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グラン&グルメ~器用貧乏な転生勇者が始める辺境スローライフ~  作者: えりまし圭多
第八章

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ちいさきもの

誤字報告、感想、ブックマーク、評価、いいね、ありがとうございます。

 シャリシャリと土を踏む小さな音。それは周囲に注意を払っていなければ、吹き抜ける風でサワサワと揺れる草の音にかき消されていただろう。

 それと共に聞こえるのは風で揺れる草の音とは違う、草の揺れる音。

 何かがこちらに近づいて来ている音に間違いはないが、それは非常に小さい存在。それが複数。


「グランさんどうかしましたか?」

「シーッ」

 食事の手を止め、音のする方をじっと見ていた俺の様子に気付き、不思議そうな顔をしている。

 右手の人差し指を立て口に当てる仕草でキルシェに応える。

「?」

 キルシェは小さな足音に気付いていないようで、俺の反応に状況が掴めず首を傾げている。

 ごめんな。全く強そうではなく敵意もなさそうな相手だが、騒ぐとびっくりして攻撃をしてくるかもしれないから。

 右手で指を立てながら、左手で音のする草むらの方を指差す。

 あまり密度がなく背も低い草むらが風で揺れている。その一部がほんの少しだけ不自然な揺れ方で、きっとそこに音の主がいるのだろう。


 俺が指を差した先を、暫く見ていたキルシェも不自然に揺れる草に気付いたらしく、こちらを振り向いて草むらの方を指差した。

 それは俺から見ると右手。俺と向かい合って座っているキルシェから見ると左手の方。キルシェより俺の方に寄ったルートでこちらに向かっている。

 このまま進めば俺のすぐ近くの草むらから姿を現しそうだ。


 キルシェの差した指に俺は無言で頷いて応える。

 その不自然な揺れはシャリシャリという足音と共に少しずつこちらに近づいて来ている。

 それは草むらの途切れ目までもうすぐの場所。もうすぐ、その音の主が俺の足元に姿を見せるだろう。

 害はなさそうな感じだが一応警戒はしておく。


 シャリッ!


 風が一瞬止まり、草の揺れる音が止んだ時、小さな足音がはっきりと聞こえた。

 キルシェもそれに気付いて、確認するようにこちらを見たので無言で頷いた。

 意思疎通ができていない可能性もあるので、念のため手で制するようにキルシェと音のする方向の間に手を伸ばす。

 大丈夫だ、こちらから手を出さなければ問題ないやつだ。


 背も低く密度も低い下草の隙間から、チラチラと音の主の姿が見え始める。

 姿まではわからなかったが、それはだいたい予想をしていたものだった。


 小さな妖精の群れ。


 十匹くらいだろうか、俺の手のひらより小さな二足歩行の妖精がちょこちょこと歩いているのが見えた。

 それが妖精だとすぐにわかった理由、それは二足歩行のトカゲ達が皆、小綺麗な服を着ていたからだ。

 人間の貴族が着ていそうなスラックスにドレスシャツ、その上にフロックコートを羽織っている。足元はピカピカの革靴やブーツ、襟にはスカーフやネクタイを巻いているものもいる。

 ぶっちゃけすごく可愛いくてほっこりする。


 トカゲ達の姿は非常にほっこりするのだが、彼らの全てが草の中から姿を現すと、彼らが担いでいるものに気付きすごく複雑な気分になった。

 小さなトカゲの妖精達が力を合わせて担いでいるもの――水晶のような透明な箱に入れられた生き物の眼球。

 大きさ的に人間の眼球と同じくらいだろうか?

 さすがに見ただけでは何の眼球かわからないし、触れる訳にもいかないので鑑定も使えない。いや、触れなくても鑑定できる術があってもこれは鑑定しない方がいいだろう。

 何でもかんでも覗きたがるアベルがこの場にいなくて良かった気がする。


 キルシェもそれに気付いて驚いて声が漏れそうになったのか、咄嗟に口に手を当てたのが見えた。

 偉い偉い、よく堪えたな。声を出してこいつらを驚かせて、その荷物に何かあったら面倒くさいことになるかもしれない。

 軽く首を横に振って、鑑定を使わないように伝える。多分伝わったよな? 俺とキルシェの仲だし?


 そうこうしているうちにトカゲ達は、目玉の入った透明な箱を担いで俺の前をゆっくりと通過していく。

 彼ら的には急いでいるのかもしれないが、彼らの体が小さくそして目玉の入った箱は彼らの体に対しては大きく重そうで、その歩みは人間の俺から見たら非常に遅い。


 どこまで行くつもりなんだろうなぁ。

 こんな小さな妖精だと、その辺の小動物にパクッとされそうだけど大丈夫か?

 妖精だから見た目で強さは判断できないが、こいつらはその気配からしてもあまり強そうには見えない。

 大丈夫? 変な小動物にパクッとされない?

 そんなことを考えなら、俺の前をえっちらおっちら進んでいくトカゲ達を見ていた。


 ギョロリ。


「……っっっっ!!」

 突然、透明な箱の中の目玉がグルリと回転して俺の方を向いて、その金色の瞳とばっちり目が合ってしまった。そしてすぐに別方向へと回転する。

 うえええええ……やっぱ妖精。何があるかわかんねーな。

 ははは、見ているだけですよ。行進の邪魔はしませんよー。頑張って進んでくださーい。

 トカゲ達はあまり強くなさそうだが、この金色の瞳を持つ眼球からは透明な箱越しに不思議な魔力を感じる。

 もしかしたらこれは格の高い妖精の瞳なのかもしれない。何か理由があってそれを小さなトカゲ妖精達が運んでいるのかな?

 まぁ事情はよくわからないが、心の中でそっと応援をしておこう。


 奇妙なトカゲの行進が俺とキルシェの間をゆっくりと進むのを静かに見守る。


 シャリ、シャリ、シャリ。


 小さなトカゲ達が土を踏む音だけが、無言の俺達の間に響く。


 ジャリリッ!


 その音をかき消して乱雑に地面を擦るような音が聞こえた。

 その音の発生源は先ほどトカゲ達が出てきた草むらの中。まるでトカゲ達を追うようにこちらに近づいてきている。

 トカゲ達もそれに気付いたのか、そわそわした空気が流れ始め進む速度が少しだけ速くなった気がする。

 草むらの方を見ると、密度の低い草の隙間からその音の正体がチラリと見えた。

 蛇か。

 草の隙間から見える黄土色と黒の斑模様の細長い体。あまり大きくない蛇だが、トカゲ達よりは大きい。

 その進行方向とトカゲ達の様子から、おそらくこの蛇はトカゲ達を狙っているのだろう。

 捕食者だろうか?


 妖精といっても全てが力あるものだとは限らない。ほとんど力を持たず小動物とたいして変わらないようなものもたくさんいる。

 そういうものは妖精であっても自然の食物連鎖の一環として、他の生き物に捕食されることもある。

 このフロックコートのトカゲ達もその類なのだろう。


 キルシェも蛇に気付いたのか複雑な表情でこちらを見ている。それと目が合い、動き出しそうなキルシェを左手で制した。

 それが自然の食物連鎖であるなら、人間が手を出すべきではない。

 トカゲ達が生きているように、蛇もまたトカゲを食べなければ生きていけないのだ。


 ガサッ!!


 草が大きく揺れる音がして、草むらの中から蛇がトカゲの方へと向かって跳んだ。

 すぐ近くに人間が二人もいるのに警戒心のない蛇だな。そんなにこのトカゲ達が好物なのか?

 小さな生き物達の食物連鎖。この蛇もまたいつか天敵に捕食される日がくるかもしれない。


 蛇の天敵って何だろうなぁ? 猛禽類? 獣?

 そういえば、実家にいた頃や冒険者になったばかりの頃はよく蛇を食っていたな。お手軽に捕まえることができてそこそこ美味いんだよなぁ。

 まぁ、内臓は素材にもなるし、毒蛇ならその毒袋も利用できる。

 なぁんだ、素材じゃないか。


 何て結論にまで至るよりも先に俺の右手の中には、収納の中から出した小石があった。

 軽く身体強化を使いながら、ピヨーンと跳んだ蛇の頭を狙ってそれを親指で弾く。


 バシッ!


 小気味の良い音がして、小石が蛇の首と頭の付け根辺りを貫いた。

 蛇は飛びだした勢いでそのまま飛び続けるがそれ以上の行動はなく、俺が石をぶつけたせいで軌道も変わり、トカゲの行列から少し逸れた場所にドサリと落ちた。

「おっと、丁度蛇素材が欲しかったんだよなぁ。パッセロさんとこに持っていく体力回復系のポーションで、蛇の内臓をよく使うんだよな」

 地に落ちた捕食者の方を振り返りざわめきながらも歩みを止めないトカゲ達に、聞こえるように言った。

 透明な箱の中の目玉がギョロリと再びこちらを見る。


「うちに納品するポーションの材料って蛇だったんですか……」

 そんな驚いた顔をしなくても、冒険者ギルドの調合技術講習でも習うと思うぞ?

「全部ではないが時々蛇もあるぞ。蛇はいいぞぉ、優秀なポーションの材料だ」

 別に助けたわけじゃねーぞ。食物連鎖の邪魔をしたわけじゃねーぞ。

 ただ素材が欲しかったんだ。

 目玉と目が合ったので軽く口の端を上げて応えると、クルリとすぐに向きを変え目を逸らされた。


 ま、何だかよくわからない妖精を運んでいるみたいだし、目の前で起こったただの食物連鎖から変なトラブルに発展しても困る。

 それにやはり服を着ているミニトカゲが可愛かったから仕方がない。

 そう、この世は可愛いは正義なのだ。

 目玉はあんま可愛くないけどな。

 ヒッ! 目玉がまたこっち向いた!!


 そうこうしているうちにトカゲ達は俺達の間を通り過ぎ、近くにある大小いくつかの石が固まっている前で止まった。

 目玉の入った箱を担いでいたトカゲの一匹が箱から離れ、石の前までいき小さい石を押して動かすと、その石の下から地面に書かれた魔法陣が現れた。

 トカゲ達はスススっとその魔法陣の上に移動してこちらを振り返って、箱を担いだままチョコンとお辞儀をした。


 うむ、可愛い。

 食物連鎖の邪魔をしてよかった。いや、俺は素材を仕留めただけだからこれも食物連鎖だな。

「何だかわからないがお勤め頑張れよ」

「お勤めですか? 危ないお仕事みたいですけどお気をつけてー」

 妖精のよくわからない習慣を理解するほど俺は博識ではないので、とりあえず応援しておく。

 キルシェも俺に釣られたのかトカゲ達に声をかけて手を振っている。

 直後魔法陣が青白く光り、トカゲ達とトカゲ達が担ぐ目玉がその光の中に消えていった。


「ほえー、可愛い妖精でしたねぇ。目玉はちょっと怖かったですけど」

「この辺に住んでいる妖精だったのかな、もう会うことはないと思うけど。おっと蛇を持って帰ろ、うおっ!?」

 トカゲの妖精達が消え、仕留めた蛇を回収しようとすると、空から大きな鷹が降りてきて俺の仕留めた蛇をかっさらっていった。

 きえええええ!! この野郎! 俺の素材を横取りするんじゃねええ!!


 まぁたいしたものじゃないし取り返すまでもないかと思ったら、俺の蛇を奪った鷹が先ほどトカゲが消えた魔法陣の上に降り、再び光った魔法陣の中へと消えていった。

 消える直前、大鷹が翼で魔法陣を消す仕草をしているように見えた気がする。

 なんだ、もしかしてトカゲ君達のお仲間? 護衛? 俺が蛇をやる必要はなかった?

 まぁいいや、妖精君だしね。気にしない気にしないことにしよう。


 魔法陣の光と共に鷹の姿も消え、地面に描かれていた魔法陣も消え、その後には茶色い鷹の羽が数枚残っていた。



お読みいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] どんな可愛いのがくるのかと思ったら何だかよく分からない謎生物たちの大名行列だったでござるの巻。 そしてこの格調高そうな目玉◯親父は何だったんだ……。 [一言] しかしやはりグラン、粋なこと…
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