平和な草原
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古物屋を出てワンダーラプターを回収した俺達はオルタ・クルイローの東側にある草原地帯――街道沿いに東へ進み、そこから街道を外れ草原の中へと進んだ先の辺りに来ていた。
オルタ・クルイローの周囲は東側以外山地になっているため標高も高く、東の平野部に向かってやや傾斜した地形である。山が近いので魔物は多いが街道に近い場所ならあまり強い魔物に遭遇することはない。
しかし街道を逸れて草原の奥、更にその向こうの山岳部までいくとBランクを超える魔物もいるようなので、依頼や採取に夢中になって知らぬ間に強い魔物の縄張りに踏み込まないように気を付けなければならない。
オルタ辺境伯領は全体的に土地がやや痩せ気味のため、初夏という季節だというのにそこまで青々とした草原ではなく、ところどころ地面に転がる岩が見えている。
ピエモン周辺とは違った環境である故、育っている植物も棲息している魔物も違うので、俺としては普段手に入らない素材を手に入れるチャンスなのでウキウキ気分である。
街道に近い辺りで解決するキルシェの依頼を先にやって、その後俺の採取依頼をやる予定で、今はキルシェがせっせと依頼をやっているのを近くで薬草を採取しながら眺めている。
ポカポカとした初夏の草原で慣れない手つきで鈍器を振り回す女の子、なんとも微笑ましく平和な光景である。
最初のうちは鈍器の扱いに慣れるために一緒に戦っていたが、ある程度使い方を理解したら助けすぎない方が上達が早いと思い、少し離れたところから見守ることにした。
安心しろー!! 俺は薬草採りにちょっぴり夢中だけれど、危なくなったら助けてやるぞー!! いざとなったら優秀なワンダーラプター達もいるから余裕余裕!!
「ひ、ひええ……鈍器系って結構えぐいんですね……」
「お、おう……そうだな。防具に浄化効果が付与されていてある程度の汚れは勝手に落ちるみたいだが、白い防具で汚れが目立つと気になるだろうから、念のため竜皮用の汚れ防止の薬剤を帰りに買って帰ろう」
「は、はいぃ~」
キルシェの右手には先ほど古物屋で買ったハンマー型の鈍器。
大きさはそこまで大きくなくやや細身、女性でも扱い慣れてしまえば片手で振り回せる大きさだ。
その程度の大きさなので威力にやや不安があるかと思ったら、このハンマーそのものに殴打強化系の効果が付与されているようで、見た目のわりになかなかよい破壊力である。
最初はぎこちなかったキルシェだが、だんだん使い慣れてきて小さな魔物なら難なく倒せるようになっていた。
そして今まさに飛んで来た一メートル弱のドラゴンフライ――トンボの魔物をぶん殴って見事に粉砕してこの反応である。
こちらに向かって飛んで来たドラゴンフライを、ハンマーで打ち返すようにフルスイングアンドジャストミート!
あまり頑丈ではない昆虫系の魔物だったため見事に粉砕され、体液を撒き散らしながら破片となってバラバラと地面へと散らばった。
なかなかえぐい光景だし、飛び散った体液がせっかくの白い防具を汚してしまっている。
ほとんどの防具は汚れ防止の加工がしてあり、その日のうちにちゃんと手入れをすれば汚れは綺麗に落ちるし、手入れを欠かさなければ防具は長持ちする。
そりゃ防具なんてすぐに汚れるもんだし、こまめに汚れを落としていても長く使っていればだんだん使用感は出てくるものだ。しかし丁寧に手入れをして使っていればそれもまた味となり、使い込まれた防具独特の風格が出てきてそれはそれで悪くない。
キルシェの防具はというと、軽い浄化効果も付いているようで、軽い毒を防いでくれるついでに多少の汚れは勝手に綺麗になるようで、比較的簡単な手入れで綺麗な状態を維持できるもののようだ。
しかも浄化効果のおかげで倒した返り血で毒や変な感染症ももらいにくいので安心である。
「鈍器系は相手が脆いと今みたいにバラバラになったり、少し頑丈な相手でも殴った場所が潰れたりするから、素材が傷つきやすいんだよな。素材の回収を考えるなら相手を見て魔法と併用がいいかもしれないな。まぁ、低ランクの虫は素材としては微妙なのが多いから粉砕していいかな?」
鈍器の欠点はこれである。素材が傷つきやすい。
それは他の武器でもそうなのだが、首を切り落とせばいい剣や急所をピンポイントで突き刺せばよい槍に比べると鈍器は素材が傷つく面積が広い。
といっても剣も槍も手早く仕留められる技量がなければ素材の傷は増えるけど。
しかし、素材よりまずは武器の使いやすさが優先だ。
見た感じ、キルシェは鈍器と相性がいいらしくランクの低い虫系の魔物なら問題なく一発粉砕できるようになっている。
魔法については俺はよくわからないが、このまま魔法と併用をしたスタイルができるようになれば、すぐにDランクそしてその上へもいけるだろう。
実は俺も鈍器の扱いについては基本的なことしか知らない。
ううーん、今夜カリュオンがうちに来た時に鈍器のコツを聞いてみるか。
「うひゃっ! でっかいネズミッ!!」
少し考え込んでいるとキルシェの声が聞こえて我に返った。
声の方に視線をやると草むらから飛び出してきたネズミがキルシェの方にピョーンと跳んだのが見えた。
それに反応してハンマーを振るうキルシェ。
あぁ~、ナイススイングッ!!
でっかいといっても所詮はネズミである。人の頭より少し大きいくらい。
ハンマーを使い慣れてきたキルシェには全く問題ない相手。ドラゴンフライ君よりは頑丈だが、所詮はネズミ。
キルシェのフルスイングの前に無事木っ端みじん。
飛び散る血しぶきと肉片。
うん、その鈍器なんか思ったより強くない?
キルシェの体型でも振り回しやすいサイズ。大きさのわりに威力もそこそこ。
だが、ナナシ。どうしてお前、鈍器なんか選んだ!?
確かに使いやすそうだし、キルシェと相性も良さそうだが、もうちょっとこう見た目の優しい武器を選べなかったのか!?
何だそのカタカタは!? 反省しているのか!? それともしていないのか!? カタカタじゃわかんねーぞ!!
その後もキルシェは順調に魔物を倒していき、依頼も問題なく達成していった。
うん、もう少し使い慣れたら加減も上手くなって、返り血を浴びない戦い方もできるようになるかな?
パカーン。
ふと振り向くと、飛んで来たコガネムシみたいな虫の魔物がキルシェにホームランされているのが見えた。
ぬあ、ホームランって何だ!? 転生開花め、最近余計な仕事が多くないか!?
初夏の草原とそこに佇む鈍器を持った黒髪の少女。吹き抜ける風がその髪をサラサラと揺らしている。
手に持っている鈍器さえなければ、まるで絵画のような光景だ。
山が近くピエモンより標高が高く、山から吹き下ろしてくる風は少し冷たい。やや鋭くなりつつある初夏の日差しに照らされ汗ばんだ体に、山からの冷たい風が気持ちいい。
長閑な草原で剥き出しの岩の上に腰を下ろし一息つく。
平和だな~。
キルシェが依頼の消化に夢中になっている間に俺は昼飯の準備でもするか。
天気もいいし、ちょっとしたピクニック気分を楽しめそうだ。
お読みいただき、ありがとうございました。
※お知らせ※
①グラン&グルメ1巻発売にあたり、発売日前に書き下ろしSSが掲載されたメールがカクヨム様から配信して頂けることになりました。
興味がございましたら、カクヨムにて当作をフォロー&お知らせメールの受け取り設定をして頂けると発売日前にSSがお届けされると思います。
4月25日までに設定していただけると確実だと思います。
②4月19日より1巻発売日の28日まで毎日0時くらいにカウントダウンSS『10日後にやらかすグラン&巻き込まれるアベル』を更新する予定です。
10話ほどになりますので、別でグラン&グルメ小話集を立てる予定です。
夜の遅い時間の更新予定で申し訳ございませんが、興味がございましたら無理のない時間に読んでいただければ幸いです。
(あまり文字数も多くないので時間の隙間につまみ食い感覚くらいの気分で)




