎを独り占め!!
さすがに広い木場を駆けずり回るのは面倒くさいので、明日はワンダーラプターを三匹連れて来よう。そうすれば俺が楽になる。
俺はテイマーではないが、テイマーならペットの魔物を複数使って複数人分の仕事を一人でこなすなんてことはよくある話だ。
それにトレント達を統率するワンちゃん達がいる。
ワンワンとたくさんの鳴き声が移動するトレントの群れの周辺で響いている。その数は十を超えるようにも聞こえる。
だが実際の数は四匹ほど。成犬が三匹と仔犬が一匹。
仔犬は見習いかなー? トレントの群れの後方をチョコチョコついて行っていてとても可愛い。
トレント達もそれに慣れているのか、後ろを走る仔犬が遅れそうになると移動速度を緩め、仔犬のペースに合わせてやっている。
何だこの和やかな光景!!
いいぞぉ!! こんなほのぼのトレント牧場を荒らそうっていう魔物がいるなら、Aランク冒険者の俺が全部やっつけちまうぞ!!
まぁ、そのトレントを追い立ててワンちゃん、四匹で十を超えているように錯覚する鳴き声を出す犬なのだけれどね。いや、実際鳴き声だけなら十を超えているな。
その理由は、四匹合計で十二にもなる頭。つまり一匹に付き三つの頭。
トレントを統率しているのは三つの頭を持つ犬――ケルベロスである。
本来ケルベロスはランクの高いダンジョン周辺、もしくはその内部といった濃い魔力が吹き溜まるような場所に棲むランクの高い魔物であり"ダンジョンの門番"とも呼ばれている魔物である。
野生のケルベロスは大型で非常に凶暴な魔物だが、遙か昔より品種改良に品種改良が重ねられ、目的に応じたほどよい大きさで飼い主に従順な種が人々の生活に溶け込んでいる。
その種類も様々で愛玩用の小型のものから、大きめのものは番犬用、狩猟用、軍用など様々な種類がいる。
そしてその性質はだいたい犬である。ちょっと首が三つあって、火を噴いたり魔法を使ったり、種類によっては尻尾が蛇や竜だったり、たてがみが蛇だったりするがだいたい犬である。
この木場で木畜犬は中型犬ほどの大きさで、白黒の長毛ケルベロス。頭が三つある以外は普通の犬で蛇とか竜とかはくっついていない。
確かボーダー・コリベロスという家畜を追い立てることに特化したケルベロスだ。
トレントの群れを先導するのは一番大きな雄のコリベロス。
群れの真ん中辺りを併走しながら、群れから離れそうになるトレントを見つけては群れに戻しているのは、先頭の雄よりやや小さい雄のコリベロス。
それから群れの後部辺りを走るのは小さいコリベロス。これは見習いかな?
その仔犬をサポートするように雄よりも小さい雌のコリベロス。これは仔犬のお母さんかな? 二匹の雄は旦那さんと仔犬のお兄ちゃんなのかな?
何これ、すごく癒やされる。仕事が終わったら少し触らせてくれないかな。
そしてコリベロス達に誘導されているトレントは、小型で比較的足の速い種。
冒険者ギルドで見た資料によると、薬や調味料、油の原料となる星形の実を付けるスター・トレントという種だ。
人によって管理されているので大きさは大きなものでも三メートル程度。
こいつらは大人しい性格で土から養分を取り込むタイプのため、捕食目的で人に襲いかかることはない種のトレントらしい。
もちろんトレントの嫌がることをしたら、自衛のため反撃はされるので注意は必要だ。
大丈夫だよー、優しいAランクの冒険者さんだよー。悪い魔物は全部やっつけちゃう正義のお兄さんだよ。
今はトレント達が夜眠っている建物から、仮の木場に彼らを誘導している。
トレント達は夜は建物の中で眠り、昼間は広い木場で放し飼いにされているそうだ。
ボーダー・コリベロス達に誘導されるトレント達が群れから逸れないように、逸れた個体は群れに戻しながら、そしてトレントを狙った魔物が近寄ってこないか警戒しながら、俺はワンダーラプターに乗って群れに併走している。
逸れたトレントはお兄ちゃんコリベロスがすぐに群れに誘導しているな。遅れている奴は仔犬ちゃんがお母さんにサポートされながら追い立てている。可愛すぎだろ!!
あまりに可愛いのでついそちらに気を取られるが、自分の仕事を忘れてはいけない。
トレント舎から仮の木場までは森の近くを通るただの道で魔物除けとかはないため、森からトレント狙いの魔物が近付いてくる。
スター・トレントちゃん達は人間が飼育しやすいように、小型の大人しい性格に品種改良をされているためあまり強くない。ランクとしてはEくらいではないだろうか。
魔物どころか獣にも負けてしまいそうなくらいか弱いトレントである。
む、スター・トレント狙いらしきイノシシの魔物が少し離れた場所で様子を見ているのが見えるぞ。
ピエモン周辺はグレートボアを始めとしたイノシシ系の魔物が多いんだよなぁ。こいつらはトレントの根を食うから、木場周辺をウロウロしている奴は駆除対象だ。
イノシシ系の魔物はでかい体で突進してきて危険だし、その突進で農場の柵を壊すのでたちが悪い。壊れないくらい頑丈なものにしたらしたで、今度は穴を掘って柵の下を抜けてくるので困る。
しかも一度目を付けられた農場は延々と荒らしにこられるから面倒くさい。
ボア系の中には雑食のものも多く、小動物の他人間にも襲いかかる奴もいるからな。
よって見かけたら即駆除! 駆除して美味しくボアカツ!!
木場の周辺にはイノシシ系の魔物が結構いそうだから、トレントを狙う奴は駆除して美味しく召し上がってやるぞ!!
離れていてもワンダーラプターの上から弓でバシィッといっちゃうぞ! ほぉら、獣特効付きのズラトルクの弓アターック!!
木の矢が簡単にグレートボアにプスプス刺さっていくな。さすが獣特効、ボアカツゲットだぜ!
降りてグレートボアを回収してくるから、その間見張りよろしく。
「グエエエ」
何だ一号、持ち場を離れすぎだとでも言いたいのか?
大丈夫、大丈夫、ちゃんとトレント達が見える範囲だしすぐ戻ってくるからー。
うげ! 逆側からシカちゃんが寄って来ているぞ! しまった少しトレントの群れから離れすぎちまった! 一号頼んだ!!
「グエエ……」
そんな呆れた表情をしなくても、お前を信頼しているから少しくらい持ち場を離れられるのだよ。
はっはっは、これがコンビネーションプレイってやつだよ。いやー、助かった助かった。
でも離れすぎには気を付けるから安心しろ。
お読みいただき、ありがとうございました。




